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第12章
96 不穏分子 ♤
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「ちょっと出てくるよ。プライベートな用事でね、しばらく連絡できなくなると思う」
「承知しました……重要な問題が発生した場合にのみ、お知らせするようにします」
「助かるよ。今日は大事な日なんだ」
「……存じております。誕生日でしたね、彼女の……」
「あはは、やっぱり気付いてたか。きっと日程調整を頼んだ時点で察しは付いていたよね」
「ええ……顔合わせには最適の日なんやろなと思っていました」
「……怒っているかい?」
「は……?」
「いつも従順な君があんなに反対していたことだ。無理を通して、さぞ不愉快に感じているだろうなと思って」
「……っ、滅相もない……! バエルさんがお決めになったことなら、俺は従うだけです」
「君がそう言ってくれることを、どこかで期待している自分がいる。すまないね……」
「……いえ、恐縮です」
「でもね、今日の対談……いや、鼎談かな。これは意義深いものになると思っているんだ。結果如何で、LR×Dの未来が変わるかも知れない」
「……えっ?」
「どうなるのか、まだ想像が付かない。楽しみだけど、少し不安でもある……」
「バエルさん、それは……」
「うん。詳しいことは帰ってから話すよ。今夜、飲みに行こう。ほら、前に言った××のいい店。そこで話そう」
「よろしいんですか。明日以降でも、俺は……」
「ああ、いいんだ。日の入りまでに方を付けるつもりでいるから、遅くても20時には戻れるよ。時間を開けておいてくれるかい」
「……はい、調整します」
「浮かない顔だね。心配させてしまったかな」
「すみません。杞憂やと思うんですが、何か嫌な感じがして……」
「はは、大丈夫だよ。彼女はもう大人だ。遮二無二、刃物を突き立ててきたりはしないだろう。第一、教育係が優秀だ。万が一の時は、安全装置としても機能してくれるはずだから」
「……そう、ですね……」
「それにね、今、久しぶりにとてもワクワクしているんだ。初めて、君や凌遅くんと話した時のことを思い出した」
「…………」
「告白前夜の中学生にでもなった気分だよ。まあ、期待し過ぎるとがっかりするのが世の常だから、慰み半分で行こうと思っている。なに、悪いようには転ばないさ」
「だと、いいんですが……」
「じゃあ、行ってくる。引き続き、頼むよ」
「はい……バエルさん、くれぐれもお気を付けて……」
「ありがとう。また、夜にね」
そう言って、バエルさんは外出した。なんか堅苦しくないけどちゃんとした格好――服に関する知識が貧弱過ぎて、ようわからん――をして、手に紙袋を提げていた。中身はバーデン・バーデンの処女への贈り物かも知れない。
あの人はずっと彼女に目をかけていたから、この日を心待ちにしていたのだと思う。
「…………」
俺はタバコに火を点けながら考える。
バエルさんが良いなら、俺がとやかく言うことじゃない。だが、今の時点で彼女に詳細を明かすことには賛成できない。あの勝ち気な娘が真相を知り中途半端に介入すれば、微妙なバランスで成り立っていたものが瓦解する恐れがあるからだ。これまでに積み上げてきたものの大きさを思うと、不穏分子の存在は看過できない。
何も、永遠に秘密にすべきだと言い通すつもりはないが、時期尚早だとは思っている。しかし、あの人の決定に逆らうという選択肢はない。
結局のところ、俺にできるのはバエルさんの希望の実現に向けて、ひたすら環境を整えることだけだ。余計なことは考えず、問題が起きた時、粛々と対処すればいい。
無理矢理そう結論付けて、俺は今夜予定していた作業を明日の夜に繰り下げた。もっとも、今日の結果如何では、更なる調整が必要になるかも知れない。
バエルさんの望む方向に進んで欲しいと言う気持ちと、会談が物別れに終わればいいと言う私感が入り混じり、俺は眉間を押さえた。
「承知しました……重要な問題が発生した場合にのみ、お知らせするようにします」
「助かるよ。今日は大事な日なんだ」
「……存じております。誕生日でしたね、彼女の……」
「あはは、やっぱり気付いてたか。きっと日程調整を頼んだ時点で察しは付いていたよね」
「ええ……顔合わせには最適の日なんやろなと思っていました」
「……怒っているかい?」
「は……?」
「いつも従順な君があんなに反対していたことだ。無理を通して、さぞ不愉快に感じているだろうなと思って」
「……っ、滅相もない……! バエルさんがお決めになったことなら、俺は従うだけです」
「君がそう言ってくれることを、どこかで期待している自分がいる。すまないね……」
「……いえ、恐縮です」
「でもね、今日の対談……いや、鼎談かな。これは意義深いものになると思っているんだ。結果如何で、LR×Dの未来が変わるかも知れない」
「……えっ?」
「どうなるのか、まだ想像が付かない。楽しみだけど、少し不安でもある……」
「バエルさん、それは……」
「うん。詳しいことは帰ってから話すよ。今夜、飲みに行こう。ほら、前に言った××のいい店。そこで話そう」
「よろしいんですか。明日以降でも、俺は……」
「ああ、いいんだ。日の入りまでに方を付けるつもりでいるから、遅くても20時には戻れるよ。時間を開けておいてくれるかい」
「……はい、調整します」
「浮かない顔だね。心配させてしまったかな」
「すみません。杞憂やと思うんですが、何か嫌な感じがして……」
「はは、大丈夫だよ。彼女はもう大人だ。遮二無二、刃物を突き立ててきたりはしないだろう。第一、教育係が優秀だ。万が一の時は、安全装置としても機能してくれるはずだから」
「……そう、ですね……」
「それにね、今、久しぶりにとてもワクワクしているんだ。初めて、君や凌遅くんと話した時のことを思い出した」
「…………」
「告白前夜の中学生にでもなった気分だよ。まあ、期待し過ぎるとがっかりするのが世の常だから、慰み半分で行こうと思っている。なに、悪いようには転ばないさ」
「だと、いいんですが……」
「じゃあ、行ってくる。引き続き、頼むよ」
「はい……バエルさん、くれぐれもお気を付けて……」
「ありがとう。また、夜にね」
そう言って、バエルさんは外出した。なんか堅苦しくないけどちゃんとした格好――服に関する知識が貧弱過ぎて、ようわからん――をして、手に紙袋を提げていた。中身はバーデン・バーデンの処女への贈り物かも知れない。
あの人はずっと彼女に目をかけていたから、この日を心待ちにしていたのだと思う。
「…………」
俺はタバコに火を点けながら考える。
バエルさんが良いなら、俺がとやかく言うことじゃない。だが、今の時点で彼女に詳細を明かすことには賛成できない。あの勝ち気な娘が真相を知り中途半端に介入すれば、微妙なバランスで成り立っていたものが瓦解する恐れがあるからだ。これまでに積み上げてきたものの大きさを思うと、不穏分子の存在は看過できない。
何も、永遠に秘密にすべきだと言い通すつもりはないが、時期尚早だとは思っている。しかし、あの人の決定に逆らうという選択肢はない。
結局のところ、俺にできるのはバエルさんの希望の実現に向けて、ひたすら環境を整えることだけだ。余計なことは考えず、問題が起きた時、粛々と対処すればいい。
無理矢理そう結論付けて、俺は今夜予定していた作業を明日の夜に繰り下げた。もっとも、今日の結果如何では、更なる調整が必要になるかも知れない。
バエルさんの望む方向に進んで欲しいと言う気持ちと、会談が物別れに終わればいいと言う私感が入り混じり、俺は眉間を押さえた。
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