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第4章
30 私の仇敵
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目が覚めた時、私は病室のベッドにいた。辺りは明るくなっており、廊下からは生活音が響いてきている。
重い身体を起こすと、隣のベッドで寝ているヴィネの姿が目に入った。白く細い腕からは点滴のチューブが伸びている。
私よりも盛られた薬の量が多かったのだろうが、それにしても変化がないので、このまま二度と起きないのではないかとすら思えてくる。
ふと見ると、私の腕にも似たようなチューブが繋がっていた。絡まらないように注意しながらベッドを降り、私はヴィネの元へ歩み寄る。
顔を覗き込むと、左眉の上に小さな傷が付いていた。病院に運ぶ際、凌遅が乱暴に担いでいたから、どこかにぶつけてしまったのかも知れない。
「ヴィネさん……」
「……なあに?」
まさか返事をされるとは思わなかったので、「ふわあっ!」という間抜けな感嘆詞が飛び出した。
「ふふ、びっくりさせてごめんね」
ヴィネはうっすらと目を開け、眩しげにこちらを見る。
「ほんとは、だいぶ前から気が付いてたんだ。でも、デンたんが起きて声かけてくれるまで待ってた」
冗談めかして笑う彼女を見てほっとすると同時に、伝えなければならないことを思い出し、気が滅入る。だが黙っていてもいずれわかることだ。
「あの、ヴィネさん、実は……」
私は覚悟を決めると、昨夜の一部始終を明かした。
ヴィネは最初こそ冷静に聞いていたが、やがて目線を逸らし沈黙した。
「ふーん、そうだったんだ。デンたんと一緒に病室に寝てる時点で、何かあったんだろうなって思ってはいたんだけどね。そっか、そっかあ……」
彼女の表情にさほど変化はない。しかし、ショックを受けていないはずはない。
かける言葉が見当たらず、私の瞬きだけが多くなっていく。
すると、ヴィネの視線が私の背後に移り、「あれ、ヴィネの?」と問いかけられた。釣られて振り返ると、私のベッドサイドの床頭台に例の紙袋が置かれていた。意識が飛んだ私に代わり、医療スタッフが回収してくれていたようだ。
私はそれを取り、本来の持ち主に渡した。ヴィネは半身を起こすと、袋の中身に目を遣る。
「ヴィネ、このお店のクッキーが大好きなんだ。オンラインショップがないから、あんま気軽に買えなくてね。なかなか売ってなくて残念って前にチラッと話したの、覚えてたんだねえ、マドロン……」
彼女は軽く眉尻を下げ、袋の口を閉じて枕元に置いた。それから、申し訳なさそうにこちらを見る。
「ごめんね、ヴィネがちゃんとしてなかったせいで、デンたんのこと危ない目に遭わせちゃって……それに、傷だらけじゃん。また痛い思いさせちゃったね……」
「いえ、大丈夫です。それより、ヴィネさんこそ大変な中、あの人を呼んでくれて助かり──」
言いかけて、私は口を噤んだ。ヴィネが凌遅を呼んだことで、あの場にいた者の運命は逆転した。結果、クエマドロは殺されてしまったので、彼女としても居た堪れないに違いない。
「気にしなくていいよ、デンたん」
ヴィネは私の心中を察したようで、「こんなことになって残念だけど、今回の場合、マドロンの自業自得。それに前にも言った通り、ウチではまあまあよくあることだから」そう言って、にこりと笑んだ。
「それより、りょおちん大丈夫だったかな。麻酔、ちゃんと切れてたよね?」
「はい。ヴィネさんのこと担いでましたし、ここまで運転してました。ちょっとフラついてましたけど、あの後、“作業”もしたみたいです……」
私が答えると、ヴィネはやっぱりとうなずいた。
「片手だけで、でしょ? さすがハンニバル……」
まただ。確か、クエマドロもその単語を使っていた。由来を訊ねてみたところ、“ハンニバル”は「主(bal)の恵み(hanni)」という意味で、主宰者・バエルに目を掛けられている点と、トマス・ハリス作品に登場する有名な猟奇殺人犯を思わせる雰囲気から、そう呼ばれているそうだ。でき過ぎな気もするが、実にしっくりくる綽名だと思う。
「りょおちん本人は何とも思ってないみたいだけど、すごく光栄なことなんだよ。バエルさんのお墨付きがもらえるのは、LR×Dの中でもほんの一握りだから」
そう言うと、ヴィネは意味深な視線を向けてきた。
「ちなみにバエルさん、デンたんのことも気になってるみたい」
「え……」
これには面食らった。その人物がLR×D代表だと聞いたことがあるだけで、私は彼について何も知らない。確かなのは、普通に暮らしていれば永遠にお近付きにはならない相手ということくらいだ。
「夜会の後の結果報告で、“最後の女の子は期待できる、今後が楽しみだ”って機嫌良さそうに言ってたから」
ヴィネの言葉に、私はますます混乱する。あの時、私は湧き上がる怒りに任せて、パスする代わりに凌遅を狙った。もう一人の男性のように、笑顔で自分のこめかみを撃とうとしたわけでもなく、標的を睨みながらただ闇雲に引き金を引いたに過ぎない。
結局、凌遅を仕留めることも叶わず、ギャラリーの命を危険に曝しただけの新人に、どんな期待が持てるというのか。
まあいい。人でなしの考えることなど、理解する必要はない。
私は少し考えて、「気のせいですよ、そんなの」と返した。
それから医療スタッフが来て、バイタルチェックが行われた。私もヴィネも異常なしとのことで、朝食の後、簡単な診察を受け、退院する運びとなった。
あれだけの暴行を受けながら、私の怪我の度合いは深刻ではなかった。また、ついでに診てもらえることになった歯科でも、レントゲンとCT撮影の結果、奥歯の動揺が軽度だったため、「安静にして様子を見ましょう」と診断された。大掛かりな治療や手術を覚悟していたのでほっとする。我ながら、丈夫な身体だ。
凌遅は一時、高熱を出し退院が危ぶまれたが、持ち前のバイタリティーを発揮し即座に回復した。しかし、無茶をした件について医師からこってり絞られ、少なくとも数日は安静にするよう釘を刺されたらしい。私達と合流した際、「不本意だ」と零していた。
「もとはと言えば、元凶は君だ」
ヴィネの車を取りにディスカウントストアの駐車場へ向かう道中、ハンドルを握る凌遅がぼそりとつぶやいた。私が顔を上げると、ルームミラー越しに彼と目が合う。
「君がクエマドロに目をつけられたせいで、俺もヴィネも巻き添えを食った。本来なら負う必要のなかった怪我で時間を無駄にした上、完治するまで作品制作に支障を来たす羽目に陥った。責任を取ってくれるか」
「ちょっと、りょおちん……」
ヴィネは眉上の傷を隠すようにさり気なく前髪を左に流すと、軽く運転席の後ろを蹴った。私も蹴りたいくらいだ。
そもそも私が像の下敷きになったのは蹴倒した周牢のせいだし、凌遅が深手を負ったのだって、クエマドロに突き飛ばされたからだろう。ヴィネの顔の傷も、おそらくは凌遅の不注意によるものだ。助けてもらったことは恩に着るが、その件に関して私に責任はない。
そう抗弁すると、「サン=テグジュペリは“人間であるとは、まさに責任を持つことだ。自分には関係がないような悲惨を前にして、恥を知ることだ”と説いている。俺は教育係兼相棒として、君を救護するという責任を果たし、全治3ヶ月の怪我を負った。この悲惨の発生源たる君にも、それに報いてもらいたいだけだよ」などといつもの詭弁で返された。
平気で人命を踏み躙る人でなしの権化が“人間”を語るとは片腹痛い。それに、怪我の重さでいったら、どっこいどっこいだ。マウントを取られる謂れはない。
「もういいじゃん、全員めでたく生還できたってことで。それより、みんなの退院おめでとうパーティーしよ!」
不満を滲ませる私を気遣ってか、ヴィネが提案してきた。
「ヴィネは全然気にしてないけど、せっかくだからデンたんに何か作って欲しいな。得意料理は?」
「ありません」
私の答えに、ヴィネは意外そうな顔をした。
「え? でもデンたんてさ、ずっとお父さんと二人暮らしだったって聞いたんだけど。食事ってどうしてたの? もしかしてお父さん、料理得意だった?」
「……いえ、母が亡くなって以来、父は何もする気にならなくなってしまって……仕事が忙しい時期だったのもありますし、私も小学生だったんで、ずっと出来合いのものを買っていて、それが習慣に……」
するとヴィネは「そうなんだ! よかった~、ヴィネも料理苦手だから、仲間いてほっとする~」と言って破顔した。
それから、はっと何かに気付いたような素振りを見せ、「だったら、ここはりょおちんが作るのが一番だと思う!」と言い放った。
「どういう理屈だ」
怪訝そうな凌遅に、ヴィネは続ける。
「だって、デンたんをこの世界に引き入れたのはりょおちんじゃん。その意味では、すべての元凶はりょおちんってことにならない?」
すると彼は心外だと言わんばかりに反駁した。
「確かに、組織として最初に接触したのは俺だ。だが、引き入れようと画策したのは俺じゃないから、すべての元凶には当たらない」
「え~? それは無理があるんじゃない?」
ヴィネは胡乱な目で凌遅を見る。
「りょおちんがあの日、デンたんの家に行ってあんなことしなければ、こんなことにはなってないわけでさ……」
「あんなこと?」
非難の理由に合点がいかない様子の凌遅に焦れたのか、彼女は息巻いた。
「……だからぁ、りょおちん、デンたんのお父さんのこと、殺しちゃったじゃん!」
殺しちゃった、か。わかってはいるが、改めて耳にすると辛い事実だ。
惨たらしい記憶が蘇りかけ、私が言葉を発せずにいると、
「ああ……そういうことになっていたんだったな。だが――」
凌遅は一拍置いてから、おもむろに言明した。
「――俺は、彼女の父親を殺してはいない」
私とヴィネは思わず顔を見合わせた。
「どういうこと?」
ヴィネが問うと、凌遅は淡々と説明する。
「俺がしたのは、あの部屋で“素材”を解体して作品にしたことと、“彼女には見込みがある”とバエルに報告したことだけだ」
衝撃で思考がうまく働かない。
固まる私を余所に凌遅は続ける。
「あの日、俺がバーデン・バーデンの処女の家を訪れたのは、彼女に処刑人としての資格があるかどうか測るためだった。いわば出張面接だ。推薦者はバエル。どうしても彼女の素質を確かめたかったと言っていた。そして、“素材の当てはある、必要な手筈は整えておくから、当日はただ家を訪ねればいい”と伝えられた」
どういうことだ。聞けば聞くほど、わけがわからなくなっていく。ヴィネも同じだったようで、困惑げな表情を浮かべている。
バエルとは一体何者なのだ。LR×Dの代表が何故、一介の女子高生に過ぎない私の素質を確かめたいなどと思うのか。
それ以前に、何処で私の存在を知った? 中学時代の一件は内々で処理され、公にはならなかった。また、思想・信条を表明したこともなければ、SNSのアカウントすら持っていない私にどうやって辿り着くと言うのだろう。
私はずっと自分の意思で“父の仇”と行動を共にし、いつか一矢報いてやるのだと思っていたが、初っ端から主宰者に鼻面を引き回されていただけなのだろうか。
凌遅の言葉を鵜呑みにはできない。しかし、彼が父をバラバラにしている現場を私が目撃している以上、殺したか否かといった些末な事柄――少なくとも凌遅はそう判断するだろう――でわざわざ嘘を吐く理由はない。つまり、凌遅は父を殺していない可能性が高い。
だとしたらあの日、父を“素材”にして凌遅に提供したのは誰だ?
私の仇敵は誰なのだ……。
重い身体を起こすと、隣のベッドで寝ているヴィネの姿が目に入った。白く細い腕からは点滴のチューブが伸びている。
私よりも盛られた薬の量が多かったのだろうが、それにしても変化がないので、このまま二度と起きないのではないかとすら思えてくる。
ふと見ると、私の腕にも似たようなチューブが繋がっていた。絡まらないように注意しながらベッドを降り、私はヴィネの元へ歩み寄る。
顔を覗き込むと、左眉の上に小さな傷が付いていた。病院に運ぶ際、凌遅が乱暴に担いでいたから、どこかにぶつけてしまったのかも知れない。
「ヴィネさん……」
「……なあに?」
まさか返事をされるとは思わなかったので、「ふわあっ!」という間抜けな感嘆詞が飛び出した。
「ふふ、びっくりさせてごめんね」
ヴィネはうっすらと目を開け、眩しげにこちらを見る。
「ほんとは、だいぶ前から気が付いてたんだ。でも、デンたんが起きて声かけてくれるまで待ってた」
冗談めかして笑う彼女を見てほっとすると同時に、伝えなければならないことを思い出し、気が滅入る。だが黙っていてもいずれわかることだ。
「あの、ヴィネさん、実は……」
私は覚悟を決めると、昨夜の一部始終を明かした。
ヴィネは最初こそ冷静に聞いていたが、やがて目線を逸らし沈黙した。
「ふーん、そうだったんだ。デンたんと一緒に病室に寝てる時点で、何かあったんだろうなって思ってはいたんだけどね。そっか、そっかあ……」
彼女の表情にさほど変化はない。しかし、ショックを受けていないはずはない。
かける言葉が見当たらず、私の瞬きだけが多くなっていく。
すると、ヴィネの視線が私の背後に移り、「あれ、ヴィネの?」と問いかけられた。釣られて振り返ると、私のベッドサイドの床頭台に例の紙袋が置かれていた。意識が飛んだ私に代わり、医療スタッフが回収してくれていたようだ。
私はそれを取り、本来の持ち主に渡した。ヴィネは半身を起こすと、袋の中身に目を遣る。
「ヴィネ、このお店のクッキーが大好きなんだ。オンラインショップがないから、あんま気軽に買えなくてね。なかなか売ってなくて残念って前にチラッと話したの、覚えてたんだねえ、マドロン……」
彼女は軽く眉尻を下げ、袋の口を閉じて枕元に置いた。それから、申し訳なさそうにこちらを見る。
「ごめんね、ヴィネがちゃんとしてなかったせいで、デンたんのこと危ない目に遭わせちゃって……それに、傷だらけじゃん。また痛い思いさせちゃったね……」
「いえ、大丈夫です。それより、ヴィネさんこそ大変な中、あの人を呼んでくれて助かり──」
言いかけて、私は口を噤んだ。ヴィネが凌遅を呼んだことで、あの場にいた者の運命は逆転した。結果、クエマドロは殺されてしまったので、彼女としても居た堪れないに違いない。
「気にしなくていいよ、デンたん」
ヴィネは私の心中を察したようで、「こんなことになって残念だけど、今回の場合、マドロンの自業自得。それに前にも言った通り、ウチではまあまあよくあることだから」そう言って、にこりと笑んだ。
「それより、りょおちん大丈夫だったかな。麻酔、ちゃんと切れてたよね?」
「はい。ヴィネさんのこと担いでましたし、ここまで運転してました。ちょっとフラついてましたけど、あの後、“作業”もしたみたいです……」
私が答えると、ヴィネはやっぱりとうなずいた。
「片手だけで、でしょ? さすがハンニバル……」
まただ。確か、クエマドロもその単語を使っていた。由来を訊ねてみたところ、“ハンニバル”は「主(bal)の恵み(hanni)」という意味で、主宰者・バエルに目を掛けられている点と、トマス・ハリス作品に登場する有名な猟奇殺人犯を思わせる雰囲気から、そう呼ばれているそうだ。でき過ぎな気もするが、実にしっくりくる綽名だと思う。
「りょおちん本人は何とも思ってないみたいだけど、すごく光栄なことなんだよ。バエルさんのお墨付きがもらえるのは、LR×Dの中でもほんの一握りだから」
そう言うと、ヴィネは意味深な視線を向けてきた。
「ちなみにバエルさん、デンたんのことも気になってるみたい」
「え……」
これには面食らった。その人物がLR×D代表だと聞いたことがあるだけで、私は彼について何も知らない。確かなのは、普通に暮らしていれば永遠にお近付きにはならない相手ということくらいだ。
「夜会の後の結果報告で、“最後の女の子は期待できる、今後が楽しみだ”って機嫌良さそうに言ってたから」
ヴィネの言葉に、私はますます混乱する。あの時、私は湧き上がる怒りに任せて、パスする代わりに凌遅を狙った。もう一人の男性のように、笑顔で自分のこめかみを撃とうとしたわけでもなく、標的を睨みながらただ闇雲に引き金を引いたに過ぎない。
結局、凌遅を仕留めることも叶わず、ギャラリーの命を危険に曝しただけの新人に、どんな期待が持てるというのか。
まあいい。人でなしの考えることなど、理解する必要はない。
私は少し考えて、「気のせいですよ、そんなの」と返した。
それから医療スタッフが来て、バイタルチェックが行われた。私もヴィネも異常なしとのことで、朝食の後、簡単な診察を受け、退院する運びとなった。
あれだけの暴行を受けながら、私の怪我の度合いは深刻ではなかった。また、ついでに診てもらえることになった歯科でも、レントゲンとCT撮影の結果、奥歯の動揺が軽度だったため、「安静にして様子を見ましょう」と診断された。大掛かりな治療や手術を覚悟していたのでほっとする。我ながら、丈夫な身体だ。
凌遅は一時、高熱を出し退院が危ぶまれたが、持ち前のバイタリティーを発揮し即座に回復した。しかし、無茶をした件について医師からこってり絞られ、少なくとも数日は安静にするよう釘を刺されたらしい。私達と合流した際、「不本意だ」と零していた。
「もとはと言えば、元凶は君だ」
ヴィネの車を取りにディスカウントストアの駐車場へ向かう道中、ハンドルを握る凌遅がぼそりとつぶやいた。私が顔を上げると、ルームミラー越しに彼と目が合う。
「君がクエマドロに目をつけられたせいで、俺もヴィネも巻き添えを食った。本来なら負う必要のなかった怪我で時間を無駄にした上、完治するまで作品制作に支障を来たす羽目に陥った。責任を取ってくれるか」
「ちょっと、りょおちん……」
ヴィネは眉上の傷を隠すようにさり気なく前髪を左に流すと、軽く運転席の後ろを蹴った。私も蹴りたいくらいだ。
そもそも私が像の下敷きになったのは蹴倒した周牢のせいだし、凌遅が深手を負ったのだって、クエマドロに突き飛ばされたからだろう。ヴィネの顔の傷も、おそらくは凌遅の不注意によるものだ。助けてもらったことは恩に着るが、その件に関して私に責任はない。
そう抗弁すると、「サン=テグジュペリは“人間であるとは、まさに責任を持つことだ。自分には関係がないような悲惨を前にして、恥を知ることだ”と説いている。俺は教育係兼相棒として、君を救護するという責任を果たし、全治3ヶ月の怪我を負った。この悲惨の発生源たる君にも、それに報いてもらいたいだけだよ」などといつもの詭弁で返された。
平気で人命を踏み躙る人でなしの権化が“人間”を語るとは片腹痛い。それに、怪我の重さでいったら、どっこいどっこいだ。マウントを取られる謂れはない。
「もういいじゃん、全員めでたく生還できたってことで。それより、みんなの退院おめでとうパーティーしよ!」
不満を滲ませる私を気遣ってか、ヴィネが提案してきた。
「ヴィネは全然気にしてないけど、せっかくだからデンたんに何か作って欲しいな。得意料理は?」
「ありません」
私の答えに、ヴィネは意外そうな顔をした。
「え? でもデンたんてさ、ずっとお父さんと二人暮らしだったって聞いたんだけど。食事ってどうしてたの? もしかしてお父さん、料理得意だった?」
「……いえ、母が亡くなって以来、父は何もする気にならなくなってしまって……仕事が忙しい時期だったのもありますし、私も小学生だったんで、ずっと出来合いのものを買っていて、それが習慣に……」
するとヴィネは「そうなんだ! よかった~、ヴィネも料理苦手だから、仲間いてほっとする~」と言って破顔した。
それから、はっと何かに気付いたような素振りを見せ、「だったら、ここはりょおちんが作るのが一番だと思う!」と言い放った。
「どういう理屈だ」
怪訝そうな凌遅に、ヴィネは続ける。
「だって、デンたんをこの世界に引き入れたのはりょおちんじゃん。その意味では、すべての元凶はりょおちんってことにならない?」
すると彼は心外だと言わんばかりに反駁した。
「確かに、組織として最初に接触したのは俺だ。だが、引き入れようと画策したのは俺じゃないから、すべての元凶には当たらない」
「え~? それは無理があるんじゃない?」
ヴィネは胡乱な目で凌遅を見る。
「りょおちんがあの日、デンたんの家に行ってあんなことしなければ、こんなことにはなってないわけでさ……」
「あんなこと?」
非難の理由に合点がいかない様子の凌遅に焦れたのか、彼女は息巻いた。
「……だからぁ、りょおちん、デンたんのお父さんのこと、殺しちゃったじゃん!」
殺しちゃった、か。わかってはいるが、改めて耳にすると辛い事実だ。
惨たらしい記憶が蘇りかけ、私が言葉を発せずにいると、
「ああ……そういうことになっていたんだったな。だが――」
凌遅は一拍置いてから、おもむろに言明した。
「――俺は、彼女の父親を殺してはいない」
私とヴィネは思わず顔を見合わせた。
「どういうこと?」
ヴィネが問うと、凌遅は淡々と説明する。
「俺がしたのは、あの部屋で“素材”を解体して作品にしたことと、“彼女には見込みがある”とバエルに報告したことだけだ」
衝撃で思考がうまく働かない。
固まる私を余所に凌遅は続ける。
「あの日、俺がバーデン・バーデンの処女の家を訪れたのは、彼女に処刑人としての資格があるかどうか測るためだった。いわば出張面接だ。推薦者はバエル。どうしても彼女の素質を確かめたかったと言っていた。そして、“素材の当てはある、必要な手筈は整えておくから、当日はただ家を訪ねればいい”と伝えられた」
どういうことだ。聞けば聞くほど、わけがわからなくなっていく。ヴィネも同じだったようで、困惑げな表情を浮かべている。
バエルとは一体何者なのだ。LR×Dの代表が何故、一介の女子高生に過ぎない私の素質を確かめたいなどと思うのか。
それ以前に、何処で私の存在を知った? 中学時代の一件は内々で処理され、公にはならなかった。また、思想・信条を表明したこともなければ、SNSのアカウントすら持っていない私にどうやって辿り着くと言うのだろう。
私はずっと自分の意思で“父の仇”と行動を共にし、いつか一矢報いてやるのだと思っていたが、初っ端から主宰者に鼻面を引き回されていただけなのだろうか。
凌遅の言葉を鵜呑みにはできない。しかし、彼が父をバラバラにしている現場を私が目撃している以上、殺したか否かといった些末な事柄――少なくとも凌遅はそう判断するだろう――でわざわざ嘘を吐く理由はない。つまり、凌遅は父を殺していない可能性が高い。
だとしたらあの日、父を“素材”にして凌遅に提供したのは誰だ?
私の仇敵は誰なのだ……。
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