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第一章

善悪は一概には言えないかもしれない。でも好き嫌いははっきりしてる

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暗い洞窟をヒルダと進む。
当然ながら明かりとかないので、ランタンでも取り出そうかと思ったんだけど・・・

「暗いですね・・・灯りをつけましょうか。」

と言ってヒルダが魔法で周囲を照らしてくれた。本当に頼りになるなぁ。

「思ったより深い洞窟だね。」
「そうですね・・・私もここまで来るのは初めてです。」

あの音と光から、封印の場所はそう遠くないと思ってたけど・・・。そもそも、この洞窟の奥にいるはずなのに光があの部屋まで届くってどういうことだろう。
まあ、僕に届く念なんてものを発せる相手だ。
僕の常識で測る方が間違ってるのかもしれない。

となると。僕の知識から考えるとひとつ面倒な仮説が浮かぶ。

「母から聞いた話によると、封印の地はもうすぐのはずです。」
「ふむ・・・多分、罠かなぁ」
「え・・・・?」

あ、口に出しちゃった。

「ちょ、ちょっとシルヴァ!?罠ってどういうこと!?」
「お、落ち着いてよヒルダ。」
「落ち着けるわけないでしょ!」

口調が素に戻ってるよ・・・

「いや、まだはっきりとはわかんないけどね?ヒルダは『魂喰い』って知ってる?」
「『魂喰い』・・・?いや、聞いた事ないけど・・・」
「まあそうだろうね。僕だって理論上可能だって本に書いてあったのを見ただけだし。」

つまり絵空事だ。冗談じみた鬼神種の力を持ってしても普通は出来ないような思考実験レベルの話。
でも、相手が普通じゃない・・・それこそ、伝説に名を残すような鬼神種だったら可能かもしれない。

「『魂喰い』は、魔力と霊力の合わせ技だね。魔力を相手に流し込んで自らと同じものである、というふうに事象を改変。その後に霊力を流して相手の力を根こそぎ奪い取るってものだけど・・・」

話だけなら強力そうだけど、これには大きな欠点がいくつもある。

「まず、相手の存在自体を書き換えるには尋常じゃない魔力が必要なんだよね。この時点で大抵の人は無理。次に、魔力があっても『魂喰い』が完了するまで相手に触れてなくちゃいけない。」

そして、一番の欠点。

「相手の体に霊力を流す関係上、霊力に適性がある相手にしか効果がない。しかも、相手の霊力の保有量によっては莫大な霊力が必要となるんだよ。霊力に適性がある相手にしか効かないのは『魂結い』と同じだけど・・・。あくまで巻き込む形で使う『魂結い』と、能動的に相手に使う『魂喰い』だと必要な霊力が段違いなんだ。」

いろいろ言ったけど、まあつまりは。

「魔力と霊力の2種類の上位元素が莫大に必要な上に、相手に触れ続けられるだけの身体能力、あるいは行動不能にするだけの戦闘能力が必要な技術。」
「・・・そんなことができるのなら、普通に戦った方が強いんじゃないの?」
「まったくもってその通り。」

だから理論上可能だけど、誰もできない。できても多分しない。
だけど。

「『神成り』で減った力を周りから補おうとする、とかじゃなければね。」
「・・・ん?ちょっとよく、わからないかな。」

・・・ああ、ヒルダは実際に神成りを使ったことがないのか。

「『神成り』は異能だから、上位元素の力とは別枠なんだよ。つまり、そうだとすると『神成り』は何を代償として発動するんだと思う?」
「・・・体力、とか?」
「当たらずも、って感じかな。」

正確には。

「生命力。ざっくりとした言い方だけどそうとしか言えない。」

 体力とか精神力とか上位元素とか、諸々全部ひっくるめて生命力って考えればいい。

「生命力・・・わかるような、わからないような・・・」
「まあ気にしなくていいよ。僕で対応出来るところはやるから。・・・それより、そろそろかな。」
「・・・ええ、そうですね。」
「あ、そっちの口調でいくんだ。」
「っ、行きますよっ!」

いかん、つい指摘してしまった。
顔を背けて歩き出すヒルダ。これは怒らせちゃったかな・・・?
今謝っても逆効果な気がするし、後で改めて謝ろう。

先に行ったヒルダだったけど、少し歩いてすぐに立ち止まった。彼女の前には、重そうな大きな扉があった。それにも入口と同じようにしめ縄がされていたけど、やはり切れかけている。

「ここです。この扉の先に、彼の者が封じられています。・・・しかしこれは、凄まじい瘴気ですね・・・」
「え、そうなの?僕は何も感じないから、毒とかじゃなくて多分濃度の高い魔力とかの上位元素かな。」

瘴気か・・・僕にはよく分からない感覚だ。よく分からないっていうか全く分からない。

「もはや封印はほとんど解けているようです。・・・油断せずにいきましょう。」
「そうだね。準備は万全にしておこう。」

僕はバックパックを確認する。切り札はどっちも使っちゃったけど、まあなんとかなるでしょ。
そもそもヒルダの時とは状況が全然違うし。
・・・うん。問題無し。

それだけ確認すると、僕達は扉の中に向かう。
出来ればさっさと終わらせて、もっと落ち着いてヒルダと話したいなぁ・・・

そんな緊張感に欠けることを考えながら。
僕は無造作に扉を開く。

「ちょっ、シルヴァ!?」
「大丈夫大丈夫」

無警戒すぎて驚かせちゃったみたいだ。
まあ危険が無いとは言わない。でも今回に関しては、ヒルダが先に行くよりマシだ。

「独断専行はしない約束だからね。ちゃんとヒルダの近くにいるよ。」
「そうしてください。約束ですよ・・・?」

あ、なんか怒ってる気がする。少し大雑把にやりすぎたかもしれない。

でも許して欲しい。僕だって普段はもっとしっかりやる。
でもなぁ・・・
せっかくの楽しい時間を邪魔されて、流石の僕も少し気分が悪い。ヒルダのためにも封印はどうにかするつもりだけど、仕事のやる気自体はどうにも出てこない。

「まあ、いいか・・・」
「?どうしたのです、シルヴァ?」
「ああ、気にしないで。それよりも・・・お出ましだよ。」


―――来たか


うげ、またこの感じだ。
僕たちの目の前には、身の丈4メートルを超える偉丈夫の姿。身体的特徴から鬼人に見えるが、まあ間違いなく件の鬼神だろう。

ていうかすぐそこにいるんだから声に出せよ・・・
まあ言語の問題とかあるけど。

「やあ、初めまして、鬼神のお兄さん。」

下手には出ない。あくまで対等に。僕はいつも通りにこやかに話しかける。この言葉が通じなければ鬼の言葉で喋る必要があるかもしれない。
まあ、心象とか考える普段の交渉だったら初めから鬼の言葉使うけど・・・どうにもやる気の出ていない今、使わなくていいなら使いたくない。


――貴様と話すことなどないわ、弱き者よ。


・・・・・・・・・・・・・・・・

はいはいはいはい、なるほどね?そういう感じね?これは通じてないね。言葉じゃなくて話が。

ヒルダの時とある意味同じだけど、決定的に違うのは、こいつは僕を侮っていることだ。

じゃあもう話は終わりだよ。僕は僕を軽んじる者と仲良くする気はないし、それでなくても話すことが無いと言われた相手に食い下がってまで平和的な解決がしたい訳じゃない。


―――この近くで最も強き者を誘い出したはずだが。まあ、そのような塵芥のことはよい。


・・・・・・・・・・・・あ?
今、なんて言った?


―――汝が、当代の封印の担い手か。カカッ、なんと未熟な。その程度の力で我を御しうると思うたか。


「なっ・・・」

ヒルダが血相を変える。
でも、今それは重要じゃない。


―――しかし、未熟ではあるが・・・汝自身は、質の良い霊媒のようだな。汝を喰らって力を奪おうかと思うたが・・・


なんかグダグダ言ってるけど、耳に入ってこない。まあいい。
あんなカビの生えたバケモノが語ることに大した意味はないだろう。


―――気が変わった。汝を我のものとしよう。封印の担い手さえ我がものと出来れば、力は周りの鬼共から奪えばよい。これほどの数が居れば足しにはなろうて。


「ふ、ふざけないでください!私はあなたのものになどなりませんし、民の命も奪わせはしません!」

ヒルダが声を荒らげる。もう、そいつと会話する必要なんてないよ。
でもいいか。この間に準備を進めてしまおう。
僕は、首にかけていた魔道具・・・「音響頭角ヘッド・ホーン」を耳に当てる。


―――カカッ、出来もせぬことをよく吠える。だが、そうだな・・・汝が大人しく我に全てを捧げると言うのなら周りの鬼共の命も、そこの塵芥の存在も許してやろう。汝がどう足掻こうと、我には手も足も出ないことくらいわかっていよう?


「そ、それは・・・しかし、全てを捧げろ・・・?」


―――その通りだ。その力も、その体も、その命も、全てだ。汝は今は未熟だが、いずれは並ぶ者の無き強者になるであろう。であれば我の妻にふさわしい。
その貧相な身体は我の好みとは合わぬが、まあよい。


「なっ・・・!誰が、あなたの妻になど・・・!」

発言の全てがしょうもない。常に自らが強者であると信じている者特有の傲慢さ。
まあ実際、強いんだとは思う。僕にはよく分からないけど、ヒルダの様子を見るに本当に規格外の力を持っているんだろう。

でも、どうでもいい。
試合じゃないなら。勝たなくていいなら。相手の力とか関係ない。どれほど強力な生き物であろうと。

殺すだけなら、簡単だ。


―――選べ、鬼神の娘よ。大人しく我がものとなり民を救うか。抵抗し、全てを犠牲にするか。


「わ、私は・・・」
「違うな。死ぬのはお前だけだ。」
「え・・・?」


―――む・・・?


ヒルダは驚いたように、男は怪訝そうに僕の方をみる。


「グダグダうっさいんだよ、カビの生えた骨董品の鬼神風情が。」


―――ほう・・・?


僕は、僕を軽んじる者とは仲良くしない。でも、別に弱いと言われただけで戦うようなこともしない。キリがないし、肉体強度の面で言えば弱いのも確かだ。

・・・だけど。

僕の命を命以下に扱う・・・・・・のは。絶対に許しはしない。
塵芥という、その言葉の代償は。
その命をもって、贖ってもらう。

「そもそも一度封印されたような間抜けが何を今更強者ぶってるの?正直滑稽だよ」

僕は「音響頭角」を起動する。音が、脳に響き渡る。
そして。
体が、あの感覚を思い出す。


―――貴様の発言を許可した覚えはないぞ、塵芥。


男が腕を振るう。たったそれだけで、とてつもない速さの衝撃波が僕を襲う。
衝撃波はそのまま洞窟の壁に当たり、轟音とともに周囲に砂ぼこりが巻き上がる。

「っ、シルヴァ!?」
「大丈夫。」

ヒルダが心配そうな声をあげる。でも、大丈夫。当たるわけが無い。


―――なに・・・?


男が顔を顰める。どうやってあれを避けたのか分からないのか。やはり、その程度の存在か。
まあなんのことはない。いつも通り見てから避けただけだ。とはいえ擬似悪魔化で対応出来るものでもないから、ちょっと裏技を使ったけど。

「その動きは・・・あの時と同じ?」
「そう、神殺権ロンギヌスアダプターだよ。まあ現物は使ってないけどね。」

深層励起ディープトリップ』。それがこの裏技だ。
僕は色々な薬を自分に使っている。それらの残留物は可能な限り体外に排出するようにしてるけど、当然残ってしまうものもある。そして僕は、長い時間で蓄積したそれを活用できないかと考えた。

いわゆる、フラッシュバックだ。薬を使っていない状態でも、脳が勝手に薬と同じような効果を出してしまうもの。

どうにかそれを意図的に使用できないか考え、条件付けすることで実用段階に至った。
つまり、それぞれの薬を使う時に特定の「音」を聞く、ということを続けることで、音を聞くだけで脳が薬を使ったと誤認するようにしたわけだ。

長々と説明したが、まあ簡単に言うと。
聴覚情報を代償にして、現物無しでも擬似的に薬の効果を発揮出来る裏技。それがこの『深層励起ディープトリップ』だ。

そして今僕は、その深層励起で神殺権の効果を擬似的に発揮している。ただし、演算能力の効果はほぼオリジナルと同様だけど、身体能力の強化は比べるべくもない。

・・・でも、こいつの攻撃に対応するにはこれだけで十分だ。


―――躱した、だと?ありえぬ、貴様ごとき矮小なるものに我の攻撃を見切れるはずが・・・


「この程度で、驚くなよ。」

まだ、僕は何もしちゃいない。
そして、お前にも何もさせはしない。

僕は静かに口を開く。
今から語るこれは警告であり、宣誓だ。

「・・・選択は、強者の権利だ。」


―――なに?


「僕は昔からそう思ってる。提案も譲歩も、そして生殺与奪も。選べるのは強者だけだ。」


―――ほう、よく分かっているでは無いか。しかし何だ?今更命乞いか?


「弱者は何も選べない。未来も、願いも、自分の命も・・・そして手段も。」

故に。

「お前が僕を弱者と言うなら。僕は手段を選ばない。」


面白みのないお前の顔も見飽きたし、頭が痛くなるようなお前の声も聞き飽きた。
そもそも、この里での思い出はヒルダと出会えたことだけで十分だ。

ここでの物語に、悪役おまえの存在は蛇足でしかない。

「さっさと消えろ、三流悪役ヒール。」

お前の物語に、使ってやる時間は無い。
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