化け物バックパッカー

オロボ46

文字の大きさ
上 下
127 / 162

化け物バックパッカー、地上絵が消える瞬間を見る。【後編】

しおりを挟む


 ゆるやかな坂を時間をかけて下り、ふたりは目的の場所までやってきた。

 周りを見渡しても建物はなく、草原が広がっているだけ。

 その中に、草の生えていない部分があった。

 今は、なにもない。



「昨日まではここに模様があったんだがな」
 坂春が草の生えていない部分を眺めながらつぶやいていると、その横でタビアゲハがしゃがみこみ、じっと地面を見つめた。
「……足跡ガアル」

 タビアゲハが指を指した場所には、うっすらと足跡が残っていた。

 人の裸足が、うっすらながらも五本指も含めて足跡として残っていた。

「泥とかじゃないからあまりはっきりしていないが……裸足でこんなところに来ているとは思えないな」
 坂春が確認する中で、タビアゲハは指先を足跡の先に移した。
「コノ足跡……草ムラニイクマエデ途切レテイル」
「草むらまで距離があるから……ここから飛んだのか、地面に潜ったとしかわからんが……」

 その時、一瞬だけ地面が動いた。

 その場所は、ちょうど最後の足跡の指先の近くにある。

 タビアゲハは坂春と顔を合わせると、鋭い爪でその場所を掘り起こし始めた。



 現れたのは、巨大なまぶた。

 まぶたが開かれた直後、中の瞳が見開き、半分だけ閉じた。

「マブシッ!!」

 突然大声を出した目玉に対し、タビアゲハは「キャッ!」と声に驚いたように肩を上げた。

「アア、ビックリシタ……土ノ下デ寝テイタラ、イキナリ掘リ起コサレタカラ」
 地中に埋まっていると思われる目玉は、タビアゲハよりも低めの奇妙な声で眠たいという表現をしていた。
「ゴ、ゴメンナサイ……」
 タビアゲハが自分の頬をなでながら謝罪すると、ため息なのか、地面の小さな砂が少しだけ飛んだ。
「マア、ドウデモイインダケドサ……」
「起こしてしまたのは悪かった。ところで、ちょっと知りたいことがあるんだが……」
「ココニアッタ地上絵ノコト?」

 言葉を先読みするように、昨日までは模様があった場所に目線を動かす目玉に、坂春とタビアゲハはゆっくりとうなずく。



「アレ、俺ガ消シタンダヨ」
「へっ?」「エッ?」



 坂春とタビアゲハが口を開けたまま固まっていると、目玉は「悪イカ?」と不満そうに声を出す。

「ドウシテ消シチャッタノ? トテモ素敵ステキナ絵ダッタノニ」
「それに、ここにあった模様は訪れた観光客にとって目玉になるんじゃないか? 近くの民宿だって、この模様を見るために訪れる人がいると聞いたが」

 ふたりの質問に、今度はハナで笑った。

「素敵? 目玉? 冗談じゃないよ。あれは俺が人間だったころ、酔った勢いで書いた落書きだよ」

「エエェ……」「ええぇ……」

「シバラクハ忘レテイタンダガ、俺ガコノ姿ニナッテ何十年カグライニフト思イ出シテナ、恥ズカシクナッテ消シニキタンダ」

「酔ッタ勢イッテ……オ酒デ酔ッパラッテコト?」

「復唱スンナ恥ズカシイ。トニカク、モウ寝カシテクレ。昨日ハ落書キヲ消シテ疲レテイルンダ」



 目玉はまぶたを閉じて、何も言わなくなった。

 タビアゲハは戸惑いながらも、掘り起こした土をまぶたの上にかぶせ、埋めてしまった。



「……聞かないほうがよかったのかもしれんな」
「ドウカナ……私ハ気二入ッテイルケド、コノ話」

 しばらくして、ふたりのバックパッカーは谷から立ち去った。










 その夜、暗闇の中で大きな物音が聞こえてきた。

 小屋の中で、民宿を営む男性は布団を蹴飛ばし、窓に駆け寄った。



 昨日までは模様があった場所をよく見てみると、小さな穴が空いていた。遠くから見て小さい穴だが。

「……昨日のことといい、なにか起きているのか?」

 男性は戸惑いながらも、布団の横に置いていたスマホに手を伸ばした。

「……!!」

 スマホに触れる直前、どこからかノックの音が聞こえてきた。

 ここに住んでいる男性にとって、どこからノックが鳴っているのかはすぐにわかることだ。



 玄関の扉の前に来ると、ノブに手をかける間もなく扉が開いた。

「コンチワ」
「!!?」

 男性は尻餅をつき、逃れようと後ろに下がろうとした。

 しかし、足は思うように床を蹴ることはできず、尻で下がろうにもまったく後ろに進んでいない。

 玄関の前には、化け物の目玉が男性を見つめていた。
 体は芋虫のようで、黒板消しの形をした6本足の緑色の化け物だ。

「ど……どういった……ご用件でしょう……か……」

 シワだらけのその顔は恐怖でおびえているというのに、男性の口から出たのは業務の言葉だった。恐怖で頭が混乱しているのだろうか。

「アア。スマナイケド、チョット電話シテホシイ」

「ど……どこに……でしょうか?」

「近クノ変異体隔離所ダ。コッチ二迎エニ来ルヨウニシテホシイ」

 男性のシワが増えた。化け物の言葉の意味を理解できないことで、何をされるかがわからない恐怖が加えられたのだろう。

「ナニシテル、早ク呼バナイカ」

 化け物のひと声で、男性は逃げるように部屋の奥へと消えていった。

「……ソンナニ怖ガラナクテモイイノダガ。マア、変異体ヲ見ルト普通ノ人間ハ恐怖ノ感情ヲ起コシテシマウカラナ。ダカラ変異体隔離所ニ押シ込マレルノダガ。アノ爺サンハ怖ガラナカッタカラ忘レテイタナ」

 化け物は玄関から夜空に目線を移し、独り言をつぶやく。

「コレデモウ思イ残スコトハナイ。黒歴史ヲ残したママ、アノ隔離所デ生涯ヲ終エルナンテゴメンダカラナ。ワザワザ脱走シテマデ消シニキタ甲斐ガアッタヨ」
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 1

あなたにおすすめの小説

恋するジャガーノート

まふゆとら
SF
【全話挿絵つき!巨大怪獣バトル×怪獣擬人化ラブコメ!】 遊園地のヒーローショーでスーツアクターをしている主人公・ハヤトが拾ったのは、小さな怪獣・クロだった。 クロは自分を助けてくれたハヤトと心を通わせるが、ふとしたきっかけで力を暴走させ、巨大怪獣・ヴァニラスへと変貌してしまう。 対怪獣防衛組織JAGD(ヤクト)から攻撃を受けるヴァニラス=クロを救うため、奔走するハヤト。 道中で事故に遭って死にかけた彼を、母の形見のペンダントから現れた自称・妖精のシルフィが救う。 『ハヤト、力が欲しい? クロを救える、力が』 シルフィの言葉に頷いたハヤトは、彼女の協力を得てクロを救う事に成功するが、 光となって解けた怪獣の体は、なぜか美少女の姿に変わってしまい……? ヒーローに憧れる記憶のない怪獣・クロ、超古代から蘇った不良怪獣・カノン、地球へ逃れてきた伝説の不死蝶・ティータ── 三人(体)の怪獣娘とハヤトによる、ドタバタな日常と手に汗握る戦いの日々が幕を開ける! 「pixivFANBOX」(https://mafuyutora.fanbox.cc/)と「Fantia」(fantia.jp/mafuyu_tora)では、会員登録不要で電子書籍のように読めるスタイル(縦書き)で公開しています!有料コースでは怪獣紹介ミニコーナーも!ぜひご覧ください! ※登場する怪獣・キャラクターは全てオリジナルです。 ※全編挿絵付き。画像・文章の無断転載は禁止です。

【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。

紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。 アルファポリスのインセンティブの仕組み。 ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。 どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。 実際に新人賞に応募していくまでの過程。 春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)

台本集(声劇)

架月はるか
大衆娯楽
フリー台本(声劇)集。ショートショートから、長編までごちゃ混ぜです。 ご使用の際は、「リンク」もしくは「作品名および作者」を、概要欄等にご記入下さい。また、音声のみでご使用の場合は、「作品名および作者」の読み上げをお願い致します。 使用に際してご連絡は不要ですが、一報頂けると喜びます。 最後までお付き合い下さると嬉しいです。 お気に入り・感想等頂けましたら、今後の励みになります。 よろしくお願い致します。

身寄りのない少女を引き取ったら有能すぎて困る(困らない)

長根 志遥
ファンタジー
命令を受けて自らを暗殺に来た、身寄りのない不思議な少女エミリスを引き取ることにした伯爵家四男のアティアス。 彼女は彼と旅に出るため魔法の練習を始めると、才能を一気に開花させる。 他人と違う容姿と、底なしの胃袋、そして絶大な魔力。メイドだった彼女は家事も万能。 超有能物件に見えて、実は時々へっぽこな彼女は、様々な事件に巻き込まれつつも彼の役に立とうと奮闘する。 そして、伯爵家領地を巡る争いの果てに、彼女は自分が何者なのかを知る――。 ◆ 「……って、そんなに堅苦しく書いても誰も読んでくれませんよ? アティアス様ー」 「あらすじってそういうもんだろ?」 「ダメです! ここはもっとシンプルに書かないと本編を読んでくれません!」 「じゃあ、エミーならどんな感じで書くんだ?」 「……そうですねぇ。これはアティアス様が私とイチャイチャしながら、事件を強引に力で解決していくってお話ですよ、みなさん」 「ストレートすぎだろ、それ……」 「分かりやすくていいじゃないですかー。不幸な生い立ちの私が幸せになるところを、是非是非読んでみてくださいね(はーと)」 ◆HOTランキング最高2位、お気に入り1400↑ ありがとうございます!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。

スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。 地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!? 異世界国家サバイバル、ここに爆誕!

ガチャからは99.7%パンが出るけど、世界で一番の素質を持ってるので今日もがんばります

ベルピー
ファンタジー
幼い頃にラッキーは迷子になっている少女を助けた。助けた少女は神様だった。今まで誰にも恩恵を授けなかった少女はラッキーに自分の恩恵を授けるのだが。。。 今まで誰も発現したことの無い素質に、初めは周りから期待されるラッキーだったが、ラッキーの授かった素質は周りに理解される事はなかった。そして、ラッキーの事を受け入れる事ができず冷遇。親はそんなラッキーを追放してしまう。 追放されたラッキーはそんな世の中を見返す為に旅を続けるのだが。。。 ラッキーのざまぁ冒険譚と、それを見守る神様の笑いと苦悩の物語。 恩恵はガチャスキルだが99.7%はパンが出ます!

『完結済』ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

処理中です...