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第1章
3 LR×D(リンガリングデス) ①
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意識が戻るまでに半日近くかかったと彼は言った。移動に伴って軽く気絶させるつもりが、うっかり壊してしまったのではないかと心配したなどと聞かされても、まったく説得力がない。
曰く、あれから血抜きに使った風呂場と部屋を適当に片付け、自身と私、そして“作品”の痕跡を消し尽くしてから移動するのは少々骨が折れたそうだ。
「作業現場には余計なものを残さないのが信条でね。本部は快く思わないだろうが“ジャニター”の仕事はお粗末だから、ある程度は自分でやるようにしているんだ」
専門用語を織り込んだ彼の勝手な見解を聞き流しつつ、寝かされていたベッドから上体を起こす。と、後頭部が疼いた。触れてみた限りではそれほど深刻な感じでもないのでほっとする。代わりに、左手の中指に見覚えのない指輪が嵌まっていることに気付き、気味の悪さを感じる。
「ここは……」
私は眼前の男に問うた。
「表向きはレンタルスペースということになっているが、本部が用意した俺達専用の隠れ家の一つだ」
私の目には何の変哲もないマンションの一室に見えた。大きめのガラス戸からは陽光が差し込み、カーテン越しに麗らかな春の気配が感じられる。生活感の希薄さはあれど、必要最低限の家具は揃っており、その気になればすぐにでも暮らせるだろう。
「俺達について少し話しておくか」
彼はベッド脇に備えつけられたパソコンの前に座ると、「まずは見てもらった方が早いな」そう言って、とあるウェブサイトにアクセスした。
LR×D
シックなレイアウトが目を引くそれは、完全会員制・猟奇的殺人同好サイトだった。一目でアングラ系とわかる各種コンテンツの他に、掲示板やチャットボットを用いたカスタマーサポート、利用規約などある程度の体裁が整えられている。見たことのないブラウザが使われており、一般の人間が容易に閲覧できないような深い領域に位置するサイトと思しい。
私が姿勢を直すのを見ると、彼はサイト内の細部を説明し始めた。
「“LR×D本部事務局”というのが、この組織を運営統括している管理者サイドだ。ここがマッチングして、俺達が動くことになっている。細かい部署に分かれているがいちいち覚える必要はない。ちなみにさっき言った“ジャニター”は、特殊清掃や備品管理を担当する人間のことだ。彼らには世話になるから、頭の隅にでも入れておいてくれ」
彼の指が動き、カテゴリー欄の“会員名簿”をクリックする。
「次、ユーザーサイド。これは“会員”という括りだが、立場によって“処刑人”と“観客”に大別される」
と、画面に二つの項目が現れた。彼がその一方を選択するや、いくつかの名前が並ぶページが映し出された。
「一つめは“処刑人”。各々、拷問具・処刑具のHNを持っていて、その特徴を活かした殺人行為、撮影を実行し、動画をここにアップする。ユーザーとは名ばかりでな。実態は運営側の実動部隊だ」
彼らが殺害した標的の私物や身体の一部は本部が回収し、「記念品」として販売することもあるという。
LR×Dは殺人依頼も受けており、専用のメールフォームから処刑人の人選、標的の人数・殺害方法の選択もリクエストでき、仮想通貨で決済可能だそうだ。もちろん暗号化通信方式が用いられ、アクセス元の特定も困難になっている。ケダモノの集まりには違いないが、システム自体は行き届いていると思った。
「二つめが“観客”。HNが殺人や拷問と縁のある人物名になっている連中だ」
彼が“会員名簿”のもう一つの項目をクリックした。先に進むと、先ほどとは比ぶべくもない数の名が連なっていて驚く。
「個人的な恨みや政敵排除が目的の奴もいるが、大半は普通の娯楽では満足できなくなった胴欲な連中でね。金を持て余し、刺激を渇望する各界の著名人も多く登録している」
彼は感情の乗らない声でつけ加えた。
「観客を楽しませる度、本部の懐が潤い、処刑人の承認欲求は満たされる。よくできた仕組みだよ」
男の解説によれば、各コンテンツを閲覧するためには正式な会員(観客)登録をしアカウントを得る必要があるが、極めて煩雑な手続き、及び高額な会費を秘密裏に支払わねばならないとあって、客層は自然と限られてくる。尚、契約時に結んだ利用規約を無視すると、最悪の場合、“素材”として動画に出演する羽目になるそうだ。
説明の最中も彼はずっとページを繰っている。それでもスクロールバーの長さに変化はない。一体どれだけの登録者がいるのだろう。彼の話では、処刑人になれるのは特殊なルートをパスした者のみだが、観客は先立つものと正式な手続きさえ整えば、入会は比較的容易いと言う。
その理由に何となく合点が行くと同時に、黒い感情が私の胸に湧き上がった。
そんな連中の慰み者にされるために私の父は殺されたのか。鬱いだ思いを抱え込んだまま、心も身体もバラバラにされて……。
悔しさと憤りで奥歯が鳴った。
自分に何ができるわけでもない。だが、このままで置くものか。少なくとも黙ったままむざむざ甚振られているものか。
「知らなかった、こんな世界……」
強烈な決意を抱きながら、私は必死で平静を装うことに努めた。
「だろうな。これを機に危機意識の醸成をするといい」
男は視線を彷徨わせ、淡々とした口振りで結んだ。
曰く、あれから血抜きに使った風呂場と部屋を適当に片付け、自身と私、そして“作品”の痕跡を消し尽くしてから移動するのは少々骨が折れたそうだ。
「作業現場には余計なものを残さないのが信条でね。本部は快く思わないだろうが“ジャニター”の仕事はお粗末だから、ある程度は自分でやるようにしているんだ」
専門用語を織り込んだ彼の勝手な見解を聞き流しつつ、寝かされていたベッドから上体を起こす。と、後頭部が疼いた。触れてみた限りではそれほど深刻な感じでもないのでほっとする。代わりに、左手の中指に見覚えのない指輪が嵌まっていることに気付き、気味の悪さを感じる。
「ここは……」
私は眼前の男に問うた。
「表向きはレンタルスペースということになっているが、本部が用意した俺達専用の隠れ家の一つだ」
私の目には何の変哲もないマンションの一室に見えた。大きめのガラス戸からは陽光が差し込み、カーテン越しに麗らかな春の気配が感じられる。生活感の希薄さはあれど、必要最低限の家具は揃っており、その気になればすぐにでも暮らせるだろう。
「俺達について少し話しておくか」
彼はベッド脇に備えつけられたパソコンの前に座ると、「まずは見てもらった方が早いな」そう言って、とあるウェブサイトにアクセスした。
LR×D
シックなレイアウトが目を引くそれは、完全会員制・猟奇的殺人同好サイトだった。一目でアングラ系とわかる各種コンテンツの他に、掲示板やチャットボットを用いたカスタマーサポート、利用規約などある程度の体裁が整えられている。見たことのないブラウザが使われており、一般の人間が容易に閲覧できないような深い領域に位置するサイトと思しい。
私が姿勢を直すのを見ると、彼はサイト内の細部を説明し始めた。
「“LR×D本部事務局”というのが、この組織を運営統括している管理者サイドだ。ここがマッチングして、俺達が動くことになっている。細かい部署に分かれているがいちいち覚える必要はない。ちなみにさっき言った“ジャニター”は、特殊清掃や備品管理を担当する人間のことだ。彼らには世話になるから、頭の隅にでも入れておいてくれ」
彼の指が動き、カテゴリー欄の“会員名簿”をクリックする。
「次、ユーザーサイド。これは“会員”という括りだが、立場によって“処刑人”と“観客”に大別される」
と、画面に二つの項目が現れた。彼がその一方を選択するや、いくつかの名前が並ぶページが映し出された。
「一つめは“処刑人”。各々、拷問具・処刑具のHNを持っていて、その特徴を活かした殺人行為、撮影を実行し、動画をここにアップする。ユーザーとは名ばかりでな。実態は運営側の実動部隊だ」
彼らが殺害した標的の私物や身体の一部は本部が回収し、「記念品」として販売することもあるという。
LR×Dは殺人依頼も受けており、専用のメールフォームから処刑人の人選、標的の人数・殺害方法の選択もリクエストでき、仮想通貨で決済可能だそうだ。もちろん暗号化通信方式が用いられ、アクセス元の特定も困難になっている。ケダモノの集まりには違いないが、システム自体は行き届いていると思った。
「二つめが“観客”。HNが殺人や拷問と縁のある人物名になっている連中だ」
彼が“会員名簿”のもう一つの項目をクリックした。先に進むと、先ほどとは比ぶべくもない数の名が連なっていて驚く。
「個人的な恨みや政敵排除が目的の奴もいるが、大半は普通の娯楽では満足できなくなった胴欲な連中でね。金を持て余し、刺激を渇望する各界の著名人も多く登録している」
彼は感情の乗らない声でつけ加えた。
「観客を楽しませる度、本部の懐が潤い、処刑人の承認欲求は満たされる。よくできた仕組みだよ」
男の解説によれば、各コンテンツを閲覧するためには正式な会員(観客)登録をしアカウントを得る必要があるが、極めて煩雑な手続き、及び高額な会費を秘密裏に支払わねばならないとあって、客層は自然と限られてくる。尚、契約時に結んだ利用規約を無視すると、最悪の場合、“素材”として動画に出演する羽目になるそうだ。
説明の最中も彼はずっとページを繰っている。それでもスクロールバーの長さに変化はない。一体どれだけの登録者がいるのだろう。彼の話では、処刑人になれるのは特殊なルートをパスした者のみだが、観客は先立つものと正式な手続きさえ整えば、入会は比較的容易いと言う。
その理由に何となく合点が行くと同時に、黒い感情が私の胸に湧き上がった。
そんな連中の慰み者にされるために私の父は殺されたのか。鬱いだ思いを抱え込んだまま、心も身体もバラバラにされて……。
悔しさと憤りで奥歯が鳴った。
自分に何ができるわけでもない。だが、このままで置くものか。少なくとも黙ったままむざむざ甚振られているものか。
「知らなかった、こんな世界……」
強烈な決意を抱きながら、私は必死で平静を装うことに努めた。
「だろうな。これを機に危機意識の醸成をするといい」
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