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第10章
72 活動欲求
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次の日から、私の機能回復訓練が本格的に開始された。歩行訓練、日常動作訓練、マッサージやストレッチ、筋力トレーニングなどが行われるのだが、これがきつかった。本当に、きつかった。
取り掛かるのが遅かったせいで身体が完全に鈍ってしまったため、元の状態に戻すには並大抵の努力では足りなかった。
人間の筋力は、3~5週間の絶対安静で50パーセント近くも低下するらしい。恐ろしいことに、回復には4倍の時間が必要だと言う。数字で示されると絶望的な気分になるが、ここで踏ん張らねばもっとひどいことになると己を鼓舞した。
当初は、痛みやうまく動かない手足のストレスで疲弊しっ放しだったものの、“恨める相手”を見つけたことでモチベーションは保てていた。
あとは、臨時の連絡員としてベリトが手を上げてくれたのが大きかった。彼には胡散臭い部分もあるが気心が知れているし、何より陽気な性格なので場が明るくなる。
また、スクェア・エッダの人気レストランから食事をデリバリーしてくれるのが嬉しかった。私の好みを考慮して肉料理中心なのもありがたい。寝たきりが続いて消化器が弱っているはずの患者が、何の支障もなくボリュームたっぷりの食事を摂れていることに医療スタッフが驚いていた。やはり私の身体は他人より丈夫にできているらしい。
そしてベリトは、しばしば野ウサギを伴って訪室してくれた。
「ったく、連絡員が二人続けて殺される処刑人なんて、前代未聞だわ。死神かよ、あんた」
彼女は開口一番キツい突っ込みをしてきたが、すぐに「まあ、元気出せって。こんな目に遭っても死なない時点で、ツキは残ってるみたいだしな」と励ましてくれた。口は悪いがなんだかんだフォローを入れてくれるので、本質的には優しい人なのだと思う。
ただ、「早く回復してくれないと困るんだよ。ヨシダのおっさんから、あの件どうなってんだってせっ付かれてんだからさあ」と耳打ちされるのには閉口した。私にとっての戦いは正にこれから始まるのだから、彼女の期待には当分応えられそうにない。
「ベリト、あんたも覚悟だけはしときなよ? 三人目の犠牲者になるかも知れないんだから」
「ご冗談を」
野ウサギのブラックジョークを受けて、ベリトはニヤリと笑った。
「僕が担当になったからには、もうベルフェゴールさんの好きにはさせませんよー。むしろ、あの人の計画をことごとく妨害してメンタル砕いてやります」
「そいつは結構だが、くれぐれもバーデン・バーデンの処女の安全を優先してくれよな」
凌遅が釘を刺すと、ベリトは額に手をやり、「善処します」と苦笑した。
私のリハビリは順調に進んだ。これといった妨害がなかったのは、凌遅やベリトが水面下で手を尽くしていたからかも知れない。梅雨の時期だったので何となく気分は塞いだものの、いつ命を狙われるのかわからない恐怖から解放されたからか、キツくても前向きに取り組めたような気がする。
そのうち車椅子の自走が可能になり、私はリハビリと気分転換を兼ねてメディカルエリア内を移動するようになった。顔見知りになった患者や医療スタッフが声をかけてくれたりして、刺激を得られる点も気に入っている。
凌遅は常に同伴するわけではない。私が「ちょっと出てきます。今日は××エリアの方に行ってみようと思っています」とざっくりした予定を告げると、彼は本を読みながら「行ってきな」とだけ返してくるので非常に気が楽だ。
素っ気ないが、有事の際に円滑な行動を取れるよう、携帯端末の位置情報アプリを開き、常に目の届くところに置いている。これにより、私も安心して単独行動が取れるのだ。
ある日、私がいつものように散策を終え、フリースペースで休憩しながらペットボトルを開けていたら、携帯端末が振動した。
もしや何らかの異常事態が発生したのではと思い、急いで画面を確認すると、ダイレクトメッセージの通知があった。そこに表示されているHNを見て、我が目を疑った。
ウコバチ。
そんなはずはない。先日、私は確かに彼女を見送ってきたはずだ。
だが、もしかするとあの後、息を吹き返したのではないかという希望が過ぎり、ついそれをタップする。
チャット画面にメッセージはなく、位置情報のみが表示されていた。
きっと何かのバグか、悪意ある人間の罠に違いない。
凌遅の判断を仰ぐべきだと思った。しかしHNを見ているうちに懐かしさが込み上げ、居ても立ってもいられなくなってしまった。
記されていた場所は現在地から目と鼻の先だ。自分の病室に戻るよりずっと早い。
危険だという自覚はあるが、いざとなったら大声を出すなり、携帯端末で凌遅に助けを求めるなりすればいい。
そう結論付けて、件の場所へと車椅子を進める。
その時の私は、ある程度、身体が利くようになってきたことで生まれる、活動欲求と好奇心を抑えられなくなっていた。
取り掛かるのが遅かったせいで身体が完全に鈍ってしまったため、元の状態に戻すには並大抵の努力では足りなかった。
人間の筋力は、3~5週間の絶対安静で50パーセント近くも低下するらしい。恐ろしいことに、回復には4倍の時間が必要だと言う。数字で示されると絶望的な気分になるが、ここで踏ん張らねばもっとひどいことになると己を鼓舞した。
当初は、痛みやうまく動かない手足のストレスで疲弊しっ放しだったものの、“恨める相手”を見つけたことでモチベーションは保てていた。
あとは、臨時の連絡員としてベリトが手を上げてくれたのが大きかった。彼には胡散臭い部分もあるが気心が知れているし、何より陽気な性格なので場が明るくなる。
また、スクェア・エッダの人気レストランから食事をデリバリーしてくれるのが嬉しかった。私の好みを考慮して肉料理中心なのもありがたい。寝たきりが続いて消化器が弱っているはずの患者が、何の支障もなくボリュームたっぷりの食事を摂れていることに医療スタッフが驚いていた。やはり私の身体は他人より丈夫にできているらしい。
そしてベリトは、しばしば野ウサギを伴って訪室してくれた。
「ったく、連絡員が二人続けて殺される処刑人なんて、前代未聞だわ。死神かよ、あんた」
彼女は開口一番キツい突っ込みをしてきたが、すぐに「まあ、元気出せって。こんな目に遭っても死なない時点で、ツキは残ってるみたいだしな」と励ましてくれた。口は悪いがなんだかんだフォローを入れてくれるので、本質的には優しい人なのだと思う。
ただ、「早く回復してくれないと困るんだよ。ヨシダのおっさんから、あの件どうなってんだってせっ付かれてんだからさあ」と耳打ちされるのには閉口した。私にとっての戦いは正にこれから始まるのだから、彼女の期待には当分応えられそうにない。
「ベリト、あんたも覚悟だけはしときなよ? 三人目の犠牲者になるかも知れないんだから」
「ご冗談を」
野ウサギのブラックジョークを受けて、ベリトはニヤリと笑った。
「僕が担当になったからには、もうベルフェゴールさんの好きにはさせませんよー。むしろ、あの人の計画をことごとく妨害してメンタル砕いてやります」
「そいつは結構だが、くれぐれもバーデン・バーデンの処女の安全を優先してくれよな」
凌遅が釘を刺すと、ベリトは額に手をやり、「善処します」と苦笑した。
私のリハビリは順調に進んだ。これといった妨害がなかったのは、凌遅やベリトが水面下で手を尽くしていたからかも知れない。梅雨の時期だったので何となく気分は塞いだものの、いつ命を狙われるのかわからない恐怖から解放されたからか、キツくても前向きに取り組めたような気がする。
そのうち車椅子の自走が可能になり、私はリハビリと気分転換を兼ねてメディカルエリア内を移動するようになった。顔見知りになった患者や医療スタッフが声をかけてくれたりして、刺激を得られる点も気に入っている。
凌遅は常に同伴するわけではない。私が「ちょっと出てきます。今日は××エリアの方に行ってみようと思っています」とざっくりした予定を告げると、彼は本を読みながら「行ってきな」とだけ返してくるので非常に気が楽だ。
素っ気ないが、有事の際に円滑な行動を取れるよう、携帯端末の位置情報アプリを開き、常に目の届くところに置いている。これにより、私も安心して単独行動が取れるのだ。
ある日、私がいつものように散策を終え、フリースペースで休憩しながらペットボトルを開けていたら、携帯端末が振動した。
もしや何らかの異常事態が発生したのではと思い、急いで画面を確認すると、ダイレクトメッセージの通知があった。そこに表示されているHNを見て、我が目を疑った。
ウコバチ。
そんなはずはない。先日、私は確かに彼女を見送ってきたはずだ。
だが、もしかするとあの後、息を吹き返したのではないかという希望が過ぎり、ついそれをタップする。
チャット画面にメッセージはなく、位置情報のみが表示されていた。
きっと何かのバグか、悪意ある人間の罠に違いない。
凌遅の判断を仰ぐべきだと思った。しかしHNを見ているうちに懐かしさが込み上げ、居ても立ってもいられなくなってしまった。
記されていた場所は現在地から目と鼻の先だ。自分の病室に戻るよりずっと早い。
危険だという自覚はあるが、いざとなったら大声を出すなり、携帯端末で凌遅に助けを求めるなりすればいい。
そう結論付けて、件の場所へと車椅子を進める。
その時の私は、ある程度、身体が利くようになってきたことで生まれる、活動欲求と好奇心を抑えられなくなっていた。
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