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銭湯の攻防戦1
しおりを挟む「好きです」
僕は髪の毛を泡立てていた手の動きを、反射的に止めてしまった。
聞き間違いだろうか。うん、きっとそうだ。
う、痛い。
完全停止したまま、頭上からシャンプーの泡が額をツーと滴り、左目に入った。左手の甲でゴシゴシと目元を擦る。
「……あの、何か言いました?」
うん、恐らく、いや、絶対僕の聞き間違いだ。
声が聞こえた先は、銭湯浴場の洗い場。
洗面台の真ん前に腰かけた僕のちょうど右隣りの人だった。
その人は金髪で、ピアスもしていて…やんちゃな印象の褐色肌の青年。表情が凄く真剣だ。
あ、そうそう。
今、僕は長年通っている銭湯に来てます。
駅からはだいぶ遠いけど、レトロで独特な雰囲気に引きこまれてから、週末に通うようになった。
自宅に浴室は無いのかって?
あるよっ!
あるけど、銭湯もまた、堪らないんだよなぁ~!
この開放感!
大きな浴槽!
「やっぱり最高だなぁ、銭湯。うん、うんっ!」
何も聞こえない、今、僕は何も聞こえませんから、ええ。
「ちょっと! 聞いてます!? だから、好きです。俺と「ちょーーーっっとおお!まったあああ!!」
何?
だ、だれーー!?なんだこの人たち。
ぐえ、痛い。
今度は右目にシャンプーが入った。もう髪洗い流してもいいよね、これ。
一先ず、落ち着こう。とにかく洗髪最優先。
両隣の方たちは、何やら会話を交わし始めた。
「なんだ? レン、割って入って来るな!」
「いやいや、シンこそ突然告白とか! ルール違反ですから!」
「この人は随分前から俺が先にマークしてたんだ! ようやくこの曜日の時間帯に来たってのに……! まさか! お前がいるなんてなーついてネェよ!」
「マークしてたらなんなんだよ! ただ知ってただけだろーが!」
僕が来る時間帯を把握?これ…新手のストーカーか何かですか?
うわ、怖い。やだやだ。
僕はドキッとしながらも、会話の続きを聴きながら、リンスも終えてしまおうと思い、ボ トルキャップをプッシュした。
プッシュ、プッシュ。
突然左側から入ってきた『レン』と呼ばれていた青年、僕より少し若そうに見えた。
黒髪で…これは偏見かもしれないが、スポーツが得意そうな、細身だがしっかり鍛えられている体で……筋肉の割に、顔は童顔かもしれない。
いや、そんな事は!どうでもいい!
この両隣の変な人達に関わりたくないと警戒した僕は、髪と体を洗い流し、浴槽に浸かり早々に退散しようと考えていた、訳だが……。
なんだ?……不自然な視線を感じる。
水色の四角いタイルが敷き詰められた上をぴちゃぴちゃと水音を立てて歩いていた僕だったが、流石に止まらずを得なかった。
今日は、何かがおかしい。
ここの銭湯は昔ながらのよくある、ごくごく『普通』の銭湯だ。
壁には銭湯でよく見る雄大な山の景色と緑、空には白い小鳥が飛んでいて、周りはオフホワイト基調で所々薄水色のタイルが綺麗に施されている清涼感溢れる空間だ。
ずっと何年も通っている場所であるにも関わらず、全く別の場所にいるかのような錯覚に囚われた。
浴槽の中には中性的な色白な人と、二人組の仲がいいお兄さんたちが世間話をしながら寛いでいる。
「ふーん、俺たちの事…いや、この場所のコト、本当に知らないのなぁ」
最初に僕に告白?して来た『シン』が僕に向かい言い放った。
そして背後から近付いて来る。
え、何、何。
「ヒイッ」
思わず声を上げてしまった。
怖い怖い怖い。
そこへ間に入るように、レンがまた割って入り僕へ向かって言った。
「金曜日はねー、試してることがあるんだ」
「試す?」
「そう。この銭湯の『ルール』、昔からのシキタリ?」
「そんなの知らないですよ! なにか表の注意書きに……ありました?」
僕は銭湯の入り口、番台、脱衣所を思い返してみた。
当然ながら、全く思い当たらなかった。
「君はここの常連だから、ある意味、誰にも『触れられず』に今まで来れたんだろうね~……恐らく今ここに居る中で、君が一番長年の常連だと思うからさ。そういえば名前、聞いてなかったね?」
な、なんでこの人たちに名乗らないといけないんだ…仮名でもいいかなぁ。
「僕は、マコトだよ」
「へ~、マコトか、マコちゃん、かわいいじゃん」
シンがニコニコしながら言った。
マコちゃん……。
「みんなここで週末を迎える。先週だって、君、居たでしょ? 洗い場の鏡の前の椅子で体洗ってる時なんて、湯船の中でセックスしちゃってたカップルもいたんだよ? 気付いてた?」
な、何を話しているんだこの人たちは?
呆気に取られてしまって、言葉がすぐ出てこなかった。
「僕、あの、そういうのは結構なので! 失礼します!」
じゃあ!という仕草でその場を立ち去ろうとしたが、レンが左腕をガッツリ掴んで離そうとしない。
「だーめーだーよ! 知っちゃったんだから、金曜のこの場所のことぉお!!」
「いや、まって! だめ!! そういう趣味! 僕は! ……ないですからぁああ!」
腕をから逃れようと強引に引き離そうとした。
めちゃくちゃ強い力でレンが自分の元に僕を引き寄せながら言った。
「知らない方が、よかった? でも後悔はさせないよ絶対に……。もしかしたら後で良い意味で後悔しちゃうかもしれないけど」
「それ、言えてる」
シンがクスクスと笑いながら言う。
湯船を目の前にして、レンとシンの二人に羽交い絞めにされそうになり、思わずよろめいた。
「うわっ! わ! ちょっと……あ」
腰元のタオルが、ハラリと落ちる…落ちちゃう。
白いタオルが床タイルに落ちるまで、僕にはスローモーションに見えた。
もしかしてこれ、走馬灯になっちゃうのかな?……とか……。
告白されて、銭湯で何が行われているのかも初めて知って…
僕、どうなっちゃうんだろう。
ビチャン…!
思いっきり僕は床に尻もちをついた。
「いったたぁ……危ないじゃないですか! もう!!」
「ここさ、いい? しようよ、気持ちいいこと」
「いや、話ちゃんと聞いてます!?」
「さっきは俺達の会話ガン無視してた癖に~~、ズルいよ~マコさん」
レンが興味津々の様子で、僕の無防備な陰茎に突然触れてきたので、驚いてちょっと変な声が出てしまった。
「んぅ、いや、だめ……ですって! 何して」
「お前こそズルいぞいつも横から来て!」
そうシンが言うと、僕の背後に回り込み、抱きついたかと思うと、両指で僕の乳首をギュっと抓った。
そしてコリコリと指の腹で転がされて…
これが、他人から触られる感触なんだって。
「アッ……、ちょっと! だめだって……!」
「うっわ、エロい乳首……。もしかして凄く感じやすい?」
「~~! ち、ちがう! た、たぶん!」
たぶんとは?恥ずかしい。
今、できることならこの場からすぐに消えてしまいたい。
「ほんとだ、凄く、エッチな乳首してる。んふふ。しゃぶっちゃお」
陰茎をしごきながら、レンが左乳首を舐めたかと思うと、吸いついてきた。
ちゅうーっと聞こえるようにわざとらしく音を立てると、舌の先端でコリコリになった乳首を刺激する。
あまりの展開の速さに、僕の思考はどんどん取り残されていく。
快感が先に来て、頭が全然回らない……!
ちゅううぅう……
「へへ……見てよ、知らない人にこんなにイジられて、もう勃起しかけてる」
レンが胸部に舌を這わせつつ言い放つ。
「~~ッ!」
背後に密着していたシンは、僕のビンビンになった乳首をこれでもかと撫でまわした後、僕の股に手を回したかと思うと、指の腹で後ろを探り始めてしまった。
たまらず背筋がゾクッとする。
あれ……これって、もしかして……おしりの穴に……!?
「え!? 痛っ……もうやめてっ!」
全身のありとあらゆる場所に触れられる度に、その場所に意識が集中してしまい、夢中になっていた。
こんなの、キリが無いよ。おかしくなりそうで、怖い。
「ぅ……あ……」
「ここちゃんと開発できたら、も~っと気持ちいい事できるから、もうちょっと触っててやるよ、いい子だから、じっとして」
シンが僕の耳元を舐めると、落ち着いた声でそう囁いた。
気付くと目の前の浴槽の中で、中性的な色白の例の青年が、僕と向き合う形で、壁にもたれ掛け、自慰行為を行っていた。
うわぁ……本気なのか……。
「ん……君たちの、目の前で見てたら……ぅ……僕も、したくなっちゃった……ッ」
「まただよ、マキはいつもこうしてひっそり一人でしちまうんだよなぁ」
浴槽内の端側で寛いでいたうちの一人が湯船の中からその子に近寄ると、マキがしごいていた手を放し、屈んだかと思うと、全て口に含んでしまった。
ジュブ ジュブ…
フェラをする反動で浴槽内の湯が緩やかに波立ち、不規則に身体を濡らしていく様子が見えた。
今、目の前で起こっていることが信じられない。自分自身の状況も含めて…。
夢…な筈がない。
「あっ! ああっ!」
そのマキという子は、華奢で仕草も女性的に見えて、それが正直余計に僕の性欲を刺激した。
「はぁ~、ゴトウがそっち行っちゃったら俺一人じゃないか、仕方ない……!」
「今日は新人、マコトくんのお迎えだ! ハヤシも来いって! 見せつけようじゃないか」
マキの亀頭をしゃぶりながら、そのゴトウという男性はもう一人を手招きで呼び寄せた。
まさか行きつけの銭湯でこんな乱交じみた状態になるなんて、誰が想像しただろうか。
ん、待って。
凄く、僕、息が上がってる。
急に恥ずかしくなって、無意識に顔を下にして視線を逸らしてしまった。
「あ、気付いた? 自分が小さな声で喘いでるって。かわいい」
真正面のレンが僕の顔を覗き込みながら言い放つ。
下に顔を背けてみても、そこには他人にしごかれている自分自身のソレが目に入ってきてしまう訳で。目のやり場に困った僕は、瞼をぎゅっと瞑る事しかできなかった。
だがそれは逆効果で、視界が遮られた分、聴覚が研ぎ澄まされ、あらゆる猥雑な音が僕の耳に響き続けた。
止めてとせがんでも、僕の穴に指がグングン入ってきて中をかき乱されるし、前は先走りでぬるぬるになった陰茎がジュコジュコと濡れた音を立てている上に、乳首までちゅぷちゅぷと吸われしまっている。
「あっ! ……あ……! んんっ…!!」
…マキの声だろうか。もっと突いて突いてと声が聞こえている。
犯されている真っ最中なのかと思うと、とんでもなく気になってしまった。
本当に、僕…最低だ…。
はぁはぁと意識をなんとか保ち荒い息遣いのまま、僕は頭をゆっくり上げ瞼を開いてみると、湯船に浸かっていた筈の男たちが、僕にこれでもかというくらい見せつけながらマキの太腿を背後から抱え上げ、ずぷずぷと背面から犯していた。
「ほら、マコちゃん、どう? すんごい光景だろ、これ」
ハヤシがマキの後ろを掘りながら言った。
接合部が、丸見え。
僕の方に全てを露にし、背後から突かれて喘ぐ姿はとても妖艶で、性欲を充分に刺激する光景に、レンにしごかれ続けている僕の陰茎も、とうとう限界に達しようとしていた。
「あぁあ……っ! だめ、もう来そう……あ! レンくん、やめて!」
「ふふ、びくびくしてる……。じゃあさ、これ、僕のここに入れてみない……?」
ここ?
へ? どこ?
僕の方へ向かって、レンは自分のソレを左手で全て包み込むと、上方向へ寄せ上げた。
「え?」
ん?……ん?何を言っているのか理解できない。
待って?
レンくん?
「俺さ、後ろ向きで跨るから、ちょっとだけ足閉じて仰向けになってくれる? シン! ちゃんと後ろ支えてろよ!?」
「はい、はい。早くしろ! 次、マコちゃんの後ろ挿れんだから! 体力消耗させるんじゃねぇぞ!」
レンのおしりが俺のすぐ目の前をいっぱいにすると、下腹部を目掛けてゆっくりと腰を下げ始めてしまって…
「いや、え、え、どういうこと!? 待ってぇ! 待ってぇええ!!」
三週間後
今日も、満月だ。
月明かりの下に照らされる銭湯の外観。
中庭にある木々は以前より青く生い茂ったようだ。
扇風機の音、ラジオからサマーソングが聴こえてくる。
窓辺の風鈴の音、冷蔵庫の稼働音。キンキンに冷えた牛乳瓶。
銭湯の脱衣場でぼくらは我慢できず欲情し繋がっていた。
立ちバックの体勢でパンッパンッとシンの筋肉質な肌が激しく臀部に打ち付けられる。
「あん! ……あ! くう……! ぅ!」
突かれる反動で、僕のソレが腹部に擦れて当たり、その感覚で自身の勃起具合が恥ずかしいくらいに感じ取れて…めちゃくちゃ興奮してくる。
「一週間ぶりのお前のっ! ここ! やっぱ最っ高…!」
「あ!! はぁ……すき、もっと……シン!」
僕はこれまでと変わらず、今もこの銭湯に毎週通い続けている。
そして更に数週間後
初夏。若々しい爽やかな緑のにおい。川のせせらぎの音。
まだ夜風が冷たい。
横断歩道で信号待ちをする人々。
車のバックライトが夜の街に溶け込む。
何気ない落ち着いた街並み、賑わいを見せる商店街の風景、近所の有名なコロッケ屋さん、老舗の和菓子屋。
道沿いのファミレスから出てくる青年が、一人。
とても爽やかな雰囲気の彼は金髪で肌が浅黒く、白シャツ姿の彼。
右耳にはシルバーのピアスをしていた。
彼は辺りを見回す。
「この辺はここ一軒、駅前だけか」
黒いスポーツブランドのリュックを背負い、ファミレスの看板を見返した。
つい数日前にこのエリアに引っ越してきたばかり。
慣れない足取りで、駅側とは真逆の方向へ進む。
お洒落な古着屋、居酒屋、穴場のスーパー、コンビニの位置を把握するように近辺を見渡しながら歩みを止めない。
そして、趣のある裏路地を見つけ、立ち止まった。
「へぇー、ここ銭湯あるのか。物件探しの時に載ってた…あれか? 思ったより雰囲気良さそうじゃん」
また一人、この場所の常連が増えそうである。
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