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第一章

case 0 『使命に縛られた鬼神』

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僕は結構運がいい方だと思っている。
上位元素の適正に恵まれなかったことも、脆弱な人種に生まれたことも、別にそれ自体を不運と思っているわけでもない。

たまたま選んだ治験の場所で素晴らしい出会いもあったし、規格外の転移の力を受けたけど特に厳しくもなく食料や水が豊富にある環境に当たった。
これを幸運と言わずなんと言おうか。

その幸運はまだ続いているようで、この夜は特に何事もなく過ごすことが出来た。
・・・ていうか、ヒルダに会ってからまだ2日くらいしか経ってないんだよなぁ。なんかとてもそんな気がしないけど。

朝日が顔を出し始めた頃。
1人で苦笑する僕の横で、ヒルダがゆっくりと目を開く。

「ん・・・・ふわぁぁ・・・」

可愛らしい欠伸をしながら目を擦る。そしてしばらく焦点の合わない目で辺りを見渡す。そして僕の顔をじーっと見つめていたかと思うと。

「・・・・・・っ!!?」

その顔が突然真っ赤に染まった。
ど、どうしたの?

「お、おはようヒルダ。よく眠れたみたいだね。体の調子はどう?」
「・・・・・・・・・・・・・」

真っ赤な顔のまま固まるヒルダ。

「えっ・・・と、ヒルダ?大丈夫?まだどこか調子悪い?」
「・・・・・・忘れてください。」
「え?」

プルプル震えながら小声で呟くヒルダ。
忘れてって、何を・・・?

「ど、どうしたの?落ち着いて・・・」
「昨日の私の言動は、忘れてくださいっ!」
「昨日の・・・・・あっ」

あのぐでんぐでんになってた時のことか・・・
疲れと眠気で意識が朦朧としてたんだと思うけど、あれ覚えてたんだね。

「・・・可愛かったよ?」
「っ、もう!」

ヒルダはそう言ってそっぽを向いてしまった。
怒らせちゃったかな・・・?
からかうつもりはなかったんだけど。

「ごめんごめん、忘れる・・・のは難しいけど、もう蒸し返さないよ。」

1人で思い出すだけに留めとくよ。

「・・・まあ、いいでしょう。」

ていうかそっちの口調で行くんだね。
それを突っ込んでもいいことはなさそうなので黙っておくけど。

「それで、体調はどう?」
「そうですね・・・万全、とはいきませんが、十分回復はできたかと。」
「それは良かった。まあ、後はしばらく無理をしないでいればいずれ完全に治るはずだよ。」
「なるほど・・・色々お世話になってしまったようですね。ありがとうございます、シルヴァ」
「あはは、気にしないで。僕も楽しかったしね。」

純粋に相手のためになにかするのも良いものだね。知らなかったよ。
さて、お互いに落ち着いたところで。
これからの話をしよう。

「それじゃあ、現状の確認とこれからの方針について話し合おうか。」
「ええ、そうですね。」

ではまず、今の状況だけど・・・

「権能による転移で、どこかに飛ばされちゃったわけなんだけど・・・幸い、わかりやすい危険がある場所じゃなさそうだね。」

昨晩も何度か集中して周囲環境を確認したけど、周囲に危険な動物も居ないみたいだ。
いや、正確には。

「ただ、少し気になるのが・・・この草原、生き物の気配が全くしない。」

目を凝らしても動くものはなく、耳をすましても風の音くらいしか聞こえない。そして、血肉や糞の匂いもしない。
僕の言葉に、ヒルダも驚いたような顔をする。

「え・・・?む、本当ですね。探知魔法を使っても、なんの反応もありません。」

そう、どう見ても人の手も入っていないような草原なのに、動くものが居ないのだ。

「まあ、それはいいんだ。ここの調査は別にしなくてもいいからね。問題は、ここだと肉が取れないんだ。昨日食べたみたいものを使えばお腹は膨れるけど、ヒルダの力を完全に戻すことは出来ない。」

このままゆっくりしてるだけでも、体の不調は治る。でも、生命力を外部から補充しないと、上位元素を扱う力や異能の力は戻らない。
それに、多分身体能力も若干下がる。

あと単純に。

「そして、僕もお肉は食べたい。」
「ふふっ、それは大問題ですね。」

僕の言葉にヒルダは可笑しそうに笑う。冗談で言ってるんじゃないよ?まあ、少しふざけたのは認めるけど。

「だから次は街なり村なりを探すことを目標としたいと思う。どうかな?」
「ええ、良いと思います。それに、私の探知魔法は精度を下げれば範囲を拡げられますから・・・街探しのお役に立てると思います。」
「ほんと?助かるよ、ヒルダ。」

正直なとこ街をどうやって探すかが一番の問題点だったから、そこを解決できるのはありがたい。

では。

「次は、今後の方針だ。」
「え?今決めたものでは無いのですか?」
「いや、今のはあくまで、もう決めてたことの確認だからね。」

今後の方針については、しっかりと話し合わないとね。

「ヒルダ。君はこれからどうしたい?」
「え・・・私、ですか?」
「そう。こんなことになっちゃったけど、僕は正直それほど困ってない。今までだって定住する訳でもなく旅をしてきたんだから、多少場所が変わっても問題は無い。だけど。」

僕は、自分の尊厳を守るための力を求めて旅をしていた。その点で言えば、未知の場所というのは決して悪いことではない。
でも、僕が良くても彼女は?

「ヒルダ、君には家がある。里の民もいる。」
「・・・・・・・・」
「だから君が帰りたい、って言うならそれを第一目標にする。」
「・・・・・・・・わ、私は。」

僕の言葉を黙って聞いていたヒルダ。迷いながら口を開く彼女に、僕はもうひとつ情報を教えてあげる。

「ちなみに、あの封じられてた鬼神はまず間違いなく滅んでるよ。」
「え・・・」
「死にかけの状態であれほどの権能を使ったんだ。負担が少ないとはいえさすがに体が持たない。
それに、例え僕たちを飛ばした後にまだ息があったとしても。【人造死霊フールグール】で確実に死んでる。あれはそういう薬だからね。」

まあ、つまり何が言いたいかというと。

「だから、『封神の里の神子』としての君の役割は終わった。」
「・・・・っ!」

驚いたような顔で僕を見るヒルダ。察しの悪い僕でも、彼女が何を懸念しているかくらいわかる。

「ヒルダ。僕は君のやりたいことをしたい。族長として一刻も早く帰りたいなら協力するし・・・」

逆に。

「一人のヒルダ・オルクスとして生きていきたいならその意思を尊重する。」

選ぶのは君だ、ヒルダ。

「まあ、もちろん今すぐ決めろなんて言わないけどね。どっちにしろ、すぐ帰りたいって言ってもしばらくは無理だろうし。ゆっくり考えれば良いよ。」

そう言ってヒルダに笑いかける。きっと、彼女が背負っていたものは、少しばかり重たすぎたんだと思う。
その荷物を下ろせたとしても、すぐにはどうしていいかなんてわからないだろう。

そんなふうに考えていた僕の前で、ヒルダはゆっくりと口を開く。

「・・・わたし、は・・・」
「うん。」
 
もう、余計なことは言わない。できることは、彼女が話しやすいように相槌を打つことくらいだ。

「私は、先代の封印の担い手の娘として生まれてから、ずっと修行をしてた。」
「うん。」
「辛かったし、大変だったけど、私がやらなきゃいけないことだったから頑張った。」
「うん。」
「母様が死んじゃってからは、族長としてみんなをまとめてた。いつ、封印がとけても良いように。」
「うん。」
「それからは、ずっと里の中にいた。もし封印がとけたら対処できるのは私だけだし、その時が来たらこの身を捧げてでも封印をしなくちゃいけなかったから。」
「うん。」
「本当は、早く結婚して子供を産まなきゃいけなかった。私の力を受け継ぐ人がいないと、もし私が封印のために身を捧げたらもう後がなくなっちゃうから。」
「うん。」
「でも、嫌だった。封印のために生まれてきて、封印のために死ぬかもしれないのに、生きることさえも封印に縛られるなんて絶対に嫌だった。」
「うん。」
「だから、私は突然あらわれたあなたに無理やり迫った。例え偶然でも、自分の意思で決めた相手と一緒になりたいって思ったから。」
「うん。」
「・・・本当は、本当は、誰でも良かったんだ。私は、私を縛る運命への、ささやかな反逆ができればそれで良かったんだよ。」
「うん。」
「でも、あなたはそんな私のずるい想いに真っ直ぐ向き合ってくれた。好きだと言ってくれた。・・・あなたから、妻になって欲しいと言ってくれた。」
「う、うん。」
「しかも、私を縛っていた運命を、役目を、いとも簡単に終わらせてくれた。そして、こんな状況でも、私のことを1番に考えてくれた。」
「・・・うん。」
「だから・・・」

ヒルダは大きく深呼吸する。
その顔は、迷いのない澄み切った表情で。

「私はもっと、色々なことを知りたい。里の外のこと、世界のこと、そしてシルヴァ、あなたの事を。」

ヒルダは、その銀の瞳の端に涙を浮かべながら。
それでも、とても可憐に笑う。

「最後は故郷のあの里に戻りたいと思う。でも、その前に。」

彼女は僕の手を取る。
その熱に、僕の頬も熱くなるのがわかる。

「わたしは、ただのヒルダとして・・・ううん、あなたの妻として、一緒に世界を見て回りたい。」
「うん、ヒルダがそう望むなら、そうしよう。僕も、君と二人で旅をして・・・夫婦として生きていきたい。」
「っ、ありがとう、シルヴァ!大好き・・・!」

そう言って彼女は僕を抱きしめる。僕もまた、涙を流す彼女の背を撫でながら抱きしめ返した。 


そして、僕達は。

他の誰にでもない、僕たち自身に誓う。

2人、病める時も健やかなる時も。共に支え合い、生きていくことを。
死が、2人を分かつまで・・・


そして僕達は、遠い異郷の草原で。
2人だけの、誓いの口付けを交わした。


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