化け物バックパッカー

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化け物バックパッカー、料理場で料理を作る。【後編】

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「……本当に料理ができるんだろうな?」

 テーブル席に座っている坂春とタビアゲハ。
 その横で注文を待っていたコック帽の生き物に、先ほどまでメニューを見ていた坂春がにらんだ。
「アア、モチロンダ。コノ姿ニナッテカラモ料理ハ続ケテイタカラナ」
「本当にそうか? それにしては値段が……」

 坂春はテーブルに置いてあるメニュー表のうちの一行に指を指していた。

 そこには“ハンバーグランチ 300円”と書かれている。

「値段ノコトハ気ニスンナ! オレッチノ店ノ新装開店ノオ客サン第1号ダカラ、全部無料タダダ!」
「そういう意味ではないんだが……」
 あきれたように頭をかく坂春からいったん視線……のようなものを外し、タビアゲハに向ける。
「姉チャンハドウスルンダ?」
「ア……エット……」
 タビアゲハは申し訳なさそうに頬を指でなでた。それを見て、コック帽の生き物は「アッ」と何かに気づいたように体を止める。
「モシカシテ、姉チャンハ俺ッチト同ジ変異体?」
「ウン……変異体ハ、食ベ物ヲ食ベル必要ガナイ……無理ニ食ベヨウトスルト、スグニ吐キ出シチャウ……」
 コック帽の生き物は理解したように上下に動いた。
「俺ッチハクチガナクナッタンダケドサ、ソレデモ腹ハ減ッタ感ジハシナカッタナ。ソレナラ、注文ハジーチャンノハンバーグランチダケデイイナ」
「ああ、もうそろそろ飢え死にしそうだ。早く作ってくれないか」



 コック帽の生き物はうなずくと、テーブル席から離れて調理室に向かった。


 ……と思いきや、数歩歩いたところで立ち止まり、坂春たちの方向に振り向いた。



「……ドウシタンダ? 早クコナイノカ?」

 坂春はただ、キョトンと眉を上げるだけだった。
「……ん? 食事をする席は向こうにあるのか?」
「チガウゾ、調理室デ手伝ッテモラウンダ」

 この言葉に、坂春とタビアゲハは互いに顔を見合わせた。

「書イテアルダロ? コノ店ノ名前ニ、“料理場”ッテ」

 メニュー表には、“森の料理場”という店名が書かれている。

「……料理場ッテ、ココノレストランノ名前ジャナイノ?」
「イヤ、レストランジャナイ。ココハ料理場ダ。オ客サンガ自ラ調理シ、自ラ食ベル。モチロン、プロデアル俺ッチノサポートツキダ」
「それでこんなに安いのか……」

 坂春はため息をつきながら、席から立ち上がった。

「デモ、ナンダカ面白ソウ。食ベナイ人デモ、一緒ニ作ッテイイノ?」
「アア、大歓迎ダ!! タダ、髪ノ毛ガ長カッタラククッテモラウカラナ」





 廃虚のような店内とは違い、調理室の中は奇麗に整えられている。

 レストランなどの調理室と違うのは、しきりによって区切られており、その中にシステムキッチンが小さくまとめられていることだ。

 キッチンのひとつの前で、タビアゲハはエプロンを装着した。

 横に立ってエプロンを着ける坂春の手つきを参考にしながら、後ろのひもをくくる。

 そして、頭のフードをおろし、長めのウルフカットが表れた。

 その髪を束ねてヘアゴムで止め、ポニーテールが完成した。

 三角頭巾を被り、坂春に向かって首をかしげて見せる。

「坂春サン、似合ウカナ?」



 その目に、眼球はなかった。代わりにあるのは、青い触覚。

 まぶたを閉じると引っ込み、開くと出てくる。

 青みを帯びた黒い肌との色合いは、まるで羽のない人型のアゲハチョウだ。




「ああ、なかなか似合っているぞ」
 坂春はちらっと見ると、少しだけほほえんだ。
「サテ、ソレジャア料理ヲ初メテイクカ。ソレゾレノ手順ハソコノモニターヲ捜査シテ確認シテクレ」

 キッチンのひとつに立つコック帽の生き物は、シンクの近くに設置された小型のモニターを指差した。

 そのモニターは坂春とタビアゲハのキッチンにもあった。

 ふたりがそれぞれモニターに指で触れると、画面が付いた。

「よく考えたら、ここの電気はどこからとっているんだ?」
「コノ店ニハソ-ラーパネルガ付イテイル。ツイ最近、直セタンダ」
「それじゃあ看板の電気がついていなかったのは、そこまで手が回らなかったからか」
 コック帽の生き物は「ソウイウコトダ」と体を上下しながら、包丁を手に取った。

「エット……モニターノ指示ニ従エバイインダヨネ?」
 モニターに映る映像を触覚で見ながら、タビアゲハはコック帽の生き物に確認をとった。
「アア、何カ分カラナイコトガアッタライツデモヨンデクレヨ」
 タビアゲハは安心したようにうなずきながら、カウンターに置かれている材料のひとつ、ひき肉を手に取った。



 そして、じっとひき肉を見つめた。



 まるで、なにかに気がついたかのように。




「……ネエ、コノ肉……」
 途中で言葉を飲み込むタビアゲハ。
「タビアゲハ、どうしたんだ?」
「ン? サッソクワカラナイコトガアッタノカ?」
 坂春とコック帽の生き物に目線を向けられて緊張するものの、タビアゲハは呼吸を整えた後に口を開いた。
「エット……コノ肉……ナンカ変ナ物ガアルンダケド……」

 肉を見せられたコック帽の生き物は体を右に倒してうなった。

「……俺ッチニハヨク見エナインダケド」
「ホラ、ココノ隙間ニ……」
 タビアゲハが指差すひき肉の隙間に、コック帽の生き物は今度は左に倒した。
「……モシカシタラ、腐ッテイルカモシレネエナ。ヨシ、悪イケドアッチノ冷蔵庫カラヒキ肉ヲ取リ出シテクレ。ソッチノ肉ハ俺ガ処分スルカラ」
 コック帽の生き物が伸ばす手にひき肉を渡すと、タビアゲハは冷蔵庫の前まで向かった。

「……大丈夫なのか? この食材」
 後ろから心配そうな坂春の声が聞こえると、コック帽の生き物は「心配ハシナクテモ大丈夫ダッテ」と振り返る。
「ホトンドノ食材ハ、昨日ニ仕入レタバカリナンダ」
「どこで仕入れてきたんだ?」
「ココノ近クニスーパーのキャンピングカーガ止マッタンダ。食材ニ困ッテイタ俺ッチハコレ幸イト向カッタンダガ、サッキノオ客サンミタイニ店員ガ気節シタカラナ。代金ヲ置イテ食材ヲ持ッテ帰ッタンダ」
「……その時はまだ気づいていなかったんだな」



 タビアゲハは冷蔵庫からふたつのひき肉を取り出した。

 そのふたつのひき肉は同じ赤色でありながら、微妙に色合いが違っていた。

 片方を見てうなずいて冷蔵庫の扉を閉め、

 もう片方のひき肉は、近くにあったゴミ箱にこっそり入れた。






 しばらくして、坂春が調理室から出てきた。

 両手で持つのは、ハンバーグの入った容器他、ハンバーグランチのセットだ。

 坂春が席に着くと、後からタビアゲハが席についた。

 その後にコック帽の生き物がふたりのそばに立つと、坂春は手を合わせた。



「坂春サン、味ハドウ?」
 タビアゲハにたずねられて、坂春は満足そうにうなずいた。
「俺たちが作ったとは思えないほどの味だ。特に、コショウとケチャップのバランスが素晴らしい」
「アソコニ置イテアル調味料ハ、必要ナ分ダケ俺ッチガ用意シテイタンダ」
「なるほど。自分たちで作った思い入れとプロの味が両方楽しめるというわけか。もっとも、気軽には通いづらいがな」



 坂春が食べているそばで、タビアゲハはふとコック帽の生き物に触覚を向けた。

「ネエ、コノ料理場ヲ再開スルマデ、ドンナコトヲシテイタノ?」

 突然の質問に、コック帽の生き物はタビアゲハを向いたまましばらく固まった。

「……エット、俺ッチガコノ姿ニナッテカラ、店ヲ再開スルマデカ?」

「ウン。ドウシテイタノカナッテ、チョット思ッチャッテ」

 コック帽の生き物は、少しだけ前に体を倒して、すぐに上げた。

「ソレガヨク覚エテイナインダヨナア……コノ姿ニナッテカラハナンダカ頭ガボーッテシテイタンダ。ツイ最近、頭ノホウハ前ノ調子ニ戻ッタンダケド、ソレマデ覚エテイルコトハ料理シ続ケテイタコトダケダ」

 彼の言葉を聞いて、タビアゲハは触覚を仕舞ってうつむいた。

「ソッカ……ソレナラ、今ハ大丈夫ダネ」



 コック帽の生き物はもちろん、食べながら聞いていた坂春もその言葉の意味を理解することができなかった。





 その後、坂春とタビアゲハは店の外に出ていた。

「それじゃあな、明日になったらここに警察が来るから、今から逃げ出したほうがいいぞ」

 ふたりを見送るコック帽の生き物はうなずいた。

「アア、変異体ハ警察ニ見ツカルト捕マルンダロ? 人間ニ2回モ見ツカッタカラナ、今スグニデモジーチャンガ言ッテイタ変異体ノ集マルコトニスルワ」

「料理場、モウ閉メチャウノ?」

 首をかしげるタビアゲハに、コック帽の生き物は「マサカ」と体を震わせて笑った。

「イツニナルカハワカラネエガ、モウ1回店ヲ再開サセル。アンタ見タイナ変異体ト行動シテイル人間ガイルコトガ、ワカッタカラナ」

「その時は、またハンバーグを作りにくるさ」



 坂春は「じゃあな」と別れを告げると、暗闇に向かった。

 その後を追いかける前に、タビアゲハはコック帽の生き物に向かって手を振る。




 ふたりの姿が消えたことを確認してから、コック帽の生き物は店に戻っていった。











 それから数日後、

 森から遠く遠く離れた街にある小学校。

 そこのあるクラスでは、ひとりの生徒を中心にざわめいていた。



「なあ! 変異体にあったって本当かよ!!?」

「うん。お父さんとお母さんと旅行に行ってた時だけどね、夜中にレストランに行ったの。そこで変異体の姿をみた瞬間、気節しちゃった」

「昨日ニュースで見たわ! 確かあの森って、行方不明になった人がいっぱいいるんだって! 変異体が食べちゃったかもしれないって言ってたけど、大丈夫だった?」
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