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第二章

2日ぶり2回目の出来事。このスパンだと対策のしようがないよね。

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二度あることは三度ある、という言葉を師匠から聞いたことがある。偶然が二度続くと、ある程度の蓋然性が推測できるから対策を考え始めろ、ということだって言ってた。ほんとにあってる?
まあ、言わんとしてることは何となく分かるけど。
とはいえ、その理論だと2回目の時点では対策できない、ということを。

「あ、あれー?」

僕は、仲介所に併設された訓練所に立ちながら、ひしひしと感じていた。

「それでは、フォーリス様。こちらにある模擬戦用の武器からお好きなものを選んでください。」

僕の目の前で羊人のお姉さんは、たくさんの木製の武器を指す。

「え、いや、あの」
「どれも木製ではありますが、重さの調整のため重りが入っています。 安全のために、攻撃は基本的に寸止めでお願い致します。
万一怪我をした場合はこちらですぐ治療できるよう回復魔法や法術を使えるスタッフが控えておりますのでご安心ください。」

ご安心できないんだが?
そもそも僕は回復魔法も法術も効かない、それでいて攻撃魔法を無効化できるわけでもない難儀な体だ。

「待ってください待ってください。」
「はい、なにかご不明な点がございましたか?」
「ご不明な点しかないですね。」

あれ?僕まだ鬼人の里にいたのかな?

「えっと、なんで僕がここの人と戦う流れになってるんですかね?」
「先程申し上げた通り、シャクシャラ近辺での依頼請負の許可を出すためです。」
「なんでそれで戦う必要があるんですか?」
「シャクシャラ外を目的地とする依頼は、一定程度の戦闘力がなければ危険なためです。」

言ってることさっきと違くない?

「・・・確かシャクシャラはその地理的特徴から魔獣や野盗がほとんど居ないという話ではなかったですか?」
「その通りです。ですが、その地理的特徴に問題があるのです。」

結局その説明を聞く必要があるのか・・・

「と、言いますと?」
「まず、シャクシャラ周辺に魔獣が少ない理由ですが、精霊種スピリットの里が近くに存在するためです。」
「うわぁ・・・」

精霊種かぁ・・・。個人的お友達になりたくない種族ランキングでも上位にくる。

まず彼らは話が通じない。人種を全力で見下しているから会話する気がない。
次に趣味が悪い。動物や魔獣を生きたまま触媒にして色々な術を使うのだ。それも大量に。
彼らは精神がそのまま実体を持った霊種であり、僕たち亜人を含めた人種とは根本的に存在のルールが違う。
精神が体そのものである彼らにとって負の感情はそのまま毒になるため、種族特性としてそもそも負の感情を感じにくい。
それの何が悪いって、罪悪感は感じないわ反省はしないわ、およそ他種族と関われる精神構造じゃない。

で、さらに彼らは世に禁術と呼ばれる邪法も普通に使う。
そして大抵の邪法は憎しみや苦しみといった負の感情を必要とする。でも、精霊種は負の感情を感じにくい。ではどうするか?

そう、他の生き物から集めるのだ。彼らは禁術を使う時、魔獣や動物を可能な限り苦しめる。そうやって得た負の感情を使って術式を起動する。
もう既に彼らの趣味の悪さについてはわかったと思うが、これだけじゃない。

今でこそ動物や魔獣だが、昔は他の種族をさらっていたのだ。種族ごと根絶やしにされても文句は言えない蛮行である。
しかも、特に人種のなかでも上位元素に対しての適性が低い人を選んで拐かしていたらしい。

それが人種の国に露見し、当然戦争になった。人種自身には強力な者は少ないが、多くの種族と子を成せるその特性から数多の種族と友好を結んでいた。
逆に、精霊種自体は強力な種族だ。しかし、およそ他の種族と友好を結べるような存在ではなく、戦争には呆気なく敗北した。

その結果、精霊種は他種族に危害を加えることを禁止され、生息圏を大きく制限された。
根絶やしにならなかった理由は、精霊種の中にも一般的な感性でもまともと言える者がある程度いたからだ。
ついでに言うと、あまり追い詰めすぎて捨て身の禁術でも使われたら面倒だからだったってのもある。

もうおなかいっぱいだと思うが、最後にもうひとつある。

戦争に負け、他種族を攫うことを禁止された精霊種だが・・・
彼らは全く反省していない。
負の感情を感じにくい特性はここにもしっかり反映されている。
優秀な自分たちが、劣っている人種を好きにして何が悪いのかと本気で思っているし、自分たちを差し置いて人種に味方した多くの種族を馬鹿だと思っている。

長々と語って失礼したが、これが僕が精霊種とお友達になりたくない理由だ。
ついでに魔獣がいない理由でもある。さっきも言ったが、彼らは術式に使うために近辺の魔獣を全て捕らえて管理下に置いている。

ここまで言えば、僕の苦々しい顔の意味も分かるだろう。

「それはまた・・・魔獣が少ないはずですね。」

ていうかそれ以上に、シャクシャラが精霊種の里の近くにあるのが驚きだよ。『誓約』の異能によって、危害を加えないという契約が破られることは無いとは言え・・・
普通は嫌だろう。自分たちのことを生き物とも思わない者達の近くに住むなんて。

「まあ、それはわかりました。でもそれと戦闘力が必要なこととなんの関係があるんですか?」
「いえ、精霊種のことは関係ありません。」
「えぇ・・・」

じゃあいよいよなんでなの?

「精霊種は魔獣がいない理由です。野盗がいない理由は別にあるのです。」
「・・・ああ、そっか。精霊種は例え野盗でも自分たちから危害を加えることは出来ないですもんね。」

『誓約』により、精霊種は自分から他種族に攻撃できない。なんなら自衛もまともにできない。
そのくらい強力な縛りにしないと、彼らは抜け穴を見つけるからね・・・

「ええ、その通りです。ではなぜこの近辺に野盗が居ないかというと」 「いうと?」
「旧時代の魔導帝国の自律駆動兵器が存在しているからです。」

はい知らない言葉出た。

「ああ、仰りたい事は分かります。
フォーリス様もオルクス様と同様こちらの事情に詳しくないのですよね。」
「ええ、まあ。」
「全て説明すると長くなりますので簡単に言いますと、こちらの大陸には、かつて滅んだ魔導帝国の遺産が各地に残っているのです。そしてこのシャクシャラのすぐ隣の草原地帯、通称『沈黙の平原』にはその中でも強力な、自律駆動する魔導兵器『ゴーレム』多数が徘徊しています。」

なんでそんな危険なものの近くに街があるの?精霊種の里といい、いくら魔獣や野盗がいないからと言ってとても住みたい環境じゃない。

さらに苦々しい顔になる僕をよそに、お姉さんは続ける。

「『ゴーレム』は破壊してもある程度経つと補充されます。その上破壊しても砂になり素材は手に入らないため倒すだけ無駄な相手です。」

最悪じゃん。

「ただし、基本は一定の範囲から出ることはありませんし、万一シャクシャラの近くまで来たとしても、少数なら街の戦力で十分対処できます。」
「はあ・・・」

まあ、何となく危険な存在なんだなぁ、とは思うけど・・・

「フォーリス様は基本的に素材の納品依頼を受注する予定なのですよね?」
「まあ、そうですね。肉体労働とか満足な労働力を提供できるとは思いませんし。」

街の中での短期間の依頼は、例えば道の修理だったり食事処のお手伝いとかだけど、僕はまあ役にはたてないだろう。
人種の肉体としてはかなり鍛えてる方だけど、それを使うよりも効率的な方法がいくらでもあるからね。
あとは料理には自信あるけど、それは短期的な依頼で任される領域を超えている。

「そうなりますと、街の外から素材を集めてくる依頼が主になりますが、魔獣がいない関係上、安全な場所が多くわざわざ依頼は出されません。」
「・・・つまり?」
「納品依頼が出させるような素材は『ゴーレム』の活動圏内になるのです。」

あーなるほど了解完全に理解したよ。

「・・・基本ヒルダと一緒に行動するから許されないですかね?」
「私としてはそれでも良いと思いますが・・・何分こちらも初めてのことでして。まさか『霊視水晶』が起動しないなんて・・・」

そう、やっぱり僕には使えなかったのである。まあ、僕の人生見られるのも少し恥ずかしいしむしろありがたいまである。

「上位元素に全く適性の無い人種なんて聞いた事ありません。失礼ですが今までどうやって生きて旅を続けてきたんですか?」
「ほんとに失礼ですね・・・まあ、気持ちは分かりますけど。普通は家から1歩も出ないだろうし、それでも安心して生きていける気はしませんしね。」
「やはり、そうですよね・・・。ですが、オルクス様の霊視記録にはフォーリス様に負けた、とありました。オルクス様の勘違いか、そうでなければ『霊視水晶』の誤動作を疑う記述です。」

ほほう?

「『霊視水晶』の誤動作などが確認されれば登録システムの根幹が揺らぎます。ですので、その記述が正しいものであると証明して欲しいというのが本当のところです。
まあ、私共の戦力では、とてもオルクス様との戦闘を再現など出来ませんが・・・」
「一応言っておくと、ヒルダとは戦いませんからね?」
「そ、それはもちろんわかっております!」

お姉さんは慌てて頷く。
しかしなるほど、依頼の条件云々は建前なわけか。いろいろ上の方で面倒なことがあったんだろう。

・・・でもなぁ。

もうほんと薬のストックが切れかけてるし・・・
深層励起ディープトリップも何度も使うと頭痛くなるし、何より戦闘時に貴重な聴覚情報を捨てなきゃいけないのがなぁ・・・

そんな感じで踏ん切りがつかない僕の袖を。
誰かが控えめに引く。
・・・いや、誰なのかはわかってるけど。

「ん、どうしたのヒルダ?」
「その、シルヴァ。あなたは例の、ろんぎぬすあだぷたーとやらを使っていない状態でもバーレンやヴァンクに勝っていましたよね?」
「まあ、そうだね。あのときは擬似悪魔化を使ってたけど。」

効果自体は神殺権や深層励起:神殺権より低いけど、擬似悪魔化は最高傑作だ。
上位種でもなければ大抵の相手には対応出来る。

ヒルダはさらに控えめに続ける。

「その、決して無理をして欲しいわけではないのですが・・・」
「うん。」
「私としては、シルヴァの格好いいところを見たいなー・・・なんて。」

そう言って頬を少し染めるヒルダ。僕はその言葉に、呆気にとられた顔で彼女を見る。

「あ、ああ、ごめんなさい!忘れてください!どうかしていました・・・!」

慌てたようにそういうヒルダだけど、僕の耳には聞こえていない。

「・・・・・・・やりましょう。」
「え・・・?」
「戦いましょう!さあ、僕の相手は誰ですか!?」
「ええ!?突然どうしたんですか!?」

急にやる気を出した僕にお姉さんは気圧されているみたいだが知らん!
ヒルダにあんなふうに期待されたらやらない訳にはいかないでしょ!

鼻息を荒くしながら、僕は模擬戦用の武器を漁る。
さすがにここでバリカタトンファー使うのは反則だろう。

僕は武器の山の中から木製の短刀を選ぶ。実戦だったら絶対に使わない武器だけど、今回は寸止めだ。これくらいの方が取り回しがいい。
どうせ打ち合うわけでなし。

そして僕は、音響頭角を耳に当てる。擬似悪魔化と迷ったけど、ヒルダに勝てる可能性があると見せるならこっちの方がいい。

「よし、準備できました。いつでもいいですよ。」
「ほ、ほんとに突然どうしたんですか・・・?ま、まあいいか・・・では、試合を始めさせていただきます。対戦相手はこの街で最も強い、駐留軍の突撃隊長、グイーラさんです。」

お姉さんがそう言うと、大きな体の虎人ワータイガーの男性がのそり、と入ってくる。

「・・・グイーラだ。よろしく頼む。」

彼はそれだけ言うと、訓練所の真ん中で腕を組んで黙ってしまった。
寡黙な人だなぁ。

まあ、いいや。ヒルダにいいところを見せるためにもさっさと始めよう。今日の僕は、いつになくやる気まんまんだ。

音響頭角を起動する。
体が、あの感覚を思い出す。

聴覚情報は拾えないが問題は無い。彼は薄着だし、情報は視覚だけで十分だ。

「おふたりとも、準備よろしいですね?それでは、模擬戦、開始してください!」

お姉さんが良く通る声でそういった瞬間。


僕は、全力で走り出した。
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