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第9章

65 おさらい

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「顔付きが変わったな」

 凌遅が言った。

「バエルの正体に確信が持てたのか」

「はい……」

 私は携帯端末の画面を見つめたまま答える。

「正直、驚いています。認めたくない気持ちの方が強いですが……」

 凌遅は小さく息を吐き、「殺せそうか」と訊いてきた。

「わかりません。まずは彼の言い分を聞いてみたいと思っています。私の想像と違うかも知れませんし、もしかするとがあるかも知れないので」

「賢明だな」

 彼はベッドの足元付近に備え付けられているリモコンを指し、リクライニングボタンを押してくれと頼んで来た。私が従うと、「他に訊きたいことはあるか」と問われた。

「ええ。いっぱい」

「いっぱい、ね……」

 私の答えが可笑しかったのか、凌遅は柔らかな笑いを含んだ声で「わかった、訊きな。俺の答えられる範囲で教えてやるよ」と返してきた。

 そこからひたすら二人で話をした。私の質問は途切れず、途中で凌遅が休憩を所望するほどだった。
 彼の答えは抽象的だったり漠然としていたりと、単刀直入に疑問の核心を突くようなものではなかった。ベリト曰く、凌遅は本部の意向を忖度しないし、基本的に嘘を吐かないとのことだったが、私が余計な情報を得ないよう何らかの配慮はしているのかも知れない。

 いろいろな方向から質問を重ねたおかげで、人間関係の理解を深めることができた。
 LR×D代表お気に入りの会員達は、バエル(バアル)のHNハンドルネームから派生したとされる悪魔の名前、もしくは“B”から始まる処刑具・拷問具の名前が与えられ、便宜的に“Bael'sバエルズ Gadgetsガジェッツ”と呼ばれている。

 前者は本部の人間で、副代表(No.2)のベルフェゴールをはじめ、No.3のベリアル、No.4のベルゼビュート、No.5のベリトなどがおり、彼らはいわゆる幹部メンバーとのこと。ちなみにベルゼビュートは3年ほど前に発足したヨーロッパ支部を任されているため、No.4は事実上の空位になっている。
 またLR×Dは近頃、アジア圏にも支部を置いて活動を広げようとしている向きがあるそうだ。
 思いのほか規模の大きな話になってきて、途中から脳が省電力モードに切り替わったのがわかった。そう言えば、叔父はフォトグラファーとして世界中を飛び回っている。もしかすると、以前から撮影に託けて事業の下地を作っていたのだろうか……。

 詳細は不明だが、組織の巨大化に伴って細々こまごまとしたタスクが山積しており、それらの管理を担っているベルフェゴールの心理的負荷がいやしていることが、今回の暗殺未遂事件の一因となった確率が高いという。正直、私の知ったことではないので、そんな理由で命を狙われては堪らない。まあ、件の副代表はバエルに心酔していると聞くし、身内びいきの人事を快く思わないのは、わからなくもないが。

 地味に気になるのは、ベリトが意外にもちゃんとしたポジションに就いていたことだ。“けっこうエラい”とは聞いていたけれど、まさか序列5位とは恐れ入った。むしろ大丈夫なのかと、本部の采配に突っ込みを入れたくなる。

 後者は処刑人で、ファラリスの雄牛(Brazen Bull)、ブレスト・リッパー(Breast Ripper)、車裂き(Breaking Wheel)などがおり、彼らはほぼ例外なく自身がBael's Gadgetsであることに誇りを持っている。代表に目をかけられていること自体がステータスである上、報酬も高額になるからだ。

 一片の興味もないが、私もに含まれている。自分のあずかり知らぬところで妙な枠に入れられているのは心外極まりない。ただ、良くも悪くも箔が付くので、処刑人同士の余計な衝突を回避するシールドになっていると捉えれば、まったくの無意味というわけではない。叔父が決めたのなら、もありなんだ。

 こんなくだらないシステムにまで叔父の温情を見いだそうとするなんて、私はよくよく追い詰められているらしい。


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