化け物バックパッカー

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化け物バックパッカ-、砂漠の鐘を鳴らす。【後編】

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 時は巻き戻り、オレンジ色の砂漠。



 太陽の下を、影のように黒いローブを着た人物は歩いていた。

 辺りを見渡しながら探すローブの人物。
 顔はフードを深く被って見えないが、体つきは大人の女性、その歩き方と手つきは、幼い少女のようだ。

 その背中には……
 どこかで見たことがあるような、黒いバックパックが背負われている。










 太陽の姿が見えなくなった直後、

 ローブの少女は、砂漠に立つ巨大な岩を発見した。



 立ったまま、目の前の岩に背中をつける。

 疲れている様子も、喉が渇いている様子も見せていない。
 ただ、闇雲に歩いては行けないと考え、ひとまず周りを観察しようと首を動かすだけだ。



 空にも、足元にも、光はない。

 だけど少女は、明かりを取り出すこともなく、辺りを見渡した。



 明かりを持っていなかったのか、

 それとも、明かりなど必要なかったからなのか。



「……?」

 少女は違和感を感じて、足元に顔を向ける。



 暗闇の中、ハンドベルは砂の上に立っていた。



 少女はそれを発見し、拾い上げた。

 砂をはたく動作をしないことから、ベルに砂が付着していないことがわかったのだろう。



 少女はそのハンドベルをじっと見つめ、



 鳴らした。









 砂漠に、高いB音シの音が広がっていく。



 それとともに、少女は辺りを見渡した。



 ハンドベルの音に共鳴するかのように、風が強くなったことを感じ取ったからだ。



 風は地面の砂を巻き上げ、



 砂嵐へと姿を変えようとしていた。



 避難する車も、助けてくれる仲間も、そばにいない少女は、岩陰にしゃがみこんだ。

 唯一の目印を、見失わないように。



 やがて、少女は顔を上げる。

 砂嵐が止まったからではない。
 なにかが……近づいてくる音が……聞こえてきたからだ。



 少女は気配を感じ取り、後ろを振り返った。



 そこにいたのは、巨大な魚。



 砂色のその魚は、赤い目で少女を見つめ、



 大きな牙を夜空に見せ、少女に向かって振り下ろした。










「……」

 砂嵐が、止んだ。

 鋭い牙を前にして、少女は尻餅をついていた。

 砂色の魚は、少女の顔に触れる直前で顔を止めていた。
 あと数ミリで、青い触覚に触れそうだ。



 その青い触覚を持つものは、砂色の魚ではなく、

 ローブの少女だ。



 本来ならば眼球が収められているべき場所からは、青い触覚が生えている。
 その触覚はまぶたを閉じると引っ込み、開くと出てくる。

 手から生える爪、影のように黒い肌、そして、長めのウルフヘアーの隙間から出ている、青い触覚。
 少女は、化け物だ。



「……ウ……アア……」
「……襲ワ……ナイ……?」



 うめき声しか出さない砂色の魚に、少女は人間とは思えない高めの奇妙な声で話しかける。
 砂色の魚は小さな理性……残された理性があることを示すように、うなずいた。

「……ヨカッタ。私モアナタト同ジ、変異体ナノ」

 胸をなで下ろす化け物の少女。

 ふと、なにかを見つけたように青い触覚を出し入れする。

「ナニカ……ツイテル」

 それは紙のようなものだろうか。

「……マッテル……イツマデモ……ハンドベル……」

 言葉を遮るように、一瞬だけ、強い風が吹く。

 書いてある内容を読んでも、砂色の魚はなんの反応も示さなかった。



 首をかしげる少女だったが、ふと砂色の魚の後ろに触角を向けた。



 そこにあったのは、光。


 太陽の代わりとして、代わりとしては心許ないが、

 3つの光が、1つずつ交代して、光っていた。



【青】

【黄】

【赤】



 3色の光は照らすことができなくても、



 今、暗闇に包まれた砂漠の中で、



 星のように、輝いていた。




 続いて、なにかの違和感に気づくように、少女は足元に触角を向けた。

「……コレッテ」

 砂の中に埋まっていたなにかを、少女の鋭い爪がつまむ。
 まるで、種を拾い上げているかのようだ。

「!! 坂春サン!! 坂春サンノ食ベテイタ……グミ!!」

 少女は希望を取り戻したかのように笑顔になり、

「アノ光ノ場所ニ……イルンダ!!」

 3色の光に向かって、走り始めた。









 手にハンドベルを持ったまま。

 砂漠に、高いB音シの音を鳴り響かせながら。



 再び砂嵐が舞い上がり、少女は足を止めずにフードを被り治す。

 しかし、砂嵐は少女の行く手を阻むことも無く、

 逆に道を作るように、少女の左右に吹いているだけだった。



 少女の後ろを、砂色の魚が追いかける。



 あのハンドベルを鳴らしたのは、自分の望む人間ではない。



 だけど、あのハンドベルを持つ者が、自分の望む人間へと導いてくれる。



 そのように思ったのか、ただベルの音に反応しているだけなのか、定かではない。










 やがて、砂色の魚はたどり着いた。

 “宿屋”と書かれた看板が設置された、レンガ造りの遺跡に。



 砂色の魚は2階の窓から中をのぞこうとして、身を乗り出した。



 少し顔を近づけすぎた。



 砂色の魚は2階の窓を破壊し、



 1階にいる老婆のモニターは消え、2階の個室で寝ていた老人は飛び起きた。



「……!?」

 ベッドの上で目を見開いている老人の横で、黄色いなにかが床に落ちた。
 
 老人が懐中電灯の光を向ける。



 懐中電灯の光を当てられても、まばたきひとつしない砂色の魚。

 その赤い目の下には、黄色い頬……

 いや、片方がなくなっている。黄色く光っているのは、右側だけだ。

 その左側についていた黄色い頬は、今、床に落ちている。



 黄色い頬を取ろうとして、砂色の魚はまさに枝というべきなほどの細い手を伸ばす。

「!!」

 その方向にいた老人は紙一重で砂色の魚の手をかわし、

 廊下に続く扉に、飛び込んだ。



「おいっ!! 今すぐここから逃げろッ!!」



 1階から老人の叫び声が響く中、砂色の魚はなんども頬を取ろうとしていた。

 つかめたと思ったら滑り落ち……つかめたと思ったら滑り落ち……



 ようやく砂色の魚は、しっかりと黄色い頬をつかむことができた。



「この宿屋が……崩されるぞっ!!」



 その喜びだからだろうか。

 砂色の魚は、バランスを崩した。










 なんとか、部屋に入れてないほうの手を、外の砂に押し当てて、完全に倒れることは免れた。

 しかし、2階の床に顔がめり込み、穴を空けてしまった。



 1階にレンガの雨が降り注ぎ、砂ぼこりが舞う。



 砂ぼこりが晴れる。

 そこに現われたのは、レンガの山。

 そして横で尻餅をつき、目を見開く老人と老婆の姿。



 さらに、もうひとりの人影が追加される。



「坂春サン!!」
「……!? タビアゲハ!? 無事だったか!!」



 フードで顔を隠した化け物の少女が、老人の元に駆け寄る。

「タビアゲハ、こいつはいったい……」
「コノ変異体、敵意ハナイノ。理性モチャント残ッテル……」

 少女は説明を止め、口に手を当てた。
 その奇妙な声から正体を感づかれるのを恐れているのだろうか。少女は自分の正体に気づいていないか確認するように、老婆を見る。



 しかし、老婆はまったく違うものを見ていた。



 床に落ちている、1枚の写真立て。

 砂漠の中でピースサインを見せる、ふたりの少女。

 背の低い少女はほくろのある口元で、歯を見せて笑っており、

 背の高い少女は耳元にピアスをつけて、ほほえんでいた。



 そのピアスと同じものが、今、写真の横に落ちている。



 老婆はそれを拾い上げ、砂色の魚を見上げる。



 ピアスのもう片方は、砂色の黄色い頬として、光っていた。



「……」「……アア……ウウ……?」



 老婆は、思い出そうとしていた。

 砂色の魚も、思い出そうとしていた。



「……なるほど、そういうことか」

 そのふたりの側で、老人は納得したようにうなずいた。

 少女が老人の耳から顔を離したことから、今まであったことを老婆に聞こえない声で老人に話していたようだ。

 老人は砂色の魚に近づき、その額に貼られているメモ用紙を取りあげ、

 その場で読み上げた。



「お姉ちゃんとはぐれた場所で待ってる。いつまでも、お姉ちゃんが買ってくれたハンドベルを鳴らすから」

「!! それは……」

 老婆は震える手で、

 老人からメモ用紙を受けとった。

「思い出した……! 幼いころ……お姉ちゃんと砂漠ではぐれて……目印の岩に……この用紙を……だけど――」

 メモ用紙は手から離れ、床に舞い落ちる。

「――だけど……だけど……!! あのベルは無くしてしまった……落として……しまった……」

 シワだらけの顔に手を当て、老婆は嘆く。



 その老婆の目の前に、ハンドベルが差し出された。



「……!!」

 ハンドベルを握っている化け物の少女は、なにも言わずほほえんだ。

 早く鳴らしてあげて。

 そう言っているように。



 ハンドベルを受け取った女性は、宿屋から飛び出し、



 砂色の魚の背中まで移動し、



 高いB音シの音を、響かせた。




「……!!」



 砂色の魚は振り返り、老婆の顔に手を当てて、



 抱きしめた。



「……ア……アア! ……アア!!」



「……待ってたよ。待ってたよ!! お姉ちゃん!! ベルを無くして、どうすればいいかわからなくて、ずっと……おばあちゃんになるまで……待ってた!! 食事も、遊びも、全部……全部ここに持ってきて……!! 待ってたんだよ!!」



 幼い女の子のように涙を流す、口元にほくろがある老婆。

 それを姉のように、やさしく抱きしめる砂色の魚。



 今、この場にいるのは、ふたりだけだった。










 砂漠に、灼熱しゃくねつの朝がやってきた。

「ネエ、ドウシテ宿屋ニ泊マラナカッタノ?」

 設置したテントを片付けながら、化け物の少女がたずねる。

「自分がみっともなかったからだ。ただ落ちたピアスを拾い上げようとしたのを、襲いかかったと勘違いした自分がな」

 老人はそう言うと、手元にある袋から種……いや、桃味のグミを口に入れる。

 フードをおろし、眼球代わりの触覚があらわになっている少女は、「別ニ気ニシナクテモイイノニ」とつぶやき、作業を続けた。



 ふと、化け物の少女は手を止め、空を向けて、



 鼻歌で、砂漠に響かせた。










 高いB音シの音を。









 
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