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第11章

92 個性的

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 感じ入っていると、タイマーが鳴る。凌遅が、鍋の中身を氷水入りのボウルに移しながら、「腹は減ってないか、バーデン・バーデンの処女」と訊いてきた。

「ええ、少し」

「俺もだ。病院を出てから何も食っていなかったからな」

 言うなり、彼は冷蔵庫から何かを取り出し、作業をし始めた。

「夕食が届くまでまだ時間がある。卵を冷ます間に一品作ってやるよ」

「何を作るんですか」

 凌遅の手にはりんごがあった。以前、余らせて丸ごと冷凍していたもので、先ほど冷蔵庫に移して解凍していたらしい。彼は丁度良い具合になったそれを8等分にし、耐熱皿に並べてバターを乗せ、レンジで加熱した。出来上がったのは案の定、簡単美味しい焼きりんごだ。

 凌遅は、軽く感動している私の前にそれを置き、メープルシロップとはちみつ、オリーブオイル、シナモンパウダーを並べ、「調味は任せる。好きなものをかけて食いな」と言った。

 早速、メープルシロップとシナモンパウダーをかけて口に運ぶと、間違いのない味がした。

「美味しいです……」

 私が感想を述べると、凌遅は茹で卵の殻を剥きながら、「これも食うか」と返してきた。黄身の固さを問うと、「入院前の古い卵だから、大事を取って固茹でにした」とのことだった。

 私は普段、ハードボイルドは好まない。だが感傷的になっていたこともあり、“タフさ”にあやかりたくなったので、いただくことにした。

 凌遅はすべての卵の殻を剥くと、器に入れてテーブルに運ぶ。ついでに棚から岩塩の瓶を出した。

「あの、醤油はありますか」

 私が問うと、彼は意外そうな表情を浮かべる。

「君は醤油派なのか」

「ええ。昔、母が食べていて、私も真似したら美味しかったので」

 凌遅はほうと感心し、小皿と醤油を持って来てくれた。

「君の母親は食べ物に関する造詣が深いようだな」

「それはわかりませんが、いろいろなものを作ったり試したりするのは好きでしたね」

 何となく誇らしい気持ちになり、私の口数も多くなる。

「伝統的な料理も得意でしたが、独創的なものを生み出すこともありました」

「興味深い。聞かせてくれるか」

 彼が食い付いたので、私は母が作ってくれた個性的なメニューの話をいくつか披露した。

「一番強烈だったのは、ある年のお正月に出た、梅ようかんをお餅で包んだものを入れた茶碗蒸し風のお雑煮でした。香川県のあん餅雑煮と、福岡県の一部で食べられているという蒸し雑煮にインスピレーションを得て作ってみたと言っていましたが、似て非なるもので……かなりとんでもなかったですね……」

「そんなにユニークな人だったのか」

 凌遅は珍しく声を立てて笑った。

「母方の家系が個性的なんだと思います。私は父に似て保守的なタイプなので、ちょっと理解が追い付かないことの方が多かったですが」

「君も十分、個性的だと思うがな」

 茹で卵に岩塩を振り掛けながら、凌遅が言った。

「そうですかね……」

「両親どちらの特徴も受け継いでいるんだろう」

 そうなのだろうか……。

 何ということのないコメントだが、私の胸はあたたかくなった。




 ※茹で卵の調味、作者は醤油派です笑

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