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★変異体ハンター、猫を下ろす。
しおりを挟むうっそうと茂る森の中。
木の枝から生えている葉は空を完全に覆い隠せていないが、それでも暗い。
暗闇の中で聞こえてくるのは、風に吹かれて揺れる木の枝の音だけだ。
そんな暗闇に、ふたつの光が照らされる。
ふたつの光は並行に並んでおり、風を切るように木木の間を駆け抜けていく。
やがて、光は動きを止めた。
その光を出しているのは、ココアカラーの車。
運転席と助手席の扉が開き、それぞれ人影が現れた。
「依頼の場所って、この辺りだよねえ?」
車のライトに照らされながら周りを見渡すのは、素晴らしい体形の女性だ。
ロングヘアーに、薄着のヘソ出しルック、ショートパンツにレースアップ・シューズ。その手には大きなハンドバッグが握られていた。
「住所ではそうなっているんですが……家の一軒も見つかりませんね。依頼主とは現地である約束ですが……」
女性の隣でスマホの画面を確認しているのは、女性とは対極的ともいえる太めの体形の男性だ。
ショートヘアーにキャップ、横に広がった体形に合うポロシャツ、ジーパンにスニーカー。その背中には大きなリュックサックが背負われている。
「それにしても、登りがいがありそうな森っすね」
先ほどの話題を断ち切るように、男性はスマホを仕舞いながら周りを見渡し、つぶやいた。
「“大森”さん、木登りがしたいのお?」
女性によるあきれたような口調の言葉に対して、“大森”と呼ばれた男性は頭をかきながら懐かしそうにため息をついた。
「実はそうなんっすよね。子供のころ、じいちゃんから木登りの話を聞いてから、毎日のように近所の木に登っていたなあ……もっとも、同い年の子たちはみんなテレビゲームやスマホで遊んでいたから、変わり者って言われていましたけどね」
黙って聞いていた女性は、どこか納得したようにうなずきながら、車の運転席の扉に手をかけた。
「変わり者なのは、昔からなんだねえ」
「“晴海”先輩には言われたくないですよ……」
“晴海”と呼ばれた女性が運転席の扉を開いたとき、顔を上げた。
「オーイ」
猫が言葉を発したような、奇妙な声が聞こえたからだ。
「……晴海先輩、聞きました?」
「ええ、すぐ近くみたいですけどお」
ふたりは近くの木を見上げた。
木の枝に、黒い猫のような生き物がしがみついている。
その鋭い爪と顔つきは、どちらかといえば虎に近い。しかし、耳は丸ではなく三角。やはり、虎ではなく猫と言っていいだろう。
たてがみは白く、胴体まで伸びているその姿は、まるで人間の髪の毛だ。
猫のような生き物は晴海と大森の姿を見ると、安心したように一息ついた。
「アア、ヨカッタ。一生コノママカト思ッタ……サッソクダケド――」
その安心した言葉を出す口の動きが、止まった。
晴海の手には拳銃が握られており、銃口をこちらに向けていたからだ。
「――チョ、チョット待ッテ!? マ、マズハ話ヲ聞イテヨ!!」
慌てる猫だが、晴海は予測通りと言わんばかりに体制を崩さなかった。
「あたしは変異体ハンターですよお。変異体を捕獲、処分することが仕事ですからあ」
「ダカラトイッテ、ナニモシテイナイノニ殺スノ!? 普通ハ捕獲スルトカジャナイノ!?」
「もちろん、殺すつもりはないよお。手足を破壊して、身動きできない状態で捕獲するからあ」
「ソッカ、殺スツモリハナインダネ……ッテ、イヤ、捕獲トカジャナクテマズハ話ヲ聞イテヨ!!」
そんなことはお構い無しに、晴海は拳銃の安全装置を外す。
その隣では、大森が巨大なクラッカーを構えていた。
晴海の指が引き金に触れようとした時、猫のような生き物は叫んだ。
「依頼シタノハ僕! 僕ガ依頼シタンダヨ!!」
その話を聞いて、晴海は引き金から指を離し、大森はクラッカーを下ろした。
「……どういうことだ?」
大森が首をかしげると、猫のような生き物は髪の毛の中からスマホを取り出した。
「ソノマンマノ意味! 僕ガスマホデ依頼ヲ送ッタノ!!」
「つまり、自分を処分してくれって依頼ですかあ? そういう依頼は以前にも受けたことはありますがあ」
晴海の推測に対して、猫のような生き物は否定するように首を降る。
大森はなにかが頭によぎったように眉を潜め、やがて思い出したように眉を上げた。
「あ、思い出した!! 先輩、依頼文には変異体の駆除とは一切書かれていませんでしたよ!」
晴海はゆっくりと拳銃を下ろし、しかし目線は猫のような生き物に向けたまま大森に話しかける。
「……どんな依頼文だっけえ」
「“変異体、森の中に、困ってる、詳しくは現地で”……だったはずだよな?」
確認をとるように見てくる大森に対して、猫のような生き物はうなずいた。
「ソウソウ! 第一、詳シイ話ハ現地デ話スツモリダッタノニ、合流シタトタンニ銃口ヲ向ケラレルナンテ……君タチハ、人ヲ襲ワナイ変異体ノ捕獲暦ガナイ変異体ハンターデショ?」
晴海は大きくため息をつくと、拳銃を手元のハンドバッグに仕舞った。
「それで、依頼は?」
「僕、実ハ高イトコロガ苦手デ……人間カラ逃ゲテイタラ夢中デ登ッチャッテ……ナントカシテ下ロシテクレナイ?」
依頼の内容について問題がないかを確認するように、大森晴海に目線を向ける。
「晴海先輩、どうします?」
「大森さん、ちょっとう……」
晴海は逃げないようにという意味を込めたにらみを猫のような生き物に向けると、大森とともに暗闇に消えていった。
やがて、晴海だけが車のライトの側に戻ってきた。
「アレ? 男ノ人ハ?」
「ちょっと別の作業を担当してもらっているんですよう」
ハンドバッグに手を入れる晴海を、猫のような変異体はのぞき見ようとして慌てて地面から目をそらした。
「ネエ、ドウヤッテ下ロシテクレルノ?」
「ちょっと待ってくださいねえ」
晴海はハンドバッグから何かを取り出すと、それを猫のような生き物に向けた。
「……」
それは、拳銃だった。
「チョ、サッキト変ワラナイジャンッ!!」
「結局、これが1番効率がいいんですよお。体全身が変異した変異体は再生能力が高いから、足を吹っ飛ばしてもすぐ生えてきますからあ……じっとしててくださいねえ」
警告を終えると、晴海はすぐに引き金を引いた。
猫のような生き物は戸惑う暇もなく、両足を弾丸に吹き飛ばされ、木の枝から落ちていった。
そのまま地面にたたきつけられる……ことはなく、晴海の腕に抱かれた。
「アア、心臓ガ止マルカト思ッタ……デモ、下ロシテクレテ、アリガトウ」
若干複雑そうな表情で礼を述べる猫のような生き物に対して、晴海は表情を変えずに猫の体を見る。
「それよりも、報酬はちゃんと用意していますよねえ」
「チャント用意シタヨ……木ノ上ダケド……上レル?」
「あ、それなら、問題無いねえ」
うなずきながら、晴海は上を見上げた。
上の木の枝に引っかかっている袋。
それを、木の後ろから取り上げる腕が現れた。
その腕は晴海に見せるように、高く上げられた。
「晴海先輩!! 例のハンカチありましたっ!!」
大森の声を聞いた猫のような生き物は首をかしげた。
「例ノハンカチ? ソレ、僕ノダケド……」
「……いいえ、この近くの村の住民のものですよお」
その直後、晴海は猫の額に拳銃を突きつけた。
「……」
猫のような生き物は、体を震わせながらも、何も言わなかった。
「あなたの言うとおり、あたしは人を襲った証拠のない変異体の捕獲暦はありません。ですが、襲った証拠が見つかったとなれば、見逃すことはできませんよう」
「……アノ時、イキナリ銃口ヲ向ケタノモ、僕ガ人ヲ殺シタ疑イガアッタカラ……?」
「そういうことですねえ。依頼の場所に訪れる前、近くの村で食糧の買い出しをしていたんですよお。コンビニの話し好きなおばさんが、最近、変異体に殺された近所の少女のウワサを話していましたあ。その少女が大事に持っていたハンカチのこともねえ」
「……コノ姿ニナッタ瞬間ノコトハ、ヨク覚エテナイ。気ガツイタラ、血ダラケノ女ノ子ガイテ……慌テテ逃ゲテ……ソノ時ニハンカチヲ持チ出シチャッタンダ」
晴海はハンドバッグから網のようなものを取り出し、猫のような生き物を拘束し始めた。
猫のような生き物は、失った足が再生し始めたにも関わらず、一切の抵抗を見せなかった。
「ネエ、僕ッテ処分サレチャウノ?」
「さあ、それはあたしじゃなくて引き取る警察が決めるよう」
「モシサ、処分ジャナクテ変異体ヲ収容スル施設ニ送ルナラ……高イトコロ、イカナイヨネ?」
「ウワサでしか聞いてないですけど、この辺りは高い建物を建てるのに不向きな土地と聞きましたよお。この近くの施設なら、恐らく地下でしょうねえ」
「……ソレナラ、心配ナイヤ。高イトコロデ一生暮ラスナンデ、死ンダ方ガマシダモン」
晴海は網に包まれた猫のような生き物を抱え、また暗闇へと消えていった。
そして、明かりの下にやって来たとき、手元には猫のような生き物はいなかった。
「晴海先輩、あいつの様子はどうです?」
木の枝にまたがっている大森が、上から尋ねてくる。
「今のところ、大人しいねえ。拘束した上でちゃんと鍵は閉めておいたから、車のトランクから逃げ出す心配はないけどねえ」
「それにしても、久々に木に登ったなあ……なんだか、懐かしい感じがしますよ」
辺りの地面を見渡しながら懐かしそうにつぶやく大森に対して、晴海は片手を腰に当てる。
「それはどうでもいいでしょお? そんなことよりも、早く降りてきたらあ?」
「……」
大森は突然黙ったかと思うと、苦笑いを晴海に向けた。
「それなんですがね……木に登った時に思い出したんですが、俺、小さいころに登った木から落ちて骨折したことがあるんですよ。それを思い出しちゃって……」
「……もっとよく考えてから木に登らせるべきだったあ」
どっと疲れが押し寄せたように、晴海は大きなため息をついた。
人間に対して足を吹き飛ばして無理やり落とす、なんて方法を晴海が思い浮かべるはずがなかった。
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