あの日の誓いは今も

桜もち

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24.戸惑い

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「そんなわけで、モフィール将軍を前牡丹妃の領地に派遣した。きっとうまくやってくれるだろう。ダリルも一緒だろうしね」
「そうだ、ダリル。まさか、宴で見かけるとは思わなかった。アルはダリルがどうなっているか知っていたのか?」

 宴の後、皇太后からの呼び出しや毒物騒ぎですっかり頭の片隅に追いやられていたが、幼なじみであるダリルと宴で再会したのだ。
 アルフォンスに会ったら尋ねてみようとしていたことを、フェリシアは思い出す。

「モフィール将軍から後継者にしたい若者がいるという話は聞いていたけれど、それがダリルだと確信したのは宴のちょっと前だね。きみからダリルの話を聞いて、もしかしたらとモフィール将軍に手紙で尋ねてみたんだ。そうしたら名前や出身地が同じで、おそらく間違いないだろうな、と」
「そうだったのか……宴でも言っていたが、モフィール将軍は本当にダリルを後継者に決めたのか?」

 念のために問いかけてみると、アルフォンスは首を縦に振った。

「あの宴で宣言しているからね、間違いはないだろう。非公式の場ではあるけれど、皇帝の前で宣言するということは、簡単に覆せるものじゃない。モフィール将軍はもう決めているはずだよ」
「そうか……前に、出世して将軍にでもなってくれればいいと言ったことがあったけれど、まさか本当にそれが叶うことになるなんて……」

 目頭が熱くなってきて、フェリシアはそっと指を目元に持っていく。

「そうだね。己の身一つでそこまで出世するなんて、本当に凄いことだよ。ダリルの妻になるであろう、モフィール将軍の大姪も武官の妻として申し分ない女性だと聞いている。きっと、ダリルも幸せになれるだろう」
「うん、そうだな……」

 少々、胸が疼くようなもやもやとした気持ちがわきあがってくるが、フェリシアは身勝手な感情だと切り捨てて、ダリルの幸せを願わねばと思う。
 相手の女性がダリルの身分のことで蔑むようなことがなければよいが、アルフォンスが言うからにはきっとそのような心配はいらない、素晴らしい相手なのだろう。
 そう思うと、棘が刺さったような痛みがさらに生じて、フェリシアは苦笑しそうになる。
 兄を奪われるようなものとはいえ、自分の独占欲の強さに呆れながら、軽く頭を振って思いを振り払おうとする。
 そうしていると、アルフォンスが心配そうにのぞき込んできた。

「……どうかしたかな?」
「いや……ダリルが結婚かと思うと、何というんだろう……遠くに行ってしまうような感じがしてしまうんだ。実際には、ずっと前に騎士になると飛び出していったんだから、遠くに行っていたはずなのに、おかしな感じだなと思って……」

 かつてダリルが遠い地に行ってしまったときは、あの日の誓いで繋がれているという近しさを感じることができていた。
 それが、むしろ実際の距離が近づいた今、遠い存在に感じられてしまうという矛盾が生じてしまう。
 これも兄を奪われてしまうという、独占欲からくる感情なのだろうか。

「いろいろなことが一気にあったからね。まだ気持ちの整理がつかないんだろう。だんだん落ち着いてくると、そういうものかって思えるようになるよ」
「うん、そうだな……」

 アルフォンスの言うとおり、今は驚いて気持ちの整理がついていないのだろう。
 いずれ落ち着いてくれば、かつての幼なじみ三人がそろうことの喜びのほうが勝ってくるに違いないと、フェリシアは微笑む。

「それに、結婚がどうのっていうんだったら、きみは僕の妃なんだけれど」
「あ……そういえば、そうだったな」

 すっかり自分のことを棚に上げてしまっていたことに気づき、フェリシアは苦笑する。
 これでダリルのことをよくどうこう言えたものだと、己に呆れかえってしまう。

「きみは、僕のことをまだ小さな弟分のアルと思っているかな? 男として見ることはできない?」
「い……いや、そういうわけでは……というか……幼なじみのアルと皇帝アルフォンス陛下との差があって混乱するというか……むしろ、知らないうちに一人前の男になっていたような困惑があるというか……」

 まっすぐに詰め寄られて、フェリシアはしどろもどろになりながら答える。
 これも先日、棚上げしていた問題だった。
 アルフォンスからの告白に、フェリシアは混乱しながら、結局自分はすでに彼の妃なのだからと、考えることを放棄していたのだ。

「じゃあ、ずっと僕の隣にいてくれるのかな?」
「そ……それは、すでに私はアルの妃なのだし、そうしろというのなら、そうするしか……」

 フェリシアは顔が熱くなるのを感じながら、ぼそぼそと呟く。
 歯切れの悪い答えに、アルフォンスが苦笑する。

「うーん……じゃあ、僕がきみ以外の誰かを皇后に迎えると言ったら、どう思う?」
「……それは嫌だ」

 今度の質問には、きっぱりとした答えが出てきた。
 もやもやとした不快感どころではない、完全な拒否感がフェリシアにわき上がってくる。

「それなら、僕の皇后になることに異存はない?」
「……な……ない……」

 消え入りそうな声で、フェリシアは頷く。
 顔は燃え上がりそうなほど熱くなっていて、まともにアルフォンスの顔を見ることすらできなかった。

「……まあ、今はこれくらいでいいか。きみの育ち方を考えたら、不慣れなのは当然だしね。それに、初々しくて可愛いし」
「か……可愛い……」

 くすりと笑うアルフォンスと、俯いて動けなくなってしまうフェリシア。
 あまりにも恥ずかしくて、このままどこかに逃げ出してしまいたかった。

「……さて、それじゃあ、そろそろ戻るかな」
「え……? もう行くのか?」

 ところが、アルフォンスが帰りを切り出し、フェリシアは現実に引き戻される。

「きみの様子を見に、抜け出してきただけだからね」
「そうか……」
「それに、昼の方が僕にとって都合がいいからね。……夜、二人きりでいて何もしないというのは、かなりの苦行なんだよ」
「そ……それは……」

 いったん冷静さを取り戻しかけたフェリシアだったが、再び雲行きが怪しくなってきた。
 思わず、アルフォンスから視線をそらしてしまう。

「僕はきみを抱きたいと思っている。……でも、今の状況ではそれができないから、つらいんだ。もし身ごもってしまえば、きみが危ないからね」
「いや、その……えっと……」

 あまりにもはっきりと言葉に出され、フェリシアは意味をなさない単語を呟くだけだ。

「だから、今はこれで我慢しよう」

 アルフォンスは手でフェリシアの顎を持ち上げる。
 突然の行動にフェリシアは理解が追いつかず、ただ目を見開いてアルフォンスを見つめることしかできない。
 幼い頃から貴族らしく品のある整った顔立ちだとは思っていたが、今は昔の柔和さが薄れて引き締まったようだった。一種の現実逃避なのか、フェリシアはぼんやりとそのようなことを考える。
 そして、アルフォンスの端正な顔がゆっくりと近づいてきて、唇と唇が重ねられた。

「……っ!?」

 ただ触れるだけの軽い口づけだったが、それでもフェリシアにとっては未知の世界の出来事で、硬直してしまう。
 フェリシアとは対照的に、アルフォンスは落ち着き払って唇を離すと、微笑みを浮かべた。

「……それじゃあ、身の回りには気を付けて。また来るよ」

 頭が真っ白になった状態のフェリシアは、アルフォンスが去って行くのをただ眺めるだけだった。
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