84 / 162
★化け物バックパッカーは、人間だったころのことを覚えていない。【前編】
しおりを挟む模様のない満月が浮かぶ空。
その下で、オオカミたちは走る。
平原の中を、群れで走って行く。
その先にいるのは、走るふたりの人影。
ひとりは老人。血を流し、赤い血を草むらに血液を流す。
彼に肩を貸しているのは黒いローブを着た人物だ。
突然、ふたりは前のめりに倒れた。
オオカミの1匹が、大きく飛びかかる。
月夜に照らされた緑色のオオカミは、体を真っ二つに分けていた。
前脚まで避けたその体の断面からは、鋭い牙が見えていた。
血を流す老人を、ローブの人物がかばうように右手を出す。
その右手に、牙は食い込んだ。
牙の隙間から、黒い液体が肉汁のようにあふれ出た。
銃声が聞こえてきた。
オオカミの胴体に、散弾が飛び込んできた。
黒い液体を吹き出し、
口からローブの裾を着た右手を吐き出すして草むらに落ちた。
その側にいたのは、男性の足だ。
倒れたオオカミは黒い液体を吐きながら、目を男性に向ける。
周りの仲間たちは、先ほどの銃声によってすでに逃げている。
オオカミの口に、猟銃のようなものが入れられた。
「……」
懐中電灯の明かりに照らされた老人は、倒れた体勢でゆっくりと顔を上げる。
黄色いデニムジャケットを着て、背中に黒いバックパックを背負っているこの老人、顔が怖い。ケガをして険しい顔になっているのはわかるが、やっぱり怖い。
「……だいじょうぶですか?」
目の前の猟銃を手にした男性が話しかけてくる。赤いベストに肩掛けバッグ、頭にキャップを被っているその姿は、まるで猟師だ。
その男性の声に反応するように、老人の横にいる人物が顔を上げた。
「あ、ああ。かすり傷だ……」
老人は立ち上がろうとするが、すぐに腹を抱えて動きを止まった。その手の隙間から、赤い血液が落ちていく。
「いや、その出血量は明らかにかすり傷ではありませんよね!? 応急手当しますから、じっとしてください!」
男性は肩掛けバッグから救急箱を取り出す途中、ローブの人物が戸惑っているように老人を見ていることに気づいた。
「あなたはそのままでも平気ですよね。“変異体”が来たらすぐに知らせてください!」
ローブの人物は少しの間を開けて、黙ってうなずいた。
全身を身に包んだ黒いローブに、背中には老人のものよりも少しだけ古いバックパックが背負われている。その顔は、深く被ったフードによってよく見えない。
その右腕は、オオカミに食いちぎられてなかった。断面からは、オオカミと同じ黒い液体を流していた。
「……ひとまずこれで出血は止まりましたが、まだ痛みますか?」
老人は包帯を巻かれた腹に手を置き、ローブの人物に肩を貸してもらいながらゆっくりと立ち上がった。
「ああ……少しな。だが、このぐらいなら平気だ」
「無理しないでください。この辺りは夜になると、あの“変異体”が人を襲うんです。一度私の家まで来てください」
心から心配する男性に、老人は眉をひそめても首を振ることはできなかった。
男性の家は、すぐ近くにあった。
草原に立つ三角屋根のログハウス。2階の位置に付けられた丸い窓が印象的。
その入り口に3人の人影は入ると、1階の窓に明かりがともった。
「この近くには街があって、そこを訪れる人がこの辺りを通ることが多いんです。なので、私の家は民宿を兼ねているんですよ」
ログハウスの中、男性はテーブルにふたつ、緑茶を入れた湯飲みを出した。
「どうぞ、いただいてください」
「……」
椅子に座っている老人は黙ったまま湯飲みを手に取り、隣のローブの人物に目を向ける。
椅子を座っているローブの人物の右腕は、いつの間にか戻っていた。
その腕は影のように黒く、指先からは鋭くとがった爪が生えている。
「……ひとつ聞きたいことがある。おまえは、変異体を殺すことを生きがいとしている変異体ハンターか?」
緑茶をひと口飲んだ後、老人は壁に掛けてある猟銃に目を向けた。
「ええ、そうですよ。人間が変異した、化け物のような姿をした変異体を狩る仕事ですけどね」
変異体ハンターと名乗る男性は老人の向かい側の席に座り、湯飲みに手を添える。ふたりの間の席に座っているローブの人物の湯飲みは、なかった。
「それならば、彼女が変異体であることはわかっているのに、なぜ殺さない?」
「ちょっと確認したいことがあるので、人間の自我が残っている変異体は殺さないことにしているんです。依頼で変異体の駆除を頼まれた時は、確認でき次第駆除しているんですが、人間と行動している変異体は初めてですからね……」
男性は老人からローブの人物に目線を向けると、そのローブのフードに手を伸ばした。
わずかに見える口元が、おびえるように震える。
それを気にせず、男性はフードを上げた。
現れたのは、長めのウルフヘアーの黒髪。
影のように黒い肌の彼女のまぶたは閉じられていた。
その顔は、まさにミステリアスな美しさを持っていた。
まぶたが恐る恐る開かれると、中から青い触覚が出てきた。
「え、ま、まさか……」
男性は目を見開き、彼女の頬に手を当てる。
「――蝶野!!」
彼女の体を抱きしめ、男性は叫んだ。
目元からは、涙が流れている。
抱きしめられた彼女は、意味がわからないように触覚を出し入れしていた。
老人も合わせて、瞬きをするしかなかった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
山狗の血 堕ちた神と地を駆けし獣
月芝
児童書・童話
この世のすべて、天地を創造せし者。
それを神と呼び、大地に生きる者たちはこれを敬う。
ヒト以外の生き物が成りし者。
これを禍躬(かみ)と呼び、地に生きる者たちはこれを恐れる。
なぜなら禍躬にとって、その他の生き物はすべて食料であり、
気まぐれに弄び、蹂躙するだけの相手でしかなかったからである。
禍躬に抗い、これと闘う者を禍躬狩りという。
そんな禍躬狩りが相棒として連れている獣がいる。
風のように大地を駆け、険しい山の中をも平地のように突き進み、
夜の闇を恐れず、厳しい自然をものともしない。
不屈の闘志と強靭な肉体を持つ四つ足の獣・山狗。
これはコハクと名づけられた一頭の山狗の物語。
数多の出会いと別れ、戦いと試練を越えた先、
長い旅路の果てに、コハクはどのような景色をみるのか。
銀河太平記
武者走走九郎or大橋むつお
SF
いまから二百年の未来。
前世紀から移住の始まった火星は地球のしがらみから離れようとしていた。火星の中緯度カルディア平原の大半を領域とする扶桑公国は国民の大半が日本からの移民で構成されていて、臣籍降下した扶桑宮が征夷大将軍として幕府を開いていた。
その扶桑幕府も代を重ねて五代目になろうとしている。
折しも地球では二千年紀に入って三度目のグローバリズムが破綻して、東アジア発の動乱期に入ろうとしている。
火星と地球を舞台として、銀河規模の争乱の時代が始まろうとしている。
140字小説集
藤崎 柚葉
ライト文芸
Twitterでアップしていた140字の短編集です。
気まぐれで連載中。
■恋愛系(悲恋も含む)・全21話
この恋が報われても、報われなくても、私の心はどうしようもない寂しさで震えてしまう。
■ギャグ系・全5話
君は何をしとるんだね。
■シリアス系・全22話
重くのしかかる現実から、逃れられない──。
※一部作品に直接的ではありませんが、殺人・自殺を匂わす表現があります。苦手な方はお控えください。
(該当する話には、タイトルの終わりに「※」を付けました)
■風刺系・全28話
あなたはこれを他人事だと笑い飛ばせるだろうか。
■ほのぼの系・全5話
この瞬間を、誰よりも深く、愛してる。
■ホラー系・全3話
ほら、ご覧よ。恐怖に引きずり込む手が見えるだろう?
※直接的ではないですが、全話に死・殺人を匂わす表現あり。苦手な方はお控えください。
■ラブコメ系・全5話
ふざけんな。この後、あんたとどんな顔で会えばいいんだよ。
【2022.09.09 現在】ジャンル分けしてみました。
【2023.10.11 現在】改稿しました。
熱血豪傑ビッグバンダー!
ハリエンジュ
SF
時は地球人の宇宙進出が当たり前になった、今より遥か遠い未来。
舞台は第二の地球として人類が住みやすいように改良を加え、文明が発展した惑星『セカンドアース』。
しかし、二十数年前の最高権力者の暗殺をきっかけに、セカンドアースは地区間の争いが絶えず治安は絶望的なものとなっていました。
さらに、外界からの謎の侵略生物『アンノウン』の襲撃も始まって、セカンドアースは現在未曽有の危機に。
そこで政府は、セカンドアース内のカースト制度を明確にする為に、さらにはアンノウンに対抗する為に、アンノウン討伐も兼ねた人型ロボット『ビッグバンダー』を用いた代理戦争『バトル・ロボイヤル』を提案。
各地区から一人選出された代表パイロット『ファイター』が、機体整備や医療、ファイターのメンタルケア、身の回りの世話などの仕事を担う『サポーター』とペアを組んで共に参戦。
ファイターはビッグバンダーに搭乗し、ビッグバンダー同士で戦い、最後に勝ち残ったビッグバンダーを擁する地区がセカンドアースの全ての権力を握る、と言ったルールの下、それぞれの地区は戦うことになりました。
主人公・バッカス=リュボフはスラム街の比率が多い荒れた第13地区の代表ファイターである29歳メタボ体型の陽気で大らかなドルオタ青年。
『宇宙中の人が好きなだけ美味しいごはんを食べられる世界を作ること』を夢見るバッカスは幼馴染のシーメールなサポーター・ピアス=トゥインクルと共に、ファイター・サポーターが集まる『カーバンクル寮』での生活を通し、様々なライバルとの出会いを経験しながら、美味しいごはんを沢山食べたり推してるアイドルに夢中になったりしつつ、戦いに身を投じていくのでした。
『熱血豪傑ビッグバンダー!』はファイターとサポーターの絆を描いたゆるふわ熱血ロボットSF(すこしふぁんたじー)アクション恋愛ドラマです。
神の祈りは誰が聞く~楽園26~
志賀雅基
SF
◆神のモンキーモデルより/アップグレードした人間たれ◆
惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart26[全37話]
テラ本星が各星系政府首脳の集うサミット開催地になった。惑星警察刑事としてシドとハイファも厳重警戒及びサミット本番の警備に加わる。だが首脳陣が一堂に会した時、テラ連邦軍兵士が首脳を銃撃。その他にも軍幹部候補生による様々な犯罪が発覚し、事実を探るため二人は軍幹部学校に潜入する。
[本作品は2017年に書いたもので実際の事件とは何ら関係ありません]
▼▼▼
【シリーズ中、何処からでもどうぞ】
【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】
【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】
アルビオン王国宙軍士官物語(クリフエッジシリーズ合本版)
愛山雄町
SF
ハヤカワ文庫さんのSF好きにお勧め!
■■■
人類が宇宙に進出して約五千年後、地球より数千光年離れた銀河系ペルセウス腕を舞台に、後に“クリフエッジ(崖っぷち)”と呼ばれることになるアルビオン王国軍士官クリフォード・カスバート・コリングウッドの物語。
■■■
宇宙暦4500年代、銀河系ペルセウス腕には四つの政治勢力、「アルビオン王国」、「ゾンファ共和国」、「スヴァローグ帝国」、「自由星系国家連合」が割拠していた。
アルビオン王国は領土的野心の強いゾンファ共和国とスヴァローグ帝国と戦い続けている。
4512年、アルビオン王国に一人の英雄が登場した。
その名はクリフォード・カスバート・コリングウッド。
彼は柔軟な思考と確固たる信念の持ち主で、敵国の野望を打ち砕いていく。
■■■
小説家になろうで「クリフエッジシリーズ」として投稿している作品を合本版として、こちらでも投稿することにしました。
■■■
小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+でも投稿しております。
クラップロイド
しいたけのこ
SF
極秘ファイル:クラップロイドに関して…『彼』は数々の事件現場で目撃され、その怪力、超スピードを使って事件を解決する様が市民たちに目撃されている。素顔は鋼鉄のマスクのようなもので隠されており、人物特定は未だ為されていない。
倒したモンスターをカード化!~二重取りスキルで報酬倍増! デミゴッドが行く異世界旅~
乃神レンガ
ファンタジー
謎の白い空間で、神から異世界に送られることになった主人公。
二重取りの神授スキルを与えられ、その効果により追加でカード召喚術の神授スキルを手に入れる。
更にキャラクターメイキングのポイントも、二重取りによって他の人よりも倍手に入れることができた。
それにより主人公は、本来ポイント不足で選択できないデミゴッドの種族を選び、ジンという名前で異世界へと降り立つ。
異世界でジンは倒したモンスターをカード化して、最強の軍団を作ることを目標に、世界を放浪し始めた。
しかし次第に世界のルールを知り、争いへと巻き込まれていく。
国境門が数カ月に一度ランダムに他国と繋がる世界で、ジンは様々な選択を迫られるのであった。
果たしてジンの行きつく先は魔王か神か、それとも別の何かであろうか。
現在毎日更新中。
※この作品は『カクヨム』『ノベルアップ+』にも投稿されています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる