bias わたしが、カレを殺すまで。

帆足 じれ

文字の大きさ
上 下
83 / 151
第10章

74 探り合い

しおりを挟む
 とにかく、副代表と可能な限り会話を続ける。彼はコミュ障だと聞いているし、私も人と話すのはあまり得意ではない。
 そこでこの機会に、ずっと気になっていたことを問うてみることにした。

「どうしてそこまで私を邪魔者扱いするんですか。理由を教えてください」

 彼はこちらを一顧だにせず、「……君の存在意義がわからないからだ……」と返答した。

「そんなの私にもわかりません。でも、何故LR×Dに入れられたのか、ずっと気になっています。引き入れたのはバエルだと聞いているので、彼に直接会って真意を確かめたいんです」

 簡潔に己の意思を説明したところ、「それは認められない……」と返された。

「何故ですか」

「…………」

 問いかけても答えが返らず、思った以上に会話が続かない。

「……ええと、じゃあ……」

 頭を悩ませつつ、私は言葉を紡ぎ出す。

「バエルに訳を聞けたら、事由の如何いかんに関わらず、私は即座にLR×Dを去ります。たとえ引き留められたとしても。それならどうですか」

 ベルフェゴールは目を伏せたまま、首を横に振る。

「……っ、私がバエルと接触しようとするのが、そんなに気に食わないんですか」

 カチンときた私はつい喧嘩腰になるが、彼は無表情のまま取り合おうとしない。

「ふふ、困ってらっしゃる……」

 入口の前でラックが小さく嗤うのが聞こえる。

「あなたは黙っていてください!」

 私は肩越しに振り返り、怒りをぶつけた。

「忘れていませんよ、あなたが私の“友人”にしたこと……いつか、必ず償ってもらいますから!」

 その時、

「……いつか……?」

 前方から声がし、私は反射的に向き直る。それまで床を見ていたベルフェゴールの双眸がすいとこちらを向いた。美しいがあまりにも冷たい視線に、思わずたじろぐ。
 彼は低く唸るような調子で言った。

「“いつか”なんてない。君にあるのは、去るか死ぬかのみだから……で、どっちにするの……?」

 私は口を噤んだ。ここで下手なことを言えば、問答無用で殺される気配があったからだ。


 誰も口を開かず、薄暗い病室には雨音だけが響いている。重苦しい空気が満ち、ぴりぴりと神経を刺激してくる。

「時間稼ぎは無駄……君の教育係が来たとしても、中に入れなきゃ助けようがないしな……」

 ベルフェゴールは羽織っていたガウンのポケットから携帯端末を出し、おもむろに画面を見る。多分、凌遅の位置を確認しているのだろう。そしてこの感じだと、私にとっては芳しくない状況に違いない。

「……まあ、今日中にかたが付けばいいから、しばらく待つよ……」

 彼の声音がかすかに和らいだので、何故今日中なのかと突っ込んでみたが、「単なる目安……それより考えて」となされた。

 正に、取り付く島もない。脅したり黙ったり、ごく稀に労わったり……ようやく口を開いても肝心な部分を避け、こちらが訊きたい情報は何一つとして明かさない。ベリトが言っていた通り、手ごわい相手だ……。

 仕方なく、質問を変える。

「私を排除して、バエルにはどう説明するつもりなんですか……」

「……君が抜ける場合、病院から脱走したということにする。丁度、がいるから、そいつに泣いてもらおうと思ってる……」

 額に冷や汗が滲む。どうやら、彼は野ウサギの立ち位置も把握しているようだ。

「……殺処分の場合は、当初の予定通り、“本部の承諾なしに、処刑人同士の不必要且つ長時間の接触が図られた”ということにする……そのためのシナリオもできてるから問題ない……」

 その返答は、奇しくも凌遅の想像通りだった。

「……バレますよ、多分……そうしたら、あなたもタダじゃ済まないんじゃないですか」

 私は正論を突きつけ揺さぶりをかける。

「……いいよ、それでも……」 

 しかし彼は揺らがなかった。

「代表には申し訳ないけど、長い目で見たら組織のためでもあるから……」

「“ためでもある”って……私を排除したい直接の理由は、もっと個人的なことですか」

「…………」

 彼が黙ったので、私は畳み掛けた。

「せめて、それだけでも聞かせてもらえませんか。何もわからないままでは先に進めないので」

 するとベルフェゴールは表情を曇らせ、 

「……知る必要はないし、知ったところで君には理解できない……」

 と言い捨てた。

 彼が初めて感情を表出した。うまくいけば本心を聞き出せるかも知れない。
 そう思った私は、切り札を切ることにした。

「私が、バエルの身内だからですか……」

 ベルフェゴールの目が軽く見開かれる。

「ただ血縁だというだけで、右腕であるあなたを差し置いて優遇されていると感じているからですか……」

 途端にその彫刻のような顔が、ギシギシと音を立てんばかりに強張った。

 彼は明らかに動揺している。もしかすると、核心をついたのかも知れない。
 もう一息だと信じ、私は必死に説得にかかる。

「確かに、完全な人選ミスです。私は本来ここにいるべき人間じゃない……それも含めて、きちんとバエルに話しますから。一度、彼に──」

「……そうか、わかった……」

 ベルフェゴールは組んでいた足を下ろすと、瞼を閉じ、深く嘆息した。次にこちらに向けられた目には、はっきりとした殺意が満ちていた。

「……君は、死にたいんやな……望み通りにしたるわ……」

 何が地雷だったのかはわからない。しかし、私は自分が取り返しのつかないミスをしたことに気付いた。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

処理中です...