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第9章
71 決意 ② ⚠
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ウコバチはICUの中にいた。状態が悪いのは誰の目にも明らかで、顔には死相が浮かんでいた。
凌遅の介添えでそばに寄り、私は彼女の冷え切った手を取る。強く握り締めたかったが、寝たきりの生活で萎えてしまった指は、頼りなげに戦慄くばかりだ。力の入らない手の平で包み込むことしかできない。
言いたいことはいくつもあったはずだ。しかし、言葉は喉で塞き止められて、感情だけが溢れ出す。
その時、彼女の指がかすかに動くのを感じた。凌遅の方へ目を向けると、彼も気付いていたらしく、無言でうなずいた。
伝えるなら、今だ。おそらく、あまり時間は残されていない。
「……っ」
私はベッドに横たわる彼女に、母の最期を重ねていた。5年前に見た病院での光景がフラッシュバックし、息が止まりそうだ。
胸が痛い。苦しい。もうこれ以上、ここにいたくない。彼女が力尽きて行く様を見ていられない。
「……はあぁ……」
それでも私は、声を絞り出す。
「……りがとぅ……ざぃます……っ、助けて、くれて……っ」
氷のような彼女の手に額を寄せ、泣きながら感謝を伝えた。
「……私、あなたとの時間が好きでした……また、一緒に……あなたのお茶が飲みたかった……っ」
届いているかはわからないけれど、ヴィネに言えなかった分、少しでも聞いている望みがあるうちに自分の想いを示したかった。
それから数分後、私と凌遅は集中治療室を後にした。
結局、ウコバチが目を覚ますことはなかった。表情を変えることも、意識は戻らないながら声掛けに反応して涙を流すといったドラマティックな展開もなかった。最後まで彼女の本心を聞くことはできず、ICUで私に何と言ったのかも不明のままだ。
だが、私の心はほんの少しだけ晴れた。彼女の死に顔が安らかだったことも救いになった気がする。
「ありがとうございました。声、かけてくれて」
病室へ戻る道すがら、私は凌遅に礼を言った。
「気にしなくていい」
想定通りの応答をした凌遅は一拍置いた後、「バエルの帰国が少し遅れるそうだよ」という想定外の話を口にした。
「情報源はトゥクルカだから、信憑性は高い。猶予が伸びたことで、ベルフェゴールが新たな刺客を寄越す可能性はあるが、君のリハビリに十分な時間が取れるとも言える。それに、俺は七割方回復している。ベリトやジャニター、情報システム部の知己と連携して防備を固めるから、必要以上に気を揉むことはない」
「…………」
私の胸に再び黒い靄がかかる。
ベルフェゴールはまた私の味方を奪った。理由は“気に入らない私に肩入れし、排除の邪魔になったから”?
ふざけるな……。そんな馬鹿げた理屈で、一体、何人殺せば気が済むのだ。
そこまで私が目障りなら、人を動かしてないで自分の足で歩いて来いよ、卑怯者……!
絶対に許せない。いつか報いを受けさせる。
そして、私をLR×Dへ引き摺り込んだ元凶・バエル。いくら尊敬する叔父だからと言って、私の素質を買っていたからと言って……こんな真似をして許されるわけがない。彼にも代償を払わせなければならない。
忘れかけていた強烈な感情が込み上げてくるのがわかった。
下唇を噛み、肩を震わせる私を背後から見下ろしながら、凌遅が問う。
「猶予期間の間、君は何がしたい、バーデン・バーデンの処女」
「そうですね……」
彼が車椅子を止めたので、私は首を捻って相手の目を真っ直ぐ見る。
「みんなの仇を一掃してLR×Dをぶっ壊すために、少しでも力をつけたいです……」
「久しぶりの好い目だ」
凌遅は口角を上げる。
「じゃあ、準備をしよう。俺もそろそろ仕上げにかからないとな……」
どういう意味かはわからないが、彼の中で何かが形になってきているらしい。
私も、蹲っている場合じゃない。
凌遅の介添えでそばに寄り、私は彼女の冷え切った手を取る。強く握り締めたかったが、寝たきりの生活で萎えてしまった指は、頼りなげに戦慄くばかりだ。力の入らない手の平で包み込むことしかできない。
言いたいことはいくつもあったはずだ。しかし、言葉は喉で塞き止められて、感情だけが溢れ出す。
その時、彼女の指がかすかに動くのを感じた。凌遅の方へ目を向けると、彼も気付いていたらしく、無言でうなずいた。
伝えるなら、今だ。おそらく、あまり時間は残されていない。
「……っ」
私はベッドに横たわる彼女に、母の最期を重ねていた。5年前に見た病院での光景がフラッシュバックし、息が止まりそうだ。
胸が痛い。苦しい。もうこれ以上、ここにいたくない。彼女が力尽きて行く様を見ていられない。
「……はあぁ……」
それでも私は、声を絞り出す。
「……りがとぅ……ざぃます……っ、助けて、くれて……っ」
氷のような彼女の手に額を寄せ、泣きながら感謝を伝えた。
「……私、あなたとの時間が好きでした……また、一緒に……あなたのお茶が飲みたかった……っ」
届いているかはわからないけれど、ヴィネに言えなかった分、少しでも聞いている望みがあるうちに自分の想いを示したかった。
それから数分後、私と凌遅は集中治療室を後にした。
結局、ウコバチが目を覚ますことはなかった。表情を変えることも、意識は戻らないながら声掛けに反応して涙を流すといったドラマティックな展開もなかった。最後まで彼女の本心を聞くことはできず、ICUで私に何と言ったのかも不明のままだ。
だが、私の心はほんの少しだけ晴れた。彼女の死に顔が安らかだったことも救いになった気がする。
「ありがとうございました。声、かけてくれて」
病室へ戻る道すがら、私は凌遅に礼を言った。
「気にしなくていい」
想定通りの応答をした凌遅は一拍置いた後、「バエルの帰国が少し遅れるそうだよ」という想定外の話を口にした。
「情報源はトゥクルカだから、信憑性は高い。猶予が伸びたことで、ベルフェゴールが新たな刺客を寄越す可能性はあるが、君のリハビリに十分な時間が取れるとも言える。それに、俺は七割方回復している。ベリトやジャニター、情報システム部の知己と連携して防備を固めるから、必要以上に気を揉むことはない」
「…………」
私の胸に再び黒い靄がかかる。
ベルフェゴールはまた私の味方を奪った。理由は“気に入らない私に肩入れし、排除の邪魔になったから”?
ふざけるな……。そんな馬鹿げた理屈で、一体、何人殺せば気が済むのだ。
そこまで私が目障りなら、人を動かしてないで自分の足で歩いて来いよ、卑怯者……!
絶対に許せない。いつか報いを受けさせる。
そして、私をLR×Dへ引き摺り込んだ元凶・バエル。いくら尊敬する叔父だからと言って、私の素質を買っていたからと言って……こんな真似をして許されるわけがない。彼にも代償を払わせなければならない。
忘れかけていた強烈な感情が込み上げてくるのがわかった。
下唇を噛み、肩を震わせる私を背後から見下ろしながら、凌遅が問う。
「猶予期間の間、君は何がしたい、バーデン・バーデンの処女」
「そうですね……」
彼が車椅子を止めたので、私は首を捻って相手の目を真っ直ぐ見る。
「みんなの仇を一掃してLR×Dをぶっ壊すために、少しでも力をつけたいです……」
「久しぶりの好い目だ」
凌遅は口角を上げる。
「じゃあ、準備をしよう。俺もそろそろ仕上げにかからないとな……」
どういう意味かはわからないが、彼の中で何かが形になってきているらしい。
私も、蹲っている場合じゃない。
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