bias わたしが、カレを殺すまで。

帆足 じれ

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第12章

101 殺してやる

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「落ち着いたかい、椋」

 ペットボトルの中身が半分になる頃、バエルが声を掛けてきた。
 私は答えない。“仇敵”に非難以外の言葉など返すつもりはないからだ。

 ところが彼は朗笑し、「ゆっくりでいいよ。さっきは少し飛ばし過ぎた。お前の気持ちも考えずに、悪かったね」などと宣った。

 散々、残酷な事実を突きつけてきたかと思えば、今度は労うようなことを言う。このギャップが私の精神を消耗させる。
 きっとこれがバエルの遣り口だ。飴と鞭を使い分け、相手をいつの間にか自分の支配下に置いている。 
 目の前の男は、温和な父の仮面を被ったしたたかな犯罪者だ。思い通りになってたまるものか。

 ここに来るまで、バエルにぶつけようと思っていた問いがいくつもあった。正体を知ってその半分は無駄になったが、まだ訊くべきことは残っている。

 何故、こんなイカレた組織を作ったのか。何故、私を巻き込もうとするのか。凌遅にを損壊させ、私に目撃させることで、一体、何を確かめたかったと言うのか。そして、私に“素質”とやらがあったとして、何に活かすつもりなのか。
 冷静に一つ一つ確かめた後、必ず報いを受けさせてやる。何をすべきかはまだ決めていないけれど。

「ああ、そう言えば……」

 胸の中で黒い炎を燃やす私の前で、バエルがぽつりと言った。

「凌遅くん、君がウチに来たのはいつでしたっけ?」

「4月×日です」

 凌遅の答えを聞くと、バエルは「そうでした、そうでした」とうなずき、「作業の後、ウチには足を運んでいませんよね?」と続ける。凌遅が首を横に振るのを見た彼は、納得したような表情を浮かべ、こちらに向いた。

「実はね、僕はお前が帰る少し前まで、凌遅くんの作業を見ていたんだ。とても興味深かったから、いろいろ話しかけて邪魔をしてしまった」

 脳裏にあの日のおぞましい情景が浮かび、心臓が早鐘を打つ。

「…………」

 反応したら負けだ。聞き流せ。
 私は膝に視線を落とし、拳を握り締める。
 
「途中で離脱して以降、スクェア・エッダのホテル暮らしが始まったんだけれど、あの後、一度ウチに戻ったんだ。かずくんが日付指定で送ると言っていた僕への荷物を取りにね」

「えっ……」

 思いもよらない言葉に、思わず顔を上げてしまった。バエルはすかさず私と視線を合わせる。

「たまたま入手困難な酒が手に入って、誕生日プレゼントだと言っていたっけ。無視しても良かったんだけど、ずっと欲しかったものだから無駄にするのももったいないと思ってね」

 私が視線を逸らすと、彼は続けた。

「その時、お前の同級生に会ったよ。稲垣くんと言ったかな、プリントを届けに来てくれた。お前があんな普通の子と親しくしていると知って驚いた」

「…………」

「彼とは普段、どんな話をしているんだい? 真面目そうで感じの好い子だったけれど、まさか彼氏だったりしないよな? もしそうなら、ちょっとショックだなあ……」  

 この男は、一体何の話をしているのだろう。
 さも、年頃の娘を心配する父親のようなていで……。

「まあ、お前に限って大丈夫だとは思──」

「さっきから、何言ってんの……」

 己の声が震えるのがわかった。

「いい加減にしてよ……!」

 私は振り上げた拳を渾身の力でテーブルに叩き付けた。ガンッという衝撃と音、手にビリビリとした痺れが伝わってきた途端、激しい怒りと憎悪が溢れ出す。

「何なのよ、よくもそんな普通の顔で私の前に出てこれたね……みんなを巻き込んで、それに一緒叔父さんまで、あんな……っ、あんなこと……っ。ふざけんなよぉ……!」

 私は何度もテーブルに拳を打ち付ける。
 生まれてこの方、父に対してこんな激情を抱いたことも、ぶつけたこともなかった。

「いいぞぉ、椋」 

 バエルは再び頬杖を突き、激昂する私の姿を満足げに眺めながら言う。

「やはりお前は、普通の枠に収まる人間じゃないんだ。ショックや恐怖を怒りに代えて、理不尽に真っ向から挑み、打倒できるだけの器量がある。勇敢で誇り高いだよ」

「……うるさい、黙れぇっ!!」

 勢いよく立ち上がった拍子に、椅子が大きな音を立てて倒れる。

「殺してやる……っ」

 私は倒れた椅子の背を掴み、バエルを振り返る。

「あっはっは! それでこそ僕の子だ。やってごらん、椋! ほら、ここだ!」

 バエルは嬉々とした表情で両手を広げ、私を煽る。

「……っうううぅうう……っ!!」

 声にならない叫び声を上げ、今にもバエルに殴りかかろうとする私の肩を凌遅が掴んだ。

「放してよ……っ! 放せぇ……っ!!」

 暴れる私を羽交い絞めにしながら、凌遅は静謐な声で言う。

「落ち着け、手を出せば彼の思う壺だ。一時の感情に任せて、

「え……?」

 私は抵抗をやめ、凌遅の顔を見る。

「あの人って……」

 彼は私を解放し、腰のシザーケースから包丁に似た刃物を取り出した。

「俺にこの骨スキとをくれた人だ。このまま君の突撃を見逃したら、あの人に申し訳が立たない」

 どういうことだ。

「それって、バエルのことじゃ……」

 私の言葉を聞いた凌遅は、呆気に取られたような顔をした。

「聡明な君らしからぬ盛大な勘違いだ。あの人は──」

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