bias わたしが、カレを殺すまで。

帆足 じれ

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第5章

35 本質 ① ♠ ⚠

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「それ、君がやったの?」

 俺と、血まみれのビニール袋、足元に広がる“人体の成れの果て”を見ながら、その人はたずねてきた。
 親と同じくらいの年頃の優しそうな人だ。一度も見たことのない人だから、誰かの親戚か通りすがりかも知れない。この時間帯にこんな場所にいるのが不自然な小綺麗な格好をしていたので、目が合った時はどこから湧いて出たんだと思った。

 それ以前に、まずいところを見られたと思った。この人がこれからどうするか、大体想像がつく。多分、包丁を持った俺を刺激しないように注意しながら、警察を呼ぶはずだ。
 相手を刺して逃げようかとも考えたが、うまくいかない確率の方が高い。刺せたところで子供の力では殺しきれないだろうし、包丁を取られて拘束されるのが落ちだ。
 仮にこの場を切り抜けられたとしても、ここは小さな町だからすぐに俺の仕業だとバレる。そして大事おおごとになった挙句、俺は二度と自由に出歩けなくなるんだ。

「君が、やったの?」

 その人がもう一度、く。

 ああ、面倒だな。どうせ俺の話なんか聞く気はないんだろう。偉そうに説教してくるか、ビビッて理解を示す振りでもしてくるんだろう。いずれにせよ、見つかった時点で詰んだんだ。今更じたばたしても意味はない。

 考えがまとまると俺は急に冷静になり、「だったら、何?」と言ってみた。
 するとその人はにっこり笑って、「楽しかったかい?」と訊いてきた。

「え……」

 予想外の反応に固まっていたら、その人はしげしげと俺の足元を観察して言った。

「言わなくてもわかるよ。これは楽しかったんだろうな」

 その人が近付いてきたので思わず包丁を向けると、

「君は見込みがあるね」

 その人は包丁を避けるでもなく、膝を折って俺の頭を撫でた。それから「名前、聞いてもいいかな?」と続けた。
 喋り方や顔つき、表面的な態度は周りの大人と変わらない。だけど、普通の人間ではないような気がした。少なくとも、俺の知っている大人達とは違う世界にいるのがわかった。

「何でそんなこと聞きたいの。警察にしらせるため? それとも、俺をさらおうと思ってる?」

「思ってないよ」

 その人はおかしそうに笑った。

「ただ君に興味が湧いて、詳しく知りたいと思っただけだ。第一、警察に通報する気なら声をかける前にしてるし、攫うんならもっとぎょしやすい子にするよ」

 それもそうだと思ったので、俺は名乗った。その人は俺の名字の珍しさと、名前の呼びやすさを褒めてから、

「申し遅れたけど、こういう者です」と名刺を渡してきた。

 何かのキャラクターが描かれたトレーディングカードのようなデザインで、その人の雰囲気に全然合っていなかったし、記載されていた名前も変だった。

「……これ、本名?」

 俺が訊くと、その人は「もう一つの名前だよ。仲良くなれそうな人にだけ教える名前」と笑い、身に付けていた黒っぽいピンを外して、俺の持つ名刺の上に乗せた。

「オニキスとプラチナには、持ち主の精神力を高めてくれる力があるらしい。信念を強くし、正しい道を選ぶ手助けをしてくれるんだそうだよ。だから、君にあげよう。その素敵な才能を上手に伸ばしていけるように」

「後でお金払えとか言わない?」

 そう返すと、その人は荷物の中から手帳を取り出し、ペンホルダーにさっている似たようなペンを示して、自分にはこれがあるから気にしなくていいと言った。
 そこまで言われて断るのもどうかと思い、素直に受け取ることにした。

 その後、その人は作業の邪魔をして悪かったと詫び、

「良いものを見せてもらって嬉しかったよ。君のような人と出会えて幸運だ」と言って、右手を差し出してきた。握手を求められているのだと理解するのに少し時間がかかった。
 さっきの名刺といい、大人からこんな風に扱われるのは初めてだ。不快ではないが、何だか落ち着かない。

 相手は真っ直ぐに腕を伸ばした姿勢のまま、俺が触れるまで待っていてくれた。きらきらとした目がこちらを見つめてくる。大人には珍しく、かげりがないのが印象的だった。

 ああ、この人は信用できると何の根拠もなく確信した俺は、差し出された右手を取り、指先に力を込めた。すると相手は目を細めて、握った手をゆらゆらと揺らした。
 初めて交わした握手の感触は、あたたかく少しカサカサしていて、力強かった。

「君とはもう少しゆっくり話してみたい。もし興味があったら、名刺に書いてあるアドレスのeをaに変えてメッセージを送って欲しい。多分、余計な心配だと思うけど、私のことは他言無用だよ」

 そう言うと、その人は何事もなかったように帰っていった。

 結局、その人が何の目的でここに来たのかわからないままだった。まるで俺に会うためだけにやって来たような気さえした。

 俺はその場を適当に片付けると、急いで帰宅した。


 居間でテレビを見ながらくつろいでいる祖母にただいまを言い、足音を忍ばせて台所に向かう。デイパックの中から包丁を取り出し、しっかり洗ってスタンドに戻した。

 両親は共働きで夜になるまで帰らない。祖母は毎日食事を用意してくれるが、使い慣れた包丁しか使わないので、俺が密かにこの一丁を持ち出したことにはおそらく気づいていない。
 そして両親も、俺が家族共用のパソコンを九九や漢字の学習と児童用ゲーム以外の目的で使っているなどとは考えもしないだろう。

 何故なら彼らにとって、俺は“平凡なくせに極端な偏食傾向を持った、地味に面倒くさい子供”でしかないからだ。

 2階の共有スペースにあるパソコンを起動し、あの人にメッセージを書く。

「先ほど、山でった者です。俺もあなたともう少し話してみたいと思ったので、メールしました。家族と共用のパソコンから送信していますが、アカウントは分けてありますし、このメールも含め、やりとりはすぐに削除するので心配しないでください。今は冬休み中なので、両親が出勤した7時30分から、母親が帰宅する19時までの間ならいつでも連絡できます。親は普段あまりパソコンを触らないので、自宅学習ということにしてしばらく借り切ることも可能ですが、念のため母親が不在の時間帯に返信してください」

 名刺にあったアドレス宛に送信する。しっかりeをaに変えて送った。

 返信を待つ間、一緒に記載されていたURLを検索してみた。すると飛んだ先は、アニメやゲームのホビーグッズを扱うオンラインショッピングサイトだった。
 無関係な人間に名刺が発見された時のためのカモフラージュだろうか。確かにその外国風の名前だけを見れば、アニメかゲームのキャラクターか何かだと思われるだろう。

 少しして、相手から返信があった。

「××××××君、メッセージありがとう。友人の葬儀の帰りに何となく立ち寄った場所で、こんな出会いがあるとは思わなかったよ。何を隠そう、私も自殺者に遇えるんじゃないかと思ってあの山に踏み入ったんだ。君とは気が合いそうだね。何となく想像はついたろうけど、私はアングラな世界に興味を持っていて、その手のサイトを運営しているんだ。気になったら名刺のURLのドメイン名の最初のアルファベットをb66に変更し、最後の数字の後に/ la città dolenteを加えて飛んでみてくれ。目を通したら是非、感想を聞かせて欲しい。君なら共感してくれるんじゃないかと期待している。それから、最初に話した時のように、ため口でいいよ」

 俺は早速、指示されたURLに飛んだ。

 その先にあったのは、“フィンブルヴェト”という名の、残酷な事件や悲惨な事故などを扱ったコミュニティサイトだった。できてからそんなに時間が経っていないようで、会員数も閲覧者数も数えるほどだったが、取り扱う情報量がとんでもなく、海外のデータも豊富で見ごたえがある。

「サイト、とても面白かった。載せている情報は全部あなたが一人で集めたの?」

 俺の問いに、あの人は「情報収集が得意な仲間がいてね。サイトを開設して蒐集を始めたのは私だけれど、本業の方が多忙になってしまって、今は専ら彼に任せているんだ」と返してきた。

 そして案の定、「興味を持ってもらえたなら、君も一緒に活動するかい」と振ってきた。

「会員になったら何ができるの?」

「何でも。会員間でコミュニケーションを図るもよし、自分のとっておきの情報を開示するもよし、コラムを投稿するもよし。公序良俗に反しない限り、大抵のことは可能だよ。もちろん会費は無料。皆でサイトを盛り上げていきたい」

 面白そうだと思ったが、誘われるがままに入会するのは嫌だったので、俺はちょっと踏み込んだ質問をしてみることにした。

「あなたはどうしてこのサイトを作ったの。ここをどういうものにしていく予定なの?」

「“フィンブルヴェト”のコンセプトについて知りたいんだね」

「うん」

 少し間が空いて、メッセージが返ってきた。

「私はね、人間がなるべく見ないようにしている死について考え、見つめ直す場所を作りたいと思っている。社会の暗部に目を向けることで、なんて世界は醜くおぞましいんだと絶望する人がいるかも知れない。でも逆に、自分の生きる場所がいかに恵まれているか、気づく人もいるだろう」

「みんな、自分の置かれた立場を受け入れるべきだ、ってこと?」

「そういう考え方もあるね。ただ私は、皆が己の身の処し方について、理解を深めるための一助になりたいと考えている。この世は何とも生きづらく、また死にづらい。皆、常識やしがらみ、理想にとらわれ過ぎているからだ。そういったものは一旦、横に置いておいて、やはり生きよう、或いは死のうと、自分の頭と心で決められた方がすっきりすると思わないかい」

「自分の命をどうするか、みんなに考えさせるの?」

「そういうことだね。“命あっての物種”……それも大切な考え方だ。だけど、耐え切れない苦痛から逃げたり、自己の尊厳を守るために死にたいと願うことも、また許されるべきだと思う。君が解体した人もそう思ったのかも知れないね。君はあの人の死をどう捉えているのかな」

 俺は考え込んだ。正直、俺にとってはただの死体で、生きていた時のことなんか想像すらしなかった。だが、改めて思考を巡らせるうち、頭に浮かんだものがあったので、そのまま伝えることにした。

「実際に死体を見るのは初めてで、最初は面白そうとしか思わなかった。でもあの人があそこで死んでくれたから、俺は愉しい時間を過ごせているんだって考えると、あの人は俺の恩人かも知れない」

「恩人?」

「うん。俺、周りと話、合わないし、何かにハマった経験が少ないから、ずっとヒマなんだ。あの人があそこで死んでなかったら、多分今頃、ヒマ過ぎて俺も死んでた」

 俺の答えがツボったようで、相手はしばらく「君は面白い」的なコメントを繰り返していた。

 そして、「君の好奇心と知性、独特の感覚は何物にも代えがたい。だから、君が発信するものを通じて、誰かに影響を与えられると信じている。君に共感してもらえるかどうか自信はないが、もし心が動いたなら、力を貸してくれると嬉しい」と返してきた。

 俺は次のメッセージで「あなたの活動には興味がある。俺はまだ子供だし、自由になるお金も時間もほとんどないから、どこまでできるかわからないけど、とにかくやってみる」と伝えた。

 するとあの人は歓迎すると言って、俺専用のアカウントを作ってくれた。サイトの趣旨から外れなければ、写真でも文章でも好きなものをアップしていいそうだ。

 そこで早速、パソコン脇に置きっぱなしになっていた親のデジカメを借り、ビニール袋に突っ込んでいたパーツの写真を撮ってアップロードした。
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