bias わたしが、カレを殺すまで。

帆足 じれ

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第8章

52 だから言ったんだ ♠

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 トゥクルカと別れたのは15時を回った頃だ。シビアな彼女らしからぬ協力的な反応には、少なからずヴィネの死が影響したと思われる。

 彼女達は普段から親しくしていたと聞いている。おそらくヴィネが一方的に絡みに行き、トゥクルカは文句を言いつつ世話を焼いていたのだろう。

 以前、ヴィネに言われた「りょおちんもクルたんも冷たく見えて面倒見がいいから、つい甘えたくなっちゃうんだよね」という人物評を思い出した。
 自覚はないが、俺とトゥクルカには似た部分があるのかも知れない。

 車に戻り、今後の予定について思いを巡らせる。

 トゥクルカのおかげでは一つの確証を得た。
 これが不確かであるうちに動き出すのは早計だと思っていたから、今回裏が取れたことでようやく踏ん切りを付けてもいいだろうという結論に至った。

 これから会う予定の人物は、F.ハールマンというHNハンドルネームを持つ“観客”だ。
 彼は某巨大企業の代表を務めており、LR×Dにとって最大のパトロンの一人にして、古参会員でもある。組織がフィンブルヴェトとして発足した当初から、変わらぬ熱量で関わり続けてくれているため、バエルも心を許し、個人的に酒を酌み交わすほど親しくしている。

 俺との付き合いも長く、かれこれ5年ほどになる。
 LR×Dには出資額に応じた特典の一つとして、「推しに会える」というリターンがある。そこで彼からお呼びがかかり、実際に顔を合わせたのがきっかけで惚れ込まれて、現在に至る。

 F.ハールマンが愛好しているのは人肉嗜食カニバリズムで、俺の処刑法は彼の好みに完璧に沿うものではない。
 だが、「肉を切り取って並べる」というスタイル自体はお気に召したようで、推してくれていると聞いた。
 こういう点でも、俺を気に入っているバエルと意気投合する要因になっていると思しい。

 初めて会った日、思いのほか話が弾み、バエルが席を外した際、

「お前さんとは気が合いそうだ。プライベートな話もしてみたいねえ」と誘われた。

 俺も彼の人間性に興味を覚えていたので受け入れ、密かに“組織の監視を受けない某SNS”のIDを交換して、定期的に遣り取りを続けていた。


 今日はF.ハールマンと新しい情報を共有し、を煮詰める予定だ。順調に事が運んだとしても帰りは遅くなるだろう。

 夕方には帰るという約束を反故ほごにすることになるが、俺が戻るまでにバーデン・バーデンの処女が殺害される確率は限りなく低い。
 頭の回転が速いベリトと身体能力に優れる野ウサギが護衛につき、耐火構造で建てられたセーフルーム仕様のあの部屋にこもっている限り、まず突破されることはないからだ。

 それ故、不意に届いた“情報システム部”からのダイレクトメッセージを見た時は目を疑った。


 “バーデン・バーデンノ処女ノ周辺ニ、複数ノ処刑人ガ集マリ始メテイマス。
 リエゾンカラノ申請ハ出テオラズ、本部ガ接触ヲ許可シタ事実ハ有リマセン。
 場所ハ、スクェア・エッダ2階・メインストリート西口エリア”


 すぐに確認すると、確かに件の複合商業施設にバーデン・バーデンの処女の反応があった。

 何故そんな場所にいる。護衛の二人はどうした。
 ベルフェゴールが火種である以上、ベリトが寝返るとは考えにくい。彼と懇意にしている処刑人であれば問題ないだろうと、野ウサギについてはノーマークだったが、彼女が地雷だったのか。それなりに長い付き合いで人となりも把握しているつもりでいたが、誤算だったのかも知れない。

 ともあれ、捨て置くわけにはいかない。俺は嘆息し、行き先をスクェア・エッダに変更する。

 バーデン・バーデンの処女は10代の少女の中では比較的冷静な部類で、知力も胆力もある。だが体力は一般的な女子高生以下で、人を殺すことはおろか襲われた際に身を守るスキルすら十分ではない。

 しかも彼女の周辺に表示される処刑人の中にがいる。到底、催涙スプレーで凌ぎきれるものではないし、ベリトと野ウサギ──彼女がネズミでなかった場合──には荷が勝ち過ぎている。

 俺とてそうだ。たとえ片手を負傷していなくても、彼らとぶつかるのは極力避けたい。

 俺にとって殺人は、素材を得るための副次的な行為に過ぎない。処刑人の本分をわきまえろと非難する者もいるが、草創期から組織の成長に貢献し続けていることに基づく特恵として、解体作業をメインに活動する例外を認めさせている。

 従って、生粋の処刑人に比べ、殺人にまつわる精度が低いのは否めない。
 “獲物をどう嬲り殺し、観客の喝采を浴びるか”より、“いかに鮮度の良い素材を手に入れ、好ましく展示するか”を主軸にしているのだから当然だ。
 他の処刑人が“狩猟家”だとしたら俺は“表現者”の部類なので、初めから住む世界が違う。

 また道具の問題も無視できない。む無く殺す場合、俺はアイスピック一本での不意打ちを常としている。物陰に潜み、あるいは出し抜けに急所を突き刺す単純なやり方だ。
 そのため、複数名と渡り合うのは骨が折れる。
 リーチの長い得物を持つ相手となると、難易度は一層高くなる。一斉に向かって来られたら勝ち目はないだろう。
 うまく分散できたとしても、無傷で生還できる保証はない。況してバーデン・バーデンの処女を護りながらでは、勝率は3割にも満たないと思われる。

 第一、今から行って間に合うかどうか。

「だから言ったんだ、部屋から出るなと……」

 ハンドルを握る指に力が入り、骨折した箇所が脈打つのを感じる。


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