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第9章

60 ベルフェゴール ♤

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 着信 chairman
 応答

「――はい、ベルフェゴールです……」

「やあ、お疲れ。今、話せるかな」

「お疲れ様です。どうされました……?」

「うん、少し確認したいことがあってね。そちらは変わりないかい」

「ええ、通常通りです……」

「そう。例の新人処刑人の様子はどうだろう。問題行動を起こしたりしていないかな」

「いえ、特に目立ったことは……」

「そうか。実はね、さっきスクェア・エッダ内で処刑人同士の衝突があったようだと耳にしたんだ。その中にバーデン・バーデンの処女がいたらしいから、ちょっと気になってね」

「……そうでしたか。把握できておらず、申し訳ありません。至急確認し、折り返します」

「よろしく頼む。忙しいだろうから、時間のある時で構わないよ」

「承知しました……」

「まあ、君に任せていれば間違いはないと確信しているけれどね。それにしても、君には昔から助けてもらってばかりだな。いつもありがとう。本当に助かっている」

「……恐れ入ります……」

「そうだ。日本に帰ったら二人で飲みに行こう。積もる話もあるし、××にいい店を開拓したんだ」

「お気遣いありがとうございます。このプロジェクトが一段落したら是非……」

「ああ、そうだね。君に無茶をさせている側だというのに、つい先走ってしまった。配慮が足らなかったな……申し訳ない」

「……! いえ、そんな、とんでもない。嬉しいです……」

「はは、よかった。じゃあ、そのことも含めて、また後で話そう。あまりこんを詰め過ぎず、コーヒーブレイクも挟むようにね」

「……はい。も、お身体をおいといください……失礼します……」


 通話終了


「……はあ……どっから漏れた……?」



 ×時間後――

 コンコンコン

「……どうぞ」

 ガチャ

「失礼します、ピカナです。あの、お仕事中すみません。今、お時間大丈夫ですか……?」

「……はい、何……?」

 カタカタカタカタカタ(タイピング音のみが静かに響いている)

(は~、ヤバ……今日も死ぬほどカッコいい……♡ さっきのダメージ残ってるけど、おかげで頑張れそー)
「えっと、今回の狩りの件で……ツェペシュはまだ意識が戻ってないので、私が報告に来たんですけど……」

「……見ての通り、取り込み中なんで、簡潔に話してくれる……?」

 カタカタカタカタカタカタ

「あ、はい……実はその、思わぬ反撃に遭って、失敗しちゃいました……」

 カタカタカタカタカタカタ

「……そうだね。カメラ越しに一通り見てた」

「そう、ですか……」

 カタカタカタカタカタカタ

「……何か、申し開きある?」

 カタカタカタカタカタカタ

「いや、ないです。弁解の余地なしって言うか……」

「……ああ、そう……」

 カタカタカタカタカタカタ

「…………」

 カタカタカタカタカタカタ

「…………」

 カタカタカタカタカタカタ

(全然こっち見てくれない……まあ、今の顔ひどいからその方が助かるけど……)
「……あの、申し訳ありませんでした。もしよかったら、もう一度チャンスをもらえませんか……?」

「……何で……?」

 カタカタカタカタカタカタ

「こ……今回はしくじりましたけど、次はちゃんと確実に仕留めますからっ」

「……いや、もういい。君らでは力不足だとわかった」

 カタカタカタカタカタ

「や、そんなことないです! 現にツェペシュは野ウサギと凌遅に深手を負わせましたし、バーデン・バーデンの処女も私があと少しで――」

「君、何か勘違いしてないか……?」

 カタカタカタカタカタ

「……は? えっ、と……」

「……仕事を請け負った以上、結果を出せなければ意味はない。あのお膳立てを活かせなかったことと、スタンドプレーに走って計画の阻害要因になったことについて、どう考えてるの……?」

「……それについては、申し訳ないと思ってます。ただ、もう一度機会をもらえたら、今度こそご期待に応えてみせますんで!」

「…………」

 カタカタカタカタカタ

「ほっ、本当です! 本当に――」

「……よう言わんわ……」

「えっ?」

「ちゃっちゃと仕留めて来てって言うたのに、それ無視して油断して……挙句トチるようなヤツ信用出来へん……」

(あれ、言葉変わった……? そう言えばベルフェゴールさん、関西出身だっけ……なんか新鮮。でも、さっきまでと違ってわかりやすく不機嫌だぁ……)
「……それは、本当に申し訳なかったです……っ。ですが、実際に戦ってみてポテンシャルは絶対私達の方が高いってわかりました。なので、次こそ確実に処刑します! 凌遅が怪我してる今なら間違いなく取れますんで……!」

 カタカタカタカタ

「……は最初から手負いや。ほんまに話聞いてへんな……そもそも、あの男がバーデン・バーデンの処女置いて外出る機会なんて、まずない。せやから今日れ言うたんやろが……あの男のエグさ、自分も知っとるやろ……」

「それは……」

 カタカタカタカタ

「……二番煎じは通用せえへん。君らには新しい仕事割り当てるから、それまで自宅待機。ええな……」

「……っ、あの……」

「話は終いや、もう帰り……」

 カタカタカタカタ

(うう……取り付く島もない……っ。でも、ここで引いたらダメだよね……)
「おっ、お願いします! どうかもう一度だけ……っ」

「……もうええて」

 カタカタカタカタカタ

「そこを何とかっ! 本当にあと一歩だったんですっ。顔、怪我させられて、このままじゃ気が済まないですし、どうにかなりませんかね?」

 カタカタカタカt……

「……お前、ええ加減にせえよ……」

「……っ!?」

「……お前の気が済まんとか、そんなもんどうでもええ。それに、って何なん……それ調整すんの誰や思てんねん。簡単に言いなや……」

「……えっ、あっ、いや……そういうつもりじゃ……」

 カタカタカタカタカタカタ

「……最近、余所から使える人間ごっそり引き抜かれてもうた。人手不足でただでさえ目ぇ回るほど忙しいのに、海外からまで声かかるようになって……俺、連日アホみたいに仕事しとんねん。代表の悲願やから頑張るけど……毎日毎日やらなあかんことばっかりで、頭おかしなりそうや……」

 ガタガタガタガタ……!

(ひぃっ! 打鍵音、エグイ……)
「あああ、あのっ、あのですね……っ、私は――」

「……ピカナぁ……」

「はっ、はひっ!」

「……お前、反省してへんみたいやし、明日から1週間、謹慎せえ……それとも、ヴィネと同じ目見るか……? ラック――あの新入り、ええ仕事するからな……」

(うわうわ、やばいやばいやばい……っ! ご尊顔見れたし、一旦逃げる!!)
「すみませんっ、すみません……っ! 1週間後にまた来ます! 失礼しました……っ!」

 ばたばたばたばた……バタン!

「……来んでええわ……はあぁ……しんど……」

 ベルフェゴールは眼鏡を外し、目頭を押さえる。

、あかんかった……バエルさん戻る前に、はよ次の手考えんと……」

 忌々しげに言い捨てて眼鏡をかけ直すと、壁のカレンダーをぼんやりと見る。一面スケジュールで埋め尽くされ、翌月末に印がつけてあった。

 彼はキーボードを叩いて、ある人物の位置情報を測位する。先ほど通話したLR×D代表・バエルの位置だ。ディスプレイには、中華人民共和国 四川省 成都せいと市の地図が表示されている。

「成都か……中国4大パンダ基地の一角やん。ええなあ……」

 まったく感情が乗らない無表情のままつぶやくと、ベルフェゴールはデスクの端にある菓子入れに手を伸ばす。ところが中身はほとんど残っておらず、個包装のブドウ糖が2つだけだった。

 彼は面倒くさそうに携帯端末をって、直属のジャニターに電話をかける。

「……悪い、食い物のストックが切れた……うん……気が付いたら自動注文が死んでた。内容はいつもと同じでいいから、早めに届けてくれるか。リクエスト……? あー……じゃ、焼き菓子にして。なるべく粉が落ちないヤツで……ああ、そんな感じでいい。ただ、マドレーヌはいらない。いや、嫌いではないけど、……はい、よろしく……」

 通話を終えると、ベルフェゴールはブドウ糖の包みを開け、ぽいと口に放り込んだ。甘味が満ち、一瞬だけ表情を緩めた彼は再度独りつ。

「……さっきの、どっから漏れたんやろ……」

 再び眉間の皺を深くしたベルフェゴールは、デスクの引き出しからロゴマークが特徴的なタバコと愛用のC23010を取り出し、火を点ける。
 このライターはバエルから贈られたもので、蓋を開く時のキンッという美しい金属音も荒んだ心の慰めになっている。

「……はあぁ……」

 ベルフェゴールはC23010を握りながら、ゆっくり深く煙を吸い込み、ふんと共に吐き出した。

「……大体、見当つくけど、きっちり落し前つけてもらわんとな……」

 室内に白煙が満ちるに連れて、瘴気しょうきも濃くなっていく――。



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