113 / 151
第13章
102 あの人の独白 ☆
しおりを挟む
皆に詫びねばならない。
私はただ、皆が納得できる死生観を探求し、共有したかっただけなんだ。
こんな悪辣な組織を作るつもりはなかった。
“彼”には、特に悪いことをした。私が不用意に声をかけたばかりに、彼は普通の子供のように光の下を歩くことを忘れてしまった。
当初は単純な興味から誘った。彼の知性と特異さは目を瞠るものがあったから、互いに親しい友人になれそうだという期待と、フィンブルヴェトというサイトの成長にとって良い刺激になるだろうという目論見もあった。
己の無責任さ、軽率さが悔やまれてならない。
たった8歳で深淵を覗こうとしていた彼を、私は止めてやらねばならなかった。それなのに、純粋な子供の好奇心を煽り、引き返せなくさせてしまった。
私はそのことをずっと後悔していた。故に、彼が他の人と変わらない暮らしを送れるようになるまで、陰ながら支えるつもりでいた。
その頃には私にも守るものができていたから、彼との距離は少し離れてしまっていたが、交流自体は続けていた。
思春期に一度、彼にとって危機的な状況があった。だが、彼は自分が本当に好きだったことを思い出し、乗り越えてくれた。
この時、彼の未来は明るいと何の根拠も無く思った。
彼が大学生の頃、地元の中小企業に内定が決まったという喜ばしい報せを耳にした。これで少しずつ裏の活動は減り、彼も普通の社会人になっていくのだろうと、漠然と考えていた。そしていつかは、私との交流も途絶える、と──。
寂しさがなかったと言えば嘘になる。だが、こんな活動は人生のすべてを懸けて続けるものではない。その意味では、彼の卒業を祝福して、私も一定の距離を保つべき時に来ているのではないかと解釈していた。
ところが、思わぬことが起こった。私の脱退後、代表を任せていたバエルが、彼を引き留めたのだ。殺人にまつわる新事業を立ち上げるにあたって、彼に組織のアイコン及び先導者役として協力して欲しいと打診したらしい。
少し前から、もう一人の協力者との協働が増え、二人で何やら画策しているようだったが、よもやそのようなことを考えていたとは。
そう言えば、何年も前から不穏な動きはあった。発端はフィンブルヴェトがサーフェスウェブからダークウェブに移動したことだ。
不審を抱きバエルに問えば、もう一人の協力者がアンダーグラウンドマーケットの利用者を対象に、より凶悪なサービスの構想を打ち立てたと言う。コンセプトに賛同してくれる出資者を募り、順調に資金を集めていると聞かされ、不吉な予感を覚えた。
しかし当時の私は日常に忙殺され、何もできなかった。この時に何らかの行動を起こしていれば結果は違ったのではないかと思うが、もはや後の祭りだ……。
そして私達はある問題を巡り、口論になった。大抵のことは折り合いをつけられる間柄だと思っていたが、この件に関してだけは何度意見を交わしてもまったく歩み寄れなかった。
私はバエルを尊敬していた。異端者である私を白眼視せず、同じ目線で世界を見ようとする人だから、活動を共にすることでより建設的に生きられると確信していた。
だがあの考えにだけは、どうしても首を縦に振れなかった。明るい道へ進みつつあった“彼”を闇の底へ引き留めただけでなく、“彼女”にまで枷を嵌めようなどと……断じて容認できない。断じて──。
私も可能な限り抗いはした。ところがまさか、あんな横槍が入ろうとはな……。あれは完全に想定外の出来事で、もはや私の手に負えるものではなかった。
彼は本来、ああいうことをする人間ではない。ただ、自己犠牲的な面が顕著だったから、おそらくバエルの意を酌んだ……いや、そうするように誘導されたのだろう。
私達は、あの男の狡猾さにしてやられたというわけだ。
バエルとはそこそこ長い付き合いだったのに、己の不明を恥じなければならない。
今にして思えば、フィンブルヴェトを立ち上げ、自分の趣味を楽しみながら理想を追っていた時期が一番充実していた。このサイトを通じて、苦悩している人々に何か良い影響をもたらすことができるのではないかと期待していたこともあったが、結果的に私は何も変えることができなかった。それどころか、人の命を弄ぶ悪魔どもに棲み処を与えてしまった。
“彼”のことも、“彼女”のことも、もう支えてやることはできない。私が巻き込んでおきながら、見守ってやることすらできない……。
本当にすまない。すべては身から出た錆。私が自分で蒔いた種なのだ。
あの二人が私の不甲斐なさを知ったら、軽蔑するだろうか。
それでもかまわない。私は彼らが思うような上等な人間ではないのだから。
ただ、どうかあの男と“深淵”に飲み込まれないでくれ──。
私はただ、皆が納得できる死生観を探求し、共有したかっただけなんだ。
こんな悪辣な組織を作るつもりはなかった。
“彼”には、特に悪いことをした。私が不用意に声をかけたばかりに、彼は普通の子供のように光の下を歩くことを忘れてしまった。
当初は単純な興味から誘った。彼の知性と特異さは目を瞠るものがあったから、互いに親しい友人になれそうだという期待と、フィンブルヴェトというサイトの成長にとって良い刺激になるだろうという目論見もあった。
己の無責任さ、軽率さが悔やまれてならない。
たった8歳で深淵を覗こうとしていた彼を、私は止めてやらねばならなかった。それなのに、純粋な子供の好奇心を煽り、引き返せなくさせてしまった。
私はそのことをずっと後悔していた。故に、彼が他の人と変わらない暮らしを送れるようになるまで、陰ながら支えるつもりでいた。
その頃には私にも守るものができていたから、彼との距離は少し離れてしまっていたが、交流自体は続けていた。
思春期に一度、彼にとって危機的な状況があった。だが、彼は自分が本当に好きだったことを思い出し、乗り越えてくれた。
この時、彼の未来は明るいと何の根拠も無く思った。
彼が大学生の頃、地元の中小企業に内定が決まったという喜ばしい報せを耳にした。これで少しずつ裏の活動は減り、彼も普通の社会人になっていくのだろうと、漠然と考えていた。そしていつかは、私との交流も途絶える、と──。
寂しさがなかったと言えば嘘になる。だが、こんな活動は人生のすべてを懸けて続けるものではない。その意味では、彼の卒業を祝福して、私も一定の距離を保つべき時に来ているのではないかと解釈していた。
ところが、思わぬことが起こった。私の脱退後、代表を任せていたバエルが、彼を引き留めたのだ。殺人にまつわる新事業を立ち上げるにあたって、彼に組織のアイコン及び先導者役として協力して欲しいと打診したらしい。
少し前から、もう一人の協力者との協働が増え、二人で何やら画策しているようだったが、よもやそのようなことを考えていたとは。
そう言えば、何年も前から不穏な動きはあった。発端はフィンブルヴェトがサーフェスウェブからダークウェブに移動したことだ。
不審を抱きバエルに問えば、もう一人の協力者がアンダーグラウンドマーケットの利用者を対象に、より凶悪なサービスの構想を打ち立てたと言う。コンセプトに賛同してくれる出資者を募り、順調に資金を集めていると聞かされ、不吉な予感を覚えた。
しかし当時の私は日常に忙殺され、何もできなかった。この時に何らかの行動を起こしていれば結果は違ったのではないかと思うが、もはや後の祭りだ……。
そして私達はある問題を巡り、口論になった。大抵のことは折り合いをつけられる間柄だと思っていたが、この件に関してだけは何度意見を交わしてもまったく歩み寄れなかった。
私はバエルを尊敬していた。異端者である私を白眼視せず、同じ目線で世界を見ようとする人だから、活動を共にすることでより建設的に生きられると確信していた。
だがあの考えにだけは、どうしても首を縦に振れなかった。明るい道へ進みつつあった“彼”を闇の底へ引き留めただけでなく、“彼女”にまで枷を嵌めようなどと……断じて容認できない。断じて──。
私も可能な限り抗いはした。ところがまさか、あんな横槍が入ろうとはな……。あれは完全に想定外の出来事で、もはや私の手に負えるものではなかった。
彼は本来、ああいうことをする人間ではない。ただ、自己犠牲的な面が顕著だったから、おそらくバエルの意を酌んだ……いや、そうするように誘導されたのだろう。
私達は、あの男の狡猾さにしてやられたというわけだ。
バエルとはそこそこ長い付き合いだったのに、己の不明を恥じなければならない。
今にして思えば、フィンブルヴェトを立ち上げ、自分の趣味を楽しみながら理想を追っていた時期が一番充実していた。このサイトを通じて、苦悩している人々に何か良い影響をもたらすことができるのではないかと期待していたこともあったが、結果的に私は何も変えることができなかった。それどころか、人の命を弄ぶ悪魔どもに棲み処を与えてしまった。
“彼”のことも、“彼女”のことも、もう支えてやることはできない。私が巻き込んでおきながら、見守ってやることすらできない……。
本当にすまない。すべては身から出た錆。私が自分で蒔いた種なのだ。
あの二人が私の不甲斐なさを知ったら、軽蔑するだろうか。
それでもかまわない。私は彼らが思うような上等な人間ではないのだから。
ただ、どうかあの男と“深淵”に飲み込まれないでくれ──。
5
☆拙作に目を留めていただき、本当にありがとうございます。励みになりますので、もし何かしら刺さりましたら、是非とも『いいね』・『お気に入りに追加』をお願いいたします。感想も大歓迎です!
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる