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第6章

37 ラック ⚠

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 executiveエグゼクティブ roomルーム

 コンコンコンコン

「……はい、どうぞ……」

 ガチャ

「失礼いたします。副代表、少々お時間よろしいでしょうか。の件でご相談があります」

「……いいよ、何……?」

「LR×Dに籍を置いてしばらく経ちますが、未だ仕事のご依頼がなく、暇を持て余しております。何かお役に立てそうなことはございませんか」

「ラックか……丁度、一人処分しなければならなくなった……任せていいか……?」

「はい、お任せを」

「……助かる。対象は処刑人じゃないから、大して手間はかからない……新人の肩慣らしにはおあつらえ向きだと思うよ……」

「ああ、まさかこんなにトントン拍子に運ぶとは、感謝の極みです」

「……夜会の後、バエル代表が言ってたんだ。“今回生き残った二人の処刑人は使えそうだね”と。俺も君には期待している……頼むよ……」

「畏まりました。ご期待は裏切りません。対象のことは心の底から絶望させたのち、確実に処刑いたしましょう」

「……君、新人とは思えないな……まあ、頑張って……」


 -----------------


「バーデン・バーデンの処女、君はどうやってバエルを殺そうと思っているんだ」

「考えていません」

 凌遅が唐突に問うので、私は正直に答えた。

「さっきは頭に血が上ってついあんなこと言いましたけど、具体的なことは何も。でも、いつか絶対にこの手で報いを受けさせようと思っています。それまでは、なるべく目をつけられないように過ごします」

 鼻で笑われるかと思いきや、彼は「いい心構えだ」とうけがった。

「バエルは冷徹で用心深い。殺しにまつわるノウハウも処刑人に引けを取らない。血気に逸るとカウンターを食らうから、それくらいの覚悟が丁度いいかもな」

「……ところで」

 私は改めて訊いてみることにした。

「後学のために、バエルがどんな奴かもう少し詳しく聞きたいんですが。特殊部隊出身とかですか」

「いや、普通の社会人だったはずだ。LR×Dをまとめるようになったのは、結婚してだいぶ経ってからだよ」

 その情報に私は軽くショックを受けた。バエルには配偶者がいるのか。私の唯一の肉親を奪っておいて、のうのうと家族の待つ家に帰るのか……握り締めた拳が軋んだ。

 彼の妻は彼の悪行を知っているのだろうか。知っていたら一緒には暮らしていないだろう。いや、彼女も似たような性質の持ち主で、喜んで協力していないとも限らない。だとしたら、バエル本人を討ち果たせなかった場合、彼の妻を殺して同じ思いを味わわせてやろうかという気になる。

「奥さんがどんな人か聞いてますか」

 試しに問うと、凌遅は「一度だけ会ったが、彼女には殺人を愉しむ趣味はなかったな。夫とは価値観が違ったようだ」と返してきた。

 悪人の身内が悪人とは限らないか。もし身内もクズなら、後腐れなく殺せるのに。

「他に、何か弱みになりそうなものは?」

 私がなおも問うと、凌遅は表情を変えずに答えた。

「彼は自分の計算通りに人が動くのを見るのが好きで、使えるものは何でも使う。それこそ病人や子供でも。根回しや道具立てに抜かりがないのはもちろん、目的遂行の為なら身内が死んでも眉一つ動かさない。奸計に長け、戦にも強いとされる悪魔バエルの名に相応しい男だ。まあ、その盤石な計画が破綻すれば、少しは狼狽えるかもな」

「あなたと同じくらい、厄介な相手ってことですね……」

 にがる私に、「心外だな。俺はただの趣味人だ。辣腕らつわん家の代表と同列で語られては困る」と凌遅は嗤った。

「バエルは人たらしであると同時に、己の妨げになる者を容赦しない。だから20年近く、こんな組織をまとめていられるんだ」

 私は深く嘆息した。だが、その人物像は想定内だ。歪んだ思想を持つ平和主義者と違って完全なる敵と割り切れるから、かえって楽かも知れない。

「あなたとも長い付き合いになるんですか」

「ああ。俺を面白がって、ずっと目をかけてくれている。だから、彼には頭が上がらない。ベルフェゴールのように心酔してこそいないが」

 初めて聞く名が出てきた。誰かと問えば、LR×Dの副代表で裏方のトップだという。ウェブ上で扱うサービス全般の礎を築いた人物で、サイトの管理は主に彼が担っているらしい。

「俺が加入した当時、LR×Dはフィンブルヴェトという名のアングラ系コミュニティサイトで、会員数は俺を含めてようやく2桁、運営側に至っては3人しかいなかった。ベルフェゴールはITカレッジの学生で情報収集が得意だったから、バエルにも重宝がられていたんだそうだ。それで自分こそが代表の右腕だという自負があるようでな。ライバル認定されちまった俺は、未だに目の敵……」

 そこまで話すと、凌遅は「やはり、君がバエルを殺すのは難しいだろうな」とつぶやいた。

「何でですか」

 気色けしきばむ私に、彼は詳説する。

「ベルフェゴールが君達の接触を見逃すとは思えないからだ。彼は会員すべてのやり取りを監視し、操作できるポジションにいる。基本的には公私混同しないタイプだが、バエルに関しては話が別だ」

「でも、あなたやヴィネさんは自由に会えるんでしょう? 不本意ですが、私も一会員なわけですし、これまで代表を襲撃しようとしたり、不審な動きをしたこともないんで、きちんと申請すれば通るんじゃないでしょうか」

「普通の一会員ならな……」

 その言葉に妙な違和感を覚え、更に踏み込もうとした時、ふと凌遅の携帯端末が鳴った。
 画面を確認した彼はしばし黙すと、おもむろに私の方に端末を差し出してきた。

 何だろう。また嫌な予感がする。

 見れば、LR×Dの会員ページから飛べる誰かのチャンネルのようで、動画ファイルがずらりと並んでいる。その最新動画のサムネイルを見た瞬間、私は固まった。

 ベッドのような台に下着姿の女性が横たわっている。両手足はロープで縛られ、それぞれベッドの上下に固定されていた。頭部には袋がかぶせられていて、正体はわからない。

「何ですか、これ……」

 ようやく口を開いた私に、凌遅は「俺がフォローしている処刑人が、これから作業をするらしい」と答えた。どうやらライブ配信が始まったようだ。

「いいですよ、私は……勝手に見てください」

 私が顔を背けた直後、

「よく見ろ。君にも関係のある相手だ」

 そう言って、凌遅は動画の再生ボタンをタップした。

「えっ」

 流れ始めた映像を見て、我が目を疑った。観衆に向けてとりとめもない話をしているのは、夜会の時に私と一緒に生き残った猫背の男性だ。顔面を覆う特徴的な熱傷痕としわがれ声からして間違いない。

 そしてベッドの上で体を震わせているのは、5時間ほど前に別れたヴィネだった。袋と下着が取り除かれ、あられもない姿を曝している。


 【初見さん歓迎】不肖ラック・リエゾンのヴィネさんを伸ばします


 というタイトルが見え、横のチャット欄は観客の下品なコメントで溢れ返っていた。

「何で、こんな……」

 あまりのことに頭が働かない。

 猫背の男性・ラックは寄せられるコメントに丁寧に返答しながら、ベッドの頭側に移動し、ハンドルのようなものを回していく。するとローラーが回転し、ロープを巻き取り始めた。ヴィネの腕が上方に引っ張られ、やがて悲鳴が聞こえ出した。

 私は凌遅の袖を掴み、今すぐやめさせてくれと頼んだ。

「このままじゃ、ヴィネさんの肩が外れます……」

 凌遅は私を横目で見ながら、「その程度じゃ済まないことくらい、気づいているだろう」と返した。

「これが処刑人の一存で行われているとしたら、本部が黙って見ているはずはない。すぐに探知され、制止が入るはずだ。だがそんな気配はない。即ち、これは本部の意思ってことだ。だとしたら、覆すのは難しい」

「……っ!」

 私は凌遅の端末を引ったくるようにして確保し、もたつきながら「彼女を解放して欲しい」とコメントした。

 するとコメントを見た配信者から、即座に反応があった。

「おお、凌遅さん。LR×Dの生ける伝説からコメントを頂戴しました。光栄ですねえ。ええと、彼女を解放……ああ……それは難しいご相談です。本部からの指示ですので、何卒ご理解ください」

「だろうな」

 横から画面を覗き込み、何の感慨もなく納得する凌遅に代わって、私は更に「彼女とはこの後約束があるから殺されるのは困る」とコメントを送る。

 するとオーディエンスから野次が飛んだ。

「水ヲ差サナイデヨ、ハンニバル」

「今ノコメントハ野暮ッテモンダワ」

「リエゾンナンテ幾ラデモ居ルンダカラ、スグ後任ガフォロースルッテ」

「普段ドライナノニ、珍シイネ。ソンナ大事ナ約束ッテ何?」

「ヒョットシテ、コノリエゾン、凌遅クンノ女ダッタリスンノ?」

「公私混同ハゴ遠慮願イタイ」

「ダッタラ助ケニ来レバイインジャネ?」

「オ! 生ケル伝説VS期待の新星カ! ソレハソレデ興味アル」

「脱線スンナー」

「ラックサン、イイカラ始メテ。女死ヌトコ見タイ」

「殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ殺セ」

 チャットは紛糾し、私の頭もますます回らなくなっていく。

 必死に説得の言葉を考える最中、配信者はタバコに火を点け、のんきに一服していた。
 それを吸い終えると、彼は「そういうことです。申し訳ありません」と話を切り上げ、今度は足側のハンドルを回し始めた。

「やあぁああ……っ!」

 ヴィネの悲鳴が響き渡る。

 私はたまらず、端末を持ったまま廊下へ飛び出し、玄関へ向かおうとした。すると凌遅が腕を掴む。

「何処へ行く気だ」

 当然、ヴィネを助けに行くつもりだと告げると、「無駄だ」と返された。

「でも、今行けばまだ……!」

 凌遅は逸る私を制し、

「アプリで彼の居場所を割り出そうと思っているらしいが、処刑人の作業場は世界中に遍在している。つまり、君の徒歩圏内にいる蓋然がいぜん性は低い。第一、彼は君が丸腰で突撃してどうにかなる手合いじゃない」と咎めた。

「じゃあ、一緒に来てよ!」 

 私は彼の腕を掴み返した。

「あなたなら助けられるでしょう、ヴィネさんを……!」

 息を荒くし、声を震わせる私に対し、凌遅は恐ろしく冷静だった。

「……おそらく無理だ。貸してみな」

 そう言って、彼は取り返した端末をしばらく弄って、嘆息した。

「やはりな。位置情報が辿れない」

「どういうことですか」

「アプリに制限が加えられている。本部はそれだけ本気だってことだ」

 目の前が暗くなる。このままでは彼女は殺される。自分はそれを指をくわえて見ているしかないのか。

 やがて、これまでとは違う絶叫が響き渡る。限界を超える牽引で、彼女の肘か肩が外れたようだ。これ以上、聞いていられない。

 私はもう一度、凌遅に縋る。

「バエルに掛け合ってくれませんか。ヴィネさんの能力を考えたら、こんなことで失うのは惜しいはずです。海外でも、連絡はつきますよね……?」

 しかし彼は淡然と断じる。

「ベルフェゴールが邪魔をする。それに、連絡員リエゾンは消耗品だ。フォロワーがついている処刑人と違って、比較的替えが利きやすいからな。バエルだって、そんなものを延命させるために、わざわざ盛況のライブ配信に横槍を入れて観客の不興を買ったりしない」

 私はその場にくずおれた。

 ヴィネの悲鳴とやけに明るいBGMが、遠くで聞こえ続けていた。

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