化け物バックパッカー

オロボ46

文字の大きさ
上 下
47 / 162

化け物バックパッカー、水族館の水槽を歩く。【前編】

しおりを挟む
 

 深い、深い海の中。

 さまざまな深海生物が泳ぐ中、

 ひとりだけ、2本足で海底に立っている人影がある。

 その人影は、浮かび上がることもなく、海底に足跡を付け続けている。

 空を泳ぐ魚たちを、眺めながら。



 その人影の前に、光が現れた。

 最初はまぶしそうに手で目の前を隠す人影だったが、

 自分が照らされていることがわかると、その光から逃げ始めた。

 光を放っているのは、深海探査艇。

 その乗組員たちは、光に照らされたクラゲの肌を持つ化け物を目にした。






 それから、数十年後。



「ココガ……水族館?」

 少女が、確かめるように隣の老人に聞く。

「ああ、昨年オープンしたばかりだが、人気の水族館だぞ」

 そう答えながら、老人は目の前の建物に目を向けた。



 会話で察する通り、少女と老人が訪れているのは水族館だ。

 駐車場は車で埋まっており、

 入り口は何人もの人間は入り、何人もの人間が出てくる。

 客も家族連れから、磁石のようにくっついているカップル、

 友人同士と思われる女子高校生3人組に、

 ひとりで来ている男。

 そのような建物の前に、ふたりは立っていた。



「水族館ッテ、水槽ノ中ノオ魚ヲ見ラレルンデショ?」

 少女が、純粋なニュアンスで当たり前であることを確認する。
 その少女は黒いローブを着ており、顔もフードで隠れてわからない。その背中には、黒いバックパックが背負われている。

「その通りだが……“タビアゲハ”は水族館と聞いてどんなことを思い浮かべる?」

 子どもに対する質問を投げかけるこの老人、顔が怖い。
 服装は派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショッキングピンクのヘアバンドという派手な格好。
 そして背中には、少女と似た黒いバックパックが背負われている。俗にいうバックパッカーである。

 “タビアゲハ”と呼ばれた少女は考えるように首をかしげながら水族館を見上げる。
「一度モ来タコトナイカラヨクワカラナイケド……水槽ニ魚ガ泳イデイテ、ソレヲ水槽ノ外カラ見ル……」
「……」
 ふとタビアゲハが横を見ると、老人は不気味な笑みを浮かべていた。
坂春サカハルサン、ドウシテ笑ッテイルノ?」
「いい反応をしてくれたから思わず笑みを浮かべただけだ。気にするな」
 “坂春”と呼ばれた老人は水族館の入り口へと歩き始めた。
「ア……マッテ……」
 タビアゲハも、坂春に続いてかけだした。

「アッ」

 突然、タビアゲハは地面につまずいて前のめりに倒れてしまい……

「うおっ!?」

 前にいた坂春を押し倒し、こけた。

「イタタタタ……坂春サン、ゴメンナサイ……」
 ローブの上から膝をさすりながらタビアゲハが謝罪する。
「ああ……大丈夫だ……いっつ……」
 痛みを表情に出しながら、坂春はバックパックを下ろし、中から救急箱……と、スポンジのようなものを取り出した。

 坂春はスポンジを手にとると、タビアゲハの足元にスポンジを近づける。

 それを見たタビアゲハはくの字になっている足をサッと引っ込めた。

 そこにあったのは、地面にしみこんだ、黒い液体。

 まるで墨汁。だけど血のようにも見えるその液体に、坂春のスポンジが押し当てられる。

 スポンジが離されると、液体は跡形もなく消えていた。

 その後、坂春は救急箱に入っていた医療品ですりむいた膝を治療し、自分の足元にある液体もスポンジで拭き取った。

 坂春の足元にあった液体は、普通の赤色だった。







 ふたりは水族館の中にある受付で入場券を購入し、壁に貼られている順路の矢印に従って移動し、エレベーターに乗り込んだ。



「ソレニシテモ、本当ニ大キイ水族館ダヨネ。5階モアルナンテ」
 エレベーターの中で、タビアゲハは階層ランプを見つめていた。
「当時はそこまで大きくして大丈夫なのかって一部の声があったらしいが……完成後は数々のマスコミが苦労話を聞こうと詰めかけたと言われている」
「ドウシテソコマデ人気ニナッタノ?」
「この水族館の目玉が人気の理由だな」
「……」
 タビアゲハは想像するように天井を見上げ、青ざめた。



「どんな勘違いをしているんだ? 客が目玉が向いて驚くことを言っているんだが」
「エッ? ソウナノ?」
 坂春が戸惑いながらもうなずくと、タビアゲハは胸をなで下ろした。

「目玉ガ水槽ノ中ヲ浮イテイルワケジャナインダ……」
「なんか言ったか?」
「ウウン、ナンデモナイ」




 エレベーターの階数表示のランプが【R】と表示する。
 扉が開いた先には、イルカショーが行われていそうなプールと客席が見えた。

「ア、ナンカ想像通リ!」
 そうつぶやきながら、タビアゲハはエレベーターから降りる。
「一度は見たことがあるだろう」
 はしゃぐタビアゲハに、坂春は孫を見るような目で答える。
「ウーン、見タコトガアル確信ハナインダケド……デモ……」
 タビアゲハは誰も泳いでいないプールに目を向ける。
「オ魚ガイナイネ」
「どうやら、午前のイベントはもう終わったみたいだな。午後まで時間があるから、先に下の方を見に行くか」



 ふたりは客席を通り、階段のところまで移動した。

 階段の前には、長いテーブル。その上には、大きなビニール袋のようなものがたたまれて積み重なって置かれている。

 坂春は迷うこともなく折りたたまれたビニール袋を手に取り、広げる。

 その形は、まるで巨大なたまご。
 頂点から下の端にかけて、透明なファスナーがついている。

「コレ……ナニニ使ウノ?」
 タビアゲハはビニール袋を手に取っているものの、戸惑っているようだ。
「こういう感じに着るんだ」

 坂春はファスナーを開け、そのビニール袋を着るように中に入った。
 すると、ファスナーが消滅し、風船に空気がはいったように膨らみ始めた。

 その結果、坂春を包みこんだビニールはたまごに足が生えたシルエットになった。
 たまごの足は坂春の足とぴったりになっているが、そこから上は十分な広さになっている。



「コンナ感ジデイイノ?」
 マネをしてビニール袋を着ることができたタビアゲハは坂春に確認をとる。
「ああ、それじゃあ下に下りるとしよう」
 ふたりは階段を下り始めた。

 そして、タビアゲハは下りる足を止めた。

「どうした、早く下りてこんか」

「坂春サン……コレ、ドウイウ状況?」



 タビアゲハが指を指した先……

 坂春が下りようとしている階段の先にあったのは、

 水没した階段だった。



「見たまんまだ」
「……コレジャア、下リラレナイ」
 坂春は困惑するタビアゲハの表情を見て笑みを浮かべ、
「いいや、下りることはできるぞ」
 水の中へと入っていった。



 慌てて後に続き、水の中へと入っていくタビアゲハ。

 顔が水に沈んだとき、無意識的に息を止めたが、

 すぐにその必要がないことに気がついた。

 ビニールの中に水が入ってこないため、息ができるのだ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

空想科学小説-蘇り転生の魔王、絶滅寸前の魔族を救う!

shiba
SF
プログラマーの田中一郎はデバッグ中に意識を失い死亡する。死因は強制的に転生させられた事、享年35歳のおっさんである。しかし、目覚めると、やたらと豪奢なベッドの上で…… そこで彼は300年前に勇者と相打ちになった魔王である事を思い出す。今や魔族は風前の灯、生存圏はダンジョンのみ、かつての友や配下も討ち死にしてしまっている現状。 ”世界は一つではない”と知った彼は転移ゲートを設置し、地球から異世界に輸入した様々な物品と知識で、天狼の娘や吸血鬼の令嬢、貴族の悪役令嬢(予定)たちと共に魔族勢力の巻き返しを図る! ※小説家になろう様でも掲載しております。

Evolve-エボルブ-

アワタル
SF
 20XX年、突如として人間にもたらされた力…それは、かつて歴史に刻まれてきた人間とはかけ離れた存在へ、僕らを導く。   私事ですが、この作品の更新をお休みしようと思います。 続きが気になると思ってくださった方は、感想などでお伝え下さい。 時間を見つけて書こうと思います

No.72【短編】宵に酔って妖

鉄生 裕
SF
僕の前に現れたのは、上から目線で喋り方の癖が強い、おかっぱ頭の女の子だった。 そんな彼女には『顔』が無かった。

グラッジブレイカー! ~ポンコツアンドロイド、時々かたゆでたまご~

尾野 灯
SF
人類がアインシュタインをペテンにかける方法を知ってから数世紀、地球から一番近い恒星への進出により、新しい時代が幕を開ける……はずだった。 だが、無謀な計画が生み出したのは、数千万の棄民と植民星系の独立戦争だった。 ケンタウリ星系の独立戦争が敗北に終ってから十三年、荒廃したコロニーケンタウルスⅢを根城に、それでもしぶとく生き残った人間たち。 そんな彼らの一人、かつてのエースパイロットケント・マツオカは、ひょんなことから手に入れた、高性能だがポンコツな相棒AIノエルと共に、今日も借金返済のためにコツコツと働いていた。 そんな彼らのもとに、かつての上官から旧ケンタウリ星系軍の秘密兵器の奪還を依頼される。高額な報酬に釣られ、仕事を受けたケントだったが……。 懐かしくて一周回って新しいかもしれない、スペースオペラ第一弾!

強制ハーレムな世界で元囚人の彼は今日もマイペースです。

きゅりおす
SF
ハーレム主人公は元囚人?!ハーレム風SFアクション開幕! 突如として男性の殆どが消滅する事件が発生。 そんな人口ピラミッド崩壊な世界で女子生徒が待ち望んでいる中、現れる男子生徒、ハーレムの予感(?) 異色すぎる主人公が周りを巻き込みこの世界を駆ける!

Bless for Travel ~病弱ゲーマーはVRMMOで無双する~

NotWay
SF
20xx年、世に数多くのゲームが排出され数多くの名作が見つかる。しかしどれほどの名作が出ても未だに名作VRMMOは発表されていなかった。 「父さんな、ゲーム作ってみたんだ」 完全没入型VRMMOの発表に世界中は訝、それよりも大きく期待を寄せた。専用ハードの少数販売、そして抽選式のβテストの両方が叶った幸運なプレイヤーはゲームに入り……いずれもが夜明けまでプレイをやめることはなかった。 「第二の現実だ」とまで言わしめた世界。 Bless for Travel そんな世界に降り立った開発者の息子は……病弱だった。

神の祈りは誰が聞く~楽園26~

志賀雅基
SF
◆神のモンキーモデルより/アップグレードした人間たれ◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart26[全37話] テラ本星が各星系政府首脳の集うサミット開催地になった。惑星警察刑事としてシドとハイファも厳重警戒及びサミット本番の警備に加わる。だが首脳陣が一堂に会した時、テラ連邦軍兵士が首脳を銃撃。その他にも軍幹部候補生による様々な犯罪が発覚し、事実を探るため二人は軍幹部学校に潜入する。 [本作品は2017年に書いたもので実際の事件とは何ら関係ありません] ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

地球から追放されたけど、お土産付きで帰ってきます。

火曜日の風
SF
何となく出かけた飛行機旅行、それは偶然の重なり、仕組まれた偶然。 同じく搭乗している、女子高校生3人組、彼女達も偶然だろう。 目を開けたら、そこは宇宙空間でした。 大丈夫だ、テレポートができる。 そこで気づいてしまった、地球に戻れないという事実を。 地球から追放したは、どこの誰だ? 多少の犠牲を払いながら、地球に戻ってきたら、今度は地球がピンチでした。 ~~~~ カテゴリーはSFになってます。が、現代ファンタジーかもしれません。 しかし、お話の展開はインドアの人間ドラマが8割ほどです。 バトルはラスボス戦まで、一切ありません! 超能力の使用もほぼありません・・・ ーーーー ※男女の営みの描写はありません、空白になって情事後から始まります。 なろう、ツギクル、カクヨム転記してます。 続きの第2部をなろうにて始めました。

処理中です...