【R18】恋人CONTRACT

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4「始業前の密会」

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「……ぁ、……っ」

 なんか、声が。
 俺は足を止めた。
 辺りはしんと静まり返っている。
 でも確かに今……。
 一瞬、俺の勘違い、気のせいかもしれないと思った。
 だがその声は明らかに、今俺のいる廊下の真横の会議室から漏れていた。

「おい、そろそろ誰か、………そこ通るかも」

 この声……総務部の……?
 心臓の鼓動が早くなる。
 たぶん、聞いてはいけないものを、今聞いてしまっている。

「仕方ない。でもね、我慢できる訳無いよ。分かるでしょう?」

「……んん……」

「……今夜ウチで待ってるよ、欲しいくせに……ここに」

「だか……ら、だめ……」

君津さんが、誰かと一緒に……『なにか』……してる。
これって、もしかして――。
時が止まったように感じた。
おれ、動けない!!
どうしよ。

と、硬直していると廊下の背後側から声が聞こえた。

「宮田くーん!! おはようー!!」

 ばかーー!!
 北岸お前ーーっ!!!!!

 彼は状況を知る由もなく、大声で廊下を駆けて来たではないか。

 終わった。完全に邪魔しましたよね、俺等。
 クビですか? これ?

「ん? どうしたの?」

 俺の元まで来ると、北岸は顔をまじまじと見つめ、不思議そうに首を傾げた。

「えっ!? いや! べつに! おはようございます!!」

「変ですね。それにしても早いなー宮田君。というか、僕たちのオフィスはこっちじゃないですよ?」

「ええっ」

 なんだか冷や汗が。
 あれ、血の気が引いてゆくような。

「もしかして、迷いました?」

 ガチャ

 真横の会議室のドアが開いた。

「ひぃ」

 心臓が止まるかと思った。
 ずっと北岸が何かを俺に語りかけているのだが、すまない。
 全然耳に入ってこない。

「あっ、おはようございます、宮田さんに、北岸さん」

初日に見た時と同じ笑顔で、君津さんが会議室から出てきた。
これがある意味、ポーカーフェイスってやつなのか。

「おはようございます!!」

ちょっと声が裏返りそうになった。危ない。
俺達のせいで、君津さん……。

 さっきまでこっそり静かに攻め立てられていた人が、何事もなかったように俺達に振舞っていると考えただけで、なんか、ギャップに俺、少しだけ興奮しちゃった。
 ごめんなさい。
 自己嫌悪。

 君津さんの後に続いて、長身で黒髪の社員も後から続いて出てきた。

 身長、高!! この人か一緒にいたのは。

 若干無愛想な雰囲気を漂わせているその人は流し目で俺を認識したようで、眼鏡越しに目が合った。

「……おはよう。ネットワーク管理部の有間です」

 低く落ち着いた声。

「そうか! そうでした、お二人にご紹介まだでしたね。彼は社内のネットワークインフラ、サーバー管理を担当するチームの一人、有間さんです」

「はじめまして、先日入社しました、営業担当の、み…宮田です!」

「同じく、北岸です!」

 とりあえず、難は逃れた、のか?
 俺たちは挨拶を交わし合い仕事の話を軽く交わした後、それぞれの部署へと廊下を進み後にした。

 君津さんの首筋…ワイシャツでギリギリ隠してるみたいだったけど……赤かった。

 あれってもしかして……キ、キス……マークなのかな。
 どんな感じで付けられてたんだろう。なんて思ったり。
 なんだか顔が火照る。
 落ち着け。
 うん、よくある。
 よくあるよね、こういう事。

 様々なタイミングの悪さを呪った。
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