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第11章
88 小鳥 ⚠︎
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退院当日は見事な晴天だった。お世話になった人への挨拶と手続きを済ませ、メディカルエリアを後にする。長い間、過ごしていたこともあり、物寂しさを覚えた。
凌遅はスクェア・エッダの3階駐車場に車を駐めていたはずだが、さすがに回収されていたようで「ベリトから、迎えを寄越すから1階の西口で待機しておけと連絡があった」と伝えてきた。
程なくしてやってきた担当者は若い男性で、アムミトと名乗った。LR×Dに入って日が浅いらしく、チャラそうだが初々しい雰囲気を感じさせる。聞けばまだ18歳とのことで、私と同年代だ。それを伝えたら、「マジすか。フツーに年上かと思ったっす」と返され、微妙な気持ちになった。
「確かに、女子高生にしては落ち着き払っていて、可愛げがなさ過ぎるよな」と嗤う凌遅に、「そういうあなたも、20代にしては達観し過ぎていませんか」と返したところ、アムミトから「いや、二人ともヤバイっす。人生何周目っすか」と雑にまとめられてしまった。
表に出ると、猛烈な暑さと日差しに襲われ、目がチカチカした。梅雨の時期を快適な病院内で過ごし、気が付けば季節は夏になっていたのだった。まだ実感が湧かないが、早めに気持ちを切り替えておかねば。
私達は後部座席に乗り込んだ。まっすぐいつもの部屋に向かうとばかり思っていたのだが、アムミトが「気分転換とかどうすか」と提案してきた。
何でも、近くに無料で利用できる緑地公園があるらしい。木々や川のおかげで温度が上がりにくく、夏場も比較的快適に散策できるという。
「園内バリアフリーなんで、杖でも大丈夫っす」
「そうなんですか。ちょっと、いいかも……」
せっかくの機会だし、凌遅が「君の意向に沿うよ」と言うので、行ってみることにした。
件の公園は街の中心部から少し離れた場所にあった。整備の行き届いた美しい施設で、木陰が多く、思ったよりずっと涼しい。何組かの家族連れやカップルらしき姿も見られる。
「ここ、穴場なんすよ。自分もたまに彼女と来るんすけど、おすすめは噴水と橋っすかね。景色よくて癒されますよ」
アムミトはゆるくも軽いテンションで私達を案内する。彼の対応は明る過ぎず静か過ぎず、病み上がりには丁度いい距離感だ。また、久々に見る平和で開放的な景色に、心がみるみる澄んでいくのを感じた。何だか大きな生命力を分けてもらえる気がする。
自然と足が前に進む私の背後で、「好いリハビリになりそうだな。感謝するよ」という凌遅の声が聞こえ、アムミトは「よかったっす。自分が好きな場所、シェアしたかったのもあるんで」と歌うように返していた。
少し歩いて噴水の近くに来た時、あるものが目に入った。石畳調の園路に小鳥が一羽、横たわっていた。白色と緑褐色の羽毛が特徴的な愛らしい鳥だ。高温に熱せられた地面の上に倒れていたせいか明らかに弱っており、命が尽きるまであとわずかだとわかった。
「…………」
私は黙ってその小鳥を見ていた。息も絶え絶えで苦しそうだが、もはや何もしてやれることはない。できることと言えば──。
「──あの、何してんすか」
「え……」
気が付けば、私は小鳥を掴み、噴水の水に沈めていた。
「……っ!」
弾かれたように手を引く。
自分は今、何をした……?
慌てて掬い上げようとしたが、既に小鳥は事切れていた。
「小動物も区別しないとか、処刑人ガチ勢っすね」
アムミトはやや引き気味にそう言うと、「そのままでいっすよ。いちお、公園の管理者に連絡しとくんで」と付け加えて、電話をかけ始めた。
「あ、サーセン、噴水んとこで鳥死んでんの見つけたんすけど。あー、はい、触ってないっす、はい──」
「…………」
温水と化した噴水の、ギラギラ光る水面に浮かぶ小鳥の死骸。ゆっくりと揺蕩うそれは小さく虚ろで、まるで作りものか塵のように見える。さっきまでは確かに、生きものだったはずなのに。
「バーデン・バーデンの処女」
呆然とする私に、凌遅が声をかけてきた。
「手を洗いに行こう。野鳥には、細菌や寄生虫がいることもあるからな」
「はい……」
彼に連れられて近くの水道まで行き、手を洗う。ここの水もひどくぬるい。
私は何故、あんなことをしたのだろう。灼熱の地面に横たわったままではあの小鳥が可哀想だから、少しでも苦痛を緩和してやりたいと思ったのか。どうせ助からないのなら、早く楽にしてやりたいと思ったのか。それとも単純に、この手で息の根を止めてみたかっただけなのか。
今日は待ちに待った退院の日で天気も良く、好い一日になるはずだった。
なのに、私は自分の手で台無しにしてしまった。
凌遅はスクェア・エッダの3階駐車場に車を駐めていたはずだが、さすがに回収されていたようで「ベリトから、迎えを寄越すから1階の西口で待機しておけと連絡があった」と伝えてきた。
程なくしてやってきた担当者は若い男性で、アムミトと名乗った。LR×Dに入って日が浅いらしく、チャラそうだが初々しい雰囲気を感じさせる。聞けばまだ18歳とのことで、私と同年代だ。それを伝えたら、「マジすか。フツーに年上かと思ったっす」と返され、微妙な気持ちになった。
「確かに、女子高生にしては落ち着き払っていて、可愛げがなさ過ぎるよな」と嗤う凌遅に、「そういうあなたも、20代にしては達観し過ぎていませんか」と返したところ、アムミトから「いや、二人ともヤバイっす。人生何周目っすか」と雑にまとめられてしまった。
表に出ると、猛烈な暑さと日差しに襲われ、目がチカチカした。梅雨の時期を快適な病院内で過ごし、気が付けば季節は夏になっていたのだった。まだ実感が湧かないが、早めに気持ちを切り替えておかねば。
私達は後部座席に乗り込んだ。まっすぐいつもの部屋に向かうとばかり思っていたのだが、アムミトが「気分転換とかどうすか」と提案してきた。
何でも、近くに無料で利用できる緑地公園があるらしい。木々や川のおかげで温度が上がりにくく、夏場も比較的快適に散策できるという。
「園内バリアフリーなんで、杖でも大丈夫っす」
「そうなんですか。ちょっと、いいかも……」
せっかくの機会だし、凌遅が「君の意向に沿うよ」と言うので、行ってみることにした。
件の公園は街の中心部から少し離れた場所にあった。整備の行き届いた美しい施設で、木陰が多く、思ったよりずっと涼しい。何組かの家族連れやカップルらしき姿も見られる。
「ここ、穴場なんすよ。自分もたまに彼女と来るんすけど、おすすめは噴水と橋っすかね。景色よくて癒されますよ」
アムミトはゆるくも軽いテンションで私達を案内する。彼の対応は明る過ぎず静か過ぎず、病み上がりには丁度いい距離感だ。また、久々に見る平和で開放的な景色に、心がみるみる澄んでいくのを感じた。何だか大きな生命力を分けてもらえる気がする。
自然と足が前に進む私の背後で、「好いリハビリになりそうだな。感謝するよ」という凌遅の声が聞こえ、アムミトは「よかったっす。自分が好きな場所、シェアしたかったのもあるんで」と歌うように返していた。
少し歩いて噴水の近くに来た時、あるものが目に入った。石畳調の園路に小鳥が一羽、横たわっていた。白色と緑褐色の羽毛が特徴的な愛らしい鳥だ。高温に熱せられた地面の上に倒れていたせいか明らかに弱っており、命が尽きるまであとわずかだとわかった。
「…………」
私は黙ってその小鳥を見ていた。息も絶え絶えで苦しそうだが、もはや何もしてやれることはない。できることと言えば──。
「──あの、何してんすか」
「え……」
気が付けば、私は小鳥を掴み、噴水の水に沈めていた。
「……っ!」
弾かれたように手を引く。
自分は今、何をした……?
慌てて掬い上げようとしたが、既に小鳥は事切れていた。
「小動物も区別しないとか、処刑人ガチ勢っすね」
アムミトはやや引き気味にそう言うと、「そのままでいっすよ。いちお、公園の管理者に連絡しとくんで」と付け加えて、電話をかけ始めた。
「あ、サーセン、噴水んとこで鳥死んでんの見つけたんすけど。あー、はい、触ってないっす、はい──」
「…………」
温水と化した噴水の、ギラギラ光る水面に浮かぶ小鳥の死骸。ゆっくりと揺蕩うそれは小さく虚ろで、まるで作りものか塵のように見える。さっきまでは確かに、生きものだったはずなのに。
「バーデン・バーデンの処女」
呆然とする私に、凌遅が声をかけてきた。
「手を洗いに行こう。野鳥には、細菌や寄生虫がいることもあるからな」
「はい……」
彼に連れられて近くの水道まで行き、手を洗う。ここの水もひどくぬるい。
私は何故、あんなことをしたのだろう。灼熱の地面に横たわったままではあの小鳥が可哀想だから、少しでも苦痛を緩和してやりたいと思ったのか。どうせ助からないのなら、早く楽にしてやりたいと思ったのか。それとも単純に、この手で息の根を止めてみたかっただけなのか。
今日は待ちに待った退院の日で天気も良く、好い一日になるはずだった。
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