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変異体ハンター、正月後のコンビニに立ち寄る。
しおりを挟む森に包まれた山道の道中にある駐車場へ、ココアカラーの自動車は右折した。
駐車場にたむろしていたすずめは、バックしていた自動車に驚き、羽ばたき始める。
すずめたちが非難したのは、建物の上。
朝日に照らされる看板の下で、すずめたちは車から降りるふたりの人影を恨めしそうに睨む。
すずめが乗っていた建物は、コンビニ。
人が来そうにない山奥に立つそのコンビニの自動ドアに、男女は向かって行く。
男性が大きなあくびをしながら自動ドアの前に立つまで、店内からは視線が飛んでいた。
店内にいたのは、5人の人影。
手を動かしながらじっとレジを見つめる店員。
パン売り場の側で、ふたつのコッペパンを手に取る女性客。
よほど気になるものを見つけたのか、アイスケースの中に顔を入れている男性客。
そして、トイレ前でモップをこする清掃員。
そこへ、入店のチャイムとともにふたりの男女が入ってきた。
「やっぱり雰囲気あるっすよね~、正月早々のコンビニ」
店内に入りながらつぶやくこの男性。
ショートヘアーにキャップ、横に広がった体形に合うポロシャツ、ジーパンにスニーカー。その背中には大きなリュックサックが背負われている。
その体格はある意味素晴らしく、横に大きかった。
「特に変わらないと思うけどなあ。年末とか年始めとか、あたしたちが仕事をすることには代わりないんだからあ」
その後ろから、けだるそうに女性が辺りを見渡す。
ロングヘアーに、薄着のヘソ出しルック、ショートパンツにレースアップ・シューズ。その横には大きなハンドバッグが置かれている。
男性とは違い、スタイルははっきり言って素晴らしい。理想的な長身モデル体型だった。
「侮らないでくださいよ、“晴海”先輩! こういうのって、店とかでキャンペーンとかやっているんっすよ。ほら……」
男性はレジの上に飾られているチラシを指さした……が、
「……あれ?」
そのチラシには、肉まんのメニューしか載っていない。
他の店内のチラシを見ても、どれも平日と変わっていないようだ。
「“大森”さん、正月はもうとっくに終わって、今日は6日だよお? 遊んでないで、さっさと朝食えらぶよう」
“晴海”と呼ばれた女性は呆れるように手を振りながらも、籠を手にとって商品の見定めを始めた。
「……いや、普通は正月終わってもしばらくはやってるもんだけどな……ん?」
首をかしげる大森と呼ばれた男性だったが、ふと、近くにあったパン売り場に目を向ける。
「おおっ……!? これは……!!」
大森は、近くのパン売り場に目を向け、しゃがみ込んだ。
その隣でパンをふたつ持っていた女性客が、迷惑そうに大森を見つめる。
とある商品を手に取り、体を震わせたまま動こうとしない大森に、
女性客は緊張するように顔をこわばらせ、やがてうっとおしいと言わんばかりに目つきが鋭くなる。
すると、女性は持っていたいちごジャムとこしあんのパンを床に置いた。
いや、パッケージの袋を、脱ぎ捨てた。
その女性客の手は、鎌だった。
パンの表紙で隠していたその手は、カマキリを思わせる鎌状の形をしており、
先端はするどく、銀色に光っていた。
その鎌を、大森の首筋に、
首を絞めるように、近づけた。
「これはああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
その瞬間、大森は立ち上がり、手にした商品を掲げた。
パッケージの袋には、“ラーメンパン(みそ味)”と書かれていた。
「去年の冬に話題になった新作だああああああ!!!!!」
「大森さん」
アイスケースの前で睨む晴海の声に、大森は我に返った。
レジ前の店員が、迷惑そうに大森を睨んでいる。
「あ……すみません、つい……」
大森はぺこぺこと謝った後、近くにいた女性客を見た。
先ほどの大声にびっくりしたのか、女性客は床に倒れている。
そのカマキリのような鎌を、商品棚の下に突っ込んで隠している。
「あ! 本当にすみません! ケガとかなかったっすか!?」
まったく手に気づかない大森が近づいてきて、女性客は冷や汗をかきながら頭を動かして答えていた。
「まったく……新年早々、なにやってんだが……」
晴海は白い目で大森を見つめた後、アイスケースの前から奥にある飲料売り場へと顔を向けた。
ちょうど、近くにいた男性客に背を向ける形になった。
背中を天井に向け、アイスケースに顔を突っ込んでいた男性客は、ゆっくりと、顔を上げる。
その顔は、四角い氷で出来ていた。
アゴを開くと、鋭い歯が見える。
晴海よりも背の高いその男性客は、晴海の頭にかぶりつこうと、大きな口を振り下ろした。
「ッッッ!!!」
突然、晴海は後ろを振り向くことなく、飲料売り場に駆けだした。
その勢いで晴海の足が男性客に命中し、バランスを崩した男性客は……
先ほどとは反対向きに、腹を天井に向けて、
アイスケースの中へと、体を突っ込んだ。
晴海は飲料売り場の冷凍コーナーで、立ち止まり……
「……これは確保しておかなければっ!」
ほうれんそうとベーコンのサラダを、籠の中に8つほど、入れた。
「晴海先輩もなにやっているんです?」
その騒ぎを聞きつけた大森が、ラーメンパン片手にやってくる。
「……」
晴海は、なにも言わずに黙っていた。
「先輩がベジタリアン、とりわけほうれん草に目がないのはわかりますけど、迷惑かけちゃまずいっすよ」
「……大森さんには言われたくないよお」
立ち上がった晴海はごまかすように「あとは飲み物選んで帰るよお」と歩き始める。
その様子を見ていた大森は吹きかけた口を手で押さえ、後に続いた。
ふたりがいた場所から、巨大な魚が顔を出した。
のんびりと、飲料ケースから野菜ジュースと缶コーヒーを選び、取り出す。
その後ろを、黒いウロコを持つ魚は追いかけ続ける。
一歩ずつ、ゆっくりと……
それに気がつかないまま、晴海と大森はカウンターの前に立った。
「これお願いしますよう」「これ、お願いします!」
「……」
まだ学生ぐらいの年齢と思われる男性店員は、怯えた表情でふたりの後ろを見つめていた。
「……」
「どうしたんですかあ?」「あ、さっきは本当に申し訳ないっす!」
「……」
「早く会計、してくださいよお」「ただつい、興奮しただけなんで! 俺と先輩!」
「……あ」
「なにか言いたいんです?」「……やっぱり、まずかったです?」
「……う、うしろ……」
店員が指を刺したとともに、後ろの魚はふたりの胸に向かって、ふたつに裂けた鋭い下を発射した。
「「ああ」」
「知ってますよお」「知ってるっすよ」
その直後、晴海と大森はカウンターの奥へ移動する!
「ひいっ!!?」
やってきたふたりに店員は頭を抑えられ、三人はカウンターの下にしゃがみ込む。
魚が放った舌は、電子レンジに突き刺さった。
その様子を見た晴海は、ニヤリと笑みを浮かべた。
「大森さん」「了解っす!」
大森は立ち上がり、人差し指をかかげた。
「あたため、いただきましたーーーーッッッッ!!!」
スイッチが押されるとともに、電子レンジから煙が溢れ出る。
「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!」
それとともに、トイレの前で立っていた清掃員の女性が突然、苦しみだした。
白髪でしわを持つ、老婆と思われるその清掃員に、足はない。
魚と同じように黒く染まっており、痛みに体を動かすと、
電子レンジに突っ込んだ魚も、連動するようにうごめいている。
それとともに、カウンターの中へと飛び上がるふたつの人影。
カマキリの腕を持つ女性客と、氷の頭を持つ男性客だ。
「人のこと言えないけど、お店に迷惑かけちゃダメだよお?」
晴海は足を振り上げ、体を1回転した。
女性客の右耳に晴海の足をぶつけられ、男性客の顔も巻き込み、
床へと、落ちる。
その側で、晴海は着地した。
「ふたりとも、早く帰るよお」
「了解っす!」「え!? あ、はい!!」
晴海と大森、そして店員の3人は、コンビニの自動ドアまで走って行った。
「……ふと見かけないコンビニを見たから、立ち寄ってみたら“変異体”に拘束されて……他の人間をおびき寄せるために店員のふりをしろと、脅されたんだな?」
森の中を走らせる車の中、助手席に座る大森は後部座席に座る青年にたずねる。
「はい……本当に助かりました……えっと……“変異体ハンター”さん……」
運転席でハンドルを握る晴海は、バックミラーに映る青年に一瞬だけ目を向けるだけで答えた。
「……あの、あいつら……コンビニにいた変異体は、どうなるんですか? 突然変異した人間である変異体……人を襲う可能性のある変異体を駆除するのが、変異体ハンターですよね……?」
大森は少し困ったように「と言われてもなあ」と頭をかいた。
「晴海先輩、ぜんぜんやる気ださないんだよ。特に人を襲わないとわかった変異体に対しては」
「……え!? でも、僕は殺されそうになったんですよ!? それに先ほど、ふたりも殺されかけていたのに……」
青年の戸惑いによる叫びに、晴海はため息をつく。
「今日は正月休みだよお。それに……」
再び晴海はバックミラーに目を向ける。
「あの人たち、ヤケになってたけどお……ホントに人を殺す度胸はないんだからあ」
朝日に照らされた、コンビニの前。
そこに、カマキリの腕を持った女性と氷の頭を持つ男性が立っていた。
「……イッチャッタ……」
「うん……あたしたちが捕らえた人間も……」
その後ろから、黒い魚が清掃員の体を引きずりながらやってくる。
そのスピードは、自動車並。先ほどのふたりにも、このスピードで襲えば勝ち目があっただろう。
「……結局、ばかばかしいねえ。駆除された仲間の仇討ちなんて」
「やっぱり、やめません? もうこりごりですよ」
「……デモココマデ費ヤシタ時間、モッタイナイ」
黒い魚の側で空を向いている清掃員は、ふうと一息ついた。
「そういうもんさ、正月休みの終盤に思う後悔……だけど、やったという思い出ぐらいは残ったんじゃないかい?」
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