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第二章

重要かどうかは、いつも後になってからわかる

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その森の奥で生きる精霊種は、基本的に外界に興味が無かった。

彼らを突き動かすものは、新しい知識への欲求のみで、本質的に他者に強い興味を持つことは無い。
そしてその知的好奇心を満たす物は、彼らの近くにあった。

太古に滅びた、魔導国家。
沈黙の平原を跋扈するゴーレムを筆頭に、その遺産は種族を問わず研究者にとって正しく垂涎の代物だった。

研究対象の質もさることながら、特筆すべきは何よりもその量。
いくら採掘しようと尽きる気配を見せない絶対的な数。そして、ゴーレムという守護者の存在により、他種族の無粋な盗人からも護られていた。

精霊種とて、ゴーレムと敵対しないわけではない。だが、ゴーレムは種族では無いため精霊種を縛る誓約は効力を発揮しない。
そして、精霊種は本来、数多の種族と真っ向から戦争を成立させることが出来る程に強力な種族だ。
近接攻撃しか出来ない木偶など、彼らの敵にはならない。

およそ尽きることの無い、多種多様な魔導遺産。それらの研究をしているだけで、精霊種は満足だった。それによって、いくつかの新しい兵器等を生み出しはしたが、それを使う機会を求めることは無かった。
正確には、その力を確認したいという欲求が無いわけではなかったが。まだまだ無数にある未知の魔導遺産の研究が出来なくなるリスクを考えれば、必要の無い戦いを起こすべきでは無いと考えていた。


その停滞が崩れ去ったのは、ある精霊種がその魔導遺産を発掘した時だった。

見た目は、薄汚れた王冠。大した呪力も魔力も無く、何か特殊な細工がされている訳でもない。
どんな能力を持った物なのかはおろか、どうやって起動させるかも不明。
『それ』を採掘した精霊種も、持ち帰られた『それ』を研究した精霊種もみな、『それ』が無価値なガラクタであると判断した。

本来であれば、『それ』は確かにその評価の通りガラクタだった。
『それ』に宿るモノも、その邪《よこしま》なる意思も、形を成すことなく薄れて消えていくはずだった。
『それ』が必要としていたのは、消えゆく運命さえもねじ伏せる膨大な魔力と、黒に染め上げることの出来る無垢な魂。
前者はともかく、後者は精霊種の里では到底得られるものではないはずだった。


しかし、何の因果か宿命か。その時、里には居たのである。上位種さえも超越した魔力適性と、精霊種らしからぬ純粋な精神を持つ者が。

当代の女王の娘。名をミレイユというその精霊種は、『それ』が求める要素を完璧に満たしていた。


『それ』の放つ特殊な何かに引き寄せられたのか、はたまたただの偶然か。
ミレイユは、里の倉庫に打ち捨てられていた『それ』を見つけた。見つけてしまった。

呪われた魔導遺産。
『強欲なる愚王の偽冠』を。





そこまで語り、女王は一息つく。

「ふぅ・・・これほど長く話したのはいつぶりじゃろうか。」
「強欲なる愚王の偽冠・・・それが、あなた達が平穏を捨ててまでシャクシャラに手を出すことになった原因ですか。」
「まあ、そうなるのう。少なくともそれ以前は300年近く、他種族の領域を侵してはおらぬ」

なるほど。となると、その強欲なる愚王の偽冠・・・長いな、偽冠でいいや。
その偽冠のもつ力は、精霊種が長きに渡る安寧を失ってまで勝ち目の薄い侵攻をする程に異常なものなのだろう。

「その偽冠というのは、一体どういう力を持っている物なんですか?」
「・・・説明するより、見せた方が早いじゃろう。」

そう言うと、女王は歩き出す。
見せた方が早い・・・?そんな、見てわかる特徴があるものなのだろうか。

ちらりとミレイユを見る。

「・・・・・?」
「ああいや、なんでもないよ。」

きょとんとした顔で見返された。
・・・なんか、思ったより随分と落ち着いている。何かトラウマの様なものがあったみたいだし、女王を前にした時にどうなるか心配だったんだけど・・・

まあ、元気ならいいか。

気を取り直して、女王の後を追う。
ボロボロになった部屋を抜け、過剰に存在感を発している巨大な水晶を通り過ぎ、隠されていた階段を降りた。

そしてその先で。
質素だが神秘的な雰囲気を感じる部屋で。

僕たちは、それを目にする。

「・・・・・・・・・・・・え?」
「こ、これは一体・・・どういう、こと、ですか?」

絶句する僕と、驚愕するヒルダ。
しかし、僕たちのこの反応を責められる者は居ないだろう。

僕たちの目の前には、大きなベットに横たわる精霊種が居た。
見た目は、12.3歳の少女で。艶のある髪は、多少は遊ばせているが肩口でしっかりと揃えられている。

そこまではいい。そこまでは、精霊種として普通の特徴だ。

問題があるとすれば。

「なん、で・・・ミレイユが、そこに?」

その精霊種の外見が、僕たちの知るミレイユそのもの・・・・・・・・だということか。

あの時の権能持ちの彼のように、魔法で見た目を変えている訳では無いだろう。そんなことをする意味が無い。
やはり、この状況を簡潔に言葉にするなら。

「ミレイユが、ふたり・・・!?」

ヒルダが言ったその言葉が適切だろう。
そう、僕たちの目の前で眠る精霊種は紛れも無くミレイユで。
僕たちの後ろに居るのも、間違いなくミレイユだった。

混乱する僕たちの後ろでは。
ミレイユが、変わらずきょとんとした顔で・・・何もおかしなことは・・・・・・・・・起きていない・・・・・・というような顔で、そこに立っていた。

ああ、そういえば。

今更、僕は思い至る。
今日ここで、精霊種と戦って。権能持ちの彼と、女王と会話して。
その間、何か違和感を感じていた。

その違和感。それは些細なもので、意味なんて無いと思っていたけど。そこで眠る精霊種を見て、急速に意味を持ち始める。


彼らは、今此処に至るまで一度も。

僕たちが連れてきた精霊種の少女を。

『ミレイユ』、とは呼んでいない。
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