拗らせΩは恋を知らない

Hiiho

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サイドストーリー 藤×莉央

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車を停めて運転席のドアを開け降りると、波消しブロックにぶつかる微かな波の音が聞こえる。

凪、ってやつなのかな。海は穏やかだ。


「ふじー!」

振り返ると駆け寄って来る小さな俺のライバル。

「ほんとに来ちゃったんだ」

呆れ顔を赤らめて素直じゃないのは、これからは俺の一生の伴侶となる愛しい人。

「すぐにでも戻って来たかったんだけど、仕事、引き継ぎに手間取って・・・。2ヶ月も待たせてごめんな」

俺は足にしがみついてきた藤莉を抱え上げる。

「だいじょうぶだよ!とーり、ほいくえんでいっぱいおともだちとあそんでるから!」

と言いつつ ぎゅう っと抱きついてくる可愛い息子。

「俺たちが待ち詫びてたみたいに言わないでくれる?強引に来たくせに」

言いつつ俺の服の裾を ちょん と掴む莉央。

あー、マジで親子揃って素直じゃない!まあそこも悶えるほど可愛いと思えるんだから、俺は相当に舞い上がってるんだろう。






荷物を家の中へ運んで時計を見ればもう夕飯どき。
ダイニングには莉央が作ってくれた和食のメニューが並ぶ。

「ご近所は漁師さんが多くて、よく魚頂くんだ。だからウチは肉より魚がメインだよ。文句言うなよ?」

「言わねーよ。別に好き嫌い無いし。莉央が作ってくれるもんなら腐ってても食うし。頂きます」

「あのなぁ、俺いま小学校で給食調理員やってんだぞ。腐ったもんなんか出すかよバカ」

「職場で浮気したら許さねぇからな」

「はあっ!? なんで今そういう話になんの!? するわけないだろ!一緒に働いてんの、孫もいるおばちゃんばっかだっつーの!」

「パパ、おさかなおいしーね」

賑やかだ。
俺の家は、祖母が早くに病死して、父親と祖父は仕事のため不在で、食事はいつも母と二人きりで、沈黙にならないようにずっと喋ってばかりいたっけ。俺とは血の繋がらない家族。それでもやっぱり大切で、幼い頃は父がいないと寂しくて。苛立ちを母にぶつけることもよくあった。叱られもしたけれど、大抵の事は笑って受け流してくれた母。

俺が中学生になった頃から、食事のときは母が一方的に話すばかりになっていた。それを次第に鬱陶しいと感じるようになってしまって・・・

今なら少しだけわかる。
俺の寂しさを少しでも紛らわせようと、母はひとり喋り続けていたんだと。

「マジで美味い。これから毎日 莉央の手料理食えると思うと幸せ」

「ここで暮らすつもりなら、ちゃんとメシ代稼いで来てくれなきゃ追い出すからな!」

「わかってるよ。嫁だけの収入に頼るわけねーだろ」

「よめっ!?」

俺はボトムスのヒップポケットから抜き取った封筒を莉央の前に差し出す。

「なにこれ?」

「俺の通帳。あ、印鑑はあっちの引き出しに入れといた」

そう言うと、押し黙った莉央が封筒の中身を確認する。

「通帳以外にもなんか入ってるけど?」

「ああ。婚姻届と認知届。俺の欄は埋まってるから」

「・・・随分手際がいいんだね」

「藤莉のパパは仕事が早い男だよ~!カッコイイだろ?」

もぐもぐと動きぷっくり膨らんでいる藤莉の頬を指で啄くと

「ぱぱ? ふじもとーりのパパになるの?」

と不思議そうに見上げてくる。

「嬉しい?」

「うん!うれしい!とーり、ふじだいすきだからー」

とびきりの笑顔で大好きと言ってくれる息子。今まで何にもしてやれなかった分、なんでもしてやりたくなってしまう。

「じゃあ明日、一緒に海行こっか」

「バカッ!まだ海開き前だぞ!風邪ひかせたらどうすんだよ!」

間髪入れずに莉央に怒鳴られる俺。
そっか。海開きもまだ先で、こんなチビを冷たい海に入れたら風邪をひかせてしまうんだ。俺は親としては超が付くド素人で、莉央や藤莉から学ぶことがたくさんある。
浮かれてばかりじゃなく、もっと気を引き締めないとな。


一旦 箸を置いて、姿勢を正し莉央を見つめた後頭を深く下げる。


「俺と家族になってください」


これまでの事、これからの事、言いたいことは山程ある。でも俺が今言えるのはこれだけだ。

「いいよー。ふじもかぞく!」

「・・・藤莉がいいって言ってんだから、俺がダメって言えないだろ」

二人の返事を聞いてホッとして顔を上げると、にっこにこの藤莉と、照れに照れまくって顔を真っ赤にしている莉央が視界に入る。
嬉しくて幸せなはずなのに、喉が詰まって鼻の奥がツンと痛い。
二人と一緒だと、俺は幸せであるほど泣かされてしまうんだ。












なかなか目を閉じない藤莉をやっとの思いで寝かしつけて、莉央と二人リビングへと戻る。

「今日は ほんっとにしぶとかった・・・。3人で寝るってきかないし」

「あのベッドじゃさすがに無理だろ。俺なんか横向きで半分くらいはみ出てたんだぞ?明日、新しいベッド買いに行くか。3人で並んで寝れるやつ」

「そうだな。藤の通帳も預かったことだし、当面の生活費にしては多過ぎる額だったし、少しくらい無駄遣いしても大丈夫そうだったしな」

「まあ、一応働いてたから・・・」

久遠の旦那様から「退職金だ」と振り込まれていたのは、家を一軒建てられて余るほどの金額。旦那様からの祝福の気持ちも含まれてるってのはわかるけど、ほんの3年も働いていないのにやっぱり金持ちって凄い。


「そういえばお義父さんに挨拶行かなきゃな」

莉央の父親は有名な俳優でメディアを通しては見てるけど、行方がわからなくなった時に会って以来一度も会うことがないままだったな。

「ああ、いいよ別に。なんかあの人、昔 役者になる為に捨てた番に最近再会したらしくて、その人がやってる小料理屋にお忍びで通うのが日課になってるらしいから」

「そう、なんだ」

「いい歳して必死みたいだよ?まあ、女優だった母さんが死んでからはずっと独りだったし、老い先も短いだろうから好きに生きててほしいし」

「はは、見た感じまだまだ若いからそう簡単に死なねーよ、お義父さんは」

そうだね、と莉央が笑う。


やばいな・・・、こんな世間話みたいなことしてる場合じゃないのに。莉央を早く抱きたくて堪らないのに、いざとなるとどう切り出していいかわからないくらい緊張してる。

夢じゃないよな とか、本当に家族になれるんだよな とか。また莉央が急にいなくなったら・・・とか、余計な不安まで募ってくる。

「俺、本当に藤と家族になれるの?」

「え・・・?」

莉央の言葉にドキッとする。半信半疑で不安なのは俺だけじゃないんだ。辛い思いをして去った莉央だって傷付いてた。きっと俺なんかよりずっと。

「ずっと一緒だよ。莉央をどこにも行かせないし、俺もどこにも行かない」

「・・・うん」

安心したように微笑んだ莉央からは、むせ返るような甘い香りが漂う。

「な、莉央・・・」

「藤、来た時からずっとフェロモン垂れ流しっぱなしで・・・、正直 我慢すんのキツかったんだからな。藤莉の前で発情するわけいかないし」

俺、そんなにヤりたいオーラ全開だった?
おあずけ食らったままだったから当然か。αのスケベ心はΩには隠せないんだよな~。
潤んだ莉央の瞳が色っぽ過ぎて、すぐにでも理性が吹き飛びそうになる。緊張なんてどこへ行ってしまったのやら。

「莉央、・・・莉央っ」

ムードも何も考えられず飛びかかりソファに押し倒し、俺は空腹の獣のように莉央の唇を貪る。

「・・・はっ、      ぅ、ふじっ、    まっ・・・」

これ以上待てるはずないだろ。
莉央の両手首を纏め掴みソファに片手で縫い付け、Tシャツを捲り上げて胸の先に吸い付く。

「やっ、だめ・・・っ」

腰をガクガクと大きく震わせた莉央は数秒息を止め はぁ、はぁ と大袈裟な呼吸をする。

「この前もそうだったけど、イクの早すぎねぇ?お前こんな感じやすかったっけ」

こんなんで最後までヤれんのか?と心配になるレベルの敏感さだ。

「だ・・・って、藤と離れてからは誰とも・・・。    こういう事は久しぶりなんだから仕方ないだろっ!藤莉を育てるので必死だったんだから!」

「そ、そうだよな。ごめん」

怒る莉央に申し訳ない気持ちになる。けど、それを上回る愛おしさが込み上がってしまう。

「次、からはちゃんと大事に抱くから、今日だけ許して。莉央がエロ過ぎてすぐにでもラット化しそう」

「そんなのっ、俺だって・・・藤がひいちゃうくらい、・・・その、        乱れる、かも?    だし・・・」

横を向いて隠せない顔をめいっぱい俺から逸らす莉央。


あ、これもう可愛い過ぎてダメなやつだ。

と思った瞬間に、張り詰めた理性の糸がプツリと切れる。

『藤莉が起きてしまったら・・・』と頭の片隅にほんの僅かにはあったけれど。


時折裏返る莉央の喘ぎや震える体、俺が与える全てを快感として受け止める肌と粘膜、そして項の噛み痕に 藤莉を産んだ証の下腹部の大きな傷痕。
莉央の全てが愛おしくて尊くて、ただひたすらに このΩは自分のものだと実感したくて狂うほどに莉央を求め続けた。















「        ・・・パぁ?パパってばぁ」

仰向けの体に乗っかる重みが揺らされ目を開けると、不思議そうに俺を見る藤莉と視線がぶつかる。

「ふじー、どうしてパパ はだかなの? おふろはいってたの?」

「はだか・・・」

はあっ!! しまった!!
昨夜、散々莉央を抱きまくって意識の飛んだこいつを乗っけたそのままで寝落ちてしまっていた・・・。

「あははっ、ふじも ちんちん みえてる~! パパのおしりもまるみえー。おもしろーいっ」

全裸で眠ったままの莉央と半裸の俺を見て、藤莉は腹を抱えて笑う。

「は、はは・・・」

良かった。藤莉がまだ、おしりだとかちんちんだとかでツボに入るガキんちょで本当に良かった。

藤莉の笑い声で目を覚ました莉央が、俺の上でモゾモゾと動く。

「ぅ・・・、藤・・・  ごめん、俺、立てないかも」

「えー、パパしんどいの?おしりだしてたから かぜひいちゃった?」

枯れた声の莉央を藤莉は心配そうに見つめる。

「そうかもな。今日はパパ、ゆっくり寝かせてあげような。日曜だし、藤莉は俺と一緒に遊ぼう」

「うんっ」


ベタベタの莉央の体を拭いてやり、服を着せて二階 寝室のベッドへと運ぶ。

「藤莉は?」

「歯磨きして着替えてる。俺と一緒に朝ご飯作るんだーってご機嫌だから安心して寝てろ。出来たら持ってくる。後で藤莉と一緒に広いベッドも見に行ってくるから」

「ふ・・・。うん、ありがとな、藤」

そう言って微笑んで 莉央はまた目を瞑る。
階下からは俺を呼ぶ元気いっぱいの声。
俺にとって、初めてで特別で大切な朝で、これからは日常になるだろう朝の光景。


幸せばかりじゃないかもしれない、どれだけ愛していたって 顔も見たくないと思う日もあるかもしれない。
それでも俺はもう絶対に離さない。

どんな『運命』よりも、無くしたくない二人だから──────



END



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