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第8章
49 禍つ神
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「あんた、“LR×Dで一番手ごわい処刑人”って誰だと思う?」
スクェア・エッダに向かう道すがら、野ウサギが問う。
私は処刑人のことをほとんど知らないが、皆から一目置かれ、恐れられているという事実に鑑みれば、第一候補は凌遅だ。
しかし、少なくとも彼とは議論ができる。だから一番手ごわいと思う処刑人なら、もっと他に相応の相手がいる気がした。
そうだ、あの男だ……。
「よく知りませんが、私と同じ舞台に上がった新人の男性……彼は、手ごわいと思います」
すると野ウサギは意外そうな顔をした。
「てっきり凌遅くんて言うと思ってた」
「あの人とは話し合いができますから。納得すれば譲ってくれますし」
そう返すと、野ウサギは呑み込み顔でうなずき、ハンドルを握るベリトにも同じ質問をする。
彼は思いつくまま処刑人の名前を挙げていたが、最後には「バーデン・バーデンの処女さんに同感です」と結んだ。
「個人的には“至上の処刑人”と名高い凌遅さんを推したいんですけど、あの方は我が道を行くタイプでほとんど周りに干渉してきませんから実害がありません。中身の凶悪さで言えば、血の鷲さんや舟刑さんですが……ラックさんは、何て言うか、こう……じわじわとヤバイ、怖いっていうのが伝わってきますからね」
「あいつ、何者なの?」
野ウサギの問いにベリトは首を横に振る。
「僕も気になっていろいろ調べてるんですけど、彼に関する情報は何処からも入ってこないんですよ。夜会当日、ラックさんは当たり前のように参加してましたが、僕はあの方の存在について何も聞かされてませんでした。正直、いたっけ? って感じです。だから気になって夜会の後、すぐに会員のデータベースにアクセスしてみました。実は僕、LR×Dの中でもけっこうエラいポジションなんで、秘文書までは閲覧できるんです。でも、その時点で夜会以前の痕跡がまったく見つからない状態でした。普通は何かしらヒットするはずなんですけど」
「この世のものじゃなかったりしてね」
野ウサギが助手席で大きく息を吐く。
何とも言えない空気が車内に満ちる。そんなはずはないと思いつつも、ありえないと一笑に付す気にはなれなかった。
あの男の纏う不気味さと不自然さは異様で、いっそ禍つ神と言われた方がよほど納得できる。
「そういや、本部の人間の中で一番手ごわいのはやっぱり代表?」
野ウサギの次の問いに、ベリトは「そうだと思います。ただ……」と言葉を濁す。
「代表は凌遅さんと同じようなタイプなんで、実害の有無で考えたらベルフェゴールさんの方がヤバイですね」
「あんたが苦手ってだけの話じゃないの?」という野ウサギのコメントに対し、ベリトは事々しく言い訳をする。
「苦手じゃなくて嫌いなんですよー。一言で言うと、コミュ障が過ぎます。誤解のないように言っておきますと、これは僕個人の見解じゃなくて関係者の総意ですからね」
「何か、嫌なことをされたんですか」
思わず訊くと、彼はにやりと笑った。
「と言うか、生理的に無理なんです。Gとかナメクジを見て愉快になる人って少ないでしょ?」
その台詞にすべてが凝縮されている気がする。
「暗いタイプですか」
私のコメントを受けて、ベリトはこれでもかというほど大仰にうなずいた。
「顔を合わせた人全員の一日を台無しにするほどの負のオーラを撒き散らす、ナチュラルボーン陰キャです。あの人がいるだけで空気が澱んで、同席者は軽い呼吸困難に陥るか、最悪失神します」
「ぎゃはは! ヤバ過ぎだろ。もはやちょっとした死神だね」
「そうなんですよ」
ベリトは腹を抱える野ウサギに尤もらしく相槌を打つ。
「ただ忌まわしいことに、容姿だけは国宝級なんですよぉ……背高くて、ムカつくほど顔がイイです。身なりにはまったく頓着してないというか、全体的にくたびれた格好してるんですが、なんか決まってて……このギャップがまた神経に障るんですよねぇぇ。見た目か中身か、どっちかにキャラ寄せろやぁぁぁぁ! むしろ中身が不快害虫なんだから、見た目も死神であれ! 僕よりスタイリッシュイケメンとか許せんのじゃぁぁぁぁぁ!!」
「ちょ……っ、あんた……面白過ぎる……っ」
爆笑する野ウサギの横で顔を顰める運転手の目元がルームミラーに映っている。しかしその目には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
彼は生来、陽気なのだろう。だからこそ真逆のベルフェゴールとは不倶戴天の間柄なのかも知れない。
「ベリトさんの明るさは魅力的だと思いますよ。私も明朗なタイプじゃないので、憧れます」
率直な感想を伝えると少しの間があり、「……ありがとうございます。あらら、なんか嬉しいんですけどー♡」というコメントが返ってきた。
すると、野ウサギがすかさず突っ込みを入れる。
「ベリト、なに照れてんだよ。それにあんたも、大して親しくない男に真顔でそういうこと言うかね。天然タラシ強いわあ。真面目なヤツの真っ直ぐな誠意ってのは、こんな性悪の心も打つんだねえ……」
「え、えっと……?」
「あー、反応しなくて大丈夫ですよ、バーデン・バーデンの処女さん。僕も華麗にスルーしますんで」
「おい、なんかあたしがスベッたみたいになってんじゃねーか」
その後、私とベリトは野ウサギに盛大に弄られ、何となく車内の空気も和んだ。
スクェア・エッダに向かう道すがら、野ウサギが問う。
私は処刑人のことをほとんど知らないが、皆から一目置かれ、恐れられているという事実に鑑みれば、第一候補は凌遅だ。
しかし、少なくとも彼とは議論ができる。だから一番手ごわいと思う処刑人なら、もっと他に相応の相手がいる気がした。
そうだ、あの男だ……。
「よく知りませんが、私と同じ舞台に上がった新人の男性……彼は、手ごわいと思います」
すると野ウサギは意外そうな顔をした。
「てっきり凌遅くんて言うと思ってた」
「あの人とは話し合いができますから。納得すれば譲ってくれますし」
そう返すと、野ウサギは呑み込み顔でうなずき、ハンドルを握るベリトにも同じ質問をする。
彼は思いつくまま処刑人の名前を挙げていたが、最後には「バーデン・バーデンの処女さんに同感です」と結んだ。
「個人的には“至上の処刑人”と名高い凌遅さんを推したいんですけど、あの方は我が道を行くタイプでほとんど周りに干渉してきませんから実害がありません。中身の凶悪さで言えば、血の鷲さんや舟刑さんですが……ラックさんは、何て言うか、こう……じわじわとヤバイ、怖いっていうのが伝わってきますからね」
「あいつ、何者なの?」
野ウサギの問いにベリトは首を横に振る。
「僕も気になっていろいろ調べてるんですけど、彼に関する情報は何処からも入ってこないんですよ。夜会当日、ラックさんは当たり前のように参加してましたが、僕はあの方の存在について何も聞かされてませんでした。正直、いたっけ? って感じです。だから気になって夜会の後、すぐに会員のデータベースにアクセスしてみました。実は僕、LR×Dの中でもけっこうエラいポジションなんで、秘文書までは閲覧できるんです。でも、その時点で夜会以前の痕跡がまったく見つからない状態でした。普通は何かしらヒットするはずなんですけど」
「この世のものじゃなかったりしてね」
野ウサギが助手席で大きく息を吐く。
何とも言えない空気が車内に満ちる。そんなはずはないと思いつつも、ありえないと一笑に付す気にはなれなかった。
あの男の纏う不気味さと不自然さは異様で、いっそ禍つ神と言われた方がよほど納得できる。
「そういや、本部の人間の中で一番手ごわいのはやっぱり代表?」
野ウサギの次の問いに、ベリトは「そうだと思います。ただ……」と言葉を濁す。
「代表は凌遅さんと同じようなタイプなんで、実害の有無で考えたらベルフェゴールさんの方がヤバイですね」
「あんたが苦手ってだけの話じゃないの?」という野ウサギのコメントに対し、ベリトは事々しく言い訳をする。
「苦手じゃなくて嫌いなんですよー。一言で言うと、コミュ障が過ぎます。誤解のないように言っておきますと、これは僕個人の見解じゃなくて関係者の総意ですからね」
「何か、嫌なことをされたんですか」
思わず訊くと、彼はにやりと笑った。
「と言うか、生理的に無理なんです。Gとかナメクジを見て愉快になる人って少ないでしょ?」
その台詞にすべてが凝縮されている気がする。
「暗いタイプですか」
私のコメントを受けて、ベリトはこれでもかというほど大仰にうなずいた。
「顔を合わせた人全員の一日を台無しにするほどの負のオーラを撒き散らす、ナチュラルボーン陰キャです。あの人がいるだけで空気が澱んで、同席者は軽い呼吸困難に陥るか、最悪失神します」
「ぎゃはは! ヤバ過ぎだろ。もはやちょっとした死神だね」
「そうなんですよ」
ベリトは腹を抱える野ウサギに尤もらしく相槌を打つ。
「ただ忌まわしいことに、容姿だけは国宝級なんですよぉ……背高くて、ムカつくほど顔がイイです。身なりにはまったく頓着してないというか、全体的にくたびれた格好してるんですが、なんか決まってて……このギャップがまた神経に障るんですよねぇぇ。見た目か中身か、どっちかにキャラ寄せろやぁぁぁぁ! むしろ中身が不快害虫なんだから、見た目も死神であれ! 僕よりスタイリッシュイケメンとか許せんのじゃぁぁぁぁぁ!!」
「ちょ……っ、あんた……面白過ぎる……っ」
爆笑する野ウサギの横で顔を顰める運転手の目元がルームミラーに映っている。しかしその目には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
彼は生来、陽気なのだろう。だからこそ真逆のベルフェゴールとは不倶戴天の間柄なのかも知れない。
「ベリトさんの明るさは魅力的だと思いますよ。私も明朗なタイプじゃないので、憧れます」
率直な感想を伝えると少しの間があり、「……ありがとうございます。あらら、なんか嬉しいんですけどー♡」というコメントが返ってきた。
すると、野ウサギがすかさず突っ込みを入れる。
「ベリト、なに照れてんだよ。それにあんたも、大して親しくない男に真顔でそういうこと言うかね。天然タラシ強いわあ。真面目なヤツの真っ直ぐな誠意ってのは、こんな性悪の心も打つんだねえ……」
「え、えっと……?」
「あー、反応しなくて大丈夫ですよ、バーデン・バーデンの処女さん。僕も華麗にスルーしますんで」
「おい、なんかあたしがスベッたみたいになってんじゃねーか」
その後、私とベリトは野ウサギに盛大に弄られ、何となく車内の空気も和んだ。
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