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化け物ぬいぐるみ店の店主、廃虚で夜食を食べる。【後編】
しおりを挟むホテルのロビーは薄暗く、静かだった。
宿泊客をもてなす豪華な装飾も、光が当たっていないため、地味に見える。
まるで、色を失ったモノクロのように。
そこに、一筋の光が現れた。
青年が手に持つ、懐中電灯の光だ。
懐中電灯の光は、物珍しそうに部屋を動き回り始めた。
「本当にここで食べるつもりなの?」
バックパックを背負った青年の後ろで、女性は懐中電灯の光を追いかけながらつぶやいた。
「ああ、ここは解体前の建物みたいだけど、比較的新しいから崩れる心配はない。こういうところで食べてみると、新しいアイデアが生まれる予感がしたんだ」
「まあ、お兄ちゃんが楽しそうにしているからいいけど」
女性の言葉はあきれているというニュアンスは含まれていなかった。
ふたりの前に立っていたクモの変異体が振り返り、お辞儀をするようにうなずいた。
「ア、アノ……付イテキテクレテ、本当ニ、アリガトウゴザイマシタ。私1人ジャア、ココニ入レナカッタノデ……」
「私たちは夜食を食べに来ただけよ。食べ終わったら、さっさと帰るから」
「ソ、ソウデスヨネ……」
真理に冷たくあしらわれたクモの変異体は少し自信を失ったように小さく笑うと、なにかいい案が思い浮かんだように真理に瞳を向ける。
「ソレナラ、最上階デ食ベルノハイカガデショウカ……?」
「最上階って……何階まであるの?」
「確カ……30階マデアルト聞キマシタ」
「それじゃあ足が棒になるじゃない。階段を何段も上がらせるの?」
「ソノ必要ハナイデス。エレベーターノ通路ヲ通ルノデ」
会話を聞いていた祐介は、思わずエレベーターに懐中電灯の光を向ける。
エレベーターの階層を示す階層ランプは、もちろんついていない。
「エレベーターは動かないと思いますけど……」
青年が当然のセリフをつぶやいている間に、クモの変異体はエレベーターの扉の前まで移動した。
8本のうちの2本を扉の隙間に入れると、力任せにこじ開ける。
扉の先のエレベータに入ると、その箱形のエレベーターの形をかたどるように体を変形させ、人を乗せるスペースを作った。
「……そういうことか」
青年はなんとか理解したようにうなずき、に乗り込んだ。
隣の女性も口を開けたままなにも言わず、青年の後を追った。
ふたりを乗せると、エレベーターの天井を突き破るような音が聞こえて来た。
そして、エレベーターの通路に何かを突き刺す音とともに、クモの変異体はふたりとエレベーターもろとも上へ上っていった。
上がっていくクモの変異体の中で、女性は天井を見上げて口を開けた。
「さっきから思っていたけど、あんた、どうしてここに旦那さんがいると思ったの?」
女性の言葉に応えるように、クモの変異体の声が壁を振動させて聞こえてくる。
「彼ハ、ココノホテルノオーナーニナルハズデシタ。ソレガオープンガ近ヅイタコロニ行方知ラズトナッテ……最近、ココノホテルガ取リ壊サレルト聞イテ、ナニカ関係ガアルト……」
青年は腕を組んで、話に相づちを打つように「なるほど」とつぶやいた。
「その旦那さんは、ここのホテルの様子を話したりしていたんですか?」
「ハイ。コノホテルノ自慢ハ最上階ノスイートルームダッテ、ヨク言ッテマシタ」
会話の途中で、クモの変異体は立ち止まった。
目の前の扉をこじ開けた先を、青年は懐中電灯の光で照らした。
扉の先には、廊下ではなく客室が広がっていた。
懐中電灯の光は、奇麗に整えられた装飾、
そして、まるで嵐が来たかのように倒された家具の数々。
もしも明かりがあって、家具も奇麗に並べられていたら、ふたりはきっと息をのんでいただろう。
しかし、この景色はふたりに感動を与えることができなかった。
「いろいろ散らかっていますが……部屋の大きさは広いですね」
「これって実際に泊まったら、何万円ぐらいするの?」
後ろを振り返ってたずねる女性に、体を元に戻してエレベーターから降りた変異体が答える。
「ソレハ覚エテイナイデスケド……値段以上ノ思イ出ガ手ニ入ル場所ダト言ッテイマシタ」
「もしも明かりがついていたら、思わずため息をついてしまいそうだ……」
「それはいいとして、夜食はどこで食べる?」
「そうだな……せっかくだし、ダイニングルームで食べよう」
ダイニングルームのテーブルにコンビニの袋を起き、中からお弁当を取り出す。
残されたコンビニの袋は懐中電灯にかぶせ、小さなランタンと化した。
青年と女性は橋を使ってお弁当の米を口に運んでいく。
スイートルームの役割は果たせていなくても、代わった場所であればふたりはそれだけで満足そうだった。
「……?」
女性はふと、近くの壁を見て眉を上げた。
その目線は、壁に取り付けられた赤いボタンに向けられていた。
「なにかしら、これ……」
強い力でたたき壊されたと思われるスピーカーの下に設置されているそのボタンを押してみた。それが当然のように反応はない。
「なんだか不自然なボタンだな……あの、このホテルって、このようなボタンってあるんですか?」
「イエ、聞イタコトハアリマセンガ……」
互いに首をかしげる青年とクモの変異体の横で、女性は何度もスイッチを押してみた。
「あ」
何度も押された赤いボタン部分が、外れた。
そのボタン部分には、コードの代わりに黒い髪の毛のようなものが生えている。
「……!!」
その黒い髪の毛には、何か光るものが引っかかっていた。
クモの変異体はその髪の毛を手に取り、光る物をつまみ上げた。
「……間違イナイ」
それは、銀色に輝く指輪だった。
街は、夜中から深夜へと移り変わる。
空の景色は暗闇で変わりないが、人はほとんど見られないのがその証拠だ。
そんな中、駅のホームでは電車が走り出した。
帰れなかった者たちを、運ぶため。
電車の席に座って、女性は大きなあくびをした。
そして、すぐに眠るようにまぶたを閉じたが、隣でスマホをつつく青年がまだ寝ないことに気づいてまぶたをあけた。
「お兄ちゃん、寝ないの?」
「あ、ちょっとまって……気になることがあってね」
「気になることって、あのホテルのこと?」
「うん。あのホテルにはつい最近、変異体とその変異体が殺したと思われる従業員の遺体が発見された。変異体は調査に訪れていた変異体ハンターに駆除されたけど、従業員の数の不足で営業不可になったらしいんだ」
「その変異体って……」
「もしかしたらだけど、今日出会った人の旦那さんかもしれない。あの人、これを知ったらどう思うんだろう……」
思いをはせるように、青年は窓に目を向ける。
それに対して女性は、やるせないようなため息をついた。
「あいつなら、多分信じないでしょうね。あの指輪を見ても、彼はきっとどこかにいるってホテルから出て行ったもの」
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