元妻からの手紙

きんのたまご

文字の大きさ
上 下
12 / 35

執事 前

しおりを挟む


「ひどい目にあった……」

「あ、お疲れ様です。思ったより早い帰りですね」

「細江君……。もう店は終わり?」

「はい。ちょっとだけ早いんですけど、お客さんがまた外に並びたさないうちに今日は閉めようって。宮下さんはコカトリスの卵どうでした?」

「駄目だったぁ。何かめっちゃ強い男の人に邪魔されて……」

「あーもしかして『橘フーズ』の人ですか? あそこのダンジョンはあの会社がモンスターの発生を操作してるとか何とかって言いますし。実際俺達も『佐藤ジャーキー』にいた時はドラゴンを狩る時に、『橘フーズ』の探索者に何か言われたら黙っていう事を聞いておけって……」

「ドラゴンのいる階層は頑なに自分達だけのものにしたいって事か。上層階に目ぼしいモンスターの配置をするとかなんとか言って色んな企業と裏で契約でもしてるんかね? 全く、がめついのはどっちだよ」

「相当イラついてるみたいですけど、そんなに『橘フーズ』の探索者はヤバイ奴だったんですか?」

「いや、若くて乱暴で敬語も使えない奴だったけど、無邪気だったからかな、そんなにイライラはしなかった。それより、毒液を吐いてくれたあのコカトリスがもう嫌いで嫌いで」

「毒液……。流石です神様っ!毒もなんともない人間とか俺聞いたことないっすよ!」

「ま、まぁな」


 誉めてくれる細江君の手前、毒液を飲んでしまったっていう失敗は話せない。


 あー何かまた口の中洗いたくなってきた。


「でもその手……もしかして『橘フーズ』の探索者と?」

「『橘フーズ』っていうかその使役するドラゴンがな……。あそこのダンジョンを踏破するにはもうちょいレベル上げないといけないかも」

「レベル上げ!それなら俺もとことん付き合いますよ!経験値が多いって事考えると【NO9】ですよね! 1回神様とは一緒に探索に行きたいと思って――」

「駄目」


 細江君と話していると休憩室に仕事で汗ばんだ景さんが入ってきた。

 普通ならその艶やかさに目を奪われるところだけど、いつも以上に目が鋭く怖いからそんな邪な気持ちになる余裕がない。


 何で景さんはこんなに不機嫌なんだ?

 久々にクレーマーと一悶着あった?


「その駄目っていうのは今日クレーマーとか対応しててやっぱりそういった時の人手が足りないとかっていうと――」

「違う。……まずはその手を見せて。因みに手はもう洗った?」

「……はい」


 俺の言葉を一刀両断した景さんは俺の手をとると、じっと見つめた。


 そして、休憩室にある棚から救急キットを取り出し、しゅっと消毒液を俺の手に吹き掛けると傷の残らない大きめの絆創膏を貼って包帯を巻く。


「あの、これくらい放っておけば治るからそんなに大袈裟にしなくても」

「油断は駄目。きっとこの怪我も強くなって油断したから。それに私も油断して……。危険な場所って知ってたんだからもっとちゃんと止めて上げれば良かった」

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。それより卵とってこれなくてすみません」

「そんなの謝らなくていい。……とにかくしばらくは【NO9】は禁止! ドラゴンも禁止っ!」

「「はい」」


 景さんは可愛らしく禁止宣言をするとじっと俺と細江君の顔を見つめた。


 ドラゴンは別にどうでもいいけど【NO9】はまだ行きたかったなぁ……。

 でもこの顔されちゃあなぁ。

 仕方ない。今度休みの日によわよわなダンジョンでいそいそと細江君とレベル上げしよ。


「おーいっ! お客さんからいいもんもらったぞ! って何だみんなして黙って……その歳でにらめっこでもやってたのか?」


 景さんの膨れっ面にたじろいでいると休憩室の扉が開き今度は店長が満面の笑みで部屋に入ってきた。


 掲げられた手には紙袋。

 お客さんからの差し入れなんて珍しいな。


「そんなんじゃない。ちょっと宮下君とついでに細江君に注意してただけ」

「そうか。まぁお説教タイムはいいとして、これを見てくれよ! こんなのが店の料理として以外で手に入るなんて中々ないぞ!いやぁ宮下、お前の知り合いにもまともそうな居て良かったな!」

「俺の知り合い?」


 大学の時の仲間がSNSでも見て来たのかな?

 いや待て、だとしても俺に差し入れなんてしてくれるような気の利いた人間は居なかった筈だぞ。


「『ドラゴン肉が気に入ったら連絡よろ』だってさ。袋の中に紙が入ってたぞ。一応電話番号も書いてある」

「……この字体は」


 ドラゴンをテイムしてたあいつか。

 また引き抜きの勧誘に来るとは行ってたけどまさかこんなに早いなんて……。

 多分動画とかSNSとかで特定したんだろうけど、ここに来ようっていう判断が遅い、じゃない早い!


「後で一言お礼を言っておけよ。俺からはもう言っておいた」

「えーっとぉ……はい」


 視界に入った景さんの顔を見て俺は引き抜きの件は伏せておく事にした。


 機嫌が悪いのに追い討ちをかけるのも辛いし、しゃーないよな。また後で報告するか。


「――店長、今ドラゴンって言いました?」

「おう! 今日のまかない飯はドラゴン肉のすき焼きだあ!」


 細江君の問いに嬉しそうに答えた店長は引き抜きなんて煩わしい事を知らずに紙袋に入れられたドラゴンの肉の入った箱を取り出して、早速その蓋を開けるのだった。


しおりを挟む
感想 343

あなたにおすすめの小説

言い訳は結構ですよ? 全て見ていましたから。

紗綺
恋愛
私の婚約者は別の女性を好いている。 学園内のこととはいえ、複数の男性を侍らす女性の取り巻きになるなんて名が泣いているわよ? 婚約は破棄します。これは両家でもう決まったことですから。 邪魔な婚約者をサクッと婚約破棄して、かねてから用意していた相手と婚約を結びます。 新しい婚約者は私にとって理想の相手。 私の邪魔をしないという点が素晴らしい。 でもべた惚れしてたとか聞いてないわ。 都合の良い相手でいいなんて……、おかしな人ね。 ◆本編 5話  ◆番外編 2話  番外編1話はちょっと暗めのお話です。 入学初日の婚約破棄~の原型はこんな感じでした。 もったいないのでこちらも投稿してしまいます。 また少し違う男装(?)令嬢を楽しんでもらえたら嬉しいです。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31

もういいです、離婚しましょう。

うみか
恋愛
そうですか、あなたはその人を愛しているのですね。 もういいです、離婚しましょう。

10年もあなたに尽くしたのに婚約破棄ですか?

水空 葵
恋愛
 伯爵令嬢のソフィア・キーグレスは6歳の時から10年間、婚約者のケヴィン・パールレスに尽くしてきた。  けれど、その努力を裏切るかのように、彼の隣には公爵令嬢が寄り添うようになっていて、婚約破棄を提案されてしまう。  悪夢はそれで終わらなかった。  ケヴィンの隣にいた公爵令嬢から数々の嫌がらせをされるようになってしまう。  嵌められてしまった。  その事実に気付いたソフィアは身の安全のため、そして復讐のために行動を始めて……。  裏切られてしまった令嬢が幸せを掴むまでのお話。 ※他サイト様でも公開中です。 2023/03/09 HOT2位になりました。ありがとうございます。 本編完結済み。番外編を不定期で更新中です。

(完結)婚約破棄から始まる真実の愛

青空一夏
恋愛
 私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。  女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?  美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。

ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。 事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw

処理中です...