bias わたしが、カレを殺すまで。

帆足 じれ

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第5章

36 本質 ② ♠ ⚠

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 その後、撮った写真とこれまでのメールのやり取り、検索履歴の一部を完全に削除し、丁度声をかけてきた祖母と一緒に食堂に行く。

 りんごとプレーンオムレツ、牛乳をりながら、今日はどこで遊んできたのかなどたわいない話をする。
 俺が「×××山に行った」と言うと、祖母は顔をしかめた。

「あそこは鬱蒼としてて怖いところだから、もう行っちゃダメよ。危ない人が隠れてるかも知れないし、何かあったら大変……」

 第三者的に見れば、俺自身がその“危ない人”の枠組みに含まれるのだろうが、祖母は本気で心配しているようなので、「わかった」と合わせておく。
 こうしておけば機嫌よくいてくれるんだから、わざわざ不安がらせることはない。

 祖母がいつものように牛乳にココアを溶かそうとしたり、オムレツにケチャップをかけようとしたりするのをかわしていたら、

「好き嫌いばかりしてると大きくなれないわよ」と叱られた。

 下手に反論すると拘束時間が長くなるので、「はーい」と聞き流し、さっさと食べて2階に逃げた。


 数時間後、母が帰宅し、パソコンをつけっぱなしにしていたことと、ゲームのサイトを見ていたことをとがめられた。デスク周りの違和感に気づかれた時用の囮として、あえて残しておいた検索履歴を見たのだろう。
 彼女はしたりげに「お母さんは何でもお見通しなんだからね」とこちらを牽制してから、

「そんなものを覗いている暇があったら、せっかく入れた学習ソフトを少しでも進めなさい」と続けた。

 同じレベルの学習は5年前、祖父が買ってくれたドリルでとっくに済ませていたので、今更という気持ちになる。
 先日、級友が貸してくれた「薬で縮んだ高校生探偵が、小学校に通いつつ事件を解決していく漫画」を読んだが、俺もあの作品の主人公と似たような立場にいると思った。

「あんたはあまり手がかからない子だけど、ちょっとぼーっとし過ぎてんのよね。幼稚園の頃からみんなと遊べなくて先生に心配されてたし……今だって、偏食のせいで担任に迷惑かけてんだから、せめて勉強くらい遅れないようにしなきゃ。頑張っていい成績取って見返してやんなさい」

「はーい」

 母のいつものダメ出しに、俺もいつものトーンで返した。

 父は今日も残業らしい。このところ俺が寝た後に帰宅し、起きる前に出勤する生活が続いている。彼はもともと淡泊なタイプだったこともあり、もはや日頃のコミュニケーションにも事欠く有様だ。
 母は終始ぴりぴりしていて、そのしわ寄せが俺に来る。あまりいい気はしないが、くみしやすい人達なのである意味、助かっている。


 今日の一件で、“俺はおかしい”ということがはっきりした。でも誰にも知られるわけにはいかない。バレたら、ただ面倒くさいことになるだけだからだ。
 “やや手のかかる平凡な子供”でいるのが一番都合がいいのだと、俺は気づいている。ちょっとした欠点があることで、明るみに出るとまずい深刻な欠落がうまい具合に紛れてくれる。

 自分の内側を好きに出せないのはストレスが溜まるが、なんだかんだと騒ぎ立てられ、大人の監視下に置かれるよりはずっといい。
 それに、理解してくれる人と表現できる場所ができたことで楽になった。

 俺の本質を知っているのは、俺自身と今は亡き祖父、そしてあの人だけで十分だ。

 俺は自室に行き、学習机の上に今日の成果を並べる。さっき撮影のためにビニール袋を開けた時、中身がべたべたしていてけっこう臭いことに気がついたので、母がシャワーを浴びている隙に台所から新しいジッパー付きポリ袋を拝借して移し替えた。
 汚れたビニール袋は新聞紙に包み、小さく握り潰してゴミ箱の奥底に突っ込んでおいた。

 それからポリ袋の中身に重曹と塩を振りかけ、よく馴染ませる。ミイラ作りの工程を記したオカルトサイトで得た知識だ。
 バクテリアや細菌を不活性化させるためには3ヶ月ほど乾燥させ、防腐剤を塗布する必要があるらしい。この防腐剤のレシピもすべて身近な材料で再現可能とのことなので、やってみるつもりだ。
 上手くいかなかったら処分すればいい。てる場所がいくらでもあるのが田舎の良い所だと思っている。

 俺はポリ袋を一昨年まで使用していた通園バッグに隠し、祖父にもらった勉強道具一式が入っているブックシェルフの収納部にしまった。
 名刺とピンは、先ほど資源ごみの袋から見繕ったキャンディー缶に入れ、デイパックの内ポケットに収めた。
 それにしてもこの缶、丁度いいサイズ感だ。パーツの乾燥がうまくいったら、これに移して持ち歩くことにしよう。

 考えを巡らせながら、俺はふと右手を見る。まだあの人の体温が残っているような気がして、不思議な気持ちになった。

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