上 下
61 / 69
第二章

一人で一発、五人で五発

しおりを挟む
挨拶がわりにトンファーを一番近くの精霊種の頭に叩き込む。

例え相手が鬼人種や獣人種であっても有効打であったであろうその一撃は、しかし甲高い音と共に弾かれた。

予想以上の衝撃に体勢を崩しかける。

この状況でそんな隙を見せたら一瞬で終わるので、無理やり体を捻り回転。
そのままもう一本のトンファーを取り出し、流れを止めずに同じ精霊種を殴る。

が、しかし。

「・・・これがドットイージスか。厄介だなぁ。」

その一撃も、先程と同様弾かれる。
今使ってるのは神殺権じゃないから完璧に二本のトンファーを扱えてるわけじゃないとはいえ。それなりの威力を込めた連撃が簡単に弾かれた事に心の中で舌打ちをする。

ドットイージス。ごく短時間、ごく挟範囲の絶対防御。その存在はわかっていたし、対処出来ると判断したからここに来た。
厄介なのは、衝撃の反動が予想以上に大きいこと。
下手に攻撃すると、窮地を招きかねない。

二撃を弾かれ、少しの隙を晒した僕に精霊種の攻撃が向かってくる。
意外なことに、武器を使用した近接攻撃だ。

袈裟懸けに振り下ろされる剣に、鋭く突かれる槍。
本来精霊種の身体能力は大して高くないはずだけど、今の攻撃には見るからに高い威力がこもっている。

「結構がっつり強化されてるみたいかな・・・!」

少なくとも、おまじない程度のものでは無いみたいだ。

「でも、どうして魔法を使わないの?いくら強化されていたとしても、近接戦闘はあなた達の得意とする所じゃないはず。現に・・・」

僕は自分に向かってくる剣を躱し一番近くにいた精霊種の懐に潜り込む。そしてそのまま二本のトンファーを連続で振るう。

右腕のトンファーが弾かれた一瞬後に左腕のトンファーを振るう。それもまた弾かれるが、既に右腕は動かせる状態にありそのまま攻撃を仕掛ける。それを5回ほど繰り返し。

遂に、僕の攻撃が敵を捉える。

鈍い音と共に精霊種が吹き飛ぶ。床に倒れたその姿は、まるで幻のように霞んでいる。
頑強な鬼人ならともかく、今の一撃は精霊種にとって致命傷だろう。

「すぐに対応しきれなくなる。ドットイージスが一人一度使えるとして、これだけの数がいるから何回かは攻撃が弾ける。とはいえ、射程距離にも限りはあるし、近接戦闘である以上周囲に居られるのは四、五人が精々。つまり、連続で弾けるのは五回前後。それ以上は間に合わない。」

そして弾かれる方向が分かっていれば。反動だって利用出来る。
・・・まあ、すっごい手痛いけど。

「だから、近接戦闘なら普通に僕でも勝てる。何度やってもね。」

擬似悪魔化とて時間制限はあるけど、今のペースなら全然問題なく殲滅できる。終わった頃には手がえらいことになってるかもしれないけど。

「・・・さ、じゃあどんどん行くよ・・・!」

多少は威嚇目的で説明したんだけど、どうにも反応が無い。というより、よく見ると目が正気でない。
ふむ、魔法を使わないのはこの辺も理由なのかな。まあ、そこは予想でしかないから考えてもしかたないか。

思考を切り替え、再びの肉薄。隙を突いたはずだけど、精霊種は虚ろな目つきのまま的確に攻撃を仕掛けてくる。

頭に向かって振るわれる横薙ぎを屈んで躱す。心臓に向かって突かれる槍を回転しながら受け流す。
僕も神経を研ぎ澄ませて対応しているけど、思ったより余裕が無い。

数を減らさないといけないか。

「ふっ!」

先程同様、連撃を仕掛ける。その間にも攻撃は襲ってくるので、擬似悪魔化の力を最大限に利用する。

単位時間あたりの情報の圧縮処理。すなわち、思考の高速化。
減速した世界で、動きを効率化させていく。

回避と攻撃を同一のものに。
師匠の武術の見よう見まねだけど、その稚拙な技術を薬の力で無理矢理実戦レベルに押し上げる。

一呼吸にも満たない時間。
その間に、またドットイージスの限界を超える連撃を与えて精霊種を吹き飛ばす。

そして、今度はそこで止まらず周囲の精霊種も一気に攻撃する。
他者にドットイージスを使った分、彼らを守るものは何も無い。
為す術なく、数人の精霊種がトンファーの直撃を受け戦闘不能になる。

「ふぅっ・・・」

周囲の敵を制圧したことで、すこし余裕が生まれる。集中は解かないまま、呼吸を整える。

「流石ですね、シルヴァ・・・っ!」

ヒルダの声に、ちらりと視線をそちらに向ける。気づかなかったけど、あちらでも既に戦闘が開始されていた。
敵は予想通り、権能持ちの彼。精霊種とは思えない程の機敏な動きと、凄まじい速度で繰り出される攻撃魔法。

なにより、こちらの精霊種と違いその目は理性を失っていない。どこまでも冷静に、冷淡に戦っているのがよく分かる。

ヒルダも、少しこちらの様子を伺う余裕はあるみたいだけど・・・

「余所見にお喋りとは、舐められたもんだな・・・!」
「くっ・・・!」

ミレイユを庇いながらだと、防戦に集中せざるを得ないだろう。
互いに援護は出来ない。

「そっちは頼んだよ、ヒルダ。さっさと片付けるからちょっと待っててね!」

とはいえ、元は一人で来るつもりだったし。
対策がわかった以上、制圧完了は時間の問題だ。

僕は改めてトンファーを構える。
一度に結構な数を倒したけど、相手に怯む様子はない。

「積極的に殺す気は無いけど・・・容赦は出来ないから、死にたくなかったら下がってなよ!」

再び接敵。やはり理性を感じさせない瞳で襲い来る精霊種を、先程と同じように叩き伏せる。

一撃でも貰えば死なのはいつものことだけど、数が多い分少し大変だ。こういうのは初めてじゃ無いけど、これに慣れた時が僕の死ぬ時だ。
緊張感は常に保つ。

「・・・やはり、思考無き戦士では太刀打ち出来ぬようじゃな。」

女王のつぶやきが聞こえる。思考無き戦士、か。やはり、傀儡のようなものだったか。

「やむを得んか。・・・第三部隊以下の者達はは負傷者を連れて撤退せよ。第一、第二部隊は魔法の使用を許可する。」
「我らが女王の、仰せのままに・・・」

女王の言葉に、精霊種の戦士たちが雰囲気とは裏腹に機敏に動きはじめる。

大多数の戦士が倒れた仲間を抱えて部屋から去る。さっきも言ったけど積極的に殺す気はないので、それを邪魔することはしない。

残った戦士は、隊列を変化させる。
前衛と後衛に別れ、後ろに下がった者達は武器を杖に持ち変えた。

「これからが本番ってところかな・・・」

明らかに魔法を使う布陣だ。
攻撃魔法は発動後じゃないと知覚できないから、かなり集中しないと回避が困難だ。
現段階でかなり脳を酷使している。これ以上の圧縮処理は後々だいぶ響くだろうけど・・・

戦闘中に、後の事を心配するのは傲慢だろう。

「ただ、そっちの準備完了まで待つ義理はない!」

だから、今この瞬間の最善の一手を打つ。
隊列の変更に伴い、一部の精霊種が集団から離れている。

そこを見逃す理由も無いので、急接近して叩きのめす。
倒れふす精霊種を追撃することはせず、そのまま距離をとる。

多数の敵を相手にする時は、殺すよりも負傷させた方が戦力を削れるというのはある種の常識だ。
わざわざ殺さないように手加減はしないけど、擬似悪魔化の効果と彼らの強化が合わさって丁度いい威力になっているみたいだ。

さて、倒れた精霊種も運ばれていき、数は大分減った。 
今の攻撃をしている間に、向こうも隊列を完全に整えた様だ。

一瞬の膠着。よく見ると、後列にいる魔法使いたちは理性を取り戻しているように見える。
優先的に狙いたいけど、前衛は恐らく精霊種の中でも手練だろう。
立ち居振る舞いから・・・は、ちょっとわからないけど。状況から考えれば、ただの有象無象が並んでいるとは思えない。



ヒルダの方の戦闘はまだ続いている。お互いにミレイユを傷つけるつもりがないからか、ぶつかり合う力に反して破壊の規模自体は非常に小さい。とてつもなくテクニカルな戦いをしているのだろう。
わかんないけど。

ついでにいうと、ヒルダは彼を殺さないようにしているようにも感じる。まあ確かに、僕とて彼が悪い奴にはどうしても見えないし・・・

それに、ヒルダは間違いなく強者だ。
敵の生死を決める権利くらいは、持っていると言える。


ヒルダが頑張っているんだ。
僕も負けては居られない。

戦況は変化した。仕切り直しと言っていい。
それでも、やることは変わらない。

いつも通り近づいて、いつも通り戦うだけだ。
それは相手が遠距離攻撃をしてくる時でも変わらない。

さあ、2回戦と行こう。
しおりを挟む

処理中です...