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化け物バックパッカ-、砂漠の鐘を鳴らす。【前編】
しおりを挟む星の下一面に広がる、砂。
その中を、ふたつの明かりが照らしていた。
ジープ形の車。そのライトに照らされているのは、家族連れだろうか。
男性が1名、女性が1名。
そして、男の子が1名。
星空を見つめてふたりだけの世界に入っている両親をよそに、
男の子は退屈そうに、あくびをして、
こっそり両親から離れていった。
車の側にある、巨大な岩。
男の子は意味もなく、その岩の周りを何周も走る。
ふと、男の子は足を止めた。
岩の影に、光るものを見つけたからだ。
それは、黄金に輝くハンドベル。
砂が舞うこの砂漠だというのに、
そのハンドベルには砂は一粒もついていなかった。
男の子は、大人には持っていない純粋な好奇心で、
そのハンドベルを手に取り、ふった。
砂漠に、高いB音が広がっていく。
共鳴するかのように、風が強くなる。
風は地面の砂を巻き上げ、
砂嵐へと姿を変えようとしていた。
少年は、恐怖でハンドベルを投げ出し、
一目散に、走り去ってしまった。
少年が拾った場所であり、今でもハンドベルが横向きに倒れている場所。
砂で顔を隠していたものが、今、顔を出していた。
無念を訴えているように歯を開く、複数の白骨死体が。
周りが見えなくなる前に、少年は奇跡的に、光が照らす場所まで戻ってこれた。
心配していた両親に抱きしめられ、
3人は車の中へと、避難する。
やがて、車の中は静かになった。
車の横を、なにかが通過した。
それは、巨大な魚。
体は砂と同じ色をしており、
皮膚から砂をまき散らしながら、砂の上を泳いでいく。
車には目もくれなかったが、
黄色く光る頬と、赤く光るその目は、人間を求めているようだった。
巻き散った砂は、静かになる。
離れていった魚と、会えないことを覚悟しているかのように。
沈んでいた太陽が顔を出し、空の頂上に向かって進み始めた。
いや、進みすぎた。
頂上を過ぎ去り、空が夕焼けになるほど、
太陽は進みすぎていた。
そんな太陽の下を、ひとりの老人が歩いていた。
老人は夕焼けの太陽の下を、足跡を残しながら進んでいる。
いや、足跡だけではない。なにかを落としている。
手に持った袋の中から、桃色の種の形をしたものをつまみ、
一定間隔で落としているのだ。
足元の影が伸びていく中、
つまんだ種を落とさず、その場に立ち止まり、
老人は、その種の観察を始めた。
「こんなもので彼女が気づいてくれるかどうか……まあ、今はこれしか方法がない」
この老人、顔が怖い。
派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショッキングピンクのヘアバンド。そして背中の黒いバックパック。
砂漠にたたずむその姿は、近づかれたらなにをされるのかわからない空気を放っていた。
たとえ、本人にその気がなくても。
種をばらまきながら、老人はオレンジ色の砂を歩いて行く。
その老人が再び立ち止まったのは、
目の前に建物を発見した時だ。
その建物は、レンガ造りの遺跡のような場所だった。
正確には、屋根を初めとして半損しているレンガ造りの建物。
その一部を、布で覆って補っている。
そしてもっとも印象的なのは、
頭部から生えている、縦向きの信号機だった。
老人は入り口の穴の前で立ち止まり、右を見る。
そこにあったのは、小さな井戸。
そして、入り口と井戸をつなぐ、足跡でできた1本の線だ。
その様子を見て、老人は背中のバックパックから水筒を取り出し、中の水を喉に流し込む。
そのままの体勢を維持した後、2,3回、水筒を揺らし、バックパックに仕舞う。
そして、入り口の上に設置されている看板を見上げた後、奥へ足を踏み入れた。
“宿屋”
看板に書かれていたのは、それだけだった。
「誰かと思ったら……またお客さんですか」
遺跡の中の一室。
老人が踏み込むと、その人物は振り返らずに事務対応を行った。
足元にある赤いじゅうたんは、奥の青い光に続いている。
そこにあるのは、モニター。
中央に人の後ろ姿が写っている。いや、その人影がモニターではなく外、つまりモニターの前でイスに腰掛けているのだ。
カタカタと、無機質に鳴り響く自然音をしばらく聞いて、ようやく老人は納得したようにうなずく。
「1名だ。少なくとも今だけは1名だ」
「そこに名簿がありますんで、そちらにご記入をおねがいしますです」
振り向かずにモニターに集中する人影の指示に従うため、老人は名簿を探す。
「懐中電灯、いいか?」
「今ならいいです。本当はモニターに反射してエイムに支障が出る恐れがあるのでダメですが、ちょうどデイリーボス倒したとこなんで」
モニターでは、“S”と書かれた文字が大きく表示されている。
老人は不思議そうにそのモニターを眺めつつ、バックパックから懐中電灯を取り出した。
懐中電灯に照らされた、入り口付近に設置されたテーブル。
その上に置かれたボールペン、そして閉じられた方眼ノート。
老人はその方眼ノートを開いてみる。
最初に見たのは、3人の家族連れ。感謝の言葉が書かれていた。
その下にあるひとり客の名前は、老人が来る直前の宿泊客だろうか。
“この主人はマジでクレイジー。後ろで懐中電灯をつけただけで本を投げられた”
老人はその文に眉をひそめつつ、ボールペンを手に取り、文の下に自身の名を刻んだ。
老人が階段を上がっていく音が、響き渡る。
それを気にすることもなく、モニターの前の人影はマウスを動かしていく。
ふと、人影は手元にある写真立てに目を向けた。
写真の中には、砂漠の中でピースサインを見せるふたりの少女。
ふたりは背が違っていて、背の高い少女は耳元にピアスをつけてほほえんでおり、
背の低い少女はほくろのある口元で、歯を見せて笑っていた。
その写真立てをうつぶせにした時、裏側の金具に写った自身の顔を見た。
白髪で、シワだらけで、口元にほくろがある自身の姿を。
その人影……老婆はため息をつくと、再びキーボードを動かそうとした。
「ちょっと、すまん」
後ろから老人に話しかけられ、老婆は指を止めた。
「……なんですか?」
「ここにバックパックを背負った黒いローブの少女が訪れたら、俺がここにいることを伝えてくれ」
「わざわざ言うことです?」
「彼女は初対面の人間とは話せないんだ」
老婆はため息をつく。
人見知りのために画面から目を離すのはごめんだ。そう言っているように。
「この宿は部屋の予約ができないので。あしからずです」
そう言い放って、老婆は人差し指を上げた。
「……彼女とは、はぐれてしまった。昼間……砂漠のど真ん中でな」
キーボードに人差し指が触れるとともに、老婆は目を見開いた。
モニターの中では、多数のモンスターが画面の手前まで押し寄せている。
それを何もせずにしばらく眺めたのち、老婆はそばにあるスイッチを押した。
「人とはぐれたなら……先に言ってくださいです。そこにある張り紙、先に読んでほしかったです」
その言葉に、老人はテーブルのあった方向に懐中電灯を向ける。
方眼ノートから、懐中電灯の光を上に移動させる。
そこには、赤い張り紙が貼られていた。
“人とはぐれて来たのなら、ただちに支配人に通達すること”
“GAMEOVER”と表示されるモニターを見て、老婆は机をたたいた。
同時刻の宿屋の外、
空はもう太陽がほとんど見えなくなっていた。
その代わりとして、代わりとしては心許ないが、
3つの光が、1つずつ交代して、光っていた。
【青】
【黄】
【赤】
宿屋の屋根から生えている、信号機だ。
3色の光は照らすことができなくても、
今、暗闇に包まれた砂漠の中で、
星のように、輝いていた。
数時間後、相変わらず老婆はキーボードをせわしなく動かしていた。
老人の姿は見当たらない。おそらく、部屋にいるのだろう。
「……!!?」
突然、モニターの光が消えた。
老婆は慌ててキーボードをたたき、マウスを動かしてみるが、改善はされなかった。
「せっかくレアドロップ入手したのに……停電なんて……」
放心状態になるように、老婆はキーボードの上に倒れかかった。
しかし、すぐに顔をあげた。
扉を開け、必死に階段を駆け下りる音が聞こえてきたからだ。
「おいっ!! 今すぐここから逃げろッ!!」
老人の言っている言葉に、老婆は飲み込めないまま瞬きを行う。
「この宿屋が……崩されるぞっ!!」
老人の叫びとともに、天井が破壊された。
上を見上げた老人と老婆の上を、
レンガの雨が降ってくる。
砂ぼこりでふたりの姿が消えたあと、
それは天井から、手を伸ばしてじっと見つめていた。
天井からのぞき込む、砂色の魚。
赤く光るその目は、人間を求めているようだった。
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