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化け物バックパッカー、日差し漏りを防ぐ。【後編】
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「ナア、コレカラ君タチハドコニ行クンダ?」
小屋の中、それぞれのバックパックを背負い始めた坂春とタビアゲハに対して、傘の変異体は尋ねた。
「特に決まっていないが、この先の街を歩こうと思っている」
「ア、ソレダッタラ俺ヲ連レテ行ッテクレナイカ? コノ姿ニナッテカラハ街ノ景色ヲ見テナイカラサ、ドウナッテイルノカ見テミタインダ」
坂春はすぐに答えず傘の全身をなめるように目線を動かす。
「別にいいが……ただ、おまえの傘は旅で持ち運ぶには少し大きすぎる。一旦ここに戻って元の傘立てに戻すが、それでいいか?」
「アア、コノボロ小屋ハ俺ガ金ヲ貯メテ買ッタ我ガ家ダカラ、ソッチノ方ガアリガタイ」
「……ココ、アナタノ家ダッタンダ……」
タビアゲハはフードの下で、触覚を瞬きのごとく出し入れしていた。
坂春は閉じた傘の変異体を手に、玄関の前に立った。
その後ろをついて来ていたタビアゲハは「ア、チョット」と呼び止める。
「ネエ、私ガコノ人ヲ差シテモイイ?」
その言葉に、傘の変異体は背筋が凍るように生地を振るわせた。
「……俺、刺サレルノ!?」
「いや、刃物を“刺”すほうじゃなくて傘を“差”すという意味だ」
坂春の冷静な解説に、傘の変異体は胸をなで下ろすように生地の動きを止めた。
「そういえば、タビアゲハは折りたたみ傘しか傘を差していないな」
「ウン、大キイ傘ヲ持ッテ雨ノ中ヲ歩クノッテ、ドンナ感ジカ気ニナッチャッテ」
坂春は傘の変異体を、タビアゲハに手渡した。
タビアゲハは玄関から出ると、空に向かって傘の変異体を突きだし、
傘を開いた。
人々が行き交い始める交差点の中、ふたつの傘は横断歩道を渡っていく。
ひとつは、タビアゲハの持つ黒い生地の傘の変異体。
もうひとつは、坂春の持つ黄色い折りたたみ傘だ。
「俺ヲ持ッタ感想ハドウダ?」
周りの人々に気づかれない大きさの声で、傘の変異体はタビアゲハに尋ねる。
「ナントイウカ……安心スルッテ感ジ。折リタタミ傘ヨリモ雨ガ入リニクイノモアルケド、傘ガ大キイダケデ守ラレテイルミタイナ」
傘を持たない左手の人差し指をアゴに当てながら答えるタビアゲハを見て、坂春は笑みを浮かべた。
「しかし、俺は折りたたみ傘の方が気楽だな。傘が小さい分、人に当たりずらいし、なにより、持ち運びに便利だ」
坂春の熱弁に、傘の変異体は「ヘエ、ソウイウモノナノカ……」と感心した。
「俺ハ折リタタミ傘ハ使ワナカッタカラ、折リタタミ傘ハ持チ運ベルコトシカ長所ガナイト思ッテイタナ」
ふたつの傘は、ビルとビルの間にある小さな神社の前で立ち止まった。
入るかどうかの相談をしているのか、しばらく動かなかったが、
ふたりがうなずくと、神社の鳥居に向かって歩き始めた。
期待で足が速くなったのか、タビアゲハと傘の変異体が坂春よりも一足先に、鳥居をくぐろうとした。
「あ、ちょっとタビアゲハ、ストップ」
坂春に呼び止められ、タビアゲハは振り返る。
首だけを動かした状態で一度止まり、そこからゆったりと肩、胸、上半身、そして全身を坂春に向ける。
手に持つ傘が、そのゆったりとした動きに合わせ、タビアゲハに色気を与えた。
「……やはり、絵になるな」
うなずく坂春に対して、タビアゲハは傘の下で子供らしく首をかしげた。
「絵ニナルッテ……美シイトカソウイウノ?」
「ああ。やはり、こういうのは長傘が合うんだな」
タビアゲハは老人の持っている折りたたみ傘に、触覚を向ける。
「折リタタミ傘デモ、合ウトオモウ」
「そうか? 折りたたみ傘じゃあ、小さくて印象に残らないと思うが……」
「試シテミルノハ?」
坂春はしばらく考えるようにまぶたを閉じ、開くとともに「やってみるか」と鳥居の前に立った。
左手はポケットに入れ、右手で持つ折りたたみ傘の骨組みを右肩に載せ、鳥居の方を向く。
そして振り向き、白い歯を見せた。
「……」「……」
タビアゲハは困惑したように傘の変異体の生地に触覚を向け、傘の変異体は周りに見られない程度に目玉を出し、坂春を見たあと困惑したようにタビアゲハを見つめた。
「……どうだ?」
「ナントイウカ……」「……顔ガ厳ツイカラ、合ッテナインダヨナ」
坂春はこの返事に怒る様子は全く見せずに、頭をかきながら首をかしげた。
「やはり、このポーズはさわやかな方が合っているかもしれん。この渋い顔に合う持ち方はなんだろうか……」
ふと、坂春は頭をかく手を止めた。
空を見上げると、雲の隙間から太陽がのぞいていた。
雨はもう、降っていなかった。
「ア……晴レチャッタ……」
「それじゃあ、ここまでだな」
少しだけ別れを惜しむ坂春とタビアゲハに対して、傘の変異体は首を振るように回った。
「チョットチョット、傘ハ雨ノ日以外ニモ使エタダロウ?」
「……いかん、すっかり忘れていた。すなない」
はっとしたように坂春は目を見開き、左手だけで手を合わせるポーズをして誤る。
その様子を、タビアゲハはまだ理解できないようにフードの下で瞬きを繰り返した。
「ナア、俺ヲ使ッテ太陽ヲ隠シテミテ」
首をかしげながらも、傘の変異体の言うとおりに太陽の日差しを隠すように傘を動かす。
「……ア、日差シガコナイ」
「ああ、傘は雨を防ぐだけでなく、日差しを防ぐこともできる」
タビアゲハは、日傘の役割を持った傘の変異体を手に取り、日差しを入れたり防いだりした。
その様子は、子供のような無邪気さが現れていた。
「ソウイエバ、君タチハドウシテ旅ヲシテルンダ?」
「俺は世界の価値を、この子は世界の全てを見て回るために旅をしている」
「ウン。ソレニシテモ、傘ダケデモイロンナ魅力ガアルナンテ……初メテシッタ」
ふたつの傘は、晴れた空の下を歩いて行く。
雨漏りならぬ、日差し漏りの心配はないようだ。
小屋の中、それぞれのバックパックを背負い始めた坂春とタビアゲハに対して、傘の変異体は尋ねた。
「特に決まっていないが、この先の街を歩こうと思っている」
「ア、ソレダッタラ俺ヲ連レテ行ッテクレナイカ? コノ姿ニナッテカラハ街ノ景色ヲ見テナイカラサ、ドウナッテイルノカ見テミタインダ」
坂春はすぐに答えず傘の全身をなめるように目線を動かす。
「別にいいが……ただ、おまえの傘は旅で持ち運ぶには少し大きすぎる。一旦ここに戻って元の傘立てに戻すが、それでいいか?」
「アア、コノボロ小屋ハ俺ガ金ヲ貯メテ買ッタ我ガ家ダカラ、ソッチノ方ガアリガタイ」
「……ココ、アナタノ家ダッタンダ……」
タビアゲハはフードの下で、触覚を瞬きのごとく出し入れしていた。
坂春は閉じた傘の変異体を手に、玄関の前に立った。
その後ろをついて来ていたタビアゲハは「ア、チョット」と呼び止める。
「ネエ、私ガコノ人ヲ差シテモイイ?」
その言葉に、傘の変異体は背筋が凍るように生地を振るわせた。
「……俺、刺サレルノ!?」
「いや、刃物を“刺”すほうじゃなくて傘を“差”すという意味だ」
坂春の冷静な解説に、傘の変異体は胸をなで下ろすように生地の動きを止めた。
「そういえば、タビアゲハは折りたたみ傘しか傘を差していないな」
「ウン、大キイ傘ヲ持ッテ雨ノ中ヲ歩クノッテ、ドンナ感ジカ気ニナッチャッテ」
坂春は傘の変異体を、タビアゲハに手渡した。
タビアゲハは玄関から出ると、空に向かって傘の変異体を突きだし、
傘を開いた。
人々が行き交い始める交差点の中、ふたつの傘は横断歩道を渡っていく。
ひとつは、タビアゲハの持つ黒い生地の傘の変異体。
もうひとつは、坂春の持つ黄色い折りたたみ傘だ。
「俺ヲ持ッタ感想ハドウダ?」
周りの人々に気づかれない大きさの声で、傘の変異体はタビアゲハに尋ねる。
「ナントイウカ……安心スルッテ感ジ。折リタタミ傘ヨリモ雨ガ入リニクイノモアルケド、傘ガ大キイダケデ守ラレテイルミタイナ」
傘を持たない左手の人差し指をアゴに当てながら答えるタビアゲハを見て、坂春は笑みを浮かべた。
「しかし、俺は折りたたみ傘の方が気楽だな。傘が小さい分、人に当たりずらいし、なにより、持ち運びに便利だ」
坂春の熱弁に、傘の変異体は「ヘエ、ソウイウモノナノカ……」と感心した。
「俺ハ折リタタミ傘ハ使ワナカッタカラ、折リタタミ傘ハ持チ運ベルコトシカ長所ガナイト思ッテイタナ」
ふたつの傘は、ビルとビルの間にある小さな神社の前で立ち止まった。
入るかどうかの相談をしているのか、しばらく動かなかったが、
ふたりがうなずくと、神社の鳥居に向かって歩き始めた。
期待で足が速くなったのか、タビアゲハと傘の変異体が坂春よりも一足先に、鳥居をくぐろうとした。
「あ、ちょっとタビアゲハ、ストップ」
坂春に呼び止められ、タビアゲハは振り返る。
首だけを動かした状態で一度止まり、そこからゆったりと肩、胸、上半身、そして全身を坂春に向ける。
手に持つ傘が、そのゆったりとした動きに合わせ、タビアゲハに色気を与えた。
「……やはり、絵になるな」
うなずく坂春に対して、タビアゲハは傘の下で子供らしく首をかしげた。
「絵ニナルッテ……美シイトカソウイウノ?」
「ああ。やはり、こういうのは長傘が合うんだな」
タビアゲハは老人の持っている折りたたみ傘に、触覚を向ける。
「折リタタミ傘デモ、合ウトオモウ」
「そうか? 折りたたみ傘じゃあ、小さくて印象に残らないと思うが……」
「試シテミルノハ?」
坂春はしばらく考えるようにまぶたを閉じ、開くとともに「やってみるか」と鳥居の前に立った。
左手はポケットに入れ、右手で持つ折りたたみ傘の骨組みを右肩に載せ、鳥居の方を向く。
そして振り向き、白い歯を見せた。
「……」「……」
タビアゲハは困惑したように傘の変異体の生地に触覚を向け、傘の変異体は周りに見られない程度に目玉を出し、坂春を見たあと困惑したようにタビアゲハを見つめた。
「……どうだ?」
「ナントイウカ……」「……顔ガ厳ツイカラ、合ッテナインダヨナ」
坂春はこの返事に怒る様子は全く見せずに、頭をかきながら首をかしげた。
「やはり、このポーズはさわやかな方が合っているかもしれん。この渋い顔に合う持ち方はなんだろうか……」
ふと、坂春は頭をかく手を止めた。
空を見上げると、雲の隙間から太陽がのぞいていた。
雨はもう、降っていなかった。
「ア……晴レチャッタ……」
「それじゃあ、ここまでだな」
少しだけ別れを惜しむ坂春とタビアゲハに対して、傘の変異体は首を振るように回った。
「チョットチョット、傘ハ雨ノ日以外ニモ使エタダロウ?」
「……いかん、すっかり忘れていた。すなない」
はっとしたように坂春は目を見開き、左手だけで手を合わせるポーズをして誤る。
その様子を、タビアゲハはまだ理解できないようにフードの下で瞬きを繰り返した。
「ナア、俺ヲ使ッテ太陽ヲ隠シテミテ」
首をかしげながらも、傘の変異体の言うとおりに太陽の日差しを隠すように傘を動かす。
「……ア、日差シガコナイ」
「ああ、傘は雨を防ぐだけでなく、日差しを防ぐこともできる」
タビアゲハは、日傘の役割を持った傘の変異体を手に取り、日差しを入れたり防いだりした。
その様子は、子供のような無邪気さが現れていた。
「ソウイエバ、君タチハドウシテ旅ヲシテルンダ?」
「俺は世界の価値を、この子は世界の全てを見て回るために旅をしている」
「ウン。ソレニシテモ、傘ダケデモイロンナ魅力ガアルナンテ……初メテシッタ」
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