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第9章
62 訊きたいこと ② ⚠
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「ありがとうございます。参考になりました。最後に、もう一つだけ」
「え~? 某特命係の眼鏡紳士ばりに捻じ込んで来ますねえ。はい、なんでしょう?」
ベリトが苦笑交じりに応じてくれたので、私は凌遅の寝顔を見ながら、ずっと気になっていた疑問を掘り下げてみることにした。
「この人は当初、“本部からの指示で、私の教育係兼相棒を拝命した”と言っていました。でもツェペシュさんには、“至上の処刑人が新人の教育係を務めるのはおかしいと思っていた”と言われました。このことについて、ベリトさんはどう思われますか」
彼は神妙な面持ちで「正直、違和感しかないです」と言い切った。
「凌遅さんはLR×Dの中でフォロワー数トップの処刑人です。更新頻度はそこまで高くありませんが、継続的に質の高いコンテンツを提供し続けているので、観客達から絶大な人気と信頼を得ているわけです。
しかも彼は毎回、殺人からイベントの企画まで、手間のかかる工程をすべて一人でこなしています。字幕と多言語音声ももちろん押さえていて、今のところ7ヶ国語対応です。AIに頼らない本人の美声による生きたトークが、各国で好評を博しているようですよ。
さらにヤバイのは、動画内で使われているおしゃれな音楽素材やイラスト、全部凌遅さんが制作してるんです。あと、ミニコーナーに挿入される難問クイズもオリジナルだとか。もう、控えめに言ってバケモノです。
話が逸れましたが、この仕事量からして新人を構っている暇なんか1秒もありませんし、そもそもそういったことに興味を持つタイプでもありません。なので、単純に謎だな、と」
説明を聞きながら、私は呆気に取られていた。
彼は毎日、涼しい顔でりんごを齧りながら、そんな膨大な作業をおこなっていたのか。
ヴィネが言っていた「超人だから、あのヒト」という台詞が一気に現実味を帯びてきた。
「なるほどね。さすがはハンニバル」
野ウサギは同意しながら軽く腕を組む。
「“ストーカー系”とか自己完結型の例外もいるけど、あたしらみたいな普通の処刑人は、大抵いろんなスタッフと連携するもんだからな」
ベリトは点頭した。
「まあ、ウチは人手不足で仕事を兼任する者も少なくないので、あり得ない話ではないんですが、新人の教育係なら他にもっと適任の処刑人がいくらでもいます。わざわざ凌遅さんが担当するのは作為的ですね。となると、これもバーデン・バーデンの処女さんの成長に関わる事柄……なのかも知れません」
「私の成長、ですか……」
真相に近付くつもりが、却って謎を深めてしまった。
「そう言えば、凌遅さんのチャンネル、ご覧になったことは?」
考え込んでいた私に、ベリトがふと訊いてきた。
「いえ、まだ」
「一度、視聴してみることをお勧めします。いろいろな意味で価値観が変わると思いますよ。もしかしたら、何かヒントも見つかる……かも知れません」
その後、野ウサギとベリトは、医療スタッフが訪室したタイミングで部屋を出て行った。
帰りしなに、「あーあ、退院したら、あちこちに頭下げないとなー。ヨシダのおっさんには酒で手を打つとして……周牢のヤツ、がっかりすんだろうなー……」という野ウサギのぼやきが聞こえ、ベリトは「いいじゃないですか。今回はただのリハーサルだったんですから」と合わせていた。
バイタルチェックの際、凌遅の状況に大きな変化はないと聞いて安心したが、一向に目を覚まさないのが気になる。
暇を持て余した私はベリトの言葉を思い出し、凌遅のアップした動画を見てみることにした。
携帯端末を取り出すと、バッテリー残量がかなり少なくなっている。昨日から酷使していたことに加え、充電もしていなかったのだから当然だろう。
充電器は持参していないので院内コンビニで購入する必要があるが、私は現金を持っておらず決済アプリに頼らざるを得ない。だとしたら端末が使えているうちに買い物を済ませなければ。
その前に一応室内を確認したら、ベッドサイドの床頭台から充電ケーブルが延びており、「ご自由にお使いください」と書かれたステッカーが見えたので、ありがたく使わせてもらうことにした。
私は椅子を床頭台の側に少し寄せ、LR×Dの会員ページから検索をかける。
ひと細工工房
そう題された凌遅のチャンネルは、意外にも上品な雰囲気を醸し出していた。個性的ながら絶妙な空間構成と時間配分でテンポが良く、視聴者を飽きさせない工夫が感じられる。
また、随所に挿入される音楽やイラストなども商業レベルで、ベリトが舌を巻くのもうなずける。
同様にストアのオリジナルグッズはデザイン性が高く、記念品の見せ方も巧みだ。
この世界観を彼が一人で作り上げたというのだから驚かされる。
ただ、内容は凄惨を極め、第1回から良くも悪くも完成度が高かった。
最初の投稿は5年前で、“素材”は当時テレビで見ない日はないほど活躍していた有名タレントだった。最近、露出が減ったと思っていたら、よもやこんな場所で彼の作品になっていたとは……。
衝撃的だったのは、動画の序盤で“素材”がまだ生きていたことだ。
凌遅は紙袋を被ったお馴染みのスタイルで要点を説明しながら、拘束されているタレントの肉を刃物で薄く切り取っていく。タレントは激しく取り乱し、耐え難い恐怖と苦痛に暴れ狂っているが、彼は露ほども気にする素振りを見せず、切り取った肉を床に敷き詰め、曼荼羅のような作品に仕上げていた。
これが、彼のHNの由来となっている世界屈指の酷刑か……。
私は何度か、凌遅の作業風景や殺人の瞬間を目にしている。だが、彼が人の肉を生きたまま削いでいるのを目の当たりにしたのは初めてだ。少しは耐性がついていたかと思ったが、あまりの酸鼻さに胸が悪くなる。
救いは残虐なシーンの合間に「小休止」と称して、ミニコーナーが挿入されている点だ。
凌遅が道具の手入れや片付けをしたり、りんごを食べたりしながら、雑談混じりに自身が考案したクイズなどを紹介する。このクイズの解答をダイレクトメッセージで送り、見事正解すると、彼が作成したオリジナル楽曲や描き下ろし画像をダウンロード可能になるらしい。
私も挑戦してみたが、皆目見当がつかない。ベリトが難問と評していた理由がわかる。
ただ、これまでに何人か正解している観客がいるようで、コメント欄にはダウンロードした作品に対する好意的な反応が書き込まれていたりする。時折、謎の数字やアルファベットが飛び交っていたりするが、これが何らかのヒントだったりするのだろうか。いくら見つめても解読できそうにないので、早々に諦めた。
また、凌遅は「俺の動画には毎回、ちょっとした仕掛けがある。気づいた人はダイレクトメッセージで教えてくれ。正解者にはもれなく粗品をプレゼントする」などとコメントし、視聴者の好奇心をくすぐってくる。これは人気も出るわけだと実感した。
視聴を続けるうち、ある動画のことが頭を過ぎった。私の家を舞台にした、あの動画だ。この調子だとアップされているのだろう。
彼と初めて遭遇したシーンを思い浮かべただけでリビングの惨状がありありと蘇り、動悸が止まらなくなる。
凌遅に聞いた限りでは、彼が父の肉を生きながら削っていないのは確からしいが、だからと言って視聴したいとは思わない。
でもあの日、彼が解体した白髪交じりの頭の持ち主が本当に父だったのか否か、確かめたい気持ちはあった。
そしてそれを確認すれば、どこかで諦めが付く気もした。
「…………」
私は意を決して、1ヶ月前にアップされた一つの動画を開いてみることにした。タイトルは、
Ping Pong Mum 20××年4月×日 ××県××市 50代 男性
間違いない。父を素材にしたものだ。
「え~? 某特命係の眼鏡紳士ばりに捻じ込んで来ますねえ。はい、なんでしょう?」
ベリトが苦笑交じりに応じてくれたので、私は凌遅の寝顔を見ながら、ずっと気になっていた疑問を掘り下げてみることにした。
「この人は当初、“本部からの指示で、私の教育係兼相棒を拝命した”と言っていました。でもツェペシュさんには、“至上の処刑人が新人の教育係を務めるのはおかしいと思っていた”と言われました。このことについて、ベリトさんはどう思われますか」
彼は神妙な面持ちで「正直、違和感しかないです」と言い切った。
「凌遅さんはLR×Dの中でフォロワー数トップの処刑人です。更新頻度はそこまで高くありませんが、継続的に質の高いコンテンツを提供し続けているので、観客達から絶大な人気と信頼を得ているわけです。
しかも彼は毎回、殺人からイベントの企画まで、手間のかかる工程をすべて一人でこなしています。字幕と多言語音声ももちろん押さえていて、今のところ7ヶ国語対応です。AIに頼らない本人の美声による生きたトークが、各国で好評を博しているようですよ。
さらにヤバイのは、動画内で使われているおしゃれな音楽素材やイラスト、全部凌遅さんが制作してるんです。あと、ミニコーナーに挿入される難問クイズもオリジナルだとか。もう、控えめに言ってバケモノです。
話が逸れましたが、この仕事量からして新人を構っている暇なんか1秒もありませんし、そもそもそういったことに興味を持つタイプでもありません。なので、単純に謎だな、と」
説明を聞きながら、私は呆気に取られていた。
彼は毎日、涼しい顔でりんごを齧りながら、そんな膨大な作業をおこなっていたのか。
ヴィネが言っていた「超人だから、あのヒト」という台詞が一気に現実味を帯びてきた。
「なるほどね。さすがはハンニバル」
野ウサギは同意しながら軽く腕を組む。
「“ストーカー系”とか自己完結型の例外もいるけど、あたしらみたいな普通の処刑人は、大抵いろんなスタッフと連携するもんだからな」
ベリトは点頭した。
「まあ、ウチは人手不足で仕事を兼任する者も少なくないので、あり得ない話ではないんですが、新人の教育係なら他にもっと適任の処刑人がいくらでもいます。わざわざ凌遅さんが担当するのは作為的ですね。となると、これもバーデン・バーデンの処女さんの成長に関わる事柄……なのかも知れません」
「私の成長、ですか……」
真相に近付くつもりが、却って謎を深めてしまった。
「そう言えば、凌遅さんのチャンネル、ご覧になったことは?」
考え込んでいた私に、ベリトがふと訊いてきた。
「いえ、まだ」
「一度、視聴してみることをお勧めします。いろいろな意味で価値観が変わると思いますよ。もしかしたら、何かヒントも見つかる……かも知れません」
その後、野ウサギとベリトは、医療スタッフが訪室したタイミングで部屋を出て行った。
帰りしなに、「あーあ、退院したら、あちこちに頭下げないとなー。ヨシダのおっさんには酒で手を打つとして……周牢のヤツ、がっかりすんだろうなー……」という野ウサギのぼやきが聞こえ、ベリトは「いいじゃないですか。今回はただのリハーサルだったんですから」と合わせていた。
バイタルチェックの際、凌遅の状況に大きな変化はないと聞いて安心したが、一向に目を覚まさないのが気になる。
暇を持て余した私はベリトの言葉を思い出し、凌遅のアップした動画を見てみることにした。
携帯端末を取り出すと、バッテリー残量がかなり少なくなっている。昨日から酷使していたことに加え、充電もしていなかったのだから当然だろう。
充電器は持参していないので院内コンビニで購入する必要があるが、私は現金を持っておらず決済アプリに頼らざるを得ない。だとしたら端末が使えているうちに買い物を済ませなければ。
その前に一応室内を確認したら、ベッドサイドの床頭台から充電ケーブルが延びており、「ご自由にお使いください」と書かれたステッカーが見えたので、ありがたく使わせてもらうことにした。
私は椅子を床頭台の側に少し寄せ、LR×Dの会員ページから検索をかける。
ひと細工工房
そう題された凌遅のチャンネルは、意外にも上品な雰囲気を醸し出していた。個性的ながら絶妙な空間構成と時間配分でテンポが良く、視聴者を飽きさせない工夫が感じられる。
また、随所に挿入される音楽やイラストなども商業レベルで、ベリトが舌を巻くのもうなずける。
同様にストアのオリジナルグッズはデザイン性が高く、記念品の見せ方も巧みだ。
この世界観を彼が一人で作り上げたというのだから驚かされる。
ただ、内容は凄惨を極め、第1回から良くも悪くも完成度が高かった。
最初の投稿は5年前で、“素材”は当時テレビで見ない日はないほど活躍していた有名タレントだった。最近、露出が減ったと思っていたら、よもやこんな場所で彼の作品になっていたとは……。
衝撃的だったのは、動画の序盤で“素材”がまだ生きていたことだ。
凌遅は紙袋を被ったお馴染みのスタイルで要点を説明しながら、拘束されているタレントの肉を刃物で薄く切り取っていく。タレントは激しく取り乱し、耐え難い恐怖と苦痛に暴れ狂っているが、彼は露ほども気にする素振りを見せず、切り取った肉を床に敷き詰め、曼荼羅のような作品に仕上げていた。
これが、彼のHNの由来となっている世界屈指の酷刑か……。
私は何度か、凌遅の作業風景や殺人の瞬間を目にしている。だが、彼が人の肉を生きたまま削いでいるのを目の当たりにしたのは初めてだ。少しは耐性がついていたかと思ったが、あまりの酸鼻さに胸が悪くなる。
救いは残虐なシーンの合間に「小休止」と称して、ミニコーナーが挿入されている点だ。
凌遅が道具の手入れや片付けをしたり、りんごを食べたりしながら、雑談混じりに自身が考案したクイズなどを紹介する。このクイズの解答をダイレクトメッセージで送り、見事正解すると、彼が作成したオリジナル楽曲や描き下ろし画像をダウンロード可能になるらしい。
私も挑戦してみたが、皆目見当がつかない。ベリトが難問と評していた理由がわかる。
ただ、これまでに何人か正解している観客がいるようで、コメント欄にはダウンロードした作品に対する好意的な反応が書き込まれていたりする。時折、謎の数字やアルファベットが飛び交っていたりするが、これが何らかのヒントだったりするのだろうか。いくら見つめても解読できそうにないので、早々に諦めた。
また、凌遅は「俺の動画には毎回、ちょっとした仕掛けがある。気づいた人はダイレクトメッセージで教えてくれ。正解者にはもれなく粗品をプレゼントする」などとコメントし、視聴者の好奇心をくすぐってくる。これは人気も出るわけだと実感した。
視聴を続けるうち、ある動画のことが頭を過ぎった。私の家を舞台にした、あの動画だ。この調子だとアップされているのだろう。
彼と初めて遭遇したシーンを思い浮かべただけでリビングの惨状がありありと蘇り、動悸が止まらなくなる。
凌遅に聞いた限りでは、彼が父の肉を生きながら削っていないのは確からしいが、だからと言って視聴したいとは思わない。
でもあの日、彼が解体した白髪交じりの頭の持ち主が本当に父だったのか否か、確かめたい気持ちはあった。
そしてそれを確認すれば、どこかで諦めが付く気もした。
「…………」
私は意を決して、1ヶ月前にアップされた一つの動画を開いてみることにした。タイトルは、
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