bias わたしが、カレを殺すまで。

帆足 じれ

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第3章

18 嫌な記憶 ⚠

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 気がついた時には、患者衣かんじゃい姿で病院のベッドの上にいた。もちろん組織直属の医療施設とかいうところで、立場は毛ほども好転してはいなかった。

 私は両肩を打撲し、肋骨を一本折った。くだんの像、重量自体はそれほどでもなかったらしい。しかし運悪く突起の部分があばらにクリーンヒットしたようだ。あちこち内出血し頭も打っていたが、幸い大事には至らなかった。
 医師曰く、総合的に見れば打ち所がよかったとかで、湿布と固定帯を出されて即座に退院となった。痛みはあれど、2~3ヶ月で完治するそうだ。

 一方、凌遅は中手骨ちゅうしゅこつ骨折と指先の挫滅ざめつ、そして手を引き抜く時に負った切創せっそうがいくつかと診断された。命に関わるほどではないものの重傷には変わりない。皮膚の縫合と骨の接合、その他諸々の治療のため、今日と明日の2日間、入院することになったらしい。

「面倒だな」

 医療スタッフの案内で病室を訪ねた時、凌遅は他人事のように言っていた。

「君の監視はヴィネに任せてある。俺のいない間、少し羽を伸ばすといい」

 私の心中は複雑だった。あの時、凌遅が手を滑らせたのは、もしかしなくても私のせいだ。故意でなかったとは言え、私の肩が接触し、体勢を崩したから……。

 彼が私を助けようとするなんて思いもしなかった。いい気味だと感じる反面、そのギャップに些か動揺してしまったのは事実だ。
 しかし幸か不幸か、潰れたのは彼の利き手ではなかった。この調子だとそう間を置かず“作業”に戻るだろう。
 また誰かが薄切りにされ、床に並べられるのか。だが、大事に至らなくてよかったなどと、どこかで安堵している自分がいる。

 くそう。馬鹿だ、私は。

 自己嫌悪に陥りつつ、ヴィネが迎えに来るまでロビーをうろついていたら周牢チュリに再会した。
 誰かの見舞いにでも来たのだろうか。だらしなさの権化のような格好で、施設内禁煙の表示の真ん前にもかかわらずタバコを吹かしていた。彼は私を見るなり、

「くたばらなかったんかよ、雌犬」

 そう言った。

「はあ、おかげ様で」

 あまりのことに間抜けな言葉が口をついた。彼には何の借りもないので相当微妙な返しだろう。

「あんま調子に乗んなよ、てめえ」

 周牢は肩をそびやかし私を睨みつけると大袈裟にきびすを返し、去り際に吐き捨てた。

「とっとと死ねや。

 ああ、そういうことか。
 断片的なイメージがようやく一つに繋がった。同時に確信した。鉄の処女の側で聞いた声が誰のものだったか。ガツンという“鈍い音”が一体何だったのか。

 わざわざ念を押しに来たわけか。
 彼の背中が見えなくなったところで私は息を漏らした。あの巨大な像を蹴倒けたおしたらしい彼の足取りは至って軽やかだった。何とも言えない不公平感が湧き上がる。せめて片足を引き摺ってでもいれば、少しは溜飲も下がるだろうに。

 それにしても、面と向かって死ねと言われたのは久し振りだ。前に聞いたのはいつだったろう。

 確か、中学1年の夏だ。母の死後、身の回りのもののケアがおろそかになった私は、クラスメートから執拗な嫌がらせを受けていた。名前に「菌」を付けて呼ばれる、無視される、暴力を振るわれるなどいろいろな目に遭った。

 父に心配をかけたくなかったので、初めのうちは受け流していたが、どうしても許せないことをされた時があった。

 その日、放課後の教室で書き物をしていた私はクラスメートに囲まれ、いつものように暴言を吐かれた。

「死ねよ、。お前、きたねーんだよ。てか、なにこのダッサいペンケース、ウケんだけど」

 一人が私のペンケースを取り上げて中身をぶちまけた後、床に投げ捨て、踏み付けたのだ。
 それは祖母の介護で腱鞘炎けんしょうえんを患った母が、動かしにくくなっていた手で作ってくれた、かけがえのないものだった。

 この時ほど強烈な怒りが湧いたことはなかった。
 気が付けば、私は手にあったボールペンを勢いよく突き出し、先方の頬と耳たぶの表面を薄く掻き切っていた。

 大人達は当初、これまでの経緯や目撃者の証言、相手の怪我の程度が軽かったことや私の年齢などを総合的に考慮し、穏便に済ませようとしていた。
 だが、「本当は目を突いてやろうと思ったけど、ペンケースが壊れてなかったから寸前で思い留まった。次、同じようなことをされたら刺す」という私の発言に鼻白はなじろんだようだった。
 
 今にして思えば、軽率な言動だったと思う。それでも、大切なものを踏みにじられて涙を呑む気はないし、正当な怒りを哀れっぽい台詞に置き換えて逃げを打つような真似もしたくなかったので、後悔はしていない。

 ただ、意地を通した代償は安くなかった。示談で片を付ける代わりに、“緊急避難としての転校措置”という形で体良ていよく追い払われたのだ。おかげで他県へ引っ越さねばならなくなり、父には多大な心配と迷惑をかけた。

 父はうつむく私に微苦笑を浮かべながら、「お前は間違っていない」と言ってくれたが、あれは本心だったのだろうか……。

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