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第二章
事故に責任感を感じるのは優しさの表れ。もちろん起きないに越したことはない
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その里の民が、その存在に気づいたのは、複製されてすぐのことだった。
当然である。
同じ姿をした精霊種が同じ場所に居たのだ。
服装、髪型、そして顔の造形と体型。
全てが寸分の狂いもなく同一な精霊種。
更に、その顔は誰もが知る姫の物。
魔法に長けた精霊種には、それが魔法による変身などではないこともわかった。
全く同じ存在が視界の中に同時にその場にいるいる。そうとしか言えない状況だった。
しかし、見た目は全く同じだったが、その様子はそれぞれ違った。
片方は、目の前にある自身の顔に驚愕の表情を浮かべていたが。
もう片方は、虚ろな目で空を見ているだけ。
状況から、偽装宝冠が起動したことは予想がついたが、それ自体が予想外のことであった。
というのも、その偽装宝冠は発掘された後にどんな手段を用いても何の反応も示さなかったのである。
出土した魔導遺産が破損などで効果を失っていることはままあるので、今回もそうだと判断されていたから、その偽装宝冠は倉庫に乱雑に打ち捨てられていたのだ。
状況を推理するのであれば、いつものように倉庫にある魔導遺産で遊びに来た姫が、たまたま何らかの方法で偽装宝冠を起動させたのだと考えるのが自然である。
少なくとも、その場に居た精霊種はそう判断した。
多少の違和感は残るが、それはともかくとして女王に報告すべきである。
そう考え、一番近くに居た精霊種は、複製された存在と思われる虚ろな目をした少女に近付き。
その手に触れようとした瞬間、凄まじい速度で弾き飛ばされた。
音を立てて地面に転がる精霊種。
その姿は、少しの間点滅するように霞んだ後に。
何も残さず、掻き消えた。
すなわち。一瞬にして、その精霊種は死に至ったのだ。
突然の事態に、一瞬硬直する周囲の精霊種。しかし、彼らの精神性はこのような事態に強い。
まず、即座に姫の身を確保。複製された精霊種、否、『敵』から距離を取る。
そして、女王と『英雄』を呼び、その到着まで時を稼ぐべく陣形を整えた。
相手が同じ精霊種であれば、誓約はその効果を発揮しない。
一瞬の迷いもなく、拘束魔法や重力魔法を発動しその動きを止めようとする。
しかし。
その全ては、謎の鈍い音と共に完全に無効化された。
初手から最大出力。それが問題にもされなかったことに、そして先程の常軌を逸した攻撃力にその場にいた全ての精霊種は死すらも覚悟する。
だが、予想していた反撃は来なかった。
『敵』は相も変わらず虚ろな目で立ちすくむだけ。
その様子から、手を出すことはむしろ危険だと判断。
警戒を解くことなく、しかし一定の距離を保って『敵』を囲む。
明らかな敵意を向けられている状態でも、全く身動ぎをしない『敵』に、逆に緊張感が高まって行く。
しかし、結局。その『敵』は女王と英雄が到着し、二人がかりの拘束魔法で捕えられるまで何の抵抗もしなかった。
正確には、魔法そのものにはある程度の抵抗があったが、『敵』は最後まで自分から動くことは無かった。
被害は、最初に触れた精霊種だけ。それについては、不運と言う他無かった。
「ちなみに言っておくと、精霊種を一撃で殺せる程の攻撃力も、多くの魔法を無効化した力も元々ミレイユが持っていた圧倒的な魔力適正によるものじゃ。」
「まあ、偽装宝冠には複製元の力を超える能力も、新しい力を得る能力も無いってことでしたしね。」
ミレイユの魔力適性がどれほどのものかは僕には具体的にはわからないけど・・・
並の精霊種では相手にならないほどの戦闘能力があることは確からしい。
「では、その戦闘力を危険視して、彼女を捕らえた後に閉じ込めた、という認識で良いですか?」
「厳密には違う、が・・・まあ、その辺はどうでも良いじゃろう。ぬしとて、本当はそこまで興味がある訳でもないのじゃろう?」
「あはは、いやそんなことは。」
・・・正直、話が長いと思っていることは否めないけども。
もちろん、どうでもいいとまでは言わない。
僕は知恵には自信が無いけれど、知識には自信がある。
魔導遺産についてはともかく、秘術、禁術、そして神霊種についてならば何らかの解決策を提示できる可能性は十分にある。そのためにも、今はしっかり話を聞かないと。
「ともかく、その一件の後にミレイユは酷く塞ぎ込んでしまっての。というのも、その死んだ精霊種というのがミレイユの教育係でな。その者を失ったショックと、自らの軽率な行動で間接的に死なせてしまった事実に強い罪悪感を感じてしまったんじゃな。・・・まあ、あの偽装宝冠が起動したのはあの子のせいではないが。」
「なるほど・・・先程からずっと眠っているとは思ってましたけど、その精神的負荷が体調に影響しているわけですか。」
「その通りじゃ。幸い、娘の不調はあくまで精神由来のもので、外部からの攻撃などでは無いことはわかっておる。」
ふむ・・・彼女が直接呪いか何かを受けている訳じゃないのか。
もしそうだったら、精霊種側の『理由』が分かりやすかったんだけど。
「さて、そろそろ我らが血を求めた理由を話そうかの。」
「捕らえた後の話は必要ない、ということですか?」
「うむ。強欲なる愚王の偽冠は、確保されて以降全く動きを見せんかった。一応、食事には手をつけていたようじゃが・・・」
・・・ここで言う食事が僕たちの行うそれと同じかどうかが少し気になったけど、一旦置いておこう。
「妾達も、会話を試みたりもしたのじゃが・・・どんな言葉をかけても、良い反応は得られんかった。むしろ、認識の改竄のせいで強欲なる愚王の偽冠までも体調を悪化させて行くことになった。」
「怨念の思惑通りに、ってわけですか。」
「忌々しいことにの。」
心の底から気に食わない、といった様子で女王は舌打ちをする。
「・・・じゃが、実際のところ。ただ強欲なる愚王の偽冠が、その目的の通りに器を乗っ取り復活するだけならば、妾達にとって大した問題では無い。」
「まあ・・・そうでしょうね。」
「複製された器がどうなろうと、知ったことでは無い、が。調査を進めたところ、その王が復活させる訳には行かぬことがわかった。」
遂に、本題というわけか。
「理由は大きく二つ。まずひとつは、その怨念の元。すなわち、過去の魔導帝国の王自体がかなり問題のある者らしくての。特に、妾たち精霊種のような霊種《エナジー》を触媒とした禁術等を多く使った記録が見つかったのじゃ。」
「あー・・・それはまた、なんというか。」
「もしも完璧にミレイユの力を使いこなされては、敵対した時に対処が非常に困難となる。であれば、復活するのを防ぐことが現実的であるじゃろう?」
まあ、その理論はわかる。
だけど、復活を阻止するだけならば。
わざわざ閉じ込めたりしなくても。
一番簡単な方法があるだろう。
「・・・ぬしが考えていることが、手に取るようにわかるのう。じゃが、妾たちがそれをしなかったのは、二つ目の理由があるからじゃ。」
「その、二つ目の理由とは?」
「娘・・・ミレイユがの。その器を、助けたいと言ったんじゃ。自分の不注意で生み出してしまった、幸福を知らない少女を救いたいと。」
・・・なるほど、ね。僕は元のミレイユを知らないけど、記憶以外の全てが同じ『ミレイユ』なら知っている。
そして、女王が危険を犯してまで娘の願いを叶えたいと思うかについては・・・
ここまで話を聞いた感覚に過ぎないけど、さして意外でも無い。
僕の認識より随分と、精霊種は情に溢れているのかもしれない。
サンプルケースが少なすぎて断言は出来ないけど。
「故に、我らが求めたのはその怨念を取り払い、器とミレイユの記憶を同期する手段。」
「記憶を同期?」
「言葉通り、ミレイユの記憶を器に移す・・・というよりも、映す、といったところか。それをしなくては、救うどころではないからのう。」
うーん、聞いてもよく分からない。とりあえず、改竄された記憶を元に戻す、ということかな。
「同期・・・の方法はよく分からないですけど、察するに怨念を取り払う方に血が必要だったんですか?」
「その通り。かの怨念は、絞り滓のような物とはいえ、過去に世界を支配した帝王。生半可な方法では消し去ることはできん。そして、あまり強硬な策を取っては器に影響が出るやもしれぬ。そこで選んだ方策が・・・」
「神霊種、ですか?」
「・・・なぜ、そう思った?」
おや、予想とは違う反応。いや、どんな反応が来るとか考えて無かったけど。
「いやー、お話を聞きながら、色々と記憶を探ってみたんですけど。先の戦争を終わらせるに当たって、誓約を制定するために神霊種を呼び出したのって、そもそも精霊種だったなーって思ったんですよ。」
この前ヒルダに話してた時に何か忘れてる気がしたけど、そもそも神霊種を呼び出せるのって精霊種くらいだったよ。
「それでまあ、神霊種ってどんな種族だったかなって考えてみたら・・・強力な力を持つ反面、この次元に現界する時は非常に自我が薄いはずなんですよ。会話も成立しない程に。」
「ほう、よく知っておるな。」
「世界のバランスってやつですね。」
あー、ヒルダが完全に置いていかれている・・・まあ、この辺りは分からなくても問題ない。
「そんな神霊種を動かすのに必要なのはただ一つ。『代償』です。物理的な物とは限りませんけどね。
例えば『誓約』を行うためには、それに準ずる『重み』が必要なわけですが・・・これは、誓約に関連する存在の感情、及びそこに付随する上位元素が代償として神霊種に捧げられてるわけです。」
神霊種に関しては伝承レベルではあるけれど文献が多い。特に、感情関連の情報は眉唾だけど・・・
霊種にとって、感情とは決して馬鹿にできたものでは無い。
「で、ついでに言えば『血』は優秀な触媒です。そして、この場で戦闘を行えば戦闘による感情も捧げられる。まあ、ほとんどこじつけに近い想像ですけど、神霊種を呼び出す条件としては血を求めるのはありそうかなぁって。」
とかなんとか言ってるけど、正直にいえば神霊種を呼び出すだろうという予測ありきの推測なので内容は適当だったりする。
「怨念とはすなわち体を持たぬ知性。それは言ってしまえば霊種の特徴そのものですよね。そして神霊種は、霊種の中でも最上位に君臨する存在。怨念のみをどうにかしたいなら、神霊種の力に頼るのが一番良さそうですしね。」
「・・・聡い、というよりは博識じゃな。」
「知識でどうにかこじつけただけですが・・・その分だと、正解ですか? 」
僕の問いに、女王は頷く。
「神霊種を呼び出した経験は妾たちにもない故にな。万に一つも失敗しないように、触媒・代償は質のいいものを求めた。」
「それが、知性を持つ者の血と感情ですか。」
「然り。それらは、我らでは用意出来ぬものであるからの。近くの街と意図的に敵対する形にした。準備する期間が必要だった故に、あまり過剰に敵視されないように家畜を盗むという形をとった。」
その言葉を聞いて、ふと思い出す。
例の、盗んだ家畜はどうしたんだろう?
ここに来るまでに見てないし、もしかしたら既に・・・
「・・・案ずるな、家畜は全て生きておる。ただ、場所を取るからの。次元をずらしているのじゃ。さすがに本気で敵対されたら勝ち目が無い。」
「一度戦っちゃったら同じな気がしますけど・・・」
「その辺りは・・・まあ交渉かのぅ。あの軍の指揮官は、話がわかる者のようじゃし。」
いくらなんでも見通しが甘い気がするなぁ。
まあ、確かにレオニールさんなら何とかしてくれる気がするけど・・・
「要するに、怨念を払うために神霊種を呼ぼうとしたのじゃ。それ以外のことは、全てそのための手段に過ぎん。」
「なるほど・・・。」
まあ、だいたいわかった。
色々と話を聞いたけど、結局は複製されたほうの『ミレイユ』を助けるために、ここまでの事を起こした、というわけだ。
なんというか、精霊種って思ったよりずっと情に溢れた種族なんだなぁ。
「もっとも・・・ぬしらが来たせいで色々と計画が狂ってしまったがのぅ。」
「あー・・・まあ、知らなかったんで・・・」
「ふん、もとより敵対を前提とした計略。外部を関わらせる以上、上手くいくとは限らんことぐらい分かっておったわ。」
なるほどなるほど。
「なんというか、僕たちのせいで計画を狂わせてしまったみたいで申し訳ありません。」
「もとより、外部と関わってこなかった妾たちの落ち度じゃ。ぬしらのせいにするのは簡単じゃが、それでは何も変わらんよ。」
まあ、それはそうだ。血云々だって、外部の協力を得られれば持っと良い触媒があったかもしれないわけだし。
「・・・話は終わりじゃ。して、どうする?妾としては、その器を返して帰ってくれれば助かるのじゃが。」
「うーん、ついでに最後に一つ聞きますけど・・・そもそも、なんでこの子は里から逃げられたんですか?確保していたんでしょう?」
後は、そこだけ気になっている。そこが分かれば、『 あの時』の彼の不可解な行動にも説明がつくかもしれない。
「それは・・・はぁ、隠すような事でも無いか。器を逃がしたのはミレイユじゃ。閉じ込められている事を、可哀想に思ったのじゃろう。」
「・・・そういうことですか。まあ、責められることでは無いですね。」
今でこそずっと寝ているが、呪いなどではない以上、動ける時もあるだろう。
「その時点で、既に家畜を盗み始めていたのでな。もし街にでも着いて、精霊種だとバレたらただではすまんじゃろうからな。」
「それで、あんな騒ぎを起こしてまで奪い返しに来たわけですか。」
「・・・騒ぎ?」
おや。その反応は、もしかして彼の行動は、女王の意図していたものではない、のかな?
そう思った僕の後ろから、突然声が聞こえる。
「・・・あれは、俺が勝手にやった事だ。」
「おっと、お早い回復ですね。結構致命傷だと思ったんですけど。」
「はっ、権能持ち舐めんな。」
言うまでもなく、先程戦った彼だ。もちろん、近づいてきていたのには気付いていたから驚かないけど。
「あなたが勝手にやった事、とは?」
「言葉通りだ。その方が、目的達成に適していると判断したまでだ。」
・・・そろそろ、この長いお話も終わりみたいだ。
彼の言う『目的達成』は、僕も思いついている方法だろう。
「恐らく、考えていることは同じですかね。」
「出来れば、ここで大立ち回りする前にその結論に至って欲しかったがな。」
その言葉に苦笑しながら頷く。
「まあ、理想をいえばそうでしょうね。話を聞かないと分からないことでもありましたけど。」
「どういうことじゃ?妾にもわかるように説明せい。」
なに、簡単なことだ。
「こちらの『ミレイユ』は、僕たちが引き取ります。」
「・・・なんじゃと?」
そう、これで万事解決、とは行かずとも。
最小限の手間で、問題は解決できるのだ。
当然である。
同じ姿をした精霊種が同じ場所に居たのだ。
服装、髪型、そして顔の造形と体型。
全てが寸分の狂いもなく同一な精霊種。
更に、その顔は誰もが知る姫の物。
魔法に長けた精霊種には、それが魔法による変身などではないこともわかった。
全く同じ存在が視界の中に同時にその場にいるいる。そうとしか言えない状況だった。
しかし、見た目は全く同じだったが、その様子はそれぞれ違った。
片方は、目の前にある自身の顔に驚愕の表情を浮かべていたが。
もう片方は、虚ろな目で空を見ているだけ。
状況から、偽装宝冠が起動したことは予想がついたが、それ自体が予想外のことであった。
というのも、その偽装宝冠は発掘された後にどんな手段を用いても何の反応も示さなかったのである。
出土した魔導遺産が破損などで効果を失っていることはままあるので、今回もそうだと判断されていたから、その偽装宝冠は倉庫に乱雑に打ち捨てられていたのだ。
状況を推理するのであれば、いつものように倉庫にある魔導遺産で遊びに来た姫が、たまたま何らかの方法で偽装宝冠を起動させたのだと考えるのが自然である。
少なくとも、その場に居た精霊種はそう判断した。
多少の違和感は残るが、それはともかくとして女王に報告すべきである。
そう考え、一番近くに居た精霊種は、複製された存在と思われる虚ろな目をした少女に近付き。
その手に触れようとした瞬間、凄まじい速度で弾き飛ばされた。
音を立てて地面に転がる精霊種。
その姿は、少しの間点滅するように霞んだ後に。
何も残さず、掻き消えた。
すなわち。一瞬にして、その精霊種は死に至ったのだ。
突然の事態に、一瞬硬直する周囲の精霊種。しかし、彼らの精神性はこのような事態に強い。
まず、即座に姫の身を確保。複製された精霊種、否、『敵』から距離を取る。
そして、女王と『英雄』を呼び、その到着まで時を稼ぐべく陣形を整えた。
相手が同じ精霊種であれば、誓約はその効果を発揮しない。
一瞬の迷いもなく、拘束魔法や重力魔法を発動しその動きを止めようとする。
しかし。
その全ては、謎の鈍い音と共に完全に無効化された。
初手から最大出力。それが問題にもされなかったことに、そして先程の常軌を逸した攻撃力にその場にいた全ての精霊種は死すらも覚悟する。
だが、予想していた反撃は来なかった。
『敵』は相も変わらず虚ろな目で立ちすくむだけ。
その様子から、手を出すことはむしろ危険だと判断。
警戒を解くことなく、しかし一定の距離を保って『敵』を囲む。
明らかな敵意を向けられている状態でも、全く身動ぎをしない『敵』に、逆に緊張感が高まって行く。
しかし、結局。その『敵』は女王と英雄が到着し、二人がかりの拘束魔法で捕えられるまで何の抵抗もしなかった。
正確には、魔法そのものにはある程度の抵抗があったが、『敵』は最後まで自分から動くことは無かった。
被害は、最初に触れた精霊種だけ。それについては、不運と言う他無かった。
「ちなみに言っておくと、精霊種を一撃で殺せる程の攻撃力も、多くの魔法を無効化した力も元々ミレイユが持っていた圧倒的な魔力適正によるものじゃ。」
「まあ、偽装宝冠には複製元の力を超える能力も、新しい力を得る能力も無いってことでしたしね。」
ミレイユの魔力適性がどれほどのものかは僕には具体的にはわからないけど・・・
並の精霊種では相手にならないほどの戦闘能力があることは確からしい。
「では、その戦闘力を危険視して、彼女を捕らえた後に閉じ込めた、という認識で良いですか?」
「厳密には違う、が・・・まあ、その辺はどうでも良いじゃろう。ぬしとて、本当はそこまで興味がある訳でもないのじゃろう?」
「あはは、いやそんなことは。」
・・・正直、話が長いと思っていることは否めないけども。
もちろん、どうでもいいとまでは言わない。
僕は知恵には自信が無いけれど、知識には自信がある。
魔導遺産についてはともかく、秘術、禁術、そして神霊種についてならば何らかの解決策を提示できる可能性は十分にある。そのためにも、今はしっかり話を聞かないと。
「ともかく、その一件の後にミレイユは酷く塞ぎ込んでしまっての。というのも、その死んだ精霊種というのがミレイユの教育係でな。その者を失ったショックと、自らの軽率な行動で間接的に死なせてしまった事実に強い罪悪感を感じてしまったんじゃな。・・・まあ、あの偽装宝冠が起動したのはあの子のせいではないが。」
「なるほど・・・先程からずっと眠っているとは思ってましたけど、その精神的負荷が体調に影響しているわけですか。」
「その通りじゃ。幸い、娘の不調はあくまで精神由来のもので、外部からの攻撃などでは無いことはわかっておる。」
ふむ・・・彼女が直接呪いか何かを受けている訳じゃないのか。
もしそうだったら、精霊種側の『理由』が分かりやすかったんだけど。
「さて、そろそろ我らが血を求めた理由を話そうかの。」
「捕らえた後の話は必要ない、ということですか?」
「うむ。強欲なる愚王の偽冠は、確保されて以降全く動きを見せんかった。一応、食事には手をつけていたようじゃが・・・」
・・・ここで言う食事が僕たちの行うそれと同じかどうかが少し気になったけど、一旦置いておこう。
「妾達も、会話を試みたりもしたのじゃが・・・どんな言葉をかけても、良い反応は得られんかった。むしろ、認識の改竄のせいで強欲なる愚王の偽冠までも体調を悪化させて行くことになった。」
「怨念の思惑通りに、ってわけですか。」
「忌々しいことにの。」
心の底から気に食わない、といった様子で女王は舌打ちをする。
「・・・じゃが、実際のところ。ただ強欲なる愚王の偽冠が、その目的の通りに器を乗っ取り復活するだけならば、妾達にとって大した問題では無い。」
「まあ・・・そうでしょうね。」
「複製された器がどうなろうと、知ったことでは無い、が。調査を進めたところ、その王が復活させる訳には行かぬことがわかった。」
遂に、本題というわけか。
「理由は大きく二つ。まずひとつは、その怨念の元。すなわち、過去の魔導帝国の王自体がかなり問題のある者らしくての。特に、妾たち精霊種のような霊種《エナジー》を触媒とした禁術等を多く使った記録が見つかったのじゃ。」
「あー・・・それはまた、なんというか。」
「もしも完璧にミレイユの力を使いこなされては、敵対した時に対処が非常に困難となる。であれば、復活するのを防ぐことが現実的であるじゃろう?」
まあ、その理論はわかる。
だけど、復活を阻止するだけならば。
わざわざ閉じ込めたりしなくても。
一番簡単な方法があるだろう。
「・・・ぬしが考えていることが、手に取るようにわかるのう。じゃが、妾たちがそれをしなかったのは、二つ目の理由があるからじゃ。」
「その、二つ目の理由とは?」
「娘・・・ミレイユがの。その器を、助けたいと言ったんじゃ。自分の不注意で生み出してしまった、幸福を知らない少女を救いたいと。」
・・・なるほど、ね。僕は元のミレイユを知らないけど、記憶以外の全てが同じ『ミレイユ』なら知っている。
そして、女王が危険を犯してまで娘の願いを叶えたいと思うかについては・・・
ここまで話を聞いた感覚に過ぎないけど、さして意外でも無い。
僕の認識より随分と、精霊種は情に溢れているのかもしれない。
サンプルケースが少なすぎて断言は出来ないけど。
「故に、我らが求めたのはその怨念を取り払い、器とミレイユの記憶を同期する手段。」
「記憶を同期?」
「言葉通り、ミレイユの記憶を器に移す・・・というよりも、映す、といったところか。それをしなくては、救うどころではないからのう。」
うーん、聞いてもよく分からない。とりあえず、改竄された記憶を元に戻す、ということかな。
「同期・・・の方法はよく分からないですけど、察するに怨念を取り払う方に血が必要だったんですか?」
「その通り。かの怨念は、絞り滓のような物とはいえ、過去に世界を支配した帝王。生半可な方法では消し去ることはできん。そして、あまり強硬な策を取っては器に影響が出るやもしれぬ。そこで選んだ方策が・・・」
「神霊種、ですか?」
「・・・なぜ、そう思った?」
おや、予想とは違う反応。いや、どんな反応が来るとか考えて無かったけど。
「いやー、お話を聞きながら、色々と記憶を探ってみたんですけど。先の戦争を終わらせるに当たって、誓約を制定するために神霊種を呼び出したのって、そもそも精霊種だったなーって思ったんですよ。」
この前ヒルダに話してた時に何か忘れてる気がしたけど、そもそも神霊種を呼び出せるのって精霊種くらいだったよ。
「それでまあ、神霊種ってどんな種族だったかなって考えてみたら・・・強力な力を持つ反面、この次元に現界する時は非常に自我が薄いはずなんですよ。会話も成立しない程に。」
「ほう、よく知っておるな。」
「世界のバランスってやつですね。」
あー、ヒルダが完全に置いていかれている・・・まあ、この辺りは分からなくても問題ない。
「そんな神霊種を動かすのに必要なのはただ一つ。『代償』です。物理的な物とは限りませんけどね。
例えば『誓約』を行うためには、それに準ずる『重み』が必要なわけですが・・・これは、誓約に関連する存在の感情、及びそこに付随する上位元素が代償として神霊種に捧げられてるわけです。」
神霊種に関しては伝承レベルではあるけれど文献が多い。特に、感情関連の情報は眉唾だけど・・・
霊種にとって、感情とは決して馬鹿にできたものでは無い。
「で、ついでに言えば『血』は優秀な触媒です。そして、この場で戦闘を行えば戦闘による感情も捧げられる。まあ、ほとんどこじつけに近い想像ですけど、神霊種を呼び出す条件としては血を求めるのはありそうかなぁって。」
とかなんとか言ってるけど、正直にいえば神霊種を呼び出すだろうという予測ありきの推測なので内容は適当だったりする。
「怨念とはすなわち体を持たぬ知性。それは言ってしまえば霊種の特徴そのものですよね。そして神霊種は、霊種の中でも最上位に君臨する存在。怨念のみをどうにかしたいなら、神霊種の力に頼るのが一番良さそうですしね。」
「・・・聡い、というよりは博識じゃな。」
「知識でどうにかこじつけただけですが・・・その分だと、正解ですか? 」
僕の問いに、女王は頷く。
「神霊種を呼び出した経験は妾たちにもない故にな。万に一つも失敗しないように、触媒・代償は質のいいものを求めた。」
「それが、知性を持つ者の血と感情ですか。」
「然り。それらは、我らでは用意出来ぬものであるからの。近くの街と意図的に敵対する形にした。準備する期間が必要だった故に、あまり過剰に敵視されないように家畜を盗むという形をとった。」
その言葉を聞いて、ふと思い出す。
例の、盗んだ家畜はどうしたんだろう?
ここに来るまでに見てないし、もしかしたら既に・・・
「・・・案ずるな、家畜は全て生きておる。ただ、場所を取るからの。次元をずらしているのじゃ。さすがに本気で敵対されたら勝ち目が無い。」
「一度戦っちゃったら同じな気がしますけど・・・」
「その辺りは・・・まあ交渉かのぅ。あの軍の指揮官は、話がわかる者のようじゃし。」
いくらなんでも見通しが甘い気がするなぁ。
まあ、確かにレオニールさんなら何とかしてくれる気がするけど・・・
「要するに、怨念を払うために神霊種を呼ぼうとしたのじゃ。それ以外のことは、全てそのための手段に過ぎん。」
「なるほど・・・。」
まあ、だいたいわかった。
色々と話を聞いたけど、結局は複製されたほうの『ミレイユ』を助けるために、ここまでの事を起こした、というわけだ。
なんというか、精霊種って思ったよりずっと情に溢れた種族なんだなぁ。
「もっとも・・・ぬしらが来たせいで色々と計画が狂ってしまったがのぅ。」
「あー・・・まあ、知らなかったんで・・・」
「ふん、もとより敵対を前提とした計略。外部を関わらせる以上、上手くいくとは限らんことぐらい分かっておったわ。」
なるほどなるほど。
「なんというか、僕たちのせいで計画を狂わせてしまったみたいで申し訳ありません。」
「もとより、外部と関わってこなかった妾たちの落ち度じゃ。ぬしらのせいにするのは簡単じゃが、それでは何も変わらんよ。」
まあ、それはそうだ。血云々だって、外部の協力を得られれば持っと良い触媒があったかもしれないわけだし。
「・・・話は終わりじゃ。して、どうする?妾としては、その器を返して帰ってくれれば助かるのじゃが。」
「うーん、ついでに最後に一つ聞きますけど・・・そもそも、なんでこの子は里から逃げられたんですか?確保していたんでしょう?」
後は、そこだけ気になっている。そこが分かれば、『 あの時』の彼の不可解な行動にも説明がつくかもしれない。
「それは・・・はぁ、隠すような事でも無いか。器を逃がしたのはミレイユじゃ。閉じ込められている事を、可哀想に思ったのじゃろう。」
「・・・そういうことですか。まあ、責められることでは無いですね。」
今でこそずっと寝ているが、呪いなどではない以上、動ける時もあるだろう。
「その時点で、既に家畜を盗み始めていたのでな。もし街にでも着いて、精霊種だとバレたらただではすまんじゃろうからな。」
「それで、あんな騒ぎを起こしてまで奪い返しに来たわけですか。」
「・・・騒ぎ?」
おや。その反応は、もしかして彼の行動は、女王の意図していたものではない、のかな?
そう思った僕の後ろから、突然声が聞こえる。
「・・・あれは、俺が勝手にやった事だ。」
「おっと、お早い回復ですね。結構致命傷だと思ったんですけど。」
「はっ、権能持ち舐めんな。」
言うまでもなく、先程戦った彼だ。もちろん、近づいてきていたのには気付いていたから驚かないけど。
「あなたが勝手にやった事、とは?」
「言葉通りだ。その方が、目的達成に適していると判断したまでだ。」
・・・そろそろ、この長いお話も終わりみたいだ。
彼の言う『目的達成』は、僕も思いついている方法だろう。
「恐らく、考えていることは同じですかね。」
「出来れば、ここで大立ち回りする前にその結論に至って欲しかったがな。」
その言葉に苦笑しながら頷く。
「まあ、理想をいえばそうでしょうね。話を聞かないと分からないことでもありましたけど。」
「どういうことじゃ?妾にもわかるように説明せい。」
なに、簡単なことだ。
「こちらの『ミレイユ』は、僕たちが引き取ります。」
「・・・なんじゃと?」
そう、これで万事解決、とは行かずとも。
最小限の手間で、問題は解決できるのだ。
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その魔王がある日突然崩御し、新たに魔王となったのは、なんとも冴えない人形好きな中年男だった。
人間の女勇者エリーシャと互いのことを知らずに出会ったり、魔族の姫君らと他愛のない遊びに興じたりしていく中、魔王はやがて、『終わらない戦争』の真実に気付いていく……
(この作品は小説家になろうにて投稿していたものの部分リメイク作品です)
【R18】ダイブ〈AV世界へ堕とされたら〉
ちゅー
ファンタジー
なんの変哲も無いDVDプレーヤー
それはAVの世界へ転移させられる魔性の快楽装置だった
女の身体の快楽を徹底的に焦らされ叩き込まれ心までも堕とされる者
手足を拘束され、オモチャで延々と絶頂を味わされる者
潜入先で捕まり、媚薬を打たれ狂う様によがる者
そんなエロ要素しかない話
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