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第二章

精神論の価値は人による。人じゃない場合も同じ。

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さて翌日。僕たちは早速仲介所に来ていた。というのも、需要の高い素材についても今日聞く予定だからだ。
昨日話に行った時点でまあまあ遅かったけど、翌日の朝に来てくれて良いと言って貰えた。多分だけど誰かの仕事を増やしている。申し訳ないです。

「あ、フォーリス様、オルクス様・・・おはようございます・・・」

そしてその誰かは、例の羊人のお姉さんだったようだ。
メイクで隠してはいるけど、目の下には隈ができているし何より元気がない。

「あー、おはようございます・・・」
「だ、大丈夫ですか?」

僕とヒルダは申し訳なさを抱きながら、言葉を返す。

「え、ええ。ご心配おかけして申し訳ありません・・・ちゃんと手当ては出るのですが、なにぶん人手が・・・って、こんなことお客様に言う話ではありませんね。」

お役所というのはどこも大変らしい。いや、原因は僕達なんだけども。

「あ、あはは・・・なんか、ごめんなさい。」
「いえ、これが仕事ですから。さて、本日は指定素材の確認でよろしいでしょうか?」
「あ、はい。今さら言うのもあれなんですけど、絵か現物だと助かります。」

昨日は結局、素材を指定してくれと言っただけで細かい部分は頼んでなかったし。
一応、集めた物の中から選んでもらうつもりだったから現物はあるはずだけど・・・

「かしこまりました。それぞれ数点のサンプルを用意しておりますので、ご確認をお願いします。」
「はーい。じゃ、行ってきますね。」
「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」

サンプルを受け取って出ようとしたら、お姉さんに呼び止められる。
なんだろ?

「えっと、どうしました?」
「その、可能ならで構わないのですが・・・いつ頃報告に来られるか伺えませんか?大きな金額が動きますので突発的だとすぐに対処できない可能性がありまして。」

ああ、なるほど。これからは純粋にお金稼ぎの予定だからお互いに気持ちよくやっていきたいし、歩み寄れるとこは歩み寄ろう。

「そうですね・・・とりあえず、三日後くらいにまとめて来ます。サンプル見た感じ、そこまで鮮度が要求されるものじゃないですし。」

今回は素材の指定もあるし、1日でいっぱいになることもないでしょ。

「かしこまりました。なお、査定は朝と夕方とに一番混み合いますのでお昼頃に来ていただければスムーズに対応できると思います。」
「わかりました。じゃ、また来ますねー」

挨拶をして、今度こそ仲介所を出る。
さて、お仕事開始だ。



「と言っても、やることは別に変わらないんだよねぇ。」
「突然どうしたのですか、シルヴァ?」

軽快な音でゴーレムを破壊するヒルダを見ながら呟く。今回の素材は小さいものに絞っているので、全部ヒルダの鞄に入る。だからもうヒルダに頼りっきりで申し訳なくなる。

「いやね、想像以上にスムーズに色々進んじゃってるからさ。」
「良いことではないですか?」
「まあ、それはそうなんだけど。」

この会話の間にも、多数のゴーレムが塵と帰っていく。
現在地は危険地帯。ゴーレムの出現数も強さも他とは比べ物にならない、んだけど。
まあ、関係ないか。

「別にシャクシャラの財政を混乱させたいわけじゃないからね。あまりに高価な物をたくさん流すのもどうかと思って。」
「そういうものなんですか。私としては、貴重な物がたくさん手に入ればそれだけ良いことのように感じますが・・・」
「状況によるね。例えば何かお金を稼ぐ手段があって、それで生計を立てている人がいるなら、外部から来た人間が荒らすべきじゃない」

腰をすえて商売をすると言うならともかく、旅人の領分は越えるべきじゃない。

「それに、過剰供給は物の価値を下げる。長期的に見てデメリットが多い。」

僕は商人じゃないし詳しくはないけど、この辺は少し考えればわかることだし。

「ま、そうは言っても向こうはプロだろうし公的機関だから大丈夫だとは思うけどね。」

少なくとも、僕はいくら金を積まれても非公式なとこには素材を流すつもりはない。

「シルヴァが考えているなら私はそれで大丈夫です。」
「まあ、その辺の塩梅は少しずつ勉強していけばいいよ。」

僕が全部やっていっても良いんだけど、できないのとやらないだったら後者の方がいいし。

「とりあえず今日のところは素材採取を済ませちゃおう。」
「ええ、わかりました。ふっ!」

話ながらも手を止めないヒルダの前で塵になるゴーレム。
どれだけ倒しても無尽蔵に補充されるっぽいから長居は無用だ。
僕達は手早く素材を集めると、さっさと危険地帯を離れる。
・・・離れる時はまたしても、ヒルダに抱えられてたのは言うまでもない。



さて、数時間ほど素材採取をして、僕達は沈黙の平原の中で休憩していた。
今いるのは危険地帯からは離れていて、周囲から見えにくい場所。
何度か戦ってみて、ゴーレムはどうも視覚・・・正確に言えば熱源を感知しているらしいので、土とかに囲まれた窪地にいる。

逆に言えば近づいてくるゴーレムを見れないわけだけど、彼らは足音が騒がしいので問題はない。

食事を終え、軽く選別と加工をするために一度帰ろうかと思っていた時。

「・・・・・・・・・・・ぁ・・・・・・」
「ん・・・?」

僕の耳が、何か・・・・人の声、のような物を拾った。
聞き間違えはあり得ない。僕は特に聴覚を重点的に鍛えてる。
つまり今、誰かが声を出したのは確かだ。だからすぐに行動をおこす。

「ヒルダ、探知魔法使える?とりあえず精度は低くて良いから広範囲に。」
「え?わ、わかりました。・・・近辺には、私たち以外の生命はいませんね。」
「反応無し、か。」

探知魔法は生命力から生物の存在を感知する魔法だけど、精度が低いと生命力の低い相手を見逃すことがある。

忘れてしまいそうだけど、ゴーレムは普通の人には脅威だ。
だから沈黙の平原に来るのはそれなりに戦闘力が高い者のはずだから、精度の低い探知魔法でも引っ掛かるはずだ。でも反応はない。

誰かがいるのは確かだ。そこは自信がある。
ということは・・・

声の主が、死にかけている可能性がある。

「ごめんヒルダ、また僕を抱えてくれる?それでそのまま精度を上げた探知魔法を使い続けて。」
「・・・わかりました。」

ヒルダが表情を引き締める。
探知魔法の性質を知る彼女なら、僕が何を探してほしいのか察してくれたみたいだ。

ヒルダが僕を抱えあげる。声は聞こえたけど、小さすぎて方向まではわからなかった。だから今いる場所を基準として円形に探知してもらう。

「ヒルダ、僕は気にしなくて良いから可能な限り高速でお願い。」
「ええ、しっかり掴まっててくださいっ!」

直後、凄まじい加速感。脳の強化をしていない今の僕では、周囲の景色すらまともに見えない。

「ぐぅっ・・・!」

体に凄まじい負荷がかかるけど、許容範囲だ。
ヒルダの角が僅かに発行している。かなりの精度の探知魔法を使っている証拠だ。

「・・・シルヴァ、見つけました!」
「っ、そのままそこに向かって!」

声の聞こえる範囲だったから、大して遠くはない。だけど、その生命力が本当に小さかったのか、発見するのに少し時間がかかった。

視界の先には複数の大きな影と、倒れている小さな人影。探知魔法に引っ掛かったから生きてはいるはずだけど、間違いなく大ピンチだ。

「誰かがゴーレムに襲われている・・・?」
「ヒルダ、僕を倒れてる人の横におろして!それと、ゴーレムをお願い!」

丸投げで申し訳ないが適材適所だ。

「わかりました!」

急停止。慣性で吐きそうになるけど耐える。
あれだけの速度で動いていたのに、ヒルダは僕をドンピシャの場所でおろしてくれた。

すぐに倒れていた人を確認する。

息はしてないがそういう種族もいるから死んでいるとは限らない。ゴーレムに襲われた外傷が見当たらないのに衰弱しているから、おそらく霊種《エナジー》・・・っていうか外見的特徴から見ると精霊種《スピリット》だ。とはいえ、見捨てるつもりはない。

精神が体を形成する彼らは、死んだら体が消える。だから生きているのは確かだ。

後ろから軽快な音が響く。危険地帯でもない場所のゴーレムなど彼女の敵ではない。だから心配する必要はないので目の前の精霊種に集中する。

見た目は12.3歳の少女といった感じだけど、精霊種は外見と年齢に関係がないから実年齢はわからない。
その薄緑の髪は肩口までの長さに揃えられているけど、艶が全くなくボサボサ。小振りな鼻と唇、そして長いまつげからして整った顔のようだけど、肌の状態も最悪。
意識もあるみたいだけど朦朧としているみたいだし、かなり危険な状態みたいだ。

「シルヴァ、その子は大丈夫ですか!?」

一瞬でゴーレムを塵にしたヒルダが駆け寄ってくる。

「危険な状態だね。最低限意識があれば、戦意高揚《バトルドラム》で持ち直すと思うけど・・・」

少女が薄く目を開ける。
焦点は合っていないけど、とりあえず声を出せる程度には意識があるにはあるみたいなので、すかさず戦意高揚に火をつけてその煙を彼女に吸引させる。

・・・とてつもなく危ない絵面だけど、これは医療行為だから・・・。霊種限定だけど。

「ん・・・あなた、は・・・」
「よし、喋れるくらいには回復したね。色々聞きたいことはあるし、そっちにもあるだろうけどそれは後だ。」

僕は少女を抱えあげる。精霊種は外見からは想像もできないほど軽いから問題は無い。

「私が抱えて行きましょうか?その方が早いでしょうし・・・」
「いや、結構衰弱してるみたいだしあまり体に負担がかかる事はさせたくない。幸い、時間で悪化することは無さそうだしゆっくり歩いて帰ろう。」

ゴーレムを迎撃する事を考えると、この少女は僕が抱えて行った方がいい。

「最短距離で行くから、ゴーレムの対処はお願い。」
「・・・わかりました。では、そのバックパックは私が預かりましょう。」
「え、大丈夫?邪魔じゃない?」
「ずっとその抱え方では不安定でしょう。大丈夫です、多少動きが阻害されたからと言って遅れはとりません。」

それもそうか。僕はヒルダにバックパックを預けると、少女を背負う。柔らかくて暖かいけど、軽いからどうも不安になる。
精霊種にこんなに近づいたのも初めてだし、この状態が正しいかは知識に頼るしかない。

「よし、行こう、ヒルダ。」
「ええ、シルヴァも私から離れないでくださいね。・・・それと、あなたも辛くなったら直ぐに言って下さいね。」

ヒルダが気遣わしげに僕の背中の少女に声をかける。
僕の背で、微かに頷いた雰囲気。言葉は聞こえているみたいだ。

僕とヒルダは頷き合うと、シャクシャラに向かって歩き始めた
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