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第9章
70 決意 ① ⚠
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次に目を覚ました時、薄暗い部屋の天井が見えた。どうやら、まだ両親の元へは行けないらしい。
うんざりしながら周囲を見渡すと、凌遅が部屋の隅の椅子に腰掛け、誰かと通話していた。
「……そうか、わかった。有益な情報、感謝する。彼女にも話してみるよ。じゃあ、また──」
通話を終えた凌遅は私の視線に気付き、松葉杖を突きながらベッドサイドまで歩いてきた。
「何か、あったんですか……」
大して興味はないが形式的な質問をする。今の私は、何を聞いてもさほど驚かないだろうと思っていた。
ところが、凌遅の口から出た「ウコバチが生死の境を彷徨っているらしい」という話に、確かに胸が疼いた。
「どういうことですか……」
「懇意にしているジャニターが知らせてくれたんだが、ベルフェゴールから“コニウムの置き土産”を使ったので片付けを頼むと依頼されたそうだ。コニウムの実績を見るに、その“置き土産”とやらはシアン化合物と推測できる」
以前、件の暗殺者に殺されかけた時、彼が持っていたペン型の注入器のことを思い出し、鳥肌が立つ。
凌遅はベッドサイドの椅子に腰を下ろした。
「彼が現場に駆け付けた時点で、ウコバチにはまだかすかに息があった。おまけにどこで嗅ぎ付けたのか、ベリトから延命させろと指示が出て、止む無くメディカルエリアに担ぎ込んだそうだ」
ジャニターは当初、ベルフェゴールに逆らって報復されるのを恐れ、断ろうとしたらしいが、ベリトは何故か凌遅を引き合いに出し、ゴリ押ししたという。
「いいですか? この方の卵料理は凌遅さんのお気に入りなんです。ここで見捨てたら貴方、あの方に殺されますよ? 何でって、僕が凌遅さんにリークするのは決定事項なので。そりゃ、ベルフェゴールさんは怖いでしょうよ? 圧は強いし、掃除屋に消されるの、嫌ですよねー。でも、凌遅さんの処刑法はあの通り、ゆっくり薄切りにしていくスタイルですから、どっちが楽かよーく考えてみて下さい」と言われ、どうしようもなかったらしい。
「それで納得されちまうなんて、俺はどんなイカれ野郎だと思われているんだろうな。ベリトが卵料理の話をいつ仕入れたのかも気になる。医療スタッフから漏れたのだとしたら、守秘義務はどうなって──」
「──ベリトさんは、どうして助けろなんて言ったんでしょう……」
私が、凌遅のややずれたコメントにかぶせるようにしてつぶやくと、彼は「さあな。ベルフェゴールの足を引っ張れれば何でも良いんだろう」と至極わかりやすい説を述べた。
「…………」
「これは私見だがな」
ややあって、黙り込む私を見つめていた凌遅がこんなことを言い出した。
「ウコバチは、君を本気で殺そうとは思っていなかったと思うよ」
「え……」
私が視線を向けると、彼は続ける。
「ベルフェゴールは一刻も早く君を殺したがっているから、神経剤は十分な量が用意されていたはずだ。だが、君は助かった。人類が作り出した最強最悪の化学物質の一つを食らってな。通常であれば、こんな奇跡は起こらない。となると、実行犯である彼女が手心を加えたと考えるのが妥当だ」
私の鼓動が速くなる。
「それがバレて粛清されたんだろう。ヴィネと同じように」
心臓がドクンと大きく跳ねた。ヴィネの惨たらしい最期を思い出した途端、脳内の靄が急速に消えて行くのを感じた。同時にウコバチと過ごした心地好い時間の記憶が、チカチカと明滅する。
「会いに行くか」
凌遅が問う。
「今ならまだ、息がある。明日には止まっているかも知れないがな」
「…………」
彼女が私の命を狙ったのは事実だし、私が行ったところで何ができるわけでもない。かける言葉も訊くべき質問も浮かんでいない。そもそも彼女に意識があるかどうかもわからない。
だが、会っておかねば後悔するということだけはわかっていた。
「……行きます。手伝ってくれますか」
私の答えを聞いた凌遅は「もちろんだ」と返し、部屋の隅に置かれていた車椅子を取りに行った。
私の身体は想像の3倍以上衰弱していた。車椅子への移乗どころか、上体を起こしてベッドの縁に腰掛けるのすら大変な苦労を強いられた。まだ10代だと言うのに、1ヶ月弱の寝たきり生活はここまで筋力を奪うのかと恐ろしくなる。
思えば凌遅自身も松葉杖が必要な身体なのに、無理をさせてしまった。誰か呼んだ方が良いのではないかと問えば、彼は「これもリハビリの一環だ」と言い切り、杖を片手に車椅子を押し始めた。
あんな重傷を負っていたはずの凌遅が軽快に歩を進める様を見て、やはり早期の回復訓練は重要なのだと実感させられる。
うんざりしながら周囲を見渡すと、凌遅が部屋の隅の椅子に腰掛け、誰かと通話していた。
「……そうか、わかった。有益な情報、感謝する。彼女にも話してみるよ。じゃあ、また──」
通話を終えた凌遅は私の視線に気付き、松葉杖を突きながらベッドサイドまで歩いてきた。
「何か、あったんですか……」
大して興味はないが形式的な質問をする。今の私は、何を聞いてもさほど驚かないだろうと思っていた。
ところが、凌遅の口から出た「ウコバチが生死の境を彷徨っているらしい」という話に、確かに胸が疼いた。
「どういうことですか……」
「懇意にしているジャニターが知らせてくれたんだが、ベルフェゴールから“コニウムの置き土産”を使ったので片付けを頼むと依頼されたそうだ。コニウムの実績を見るに、その“置き土産”とやらはシアン化合物と推測できる」
以前、件の暗殺者に殺されかけた時、彼が持っていたペン型の注入器のことを思い出し、鳥肌が立つ。
凌遅はベッドサイドの椅子に腰を下ろした。
「彼が現場に駆け付けた時点で、ウコバチにはまだかすかに息があった。おまけにどこで嗅ぎ付けたのか、ベリトから延命させろと指示が出て、止む無くメディカルエリアに担ぎ込んだそうだ」
ジャニターは当初、ベルフェゴールに逆らって報復されるのを恐れ、断ろうとしたらしいが、ベリトは何故か凌遅を引き合いに出し、ゴリ押ししたという。
「いいですか? この方の卵料理は凌遅さんのお気に入りなんです。ここで見捨てたら貴方、あの方に殺されますよ? 何でって、僕が凌遅さんにリークするのは決定事項なので。そりゃ、ベルフェゴールさんは怖いでしょうよ? 圧は強いし、掃除屋に消されるの、嫌ですよねー。でも、凌遅さんの処刑法はあの通り、ゆっくり薄切りにしていくスタイルですから、どっちが楽かよーく考えてみて下さい」と言われ、どうしようもなかったらしい。
「それで納得されちまうなんて、俺はどんなイカれ野郎だと思われているんだろうな。ベリトが卵料理の話をいつ仕入れたのかも気になる。医療スタッフから漏れたのだとしたら、守秘義務はどうなって──」
「──ベリトさんは、どうして助けろなんて言ったんでしょう……」
私が、凌遅のややずれたコメントにかぶせるようにしてつぶやくと、彼は「さあな。ベルフェゴールの足を引っ張れれば何でも良いんだろう」と至極わかりやすい説を述べた。
「…………」
「これは私見だがな」
ややあって、黙り込む私を見つめていた凌遅がこんなことを言い出した。
「ウコバチは、君を本気で殺そうとは思っていなかったと思うよ」
「え……」
私が視線を向けると、彼は続ける。
「ベルフェゴールは一刻も早く君を殺したがっているから、神経剤は十分な量が用意されていたはずだ。だが、君は助かった。人類が作り出した最強最悪の化学物質の一つを食らってな。通常であれば、こんな奇跡は起こらない。となると、実行犯である彼女が手心を加えたと考えるのが妥当だ」
私の鼓動が速くなる。
「それがバレて粛清されたんだろう。ヴィネと同じように」
心臓がドクンと大きく跳ねた。ヴィネの惨たらしい最期を思い出した途端、脳内の靄が急速に消えて行くのを感じた。同時にウコバチと過ごした心地好い時間の記憶が、チカチカと明滅する。
「会いに行くか」
凌遅が問う。
「今ならまだ、息がある。明日には止まっているかも知れないがな」
「…………」
彼女が私の命を狙ったのは事実だし、私が行ったところで何ができるわけでもない。かける言葉も訊くべき質問も浮かんでいない。そもそも彼女に意識があるかどうかもわからない。
だが、会っておかねば後悔するということだけはわかっていた。
「……行きます。手伝ってくれますか」
私の答えを聞いた凌遅は「もちろんだ」と返し、部屋の隅に置かれていた車椅子を取りに行った。
私の身体は想像の3倍以上衰弱していた。車椅子への移乗どころか、上体を起こしてベッドの縁に腰掛けるのすら大変な苦労を強いられた。まだ10代だと言うのに、1ヶ月弱の寝たきり生活はここまで筋力を奪うのかと恐ろしくなる。
思えば凌遅自身も松葉杖が必要な身体なのに、無理をさせてしまった。誰か呼んだ方が良いのではないかと問えば、彼は「これもリハビリの一環だ」と言い切り、杖を片手に車椅子を押し始めた。
あんな重傷を負っていたはずの凌遅が軽快に歩を進める様を見て、やはり早期の回復訓練は重要なのだと実感させられる。
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