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第2章

14 やるしかない ① ⚠

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「ロシアン・ルーレットで新人の皆様の度胸試し、運試しとまいりましょう」

 司会者は高らかに告げた。ギャラリーから歓声が上がる。

「今回は一人目の方が引き金を引いた後、そのまま次の方へお渡しする順番方式とさせて頂きます。装弾数は最後までわかりませんよ。参加者の皆様は、まずお名前と一言ご挨拶をお願いします。それから引き金をお引きください」

 冗談じゃない。
 しかし、退かせてもらえる空気ではなかった。

 リボルバーの装弾数は一般に5発か6発。弾丸が1発だけ装填されている場合、被弾する確率に関して、順番による優位差はほとんどないはずだ。
 まだ母が生きていた頃、博識な父がテレビか何かを見ながら解説していたのをうっすら覚えていた。

 だが今回、“装弾数は最後までわからない”。少なくとも一人、壇上の誰かが死ぬ。下手をすれば、全員が大当たりということだってあり得る。

 掌がじっとりと汗で濡れている。自己紹介など聞いている余裕はない。

「1発目で当たったらよっぽどッスよ、コレ」

 盛り上がる観衆の中、最初の男性は会場の笑いを取りながら、銃口をこめかみに当てた。隣の女性と一緒にふざけるようにして撃鉄を起こし、そして撃つ。

 発砲音がして、今まで立っていた彼がどしゃりと横たわった。

「えっ」

 血飛沫と脳の欠片を浴びた女性が後ずさった。

 どっと喝采が起こる。

 私は目の前が暗くなった。1発目で早くも死者が出た。

 司会者はパチパチと両手を打ち鳴らし、

「素晴らしい! 一番手として大いに盛り上げてくれましたね。この調子でテンポよく行きましょう。はい、次の方」

 血の海からリボルバーを拾い上げ表面をさっと布巾で拭うと、隣の女性へと差し出した。

「やだ、うそお……だって、ただのゲームだって……」

 女性は震え声でいやいやと頭を振る。どうやら彼女は勘違いしていたようだ。面白半分で首を突っ込んだに違いない。LR×Dがこういう組織だということを、ほとんど知らずに過ごしてきたらしかった。

 素人目にも本物とわかるそれが出てきた時点で、気付くべきだったのに。
 いや、気付いたところでもはや手遅れだ。

 会場全体から「撃て撃て」のコールが沸き起こった。

「さあどうぞ。大丈夫ですよ。こちらは女性の方でも問題なく扱える特注品ですので」

 司会者が彼女の手にしっかり銃を握らせる。女性の引き攣った顔がしきりに周囲を見回す。
 逃げ場などない。辺り一面、捕食者の群れだ。ギラギラとしたいくつもの視線がステージに降り注がれる。

「やだ、やだあ……」

 異様な圧迫感に気圧された女性はリボルバーを放り出して後方に退く。そのまま遁走とんそうする気のようだが、観衆はそれを許さなかった。

「ダメダヨー」

 薄ら笑いを浮かべた男女が数人、ゆらゆらと歩み出て彼女を取り囲む。グラスを手にしたままの者もいた。

「ココマデ来テ逃ゲルナンテ、許スト思ウ?」

 中の一人が事もなげに、たじろぐ獲物の腹を蹴った。苦鳴を上げてうずくまる彼女。それを皮切りに、面々は女性を暴行し始めた。ある者は淡々と、ある者は嬉々として殴る、蹴る。

「今更、ナニ怖気ヅイテンダヨ。銃持ッテ、コメカミニ当テテ、引キ金引ク。簡単デショウガ」

 女性は背を丸めて、容赦なく浴びせられる暴力に耐えるだけになっている。

「勿体ブラズニ、トットトヤレ」

 グラスが叩きつけられ、彼女の頭部から赤いものが滴った時、

「皆様、その辺で」

 司会者がようやく割って入った。彼は女性を抱き起こすと、その手に再度リボルバーを握らせる。

「もうおわかりですよね」

 司会者は朗らかに言った。

らないと、られちゃいますよ? さ、頑張って」

 彼女はよろよろと立ち上がると拳銃を頭へやる。湿気を帯びた髪が張りついたこめかみに銃口を当て、震えながら、やっと引き金を引く。

 弾丸は出なかった。

「ひぐっ」

 女性は声もなく、その場にへたり込んだ。小刻みに揺れ動く太腿の間にみるみる水溜ができていく。直視できず私は視線を逸らせた。

「いやはや、美しいお嬢さんのあられもないお姿、眼福ですねえ」

 続いて銃を受け取った猫背の男性がコメントする。ひどく掠れ、耳障りな声だ。

「ああ、“ラック”です。お世話になります」

 猫背の男性はこめかみに銃を当て、躊躇なく引き金を引いた。

 カキン。

 はにかんだような笑顔が曇ることはなかった。

「命拾いしました。幸先のよいスタートを切れて幸甚こうじんの至りです」

 男性はにこやかに隣へ銃を渡す。
 不自然な嗤い顔。見境のなさ。彼の姿からは、凌遅と同じにおいが感じられた。

 私の番が近付いてくる。

「む、無理でしょ、こんなの……」

 小太りの男性は口元を歪めると、受け取った銃を天井に向けて撃った。

 カキン。
 
 弾は出なかった。

 その途端、

「残念! 不発でしたので、パス失敗。無条件で負け確定です」

 無情な宣告が響き渡り、突如乾いた音がした。
 小太りの男性が悲鳴を上げて床に転がる。見れば彼の脚から血が流れていた。背後から現れた本部の人間が発砲したようだ。

「ひぃぃ、んぎゃあぁ」

 患部を押さえてのたうち回る男性の太腿、腹部、胸へと次々と弾痕が刻まれていく。口径が小さいせいかそれはとても軽快でリズミカルだった。

 金切り声がこだます中、本部の人間は事務的に引き金を引き続ける。まるでレザークラフトで革に縫い穴を開ける目打ちのように、等間隔に肉を抉っていく。

「ぎゅ……!」

 彼の頭部が撃ち抜かれると同時に悲鳴が止んだ。その頃には小太りの男性は私の視界の端で、穴だらけの肉塊へと変わってしまっていた。

 大喝采の中、リボルバーが私の手に渡される。

「いよいよ最後の方です。弾はまだ残っているのでしょうか? 緊張の瞬間です。では、思い切ってどうぞ」

 司会者が煽る。

 私はそっと銃を見る。Sスミス&Wウェッソンの有名なモデルに似ていて、予想より軽い。チーフスペシャルなら装填できるのは確か5発。本来なら先ほど発射された1発で終わっていた。
 しかし今回に限っては、“装弾数は最後までわからない”。ダミーカートリッジのせいで視認も不可能な上、パスをしようにも不発なら別の銃で蜂の巣にされる。

「バーデン・バーデンの処女です……」

 焦る頭で客席をうかがうと、凌遅と目が合う。彼は掌を上にして手招きをした。あからさまな挑発だ。

 私は唇を噛み締める。
 パスを試み失敗しても、彼は助けてくれないだろう。私が歪な亡骸になるのを無表情で眺めている姿が目に浮かぶ。
 いや、嘲笑っているかも知れない。

 くそったれ。

 撃鉄を起こす。少し硬い。そして熱い。
 
 だが不思議と恐怖は感じなかった。この状況自体が茶番にしか見えないのが原因だろうか。
 思えば理不尽極まりない。込み上げる怒りが色々な感情を麻痺させる。

 選択肢は限られているのだ。

 やるしかない。

 意を決し、引き金を引いた。

 反動で腕が持ち上がる。足がよろめく。音がして、発射された弾丸は、側のテーブルの天板を穿った。

 再度、歓声が上がる。

 銃口の先で凌遅は、例によって超然としていた。

「残念だったな」

 彼の唇がゆっくり動いた。
 渾身の覚悟で狙ったのに、悪運は彼に味方した。

「素晴らしい! 見事、パス成功です。驚きましたねえ。こんなお若い方が洗礼を潜り抜けましたよ。ここで人生の運を使い切っていないことを祈るばかりです」

 司会者のコメントに場がどっと沸く。

「お疲れ様でした。それでは皆様、個性豊かな新人の方々にもう一度、盛大な拍手をお願い致します」
 司会者が、伸びたままの私の手からリボルバーをもぎ取った。

「救われましたね。ご自身の胆力とに……」

 微苦笑を浮かべた司会者の声が、どこか遠くで聞こえている。

 腕がじんじんと痺れている。熱っぽい活気の中、急激に力が抜ける思いがした。

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