bias わたしが、カレを殺すまで。

帆足 じれ

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第6章

42 伊関家への訪問 ② ♠ ⚠

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 中学時代、俺は初めて人を殺した。たまたま目についた高齢者を後ろから一突きにして放置しただけで、特別なことはしていない。

 数年前からフィンブルヴェトの活動拠点がダークウェブに移ったため、容易にアクセスできなくなって活動を休止していたことや、高校受験、家庭内の面倒事などが重なり、自分でも気づかないうちにフラストレーションを溜めていたのかも知れない。

 当時の俺は疲弊していて、どんな形であれ状況が変わることを希求していた。
 しかし蓋を開けてみれば大した感動はなく、期待していたようなことも起こらなかった。ただ単に「犯人不明の通り魔殺人事件」として半年ばかり地元を賑わせただけだったので、殺人に対する関心は消え失せ、無心になれる解体作業を以前にも増して渇望するようになった。

 ところが、この殺人写真をあの人に送ったところ、事態がややこしくなった。あらましを知り、アンダーグラウンドマーケットで集客を図ろうとしていたベルフェゴールから、殺しの依頼が届くようになったのだ。
 俺の画像でコンセプトに賛同してくれる出資者が増加したとかで、さらなる事業拡大のために尽力せよということらしい。
 ターゲットと作業場所は用意するので、お前はひたすら殺してばらせと言われた。解体できる素材が手に入るという点で許容できたが、やはり殺人はあまり好みではなかった。

 その旨をあの人にメールすると、

「気が乗らないことをする必要はないよ。フィンブルヴェトの活動理念に則れば、それは邪道だからね。彼とも話してみよう。いずれにせよ、君に無理を強いるつもりはないので、今後も意に染まないことがあれば遠慮なく伝えてくれ。この機会に自分が本当に好きなことは何か、考えてみるといい」

 という返信があった。さらに

「君に渡したいものがあるから、住所を教えてくれると助かる。直接渡せたら良かったんだが、あいにくと都合がつかなくてね」と続き、その数日後、ABK31014が自宅に届いた。

 某・添削式の通信教育講座のDMを装っていたが、パッケージにでかでかと描かれていたキャラクターに見覚えがあったためピンと来た。
 親に気づかれないよう自室で開封した時の昂りは忘れられない。

「身辺がごたついていて、進学祝いが遅れてしまったことを許して欲しい。以前、君が使っていたものと同じブランドにしたよ。骨スキの用途は、骨から肉を切り離すことだ。君の作業と思索の助けになったら嬉しい」

 メッセージが記された小さなメモは、今でも記念品スーベニアと共にキャンディー缶の底にしまってある。

 こうしてみると、俺の価値観の根底をなすのは、あの人の存在なのだと強く思う。



 骨スキの柄を軽く握り、普段通りの手触りを確認すると、準備が整ったことを知らせるべく、が待機しているであろう風呂場へ向かう。
 途中、物音がしていたので何らかの作業中かと思い、入室前に声をかけるも返答はない。

 らちが明かないので戸を開けようとしたら、何かにつかえた。ドアの隙間から、床に散乱したバスグッズと金属製のタオルハンガーにぶら下がっている白髪交じりの頭が見えた時、俺はおおよそを察し、すぐにリビングへ引き返した。

 装備をして戻ると、俺を待つ彼は柔和な表情を浮かべたままだった。一言も発しなかったが、彼の言いたいことは十二分に伝わってきたので、「後は、預かります」と語りかけてからを床に下ろし、服を脱がせて血抜きに入った。

 仰向けにし、喉仏裏と第一頸椎の間に横から刃を差し込み、一気に引き切る。首にぐるりと入れた刃物が一周したところで頭部を持ち上げ、180度回転させれば関節が外れる。残った肉や筋を切って胴と切断し、洗面器に入れて風呂蓋の上に据えた。 

 続いて、内臓を傷つけないように注意しながら腹部を切り開く。横隔膜を切って、腹膜を脊椎側まで手刀で剥ぎ取り、食道と気道を掴んで引き下ろすと、一塊になった内臓がそっくり取り出せる。
 中学生くらいの頃、イノシシの解体動画で覚えた手順だが、人間にも応用できると知った時は少し驚いた。ヒトと獣の境界線はひどく曖昧なのだと感じる。

 作業の合間に何度か彼と目が合った。彼は仄かな微笑を浮かべ、興味深げにこちらを見ている。

「どうですか、を齧り付きで眺める気分は」

「あまり気持ちが良いものじゃありませんね。だけど、興味深い」

 彼ならそう言うだろうと思った。

 俺は彼の視線を無視して、シャワーを手に取る。腹腔内に溜まった血液を洗い流し、剝皮はくひ、大バラシまでを終え、すべてのパーツをリビングまで運んだ。分割しているため、運搬はさほど苦にならないが、狭い空間での作業が続いたので腰が痛い。

 軽い運動がてらキッチンを物色し、カセットコンロと適当な鍋を見つけた。鍋に水を入れ、リビングの端で沸騰させる。熱湯があると、さっとくぐらせるだけで刃についた脂を取り除くことができるので、解体の時はなるべく用意するようにしている。ついでにスティックシャープナーで刃先の修正も行った。

 メインカメラの位置と画角を調整する際、何気なく壁の時計を見ると、訪問から2時間ほど経過していた。
 彼の話によれば、娘はいつも17時過ぎには帰宅するそうだから、切り離しや骨抜きの時間を考慮すると、あまり繊細なディスプレイはできそうにない。
 だが、今日の目的は彼女に「父が死んだ」と認識させることなので、気負わずにわかりやすさを重視したレイアウトを意識することにした。

 ひとまず、ビニールシートの上で各部位の切り離しに移る。
 まずは肋骨と背骨を取り外していく。あばら一本一本とその継ぎ目に軽く切り込みを入れると、手でむしり取れるようになる。脱骨は地味な作業だが、精巧を極めた組木細工のような人体をバラバラに崩していく感覚が気に入っている。解体作業の醍醐味の一つだ。

 肋骨をすべて外し終えたら、背骨の関節の内側から刃物を差し込んで適当な大きさに切断する。後は先に切り取っていた腕と脚の骨を抜き、持ちやすいサイズに分割すれば下準備は完了だ。

 骨スキを鍋に突っ込みながら一息ついていると、大まかな時間を把握できるようにつけていたテレビから、桜の開花情報が流れ始めた。昨年の記録的暖冬の影響で休眠打破きゅうみんだはが大幅に遅れ、開花時期も平年より遅くなる見込みだそうだ。

 この時、ふと俺の頭にある花が浮かんだ。以前、その花のモチーフが写った画像をあの人が添付してくれたことがあって印象に残っていた。ふぐ刺しの菊盛りの要領で再現できるし、何かを象っている方が標的の反応を引き出しやすい気もした。

 方向性が定まったので、早速作業に取り掛かる。脳内の設計図に沿って肉片を削ぎ取り、配置していく。
 時折、光の消えた目で退屈そうにこちらを眺める彼の存在がノイズになったが、いつになく興が乗り、娘の帰宅予定時刻まで一心不乱に作品を作り続けた。

 だから、18時を過ぎても彼女が帰宅しなかった時は拍子抜けした。
 いくつか手順を省略したというのに、それが無意味だったと思いたくなかったので、廃棄するつもりでいたパーツも利用することにした。

 再び集中し始めた頃、玄関で物音がし、微かに女性の声が聞こえた。ずいぶん中途半端なタイミングで帰宅してくれたものだ。
 当初の予定では、床には直径2メートルほどある赤黒色のピンポンマムが咲き誇り、その中央に絶妙な角度で素材の頭部が設置されているはずだったのだが、計画が狂ったおかげで俺は余計な部位の調整を始めてしまっていた。
 いろいろと台無しになってストレスが溜まる。しかし、今更中断すると全体のバランスがおかしくなるので、黙々と作業を進めた。

 少しして、音もなくリビングのドアが開いた。俺の背後で目的の人物が硬直している気配を感じる。だが悲鳴を上げず、遁走もしない。どうやら「年の割に落ち着いている」というのは確かなようだ。

 では改めて“父親の死”を認識してもらうとしよう。

 俺はこの後、彼女がどんなリアクションをしたか見届け、報告しなければならない。できるだけわかりやすい反応が望ましいな。

 満を持して、俺は洗面器の中の頭部を掴み上げ、おもむろに振り返る。 
 その途端、彼女と目が合った。大きく見開かれた双眸には、ショックと恐怖と混乱が揺らめいている。と同時に、溢れ出さんばかりの好奇心と驚喜がひかめいていた。

 歪で複雑ない目だ。

 俺はこれまで、“解体”以外のことであまり興奮した記憶がない。どれほど心を刺激されるような状況が訪れても、俺の感情はほとんど揺らがなかった。
 そんな俺が珍しく、人の表情に感興をそそられた。相反するものを湛えたその目が、何とも不安定で魅惑的だったからだ。

「君は見込みがあるね」

 足元から崩れ落ちるように意識を手放した彼女を見ながら、俺はあの人の言葉を思い出していた。
 
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