54 / 162
化け物バックパッカー、川の岸辺でキャンプをする。【後編】
しおりを挟む水しぶきを上げて、
無邪気に遊ぶ、3匹の龍、そしてバックパックを背負っていないタビアゲハ。
その川の岸辺で、龍の母親は正座をするように地に魚の部位を付けて、子どもたちを見守っていた。
そこに、乾いた服を着た坂春がやって来た。服を着替えていたのだろうか。
坂春が龍の母親の隣に座ると、母親は深くお辞儀した。
「息子たちがご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」
礼儀正しくも、決して無感情ではない清らかな声。
坂春は「いえ、お気になさらずに」と首を横に振り、子どもたちに目線を向ける。
「それにしても、元気なお子様ですな」
「ええ。普段は外に出ないので、はしゃいでしまっているんです」
母親も子どもたちの水遊びを再び見守り始めた。
「コッチダヨー!」
「絶対ニ捕マラナイモンネ!」
「鬼サンコチラ! 鬼サンコチラ!」
3匹の龍は、タビアゲハの前で水面を飛び跳ねていた。
タビアゲハは彼らを捕まえようと手を伸ばすが、龍たちはするりと交していく。
「……エイッ!!」
ついにタビアゲハは、両手をあげて飛びかかった。
3匹の龍はそれぞれ別方向にかわす。
大きな水しぶきを上げて、タビアゲハは豪快に水につかった。
体の前半分を川の水につけたまま、浮かぶタビアゲハ。
心配になった1匹の龍が近寄ってくる。
「オ姉チャン……ダイジョウブ?」
「……タッチ」「エッ」
水から顔を上げたタビアゲハは、近づいてきた龍に手を触れた。
「ワーイ、今度ハオ兄チャンガ鬼ダア!」「チャント10数エテネ-!」
他の2匹の龍たち、および立ち上がったタビアゲハは、
鬼役となった1匹の龍たちから逃げ始めた。
この光景に、坂春は腹をかかえて、母親は口に手を当てて笑った。
「ところで、先ほど普段は外に出ないとおっしゃっていましたが、普段はどこかに隠れているということですか?」
遊ぶ子どもたちを横目に、坂春は先ほどの会話を続けた。
「はい。変異体の巣と呼ばれる集落で、他の変異体たちと身を寄せ合って暮らしています」
「今日はなにか用事があってこちらへ?」
「用事ではないのですが……毎年、秋の始めに“主人”の下で一晩だけ過ごすことにしているのです」
「主人?」
「この辺りに紅葉を咲かせている森の変異体、そのすべてが私の主人であり、あの子たちの父親なのです」
坂春が崖の上に立つ紅葉の木を見ると、納得したようにうなずいた……のだが、何かに気がついたように眉をひそめていた。
「なるほど、周りの目を気にせず子どもたちが遊ぶことが出来たのも、彼のおかげということですな」
「そうです。本当ならばずっと家族で過ごしたいのですが、子供たちのことを考えると、他の人との関わりを持ってほしいから変異体の巣で暮らしているのです」
「……やっぱり、申し訳ないことをした」
「え?」
突然うつむいた坂春に、母親は目を丸くした。
「申し訳ないこととは……?」
「実は、俺とあの子……タビアゲハは、川の岸辺でキャンプをしようと思って今日はここに訪れたのですが……」
川の音は、静かながらも印象づけられる。
集中して聞くと、坂春と母親の声だけでなく、子どもたちの声すら蚊帳の外になる。
「そういうことなら、だいじょうぶですよ。私も同じようなことをしていましたから」
笑みを浮かべる母親に、坂春は顔を上げ、安堵して息をはく。
「それならよかった。天罰が下ってもおかしくないことですからな」
「それは言い過ぎですよ。主人はあくまで変異体という化け物になった、元人間ですから」
思い込みの緊張から解き放たれたように、坂春は肩の力を抜いた。
「しかし、それとは別に気になることがありましてな……」
「どうなさいましたか?」
「俺とタビアゲハはただ近くの橋を通りかかった、赤の他人だ。そんな俺たちを、なぜ受け入れてくれたのでしょうな?」
その疑問には、母親でも答えを口にするまで間があった。
「それは私にもわからないのですが……主人は非常に耳がよくて、気に入ったものは私たちに見せるほど、好奇心があるのです。おそらく、橋を通りかかったあなたたちに、興味を持ったのではないでしょうか」
母親の考察を聞いて、坂春は側にあったタビアゲハのバックパックを見た。
そして、3匹の龍とともに、びしょぬれのローブで舞うタビアゲハを見つめた。
空に星空が現れ始めたころ、
光を照らしていた太陽は既に沈んでおり、
代わりに、川の岸辺に光があった。
「アノアト、ドウナッタノカハ分カラナイケド……キット、2人ハ雲ニナッタンダト思ウ」
電気ランタンを前にして、タビアゲハは3匹の龍に語りかけていた。
「スゴイ! 本当ニソンナコトガアッタノ!?」
「アノ2人、幸セニナッタンダヨネ?」
「オ姉チャンッテ、イロンナトコロヲ旅シテイルンダネ……イイナア」
人魚座りをしているタビアゲハに3匹の龍が集まっている。
その隣には龍たちの母親が先ほどと同じように座っており、ランタンを挟んだ向かい側には坂春がバックパックの中からなにかを取りだそうとしていた。
長く話していたのか、タビアゲハは大きく背伸びをして、大きな息をはきながら力を抜いた。
そして、3匹の輝く瞳を見て、指先で自分の頬をなでた。
「モシカシテ……モット聞キタイノ?」
「ウン」「ウン」「ウン」
「……チョットダケ休マセテ」
3匹の龍は一瞬だけつまらなそうにうつむいたが、その内の1匹はすぐに顔を上げた。
「後デ聞カセテネ!」
他の2匹も顔を上げてうなずくと、3匹は飛び上がり、そばにいた母親の膝元に着地した。
「……オジイチャン、何ヲ食ベテイルノ?」
1匹の龍が、坂春の持っているものに注目した。
「これか? 焼き芋だ。昼飯の残りだけどな」
坂春は手に持っている焼き芋を包んだアルミホイルを外し、口に入れた。
「焼キ芋ッテ焼カナイト作レナインダヨネ? ドウヤッテ焼イタノ?」
タビアゲハの質問に、坂春はバックパックの隣に置いてあった箱を指差した。
「これは保温ボックスと言うんだ。この中に熱い食べ物をいれておくと、その温度を保ったまま保存できる」
解説を終え、坂春はもう一口食べる。
ゴクリ
唾を飲み込み、母親は静かに手を上げた。
「あの……坂春さん、厚かましいようですが……私もいただいてよろしいでしょうか?」
龍の母親の手に、アルミホイルに包まれた焼き芋が渡された。
母親は、アルミホイルを丁寧に剥がしていく。
中から、茶色いサツマイモの皮が見える。
それを口に入れ、前歯をサツマイモの皮に当てる。
「ネエオジイチャン、コノ焼キ芋、ドウヤッテ作ッタノ?」
「……おまえ達の父親が作ったんだ。服を着替えるついでに俺も食べたが、後で申し訳ないことをしたと思ったな。まあ、きっと許してもらえるだろう」
燃やした紅葉で暖められた温もりが、口の中に広がった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説


はぁ?とりあえず寝てていい?
夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。
※第二章は全体的に説明回が多いです。
<<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>
レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞
橋本 直
SF
地球人類が初めて地球外人類と出会った辺境惑星『遼州』の連合国家群『遼州同盟』。
その有力国のひとつ東和共和国に住むごく普通の大学生だった神前誠(しんぜんまこと)。彼は就職先に困り、母親の剣道場の師範代である嵯峨惟基を頼り軍に人型兵器『アサルト・モジュール』のパイロットの幹部候補生という待遇でなんとか入ることができた。
しかし、基礎訓練を終え、士官候補生として配属されたその嵯峨惟基が部隊長を務める部隊『遼州同盟司法局実働部隊』は巨大工場の中に仮住まいをする肩身の狭い状況の部隊だった。
さらに追い打ちをかけるのは個性的な同僚達。
直属の上司はガラは悪いが家柄が良いサイボーグ西園寺かなめと無口でぶっきらぼうな人造人間のカウラ・ベルガーの二人の女性士官。
他にもオタク趣味で意気投合するがどこか食えない女性人造人間の艦長代理アイシャ・クラウゼ、小さな元気っ子野生農業少女ナンバルゲニア・シャムラード、マイペースで人の話を聞かないサイボーグ吉田俊平、声と態度がでかい幼女にしか見えない指揮官クバルカ・ランなど個性の塊のような面々に振り回される誠。
しかも人に振り回されるばかりと思いきや自分に自分でも自覚のない不思議な力、「法術」が眠っていた。
考えがまとまらないまま初めての宇宙空間での演習に出るが、そして時を同じくして同盟の存在を揺るがしかねない同盟加盟国『胡州帝国』の国権軍権拡大を主張する独自行動派によるクーデターが画策されいるという報が届く。
誠は法術師専用アサルト・モジュール『05式乙型』を駆り戦場で何を見ることになるのか?そして彼の昇進はありうるのか?
フェンリルさんちの末っ子は人間でした ~神獣に転生した少年の雪原を駆ける狼スローライフ~
空色蜻蛉
ファンタジー
真白山脈に棲むフェンリル三兄弟、末っ子ゼフィリアは元人間である。
どうでもいいことで山が消し飛ぶ大喧嘩を始める兄二匹を「兄たん大好き!」幼児メロメロ作戦で仲裁したり、たまに襲撃してくる神獣ハンターは、人間時代につちかった得意の剣舞で撃退したり。
そう、最強は末っ子ゼフィなのであった。知らないのは本狼ばかりなり。
ブラコンの兄に溺愛され、自由気ままに雪原を駆ける日々を過ごす中、ゼフィは人間時代に負った心の傷を少しずつ癒していく。
スノードームを覗きこむような輝く氷雪の物語をお届けします。
※今回はバトル成分やシリアスは少なめ。ほのぼの明るい話で、主人公がひたすら可愛いです!

世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

うつ病WEBライターの徒然なる日記
ラモン
エッセイ・ノンフィクション
うつ病になったWEBライターの私の、日々感じたことやその日の様子を徒然なるままに書いた日記のようなものです。
今まで短編で書いていましたが、どうせだし日記風に続けて書いてみようと思ってはじめました。
うつ病になった奴がどんなことを考えて生きているのか、興味がある方はちょっと覗いてみてください。
少しでも投稿インセンティブでお金を稼げればいいな、なんてことも考えていたり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる