【R18】恋人CONTRACT

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28「聖夜の贈り物 前半」*挿絵あり

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 土曜日の夜、クリスマス・イブ。
 最寄り駅のホーム構内から改札を出ると、目の前に大きなクリスマスツリーが煌めき、街路樹も豪華にライトアップされ賑やかに彩られている。
 いつもの見慣れた駅前や周辺の街並みが輝き、人々が行き交う。

「わぁ、ツリーすごい! 綺麗」

 改札の前を俺の恋人が駆けていく。そして、

「夏樹、早く行こうよ!」

 と先を急ぐように秋之が促した。
 ひんやりとした外気が俺の頬を撫でる。

「秋之、急がなくてもケーキは逃げないよ」

「無くなっちゃうよ、イブなんだから!」

 俺が背後から追い着くのを待つと右手を握り、大通りの一角にある小さな洋菓子屋へと向かい始める。
 少しだけ、早足だ。
 それもそのはず。
 一ヶ月ほど前から、どんなケーキにしようか、と二人で話し合いこの日を待ち望んでいた。

 店舗の前へ到着する。
 大きなウィンドウから店内の様子が窺えた。
 自動ドアの入り口、左隣には可愛く装飾されたツリーが俺たちを出迎え、店内にはクリスマスソングが流れている。
 既にレジには二組の客が並んでおり、すぐに男女のカップル、そして仕事帰りの四十代くらいのサラリーマンが入店して来た。

「人、増えてきたね」

 と、秋之が俺の横に寄り添いつつ小声で囁いた。
 二人でショーケース内を確認すると、「ほら、あるよお目当てのケーキ」と溢れんばかりの表情。秋之がキラキラとした瞳でコートをちょいちょいと引っ張っているのを感じた。

「すみません、あの端にあるイチゴのホールケーキをひとつ」

「四号の――こちらですね、少々お待ちください」

「はい」

 店員がホールケーキを梱包する間、

「クッキーもある。かわいい」

 秋之はレジ横のアイシングクッキーをかなり気にしていた様子だった。
 数分待った後、ミニホールケーキを秋之が受け取る。
 ぬくぬくとしていた店内とは真逆の凍るような寒さに、俺たちは肩をすくめた。
 俺は早々にコートのポケットに仕舞っていた毛糸の手袋を取り出そうとした瞬間、

「あれ――」

 白い紙袋を片手に、秋之が突然夜空を指差す。

「見て、雪が降ってきた」

 俺は頭上を見上げた。
 凛とした月が見守る中、深く紺色の静かな夜空から小さな雪が舞い降り始め、頬に落ちた。
 肌に小さな懐かしい冷たさが馴染んでいく。
 一年ぶりの感覚。

「ほんとだ。今晩は冷えそうだな」

「雪、積もるのかなぁ。う~~寒い! 早く帰ろう」

 秋之は空いた手を差し出す。
 寒くなってから、繋いだ手をポケットの中で温め合うのが嬉しいようで、時折「また中で繋いで」と自ら手を伸ばしてくるようになった。
 俺は手を掴み、彼を胸元へと一気に引き寄せた。 

「秋之、もっと寄って」

「わっ」

 腰に右手を回し更に手前へ抱き寄せ、そっとマフラーで隠れた彼の口元を露わにさせる。



 人前では絶対にしないと決めていた。
 自分はそういうタイプではないと思い込んでいたけれど――。
 今、彼にキスをしてる。
 秋之は全身がとろけたように肩の力が抜け、瞼を閉じてしまった。
 ほんの少し、舌先が触れ合う。
 俺たちの間に白い吐息が漏れるのが見えた。

「――ん」

 ――俺の方が、とろけてしまいそう。
 秋之が持っていた手提げ紐が手から滑り落ちそうになり、俺は反射的にホールケーキが入った大切な紙袋を掴んだ。

「危ない、ケーキが!」

「な、夏樹が突然チューするからびっくりしちゃったよ!?」

「ごめん。つい」

 彼は頬を赤く染めると、照れくさそうに微笑み、抱きしめてきた。

「帰ったら、僕もいっぱいする! お腹も減ったし、行こうか。今夜はローストビーフの赤ワインソース添えだよ!」

「シャンパンは俺がオススメのものを買っておいたから。一緒に飲もうね」

「夏樹が選んでくれると安心だよ~。悪酔いしない気がする。そうだ、ピザも食べる? グラタンとか」

「グラタン。チーズたっぷり――いいな」

「ふふふ」

 俺たちは手を繋ぎながら、家路を辿った。

 リースの飾りつけが施されたドア、玄関、その先のリビングの雰囲気に興奮しながらも、早々にディナーの準備を始める。

「飾り付けしてみてよかったね、赤が映えてクリスマスって感じがしてテンション上がる!」

 上着を脱ぎ、オフホワイトのニットの上からデニム生地のエプロンを取り付けつつ秋之が言った。

「みんな秋之のお陰だよ、ありがとう」

「なんで! 一緒に準備したよ?」

 イブの前日、俺の背丈よりやや小さめのツリーを室内に用意してみた。
 正直、俺はこういう事に関しては全くセンスもなければ器用でもない。
 ウォールステッカーの柄やモチーフのチョイスは殆ど秋之にお任せしてしまった訳だが、こんなにも素敵な聖夜を迎えることができるなんて。
 社会人になったら、恋愛から遠ざかるだろうなと予感していたのに。
 
「俺は、幸せものです」

「なぁに? どうしたの突然」
 
 と、秋之が大笑いする。食材を調理し始める音が微かに耳へ届いた。
 俺は今日一緒に追加で買いに行った、雪の結晶のオーナメントをツリーに飾り付けしていく。
 二人にとって、初めてのクリスマスという『特別な日』。
 ようやく、実感が湧いてきた。

「今日のメニューはいろいろあるからね~! もう少しだけ待っててね」

 テーブルの上には深緑のテーブルクロス、赤と白のクリスマスアイテムが飾られ、とても賑やかだ。

「――写真いっぱい撮りたいな」

「んー? 夏樹なにか言った?」

 キッチンの方から声が聞こえてきたが、ちょっと恥ずかしくなった。 

「いいや、別に!」
 
 飾りつけを終える頃、続々と豪華に盛り付けされたメニューがテーブルへ揃い始める。

「ケーキは後でカットしよう。先にサラダね!」

 コーンスープ、ローストビーフと赤ワインソース。とてもよい香りが食欲をそそる。

「ありがとう」

「お腹ペコペコでしょ? マカロニグラタンは今オーブンで焼いてるから――あと十分くらいかな。どうしよう、先に乾杯しちゃう?」

「そうしよっか。秋之も座って」

 俺はキッチンからシャンパン、グラス二つを手にテーブルへ戻る。
 秋之はエプロンを取り外すと、着席し俺と向かい合った。
 酒に弱い秋之でも飲みやすそうなものを楽しんで欲しくて、この日のために準備していた。
 深緑色のボトルから注がれると、グラスの中は静かに黄金色に染まり、小さな気泡が底の部分でゆらゆらと揺らめいた。

「ふふ。なんだかドキドキしてきた!」

「でしょ? 俺も」

 二つのグラスが中程まで満たされると、俺たちはそれぞれ手に取った。

 乾杯。メリークリスマス。



 ――その後、熱々のブロッコリーと人参が色鮮やかなマカロニチーズグラタンがテーブルへ揃うと、二人で改めてクリスマスを祝う。
 二つのグラスが傾く。

「うん! このシャンパン、美味しいねぇ。飲みやすいかも」

「気に入ってくれたのなら良かった。でも無理はしないでね? 飲めない割にペース早いんだから」

「分かってるよ! 大丈夫!」

 お肉も美味しくて、更にできたてのグラタンで体がぽかぽかと温まった。

「あ、そうだ。秋之、写真撮ろうよ」

「うん、撮ろう撮ろう! 僕の自慢の料理も撮って~!」

 笑い合い、体が、手が触れ合う。
 このひとときが、一秒でも長く続いたらいいのにと思った。
 
 クリスマス、終わらないでほしい。


 この後、彼に渡そうと俺はとある『プレゼント』を懐に用意していた。
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