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第二章

敵の敵は味方、とは限らないけど利用はできる

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突如あらわれたその精霊種の男は、しかし無言のままこちらをじっと見つめていた。

その事を少し意外に思いながら、僕は彼に近づいていく。

「まさか、こんな白昼堂々仕掛けてくるとは思いませんでしたよ。周りがこちらをみていないのは、あなたの仕業ですか?」

とりあえず話しかけてみる。なんというか、どうにも彼からは敵意を感じない。まあ僕はその辺の感覚はあまり鋭くないのでなんとも言えないけど、少なくとも彼から発される情報からは危険なものは感じない。

「・・・ちょっとした呪法だ。一定範囲内の光と音の伝わりかたをねじ曲げている。」
「なるほど、隠蔽の呪法ですか。」

思ったより随分と落ち着いた印象の話し方だ。

「それで、あなたの目的は?」
「わかってんだろ?そこにいる、精霊種の娘を引き取りに来たんだよ。そいつはもともと、俺たちの里の住人だ。」

やはりそれか。しかし、わざわざ権能持ちが直接出てくるとは。
ミレイユはかなりの大物なのかな?

「なるほど、それはわざわざお疲れです。でも、ミレイユはどうも里に良い思い出が無いようですし、はいどうぞと渡すわけにはいきませんね。」
「チッ、関係ない奴が・・・」
「あはは、誰しもはじめは赤の他人ですよ。それに、長い付き合いがあるはずなのに怖がられている人がろくな人だとは思いませんしね。」
「・・・はぁ、まあ確かに違いねえな。」

僕の少しばかり攻撃的な言葉を、しかし彼はため息と共に肯定した。
やはりこの精霊種の男は、ミレイユ同様かなりまともな側の感性の持ち主みたいだ。

「だが、だからと言って手ぶらで帰るわけにもいかねえんだ。俺たちの女王がその娘を求めている。」
「女王、ですか。いやまあ、精霊種の文化体系知らないんでよくわかんないですけど。」

王とかいるのか・・・なんというか、精霊種って誰かの下についたりするんだなぁ。やはり本の知識だけじゃわからないことも多い。というか、本の著者の私見が多分に含まれていたのかもしれない。

「一応理由とか教えてもらえますかね?」
「・・・答える義理はねぇ。」
「あはは、確かにそうですね。」

僕やヒルダは、直接精霊種と敵対しているわけではないけれど・・・
シャクシャラは明確に精霊種を警戒しているし、彼らとて自分達の行動が褒められたものじゃないことぐらいわかっているだろう。
・・・わかってるよね?
まあともかく、シャクシャラとある程度の関わりを持っている相手と仲良くする気はないんだろう。

「でも、教えてくれないならなおのこと、ミレイユを渡すわけにはいかないですね。」

教えてくれても多分引き渡しはしないけど。

「どうします?少なくとも、武力行使はおすすめしませんけど。」

ここは堂々とヒルダの威を借りる。情けないとか思うのもおこがましいほど、戦闘力に差があるからね。

「・・・流石に、ここで事を荒立てる気はねえよ。そこの鬼神の存在に関係なく、な。」
「あー、まあそうですよね。・・・え、じゃあ、今日は本当に話すだけのつもりなんですか?」
「今のこの街で、わざわざ本気で精霊種を匿うような奴がいるとは思ってなかったんだよ。」

それは・・・まあ、確かにそうだろう。

「だが、だからと言って黙って帰るつもりもねえ。女王の願いを叶えるためには、その娘は絶対に必要だ。」
「平行線、ですね。ミレイユの気持ちはもちろん、女王の願いとやらが僕達にとって良いものである可能性なんてほとんどありませんし。」

僕と彼の目的は、互いに歩み寄れるようなものじゃない。目的を達成することができるのは、どちらか一方だけ。

「・・・最後の確認だ。本当に、その娘を渡す気はねえんだな?」
「ええ、微塵も。」
「そうか、なら仕方ねえな。」

彼は溜め息と共にそういうと。
右腕をミレイユに向け、小さく呟く。

「猛れ、迅風。」

ーー直後。
音もなく、ミレイユの髪を隠していた帽子が吹き飛んだ。

「なっ・・・」

威力もほとんど無く、空気の揺らぎもほとんど僕に届かなかったため対応できなかった。

「なんという精度・・・!」

ヒルダもまるで反応できなかったようで、僕にはわからない部分にも驚愕している。

そして、彼の行動はまだ終わっていなかった。

「映せ、偽証。」

その言葉と共に、彼の体がぼやけたかと思えば。
次の瞬間、その見た目は緑色の髪をした少女・・・すなわち、ミレイユの姿になっていた。

「なっ、変身魔法!?」

そんなの何の触媒も使わずにできるはずが・・・

「いえ、恐らく隠蔽魔法の応用です。ここにいるミレイユの姿をそのまま自らのいる場所に投影しているのでしょう。」

驚く僕に、ヒルダが説明してくれる。視線を向けると、ヒルダは険しい顔でミレイユの姿をした男を見ていた。

「先ほどの風もそうですが、やはり魔法の扱いは凄まじいですね。隠蔽魔法の応用、とはいいましたが、ほとんど魔力の拡散もありません。」
「・・・なるほど、ね。やっぱり、権能持ちは厄介だなぁ。」

流石になんの準備もしていないわけじゃないけど・・・
そもそも僕は誰かを守るような戦いかたをほとんど知らないので、出来れば攻め込む側に回りたかったんだけど。

「・・・今この街じゃ、精霊種は警戒される存在だ。お前らも、わざわざあんな帽子を使ってたくらいだ。それはわかってるよな。」

どこか諦めたような顔で、ミレイユの姿をした
男がそう言う。
驚いたことに、声までミレイユのものだ。

「まあ・・・それはそうですね。」
「ここだけじゃねえ。精霊種おれたちがまともに受け入れられる場所なんてありゃしねえ。」

そう語り、溜め息混じりにこちらを見る。

「確かに、その娘は今までろくな経験をしてきてねえ。だが、お前たちと一緒に他の種族と生きていくことが本当に幸せだとは限らねえだろ。だったら、仲間と一緒にいた方が良い・・・」

と、そこまで言ったところで男は言葉を切る。
そして、やるせないような表情で小さく首を振る。

「いや・・・それは流石にねえ、か。少なくとも、あそこより悪いとこなんてそうそうねえよな。」
「・・・やはり、あなたも僕達に近い感性の持ち主なのですね。」
「チッ、無駄話だったな。」

僕の言葉に答えず男は舌打ちとともに僕達に背を向けた。

「・・・迅れ、閃光」

そしてまた小さく呟いたかと思うと。

目も眩むような・・・とまではいかないけど、昼間でも確かにわかるような光が彼から発された。

「これは・・・」

僕はそこで気付く。先ほどまで不自然なまでにこちらを気にしていなかった人々の目が、今の閃光を発した男に・・・ミレイユの姿をした精霊種に向かっていることに。

「呪法を、解いた・・・?」
「っ、なるほど、そうくるか・・・!ヒルダ、ミレイユを連れて街の外まで行って!ああいや、もういっそ跳んでいって!」
「え、ええ!?わ、わかりました!」

僕の言葉に、ヒルダがミレイユを抱えて凄まじい速度でその場を離れる。

それにしても、なかなか思いきったことをするな・・・!
ミレイユの姿を模倣し、人々の注目を集めた。ならば、このあと考えられるのは。

「恐れ、絶望せよ、矮小なる者共よ。」

僕の視線の先で、ミレイユの顔をした男がミレイユの声で言葉を紡ぐ。
その様子は先ほどとはうってかわり、不遜で傲慢な精霊種そのものだ。

「偉大なる我らが女王は、貴様ら愚かなる者を支配することを決められた。傲慢にも我らを追いやり、虐げたことを後悔するがいい。」

さほど大きくもない声だけど・・・
周りの様子を伺う限り、かなり遠くまで届いているようだ。なにか魔法をつかっているのだろう。

「忌々しき、かの誓約はこれより破られる。これより来るその日を、震えて待つが良い。」

呆気にとられるシャクシャラの住民の前で、その精霊種は朗々と言葉を紡いでゆく。

「貴様らに捕らわれていた哀れな獣たちは、我らが正しく使ってやった。感謝するが良い。」

そしてその言葉に。シャクシャラの住民の怒りが爆発した。

正しく獣の声のような怒号。
もはや殺意と変わらない怒気を滲ませながら、複数の獣人がその精霊種に殺到する。

「無駄だ。」

そうバカにしたように笑いながら、精霊種は垂直に浮かび上がる。
そして文字通り周囲を見下しながら、高らかに宣言する。

「貴様らの時代は終わる!これよりきたるは我らが頂点に立つ正しき世界だ!」

大きく出たなぁ・・・

宙に浮かぶ精霊種を忌々しげに見るシャクシャラの住人たち。その目は血走っており、憎むべき敵の姿を目に焼き付けているようだ。

「そのときまで、せいぜい足掻くがいい!」

そう最後に笑い、精霊種は光とともに消えた。
転移魔法・・・かな。自分一人だけなら、簡単らしいし、座標がぶれても逃げるだけなら問題ないだろうし。


しかし・・・ミレイユをこの場から離しておいてよかった。
この雰囲気のなか、同じ見た目の精霊種がいたら・・・まあ、ろくなことにはならなかっただろう。
それが目的だったんだろうけど。少なくとも、このままシャクシャラに滞在するのは難しいかな。

とりあえず、ヒルダと合流して今後の対応を考えよう。
僕はヒルダが向かった方向に早足で歩いていく。
周りは、今の一連の騒動でかなり混乱していて歩きにくいけど仕方ない。

・・・吹き飛ばされた帽子の回収は、無理かなぁ。

そんなことを一瞬だけ考え、僕は思考を今後の対応に切り替えた。
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