化け物バックパッカー

オロボ46

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化け物バックパッカー、ラジオを引っこ抜く。【前編】

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 そこまで遠くない距離に見えるビルを背景に、草原が広がっている。

 その草原の中に立つ、金網で囲まれた施設。

 大きなロケットが、その金網の中に閉じ込められていた。



 青さが見え始めた空に向かって、ロケットが打ち上げられた。

 空を見上げる人たちは、特に声を出すことはなかった。

 まるで事務的なような表情。ありふれたものを見ているような表情。

 彼らには、打ち上げが失敗する心配も、宇宙に対する期待も、持っていなかった。



 その様子を、彼はただ箱の中からのぞき穴で見ているだけだった。

 打ち上げが失敗する心配も、宇宙に対する期待を持っていたのに。










 ロケットが打ち上がってから、数日後の早朝。

「……」

 ロケット発射場を囲む金網に設置された看板を見て、黒いローブで身を包んだその人物は立ちすくんでいた。

 その後ろから、もうひとり、老人が遅れてやってくる。
 老人も、黒いバックパックを背負っていた。

「ああ……昨日だったか……」

 申し訳なさそうに頭をかいているこの老人、顔が怖い。
 派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショッキングピンクのヘアバンドという変わった服装をしている。
 その背中には、黒いバックパックが背負われていた。俗に言うバックパッカーである。

 ローブを着た人物は、わずかに見えている影のように黒い下あごを動かす。

「……ロケット……昨日ニ打チ上ガッタンダ……」

 その奇妙な発音で落胆を表現するこのローブの人物、顔が見えない。
 身を包むローブについたフードが深く被られており、その表情は口元でしか判断できないからだ。
 ただわかるのは、体つきでかろうじて女性と思われること。

 そして、老人と同じバックパックを背負っていることから、先ほどの会話も踏まえて老人とともに行動していることだけだ。



「すまんな、“タビアゲハ”。楽しみにしていただろうに……」
「ウウン。ダイジョウブ……坂春サカハルサン」

 そう言っているものの、タビアゲハと呼ばれたそのローブの人物は、名残惜しそうに金網の向こうを眺めていた。
 









 ロケットの発射場が存在する草原。そこから離れた場所には、ビルの建ち並ぶ市街地がある。

 その市街地に立つハンバーガー店から、坂春と呼ばれた老人とタビアゲハは歩いている。

「しかし、ロケットの打ち上げもすっかり珍しくなくなったな……俺のじいさんは、性能のいいロケットが打ち上げることになったらニュースで取り上げられ、それに便乗して限定メニューを出す飲食店もあったと言っていたが」

 坂春は思い出を振り返るように空を見上げながら、腹をさすっている。

「ロケットッテ、宇宙ヲ調査スルタメニ打チ上ゲルンデショ?」

 ローブの下で笑みを浮かべるタビアゲハに顔を向けられて、坂春は目線も変えずに「人類が地球にいたころはな」と答える。

「材料費を押さえてロケットが作れるようになった今、その目的は調査からゴミ処理、および実験場を兼ねた宇宙ステーションへの行き来が主な目的となっている」
「他ノ惑星トカ、調ベナイノ?」

 まるで子供に現実を教えるような心構えをしているように、首を振る坂春。

「この辺りは既に調べてある。この星が地球そっくりに開発される下準備としてな」

 タビアゲハは納得したように何度かうなずきながら顔を前に向け……

 再び坂春に向けた。

「ロケットニゴミヲ入レルナラ、ソレマデハドコニ貯メテオクノ?」
「ん? ああ、各地にあるゴミ処理場の最終処分場だが……」
「コノ街ニアル?」

 坂春は「ああ、あるが……」と口にして、後悔するように口をふさいだ。



 タビアゲハは立ち止まり、坂春をじっと見つめていた。

 まるで、純粋な少女の瞳を向けるように。

 そのローブの下にあるものが、必ずしも瞳とは限らないが。



「……見に行きたいのか?」

 坂春が立ち止まると、タビアゲハはほほえみ何度もうなずいた。

「……大量のゴミがあるだけだぞ」
「イイノ。一度見テミタイ。私ガ見タイ、コノ世界ノ全テノ1ツダカラ」

 先ほどロケットの発射を見せてやれなかったことが心残りになっているのか、坂春は眉をひそめ、ため息をついた。










 ロケットの発射場と反対方向の街のはずれ。

 その場所は同じように金網で囲まれていた。

 違うのは、金網の中にあるもの。

 ロケットとは違い、昔の人はおろか、今の時代で暮らす人でさえ忌み嫌うもの。

 金網の中で広がる、ゴミの山。

 処理できなかったゴミが埋め立てられた、ゴミ処理場の最終処分場。

 今も昔も、ここから夢を見いだす者は少数であろう。



 その金網に、タビアゲハは手を当てる。

「……ココニ、ゴミガ集メラレテイルンダネ」

 興味深そうにゴミの山を眺めるタビアゲハに対して、その横の坂春は金網にもたれかけ、あくびをしていた。

「ナンダカ、ゴミ箱みたい」
「まあ似たようなものだな。家のゴミ箱はそこで暮らす者たちのゴミを集め、それが地域のゴミ捨て場に集められ、さらにそれを運ぶ車に集められる……」

 空を見上げ坂春は「そしてそのゴミから再利用できるものが抜き取られ、あとは宇宙に捨てられる」と苦笑いする。

「ナンダカ、宇宙マデゴミ箱ニ見エチャウ」
「その宇宙に解き放たれたゴミも、ブラックホールに捨てられるけどな」



 そこで一度会話は止まったが、しばらくすると再びタビアゲハが口を開く。

「ネエ、ロケットデゴミヲ飛バス前ハ、ドコニ捨テテイタノ?」
「捨てる場所はない。最終処分場に一時しのぎで埋め立てられるだけだ」
「ソレジャア……スグイッパイニナリソウダケド――」

 タビアゲハは、顔を上げた。

「昔はもっと広い場所だった。ゴミが増えてきたら、その範囲を広げて……」



 坂春が横を見ると、タビアゲハの姿が消えていた。



 慌てて金網から離れると、すぐにその姿は見つかった。

「ット」

 金網の向こう側に降り立つ、タビアゲハの姿が。



「おい!? 入る必要はないだろう!!?」

 慌てて金網につかむ坂春に対して、タビアゲハはゴミの山を指さした。

「アッチカラ、声ガ聞コエタ!」
「声!?」

 坂春は耳に手を当て、金網の向こう側に向けてみた。



 オーイ……誰カ……



「!!」

 か細く奇妙な声が、坂春の耳にも入った。

「ネエ坂春サン! チョット手伝ッテ!」

 再び目を金網のむこうに向けると、タビアゲハはゴミの山に手を入れていた。
 なにかを引き抜こうとしているようだ。

「俺たちはゴミを見に来ただけなんだけどな……!」

 坂春は辺りに人がいないことを確認して、金網に足をかけた。



 タビアゲハと合流した坂春は、タビアゲハの手が握っているものを見た。

 そこにあるのは、細い棒のようなもの。

「よし、今すぐ出してやるからな!」
「セーノッ」

 ふたりは棒をもって、後ろに体重をかけた。

 少しずつ、棒が外へと伸びていく……



 ふたりが尻餅をつくとともに、空をなにかが舞った。

 細い棒ことアンテナがついた、長方形の箱。

 スピーカーのついた、ラジオだ。



「ウッ!!」

 そのラジオは地面に落ちると、奇妙な声を発した。タビアゲハよりも低めだ。

「……なんだ、ラジオか……いや、さっき声を出していたな。さては……」
「アナタモ……変異体……ナノ?」

 坂春の隣でタビアゲハは、ラジオを見て瞬きをする。



 尻餅をついた衝撃でフードが下ろされていて、タビアゲハの顔があらわになっていた。
 本来なら眼球が収まっている場所から生えているのは、青い触覚。
 その触覚は閉じると引っ込み、開くと出てくる。影のように黒い肌も合わせて、タビアゲハは人間ではなかった。



「マー、ソッスネ。オラモ前マデハ変異体デシタケド、今ハ変異体ニナッテシマッタッス」

 ラジオのスピーカーから出てきた声に対して、坂春は安心したようにホッと一息つき、タビアゲハはほほ笑みながらフードを被る。

「それじゃあな。今度は間違えて捨てられないようにな」
「バイバイ、元気デネ」

 坂春とタビアゲハはラジオに分かれを告げ、その場から歩き始めた……



「チョット待ッテクダサイッス! マダ抜ケ出セテナイッスヨ!」



 ラジオからの声に、坂春とタビアゲハは立ち止まって顔を見合わせた。
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