bias わたしが、カレを殺すまで。

帆足 じれ

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第10章

74 探り合い

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 とにかく、副代表と可能な限り会話を続ける。彼はコミュ障だと聞いているし、私も人と話すのはあまり得意ではない。
 そこでこの機会に、ずっと気になっていたことを問うてみることにした。

「どうしてそこまで私を邪魔者扱いするんですか。理由を教えてください」

 彼はこちらを一顧だにせず、「……君の存在意義がわからないからだ……」と返答した。

「そんなの私にもわかりません。でも、何故LR×Dに入れられたのか、ずっと気になっています。引き入れたのはバエルだと聞いているので、彼に直接会って真意を確かめたいんです」

 簡潔に己の意思を説明したところ、「それは認められない……」と返された。

「何故ですか」

「…………」

 問いかけても答えが返らず、思った以上に会話が続かない。

「……ええと、じゃあ……」

 頭を悩ませつつ、私は言葉を紡ぎ出す。

「バエルに訳を聞けたら、事由の如何いかんに関わらず、私は即座にLR×Dを去ります。たとえ引き留められたとしても。それならどうですか」

 ベルフェゴールは目を伏せたまま、首を横に振る。

「……っ、私がバエルと接触しようとするのが、そんなに気に食わないんですか」

 カチンときた私はつい喧嘩腰になるが、彼は無表情のまま取り合おうとしない。

「ふふ、困ってらっしゃる……」

 入口の前でラックが小さく嗤うのが聞こえる。

「あなたは黙っていてください!」

 私は肩越しに振り返り、怒りをぶつけた。

「忘れていませんよ、あなたが私の“友人”にしたこと……いつか、必ず償ってもらいますから!」

 その時、

「……いつか……?」

 前方から声がし、私は反射的に向き直る。それまで床を見ていたベルフェゴールの双眸がすいとこちらを向いた。美しいがあまりにも冷たい視線に、思わずたじろぐ。
 彼は低く唸るような調子で言った。

「“いつか”なんてない。君にあるのは、去るか死ぬかのみだから……で、どっちにするの……?」

 私は口を噤んだ。ここで下手なことを言えば、問答無用で殺される気配があったからだ。


 誰も口を開かず、薄暗い病室には雨音だけが響いている。重苦しい空気が満ち、ぴりぴりと神経を刺激してくる。

「時間稼ぎは無駄……君の教育係が来たとしても、中に入れなきゃ助けようがないしな……」

 ベルフェゴールは羽織っていたガウンのポケットから携帯端末を出し、おもむろに画面を見る。多分、凌遅の位置を確認しているのだろう。そしてこの感じだと、私にとっては芳しくない状況に違いない。

「……まあ、今日中にかたが付けばいいから、しばらく待つよ……」

 彼の声音がかすかに和らいだので、何故今日中なのかと突っ込んでみたが、「単なる目安……それより考えて」となされた。

 正に、取り付く島もない。脅したり黙ったり、ごく稀に労わったり……ようやく口を開いても肝心な部分を避け、こちらが訊きたい情報は何一つとして明かさない。ベリトが言っていた通り、手ごわい相手だ……。

 仕方なく、質問を変える。

「私を排除して、バエルにはどう説明するつもりなんですか……」

「……君が抜ける場合、病院から脱走したということにする。丁度、がいるから、そいつに泣いてもらおうと思ってる……」

 額に冷や汗が滲む。どうやら、彼は野ウサギの立ち位置も把握しているようだ。

「……殺処分の場合は、当初の予定通り、“本部の承諾なしに、処刑人同士の不必要且つ長時間の接触が図られた”ということにする……そのためのシナリオもできてるから問題ない……」

 その返答は、奇しくも凌遅の想像通りだった。

「……バレますよ、多分……そうしたら、あなたもタダじゃ済まないんじゃないですか」

 私は正論を突きつけ揺さぶりをかける。

「……いいよ、それでも……」 

 しかし彼は揺らがなかった。

「代表には申し訳ないけど、長い目で見たら組織のためでもあるから……」

「“ためでもある”って……私を排除したい直接の理由は、もっと個人的なことですか」

「…………」

 彼が黙ったので、私は畳み掛けた。

「せめて、それだけでも聞かせてもらえませんか。何もわからないままでは先に進めないので」

 するとベルフェゴールは表情を曇らせ、 

「……知る必要はないし、知ったところで君には理解できない……」

 と言い捨てた。

 彼が初めて感情を表出した。うまくいけば本心を聞き出せるかも知れない。
 そう思った私は、切り札を切ることにした。

「私が、バエルの身内だからですか……」

 ベルフェゴールの目が軽く見開かれる。

「ただ血縁だというだけで、右腕であるあなたを差し置いて優遇されていると感じているからですか……」

 途端にその彫刻のような顔が、ギシギシと音を立てんばかりに強張った。

 彼は明らかに動揺している。もしかすると、核心をついたのかも知れない。
 もう一息だと信じ、私は必死に説得にかかる。

「確かに、完全な人選ミスです。私は本来ここにいるべき人間じゃない……それも含めて、きちんとバエルに話しますから。一度、彼に──」

「……そうか、わかった……」

 ベルフェゴールは組んでいた足を下ろすと、瞼を閉じ、深く嘆息した。次にこちらに向けられた目には、はっきりとした殺意が満ちていた。

「……君は、死にたいんやな……望み通りにしたるわ……」

 何が地雷だったのかはわからない。しかし、私は自分が取り返しのつかないミスをしたことに気付いた。

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