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第二章

停滞した状況を変えるのは思いきった一手

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ほとんど瞬間移動と言って差し支えない急襲に、僕はギリギリ反応して躱す。
まだ擬似悪魔化の効果が残っていて助かった。

回避行動を取りながら音響頭角を装着し、深層励起ディープトリップを発動する。
当然ながら、鼻歌の余裕などない。

「くっ、疾い!」
「ほれ、もっと気合を入れぬと死ぬぞ!」

速度自体は、以前戦ったヒルダ程ではない。あの時の彼女は、まさしく消えたと表現していい速さだった。
が、あの時の僕は神殺権を実際に使っていた。

使うだけで寝込むような薬品と、ちょっと頭が痛くなる程度の裏技。その効果が同等なわけは無い。
それだけでもキツイのに。

「集中力が散漫じゃのう。」
「ぐぅっ!?」

眼前に迫る拳を何とか受け流す。
そのまま繰り出される連撃を無理やり体を動かし回避する。

呼吸を必要としない精霊種。なるほど、確かに理屈上は格闘が強いのも頷ける。
普通の生物であれば確実に必要である息継ぎをしないため、連撃に隙間がない上に終わりが無い。
このままではマズイ。

集中力をかき集める。痛む頭を無視して圧縮処理する情報量を増やす。

周囲の世界が減速する。女王の放つ拳を観察し、懐に飛び込むべきか、距離を取るべきかを判断し・・・

「っ、はぁっ!」

僕は、距離を取る事を選択する。薙ぎ払うように繰り出される拳にトンファーを合わせ、流れに逆らわず回転する。
以前ヴァンクと戦った時と同じだ。驚いたことに、威力はこちらの方が上だったけど。

何とか後方をとる。そして、そのままの勢いを込めてトンファーを叩きつける。

キィンッ!

トンファーは当然の如く甲高い音と共に弾かれた。しかし、それくらいは予想通りだ。
僕とてこの戦いで何度もドットイージスに触れている。これだけやれば、力がどの方向に流れるかくらいわかるってものだ。

弾かれる瞬間、僕は体を浮かせる。
そしてドットイージスが発動された場所を支点にして、反動を利用し後方に飛び退いた。

「ほう、なかなか軽快じゃな。」
「そりゃどうも・・・」

これは・・・僕でもわかる。この女王は強い。
僕に対して集中力が散漫とまで言うとは、ね。
完全にお鉢が奪われてる。

「意識の間隙を狙う・・・まあ、ある程度武術に精通した者なら誰しもがやることですが。実際にやられると厄介ですね」
「くくっ、ぬしがさっきからずっとやっていたことであろう?」

余裕そうに笑うこの瞬間も、全く意識に隙がない。
それどころか、僕の方が意識の間隙を突かれる始末だ。

「うーん、これは参ったなぁ・・・」

企みを見抜くとか以前に、近接戦闘で負けている。
対精霊種用に用意した薬品もまだいくつかあるけど、この状況を打破する程の効果があるものは無い。

正直言って手詰まり。このままだと、擬似悪魔化の効力と深層励起の限界が来た時点で終わりだ。

・・・ここはひとつ、思い切った手を打とうか。
僕は今も激しい戦闘をしているヒルダに声を掛ける。

「ヒルダ!」
「っ、すみませんシルヴァ!援護は無理です!」
「交代しよう!」
「・・・はい!?」

僕の提案に、ヒルダは素っ頓狂な声を上げる。それでも手元が狂わないのは流石だ。

「ちょっと相性が悪すぎるからね。女王はヒルダに任せたい。一対一なら、僕もミレイユを護りながら戦える。」
「そ、そうは言っても・・・!」

この間にも、ヒルダは巧みに攻撃を捌いている。
残念ながら、権能持ちの彼は相手の作戦会議を待ってくれるほど甘くないらしい。
そして、それは女王も同じ。

「なかなか愉快な試みじゃが・・・はいどうぞ、とやらせてやる義理も無いのう。」
「そりゃそうでしょうね。だからまあ、勝手にやらせて貰いますよ・・・っと!」

僕は女王が動き出す前にヒルダの後方に移動する。

女王は僕の意識の間隙を読んで攻撃をしてくる。故に、集中力を高く保ち続ければ向こうも攻めあぐねるし、こちらも対応出来るってことだ。

警戒したまま移動を完了し、ミレイユを挟む形でヒルダと背中合わせになる。

「じゃあヒルダ、合図したら僕と位置を交換して。女王と戦ってる時はミレイユの事は僕に任せてくれて良いから。」
「ああもう、あなたは意外と周りにも無茶を言うのですね・・・!」
「あはは、付き合わせてごめんね?」

後方から聞こえるヒルダの声に苦笑を返し、僕は女王に向けている視線を切る事なく音響頭角を外す。

「それはぬしの奇怪な業《わざ》に重要な物では無いのか?」
「それはそうですけどね。あなたから目を離すリスクを取るよりはマシです。」

音響頭角を外したことによって、後方で行われている戦闘の音がはっきりと聞こえるようになった。

これで、女王から目を離さないままヒルダの戦いの様子がある程度わかる。
まあ問題があるとすれば。今の女王は、目を離さなかったとしても対応できないような速度で攻撃してくることくらいかな。

前方からの攻撃を避けるのではなく捌《さば》く。力の方向を僅かに逸らし、この場に立ち止まったまま凌ぎ続ける。

「なかなかやるではないか。妾とて手加減はしておらんつもりじゃが、こうも流されるとは。」
「お褒めに預かり、光栄ですよ・・・!」

なんとか言葉を返すけど、全く余裕はない。間違いなく、長続きはしないかな。

高速戦闘をしながら、音を選別する。追跡鋭化を使ってないから聞き分けるのが大変だけど、贅沢は言っていられない。
別に二つの薬の効果を同時に発揮できない訳では無いけど、薬品は組み合わせを気をつけないと大変なことになるものだ。
この土壇場で、不確定要素を増やすわけにはいかない。

爆発音や衝突音といった様々な戦闘の音が聞こえる。

ふむ、彼も他の精霊種同様に魔法を使う時にイメージに沿った言葉を言う必要があるらしい。
例えば風の魔法なら『迅風』。水の魔法なら『激流』。氷の魔法なら『氷塊』、と言ったふうに自分の想像する力の形を言葉にしているらしい。
魔法のエキスパートである精霊種ですらそうである事を考えると、気合いだけで魔法を使えるヒルダってやっぱり凄いんだなぁ、なんて思ってみたり。

さて、音の選別は終了だ。
後はタイミングだけ。両方の攻撃が絶える瞬間なんて無いから、見極めるべきは『僕が対応出来る攻撃』がヒルダに来て、『ミレイユを直接狙えない体勢』を女王がとるタイミング。

ここが気合いの入れどころだ。
まあ、気合い入れてない瞬間なんてないけど。

ただ、その瞬間を待つ。
恐ろしい程の正確さで体の中心を狙ってくる拳を体ごと打点をずらしトンファーを滑らせるように流す。意識どころか命を刈り取るように突き上げられる膝を肩から倒れ込むような形で回避する。素早い正拳突きをフェイントにした肘打ち・・・!ここだ!

「ヒルダ、今!」
「っ、はい!」

短くそれだけを言い、ヒルダの返答も確認せずに僕は動く。

ミレイユを中心にして回転するように位置を交換。
そして、目の前に向かってきていた『氷塊』をトンファーで叩き落とした。

「なっ!?」
「いたたた・・・何とか、できたかな。」

手が少し痺れたけど、何とか位置の交換を完遂した。
ヒルダと違い、僕が避ける以外の対応が出来るのは物体で直接攻撃するものだけだ。
風や炎は当然無理。水もトンファーで殴ってもすり抜けるだろう。
故に、狙ったのは氷。砕いた時の破片が危ないことを除けば、単純な物理攻撃と言っていい。

次に、女王の攻撃。
肘打ちは威力が高く、速度も疾い。また、フェイントを組み合わせると間合いを見誤ることも多い。上手く使えば優秀な攻撃。
しかし、肘を使う関係上、攻撃軌道は最短距離を突くか横薙ぎに限定されると言っていい。
そしてわざわざフェイントを入れたのなら、読みやすい真っ直ぐな突きはしてこない。
となれば、行われる攻撃は回転軌道を描く横薙ぎの肘打ち。
これを上手く受け流せれば、相手は体勢を崩す。

二つの条件を同時に満たす瞬間。
僕は、権能持ちの彼が魔法の前に言う言葉と、女王の動きからその一瞬を見つけ出してヒルダに合図を送った。
打ち合わせも何も無い状態で、完璧に反応したところは、さすがはヒルダと言ったところだろうか。

「じゃあヒルダ、ミレイユの事は僕に任せて。」
「・・・ええ、分かりました。こちらも、楽な相手では無いようですし。」

ヒルダの落ち着いた声が聞こえる。
・・・まあ、正直ヒルダが本気で殺そうとすれば相手は為す術なく消し飛ぶだろうけど。ヒルダはそんなことしない・・・というか、出来ないだろう、性格的に。だからこそ、あれだけ苦戦してたんだし。

「ということで、これからは僕が相手をさせて頂きますね。」
「チッ、まさかほんとにあの状態で戦う相手を変えるとはな。随分と小細工が得意らしい。」
「いやー、今のは結構なゴリ押しでしたけどね。」

会話をしながら相手を観察する。
まず位置。
常に手が触れる位置を取り続けていた女王と違い、彼は中距離を保っている。基本は魔法で攻撃し、近接攻撃する時だけ近付いて来るようだ。
次に武装。
魔法を中軸に置いた戦い方をする者は、武器も兼ねた杖を持つことが多い。それこそデュランダル・レプリカみたいな。
しかし、彼には武装している様子がない。女王のように格闘用の篭手がある訳でもないし、完全な徒手空拳だ。恐らく、彼の全力に耐える武装が用意出来なかったんだろう。

つまり、攻撃の威力は女王以上だろうけど・・・まあ、どっちにしろ喰らったら致命傷なのは変わらないので関係ないか。 

「なるほど、ね。よし、ミレイユ。僕の背中にくっついてて。」
「え、ええ!?だ、大丈夫、なの?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。むしろ、ミレイユだけ魔法で狙われたりしたら危ないからね。それにミレイユ軽いし。」

ここまで背負ってきたバックパックの方が重いくらいだ。

遠慮がちに、ミレイユが僕にしがみつく。
うん、軽い軽い。

「よし、お待たせしましたね。」
「・・・別に待ってたわけじゃねえ。大胆すぎて、驚いてただけだ。」
「あはは、そういうことにしておきますか。」
「口の減らねえ・・・」

苛立ったように舌打ちする彼。やっぱり、どうにも『甘い』なぁ。
こっちの方が与しやすいと思ったからわざわざヒルダと交代したわけなんだけど。

「じゃ、やりましょうか。」
「余裕を気取りやがって、気に食わねえな。」

機嫌が悪そうに睨んでくる。
努めて冷静であろうとしているみたいだけど、女王と比べてそこはまだ未熟らしい。

気を取り直して、音響頭角を装着する。

さて、3回戦開始・・・というよりも。
流石にそろそろ、終わらせようか。持久戦が出来るほど、頑丈な体では無いし。

「じゃあミレイユ、しっかり掴まってて・・・ね!」
「う、うわぁっ!?」

急接近。ミレイユを驚かせたみたいで申し訳ない。
でも、彼の意識が途切れるタイミングを見つけてしまったので仕方ないよね。うん。
こめかみあたりを狙ってトンファーを叩き込む。が。

「っ、舐めんなぁ!」

一瞬の、しかし確かな隙を突いたはずだけど、当然のように弾かれる。

「ドットイージス・・・まあ、そりゃ初撃は弾かれますよね。」
「んだよその奇っ怪な名前は・・・」
「え、ドットイージスって精霊種が付けた名前じゃないんですか?」
「少なくとも俺はそんな名前聞いた事ねえ、な!」

最短距離で心臓を狙う攻撃を、距離を取りながら躱す。
・・・ていうか、ドットイージスって正式名称じゃないのか。昔読んだ本には確かにそう書いてあったんだけどなぁ。

「あの本の信ぴょう性、だいぶ怪しくなってきたなぁ・・・」
 
やはり、一冊だけの知識を信じすぎるものじゃない。

「せっかくだし、後で色々聞かせてもらおうかな・・・」
「・・・くくっ、ほんとに緊張感のねえ奴だな。」

僕の呟きがあまりにも現状とそぐわない事がおかしかったのか、遂に彼も苦笑を零す。

「まあ、話くらい聞かせてやるよ。」

そして、どことなく楽しそうな表情を浮かべ。

「終わった時に、互いに生きてたらな!」

本格的に、僕と彼の戦闘が開始された。
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