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勇気 3
しおりを挟むシウを連れて社長室のドアの前。
昨夜、シウの一言を聞いて覚悟はできた。シウと離れる覚悟。・・・たぶん。
シウをCMに起用してくれた企業や、レコード会社、ウチとの契約がある以上すぐに移籍という訳ではないが、俺の心は既にシウの喪失感に苛まれている。
「社長室入るの久しぶり~。なんか怒られるみたいで緊張するな」
シウは落ち着かない様子だが、緊張してるようには見えない。寧ろ、喜びを隠せない、と言った感じ。
『クアイルに戻ってもいいの?』
シウにそう聞かれて何も言えなかった。あの状況で自分から話を振っておいて、結局はまた逃げた。
シウの奏功を心から祝ってやれない自分が情けなくて腹が立って、苛立ちをぶつけるように酷く抱いたのに。
乳首と尻が痛いと文句を言う以外は元気いっぱいのシウに、朝からトースト3枚にサラダにスープにプルコギまで作らされて・・・よっぽどクアイルに戻れるのが嬉しいんだろうけど・・・。
俺は、浮き足立って見えるシウを見詰める。
視線に気付いたシウは、俺を見上げ首を傾げる。
「ん?なに?・・・あ!まさかキスしたいの?」
「いや、違う」
したくないわけじゃない。でも俺はおまえの・・・
「もぉ~、昨日あんなにいっぱいしたのに・・・こんなとこでキスしてんの誰かに見られたらどうすんだよ。俺まだ恋愛禁止なんだぞ!」
は・・・?何の話だ。俺はおまえの身体を心配して、悪かったと・・・
「だから違うって」
「え?違うの?・・・・・・あ、なに?そういうこと?・・・でもさすがにココじゃマズイよ・・・。でも万里がそんな風に見てくるから、ちょっと勃ってきちゃった。せめてトイレで・・・」
「違うって!!」
なんでそうなるんだよ!あんだけボロボロにしてやったのに、マジで 体丈夫過ぎるだろ!疲弊して少しくらい切ない顔して見せろよ!
あんだけ、一緒にいて、って言ってたくせに・・・
・・・くそ。どこまで情けねぇんだ俺は。
自分の不甲斐なさを振り切ってドアをノックし、社長室へ入る。
「おお~、来たか。シウお疲れさん。シウのおかげでウチも更に箔がついたよ、有難うな」
「社長が俺を雇ってくれたからだよ」
「・・・そうか?はは、そう言ってくれるのか」
「座れ」と言われ、俺達は父と向かい合って革張りのソファに腰を下ろす。
「河森から聞いていると思うが、ビヨルがシウを欲しがってる。韓国に帰って来いってな。帰ればまたクアイルのシウだ」
「うん」
父を真っ直ぐ見据えて、クアイルに戻るのを決意している、と言わんばかりのシウの表情。
「・・・その顔じゃあ、聞くまでもないが・・・。ウチに残るのかビヨルに戻るのか、シウ本人の希望を聞かせてくれ」
「うん・・・」
俺は少し俯き、シウの言葉に身構える。
最初からわかっていた。俺には不釣り合いな相手だと。
それでも惹かれた。どうしようもなく欲しくなった。
失くしてしまうのが怖くて手を伸ばせなくて・・・
ようやく掴んだと思ったのに。
「ここに初めて来た時に俺、いつかクアイルに戻りたいって社長に言ったよね」
「ああ。こんなに早いとは思わなかったけどな」
シウがいつかFORESTを離れるのは、最初から決めていた事だとわかっていた。
「ずっと一緒に・・・」それも期限付きだとわかっていた。シウが望むまで、それまででいいと・・・
「それ、もういいや」
・・・え?
「ビヨルには戻らない。もちろんクアイルにも」
思いもよらないシウの決断に、一瞬耳を疑ってしまう。
「ちょっと待て!おまえわかってんのか!?どれだけのファンが待ってると・・・」
「知ってるよ。俺だってインターネットくらい使えるんだから」
「モチベーションに影響するからエゴサは禁止してるだろ!いい事ばっかじゃねぇんだぞ」
いや待て。今そんな話をしたいわけじゃねーだろ俺!
「アンチは有名税だろ?そんなんでいちいち折れてたらこの仕事やってらんないよ」
「とにかく!この仕事はファンがいなきゃ成り立たねぇんだ。それを捨てる気か?」
「捨てない。だからって本当の自分を捨ててまで、媚びたいとも思わない」
本当の・・・自分?
呆気に取られている俺の顔を引き寄せ、シウが唇を重ねてくる。
「・・・なっ!?」
「万里と離れたくない。これが本当の俺」
「おま・・・っ、こんなんバレたらファンどころか芸能界から干されるかもしんねぇんだぞ!」
「わかってるよ。誰も堂々とするなんて言ってない。俺 元アイドルだよ?コソコソするのは慣れてるし」
って親父の前では堂々とすんのかよ!
親父も何も言わずに見てるだけだし。まあ、シウを俺の性欲処理として置いたのは親父だし、驚くワケねーか・・・。
それにしたって・・・
「クアイルのメンバーもおまえが帰って来るのを待ってる」
「ヒョンたちはわかってくれる。戻らないからって俺を責めたりしない」
「俺は、ファンや名声を捨ててまでシウに選んで貰えるような男じゃない」
実際にシウがした決断に、嬉しいよりも、驚きと申し訳なさでいたたまれない気持ちになってくる。
「捨てないって言ってんじゃん!どうして?クアイルじゃない俺はいらない?それでもいいって言ってくれる人は一人もいないの?」
そんなことは、決して無い。シウを起用したいという依頼が後を絶たないのが何よりの証拠。
「例えいなくても、万里は必要だって言ってくれるよね?」
「それは・・・そうだけど・・・」
横からぎゅうぅっと抱きついて来るシウ。
父は腕を組み、呆れたような渋いような顔で俺たちを見ている。
「俺、社長にありがとう、って思ってる」
「なぜだ?」
シウの言葉が理解できない、という表情の父。
「俺を万里の生贄にしてくれたんだろ?」
「・・・あー、それはだな・・・あー・・・」
父は自分が利用した相手に露骨に言われて口篭る。
「責めてるわけじゃないよ。でも、社長が少しでも悪いって思ってるなら、お願いがあるんだけど」
「・・・なんだ、言ってみろ」
はあ、と大きな溜息を吐いた父に向かって、シウは思いっきりわざとらしい笑顔を向ける。
「万里を、俺にくれない?」
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