55 / 55
サイドストーリー 藤×莉央
しおりを挟む車を停めて運転席のドアを開け降りると、波消しブロックにぶつかる微かな波の音が聞こえる。
凪、ってやつなのかな。海は穏やかだ。
「ふじー!」
振り返ると駆け寄って来る小さな俺のライバル。
「ほんとに来ちゃったんだ」
呆れ顔を赤らめて素直じゃないのは、これからは俺の一生の伴侶となる愛しい人。
「すぐにでも戻って来たかったんだけど、仕事、引き継ぎに手間取って・・・。2ヶ月も待たせてごめんな」
俺は足にしがみついてきた藤莉を抱え上げる。
「だいじょうぶだよ!とーり、ほいくえんでいっぱいおともだちとあそんでるから!」
と言いつつ ぎゅう っと抱きついてくる可愛い息子。
「俺たちが待ち詫びてたみたいに言わないでくれる?強引に来たくせに」
言いつつ俺の服の裾を ちょん と掴む莉央。
あー、マジで親子揃って素直じゃない!まあそこも悶えるほど可愛いと思えるんだから、俺は相当に舞い上がってるんだろう。
荷物を家の中へ運んで時計を見ればもう夕飯どき。
ダイニングには莉央が作ってくれた和食のメニューが並ぶ。
「ご近所は漁師さんが多くて、よく魚頂くんだ。だからウチは肉より魚がメインだよ。文句言うなよ?」
「言わねーよ。別に好き嫌い無いし。莉央が作ってくれるもんなら腐ってても食うし。頂きます」
「あのなぁ、俺いま小学校で給食調理員やってんだぞ。腐ったもんなんか出すかよバカ」
「職場で浮気したら許さねぇからな」
「はあっ!? なんで今そういう話になんの!? するわけないだろ!一緒に働いてんの、孫もいるおばちゃんばっかだっつーの!」
「パパ、おさかなおいしーね」
賑やかだ。
俺の家は、祖母が早くに病死して、父親と祖父は仕事のため不在で、食事はいつも母と二人きりで、沈黙にならないようにずっと喋ってばかりいたっけ。俺とは血の繋がらない家族。それでもやっぱり大切で、幼い頃は父がいないと寂しくて。苛立ちを母にぶつけることもよくあった。叱られもしたけれど、大抵の事は笑って受け流してくれた母。
俺が中学生になった頃から、食事のときは母が一方的に話すばかりになっていた。それを次第に鬱陶しいと感じるようになってしまって・・・
今なら少しだけわかる。
俺の寂しさを少しでも紛らわせようと、母はひとり喋り続けていたんだと。
「マジで美味い。これから毎日 莉央の手料理食えると思うと幸せ」
「ここで暮らすつもりなら、ちゃんとメシ代稼いで来てくれなきゃ追い出すからな!」
「わかってるよ。嫁だけの収入に頼るわけねーだろ」
「よめっ!?」
俺はボトムスのヒップポケットから抜き取った封筒を莉央の前に差し出す。
「なにこれ?」
「俺の通帳。あ、印鑑はあっちの引き出しに入れといた」
そう言うと、押し黙った莉央が封筒の中身を確認する。
「通帳以外にもなんか入ってるけど?」
「ああ。婚姻届と認知届。俺の欄は埋まってるから」
「・・・随分手際がいいんだね」
「藤莉のパパは仕事が早い男だよ~!カッコイイだろ?」
もぐもぐと動きぷっくり膨らんでいる藤莉の頬を指で啄くと
「ぱぱ? ふじもとーりのパパになるの?」
と不思議そうに見上げてくる。
「嬉しい?」
「うん!うれしい!とーり、ふじだいすきだからー」
とびきりの笑顔で大好きと言ってくれる息子。今まで何にもしてやれなかった分、なんでもしてやりたくなってしまう。
「じゃあ明日、一緒に海行こっか」
「バカッ!まだ海開き前だぞ!風邪ひかせたらどうすんだよ!」
間髪入れずに莉央に怒鳴られる俺。
そっか。海開きもまだ先で、こんなチビを冷たい海に入れたら風邪をひかせてしまうんだ。俺は親としては超が付くド素人で、莉央や藤莉から学ぶことがたくさんある。
浮かれてばかりじゃなく、もっと気を引き締めないとな。
一旦 箸を置いて、姿勢を正し莉央を見つめた後頭を深く下げる。
「俺と家族になってください」
これまでの事、これからの事、言いたいことは山程ある。でも俺が今言えるのはこれだけだ。
「いいよー。ふじもかぞく!」
「・・・藤莉がいいって言ってんだから、俺がダメって言えないだろ」
二人の返事を聞いてホッとして顔を上げると、にっこにこの藤莉と、照れに照れまくって顔を真っ赤にしている莉央が視界に入る。
嬉しくて幸せなはずなのに、喉が詰まって鼻の奥がツンと痛い。
二人と一緒だと、俺は幸せであるほど泣かされてしまうんだ。
なかなか目を閉じない藤莉をやっとの思いで寝かしつけて、莉央と二人リビングへと戻る。
「今日は ほんっとにしぶとかった・・・。3人で寝るってきかないし」
「あのベッドじゃさすがに無理だろ。俺なんか横向きで半分くらいはみ出てたんだぞ?明日、新しいベッド買いに行くか。3人で並んで寝れるやつ」
「そうだな。藤の通帳も預かったことだし、当面の生活費にしては多過ぎる額だったし、少しくらい無駄遣いしても大丈夫そうだったしな」
「まあ、一応働いてたから・・・」
久遠の旦那様から「退職金だ」と振り込まれていたのは、家を一軒建てられて余るほどの金額。旦那様からの祝福の気持ちも含まれてるってのはわかるけど、ほんの3年も働いていないのにやっぱり金持ちって凄い。
「そういえばお義父さんに挨拶行かなきゃな」
莉央の父親は有名な俳優でメディアを通しては見てるけど、行方がわからなくなった時に会って以来一度も会うことがないままだったな。
「ああ、いいよ別に。なんかあの人、昔 役者になる為に捨てた番に最近再会したらしくて、その人がやってる小料理屋にお忍びで通うのが日課になってるらしいから」
「そう、なんだ」
「いい歳して必死みたいだよ?まあ、女優だった母さんが死んでからはずっと独りだったし、老い先も短いだろうから好きに生きててほしいし」
「はは、見た感じまだまだ若いからそう簡単に死なねーよ、お義父さんは」
そうだね、と莉央が笑う。
やばいな・・・、こんな世間話みたいなことしてる場合じゃないのに。莉央を早く抱きたくて堪らないのに、いざとなるとどう切り出していいかわからないくらい緊張してる。
夢じゃないよな とか、本当に家族になれるんだよな とか。また莉央が急にいなくなったら・・・とか、余計な不安まで募ってくる。
「俺、本当に藤と家族になれるの?」
「え・・・?」
莉央の言葉にドキッとする。半信半疑で不安なのは俺だけじゃないんだ。辛い思いをして去った莉央だって傷付いてた。きっと俺なんかよりずっと。
「ずっと一緒だよ。莉央をどこにも行かせないし、俺もどこにも行かない」
「・・・うん」
安心したように微笑んだ莉央からは、むせ返るような甘い香りが漂う。
「な、莉央・・・」
「藤、来た時からずっとフェロモン垂れ流しっぱなしで・・・、正直 我慢すんのキツかったんだからな。藤莉の前で発情するわけいかないし」
俺、そんなにヤりたいオーラ全開だった?
おあずけ食らったままだったから当然か。αのスケベ心はΩには隠せないんだよな~。
潤んだ莉央の瞳が色っぽ過ぎて、すぐにでも理性が吹き飛びそうになる。緊張なんてどこへ行ってしまったのやら。
「莉央、・・・莉央っ」
ムードも何も考えられず飛びかかりソファに押し倒し、俺は空腹の獣のように莉央の唇を貪る。
「・・・はっ、 ぅ、ふじっ、 まっ・・・」
これ以上待てるはずないだろ。
莉央の両手首を纏め掴みソファに片手で縫い付け、Tシャツを捲り上げて胸の先に吸い付く。
「やっ、だめ・・・っ」
腰をガクガクと大きく震わせた莉央は数秒息を止め はぁ、はぁ と大袈裟な呼吸をする。
「この前もそうだったけど、イクの早すぎねぇ?お前こんな感じやすかったっけ」
こんなんで最後までヤれんのか?と心配になるレベルの敏感さだ。
「だ・・・って、藤と離れてからは誰とも・・・。 こういう事は久しぶりなんだから仕方ないだろっ!藤莉を育てるので必死だったんだから!」
「そ、そうだよな。ごめん」
怒る莉央に申し訳ない気持ちになる。けど、それを上回る愛おしさが込み上がってしまう。
「次、からはちゃんと大事に抱くから、今日だけ許して。莉央がエロ過ぎてすぐにでもラット化しそう」
「そんなのっ、俺だって・・・藤がひいちゃうくらい、・・・その、 乱れる、かも? だし・・・」
横を向いて隠せない顔をめいっぱい俺から逸らす莉央。
あ、これもう可愛い過ぎてダメなやつだ。
と思った瞬間に、張り詰めた理性の糸がプツリと切れる。
『藤莉が起きてしまったら・・・』と頭の片隅にほんの僅かにはあったけれど。
時折裏返る莉央の喘ぎや震える体、俺が与える全てを快感として受け止める肌と粘膜、そして項の噛み痕に 藤莉を産んだ証の下腹部の大きな傷痕。
莉央の全てが愛おしくて尊くて、ただひたすらに このΩは自分のものだと実感したくて狂うほどに莉央を求め続けた。
「 ・・・パぁ?パパってばぁ」
仰向けの体に乗っかる重みが揺らされ目を開けると、不思議そうに俺を見る藤莉と視線がぶつかる。
「ふじー、どうしてパパ はだかなの? おふろはいってたの?」
「はだか・・・」
はあっ!! しまった!!
昨夜、散々莉央を抱きまくって意識の飛んだこいつを乗っけたそのままで寝落ちてしまっていた・・・。
「あははっ、ふじも ちんちん みえてる~! パパのおしりもまるみえー。おもしろーいっ」
全裸で眠ったままの莉央と半裸の俺を見て、藤莉は腹を抱えて笑う。
「は、はは・・・」
良かった。藤莉がまだ、おしりだとかちんちんだとかでツボに入るガキんちょで本当に良かった。
藤莉の笑い声で目を覚ました莉央が、俺の上でモゾモゾと動く。
「ぅ・・・、藤・・・ ごめん、俺、立てないかも」
「えー、パパしんどいの?おしりだしてたから かぜひいちゃった?」
枯れた声の莉央を藤莉は心配そうに見つめる。
「そうかもな。今日はパパ、ゆっくり寝かせてあげような。日曜だし、藤莉は俺と一緒に遊ぼう」
「うんっ」
ベタベタの莉央の体を拭いてやり、服を着せて二階 寝室のベッドへと運ぶ。
「藤莉は?」
「歯磨きして着替えてる。俺と一緒に朝ご飯作るんだーってご機嫌だから安心して寝てろ。出来たら持ってくる。後で藤莉と一緒に広いベッドも見に行ってくるから」
「ふ・・・。うん、ありがとな、藤」
そう言って微笑んで 莉央はまた目を瞑る。
階下からは俺を呼ぶ元気いっぱいの声。
俺にとって、初めてで特別で大切な朝で、これからは日常になるだろう朝の光景。
幸せばかりじゃないかもしれない、どれだけ愛していたって 顔も見たくないと思う日もあるかもしれない。
それでも俺はもう絶対に離さない。
どんな『運命』よりも、無くしたくない二人だから──────
END
0
お気に入りに追加
94
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
すれ違い片想い
高嗣水清太
BL
「なぁ、獅郎。吹雪って好きなヤツいるか聞いてねェか?」
ずっと好きだった幼馴染は、無邪気に残酷な言葉を吐いた――。
※六~七年前に二次創作で書いた小説をリメイク、改稿したお話です。
他の短編はノベプラに移行しました。
繋がれた絆はどこまでも
mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。
そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。
ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。
当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。
それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。
次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。
そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。
その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。
それを見たライトは、ある決意をし……?
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる